side M
いつもお読みいただきありがとうございます。本日は朝夜と2話更新します。
自分が欠陥品だと気付いたのは、いつのことだったか。
気付いた時には、アヤが傍にいなければ気が狂うような自分が完成していた。
俺が育ったのは、どこにでもある不幸な家庭の中だ。
仕事人間で家を放った父親に、父に愛想を尽かせ男に走った母親。
親の愛情はもとより、恋愛感情というものが俺には一番理解できなかった。
そんなものは脆いもので、いつでも壊れるもので、一番信用できないもの。
信頼できたのは、言葉や態度で威嚇し敵を蹴散らすことばかり考えていた俺を咎め世話を焼いてきた美咲と、こんな俺を恐れず頼ってきた彩美だけ。
煩わしく感じながらも姉のようにいつも心配して叱ってきた美咲。
煩いと思いながらも誰よりも俺のことを認め妹のように懐いた彩美。
親の愛情も恋愛感情も友情もクソ喰らえと思っていたが、唯一兄弟愛だけは信じられたのかもしれない。口には決して出せなかったが、2人がいなければ俺は生きていられなかっただろう。
周りが全て敵に思える世界の中で、俺にとって2人は全てだった。
特にアヤに対してはそれが顕著だ。
俺が傍にいてやらなければすぐに泣くアヤ、いつも俺に縋り頼り懐く妹分。
父親にも母親にも見捨てられた俺にとって、俺を誰よりも必要としてくれたアヤに何度救われたか分からない。
「ちょっと、マサ。あんた…彩美をどうしたいの。何でもかんでも干渉して彩美を駄目にする気」
いつだか美咲にそう言われたことがある。
そう言われる程度に自分がアヤに何も決めさせなかった自覚はあった。
アヤが何か迷うたびに干渉し余計なことを考えないようずっと見張っていた。
俺を必要をしてくれるアヤの意識が外に向かないよう、ずっと俺だけを必要としてくれるよう。
それでアヤが駄目になるなら、本望だ。
そうすれば俺の元にだけアヤはいてくれる。
歪んだ想いが生まれたのはいつだったか。
洗脳するようにアヤが自分だけを頼るよう仕向け続け、俺を頼るアヤに溺れていた。
いつからか、アヤの感情がこっちに向いていることに気付く。
しかしそうすると今度は怖くなった。
自分たちの関係が変化することだ。
兄弟愛から恋愛。
それは俺にとって何よりも信じられないものだったからだ。
何が何でも傍に置きたい。
あいつが離れる気でいても、絶対に離れる気はない。
後を付けてでも近くにいる、俺だけを頼るようにいっそのこと閉じ込めてしまっても良いかもしれない。
あまりに自分勝手で歪んだ強い感情。
何とか成人になり知りたくもなかった常識を理解する時期に達した時、自分の猟奇的な感情に気付いて俺は愕然とした。
背から血の気も何もかも失せていくほどに。
しかしそれでもなお恐れたのは、こんな自分を知られてアヤが離れていくということだけ。
常識や良心などでは間違えてもない。
頭の中は、どうやってアヤを縛りつけておくかということばかり。
血が沸騰しそうになるほどアヤへの執着や想いは強くなっていく。
アヤが少しでも他のものに目を向けた途端、腸が煮えくりかえるほど依存している自分。
恋愛。
歪みながらもアヤに感じているのは間違いなくソレだ。
だが、そんな脆いものに流されここまで繋げてきた絆が切れるのだけは防ぎたい。
気付けば“善良な自分”を演じ、激情を抑え込んで兄貴分になりすます自分が作りあげられていく。
本当は誰よりも脆く使いものにならない自分を、荒い語気や態度の中に隠し続けた。
そうすれば、ずっと兄貴としていれば、アヤは自分から離れていかない。
自分の中の恐ろしいほどの激情に狂いそうになりながら、盲目的にそう信じて止まなかった。
だから、この世界に理不尽に跳ばされた時は狂っていく自分を抑えることなどできなかった。
アヤがいない世界は真っ黒で、アヤに酷い仕打ちをするこの世界は糞以外の何物でもない。
そうにも関わらず、アヤの信頼を得たロイシュなんていうのは俺にしてみれば大悪党も良いところだ。
アヤが自分以外の人間をあんなに頼る所を、初めて見た。
今まで俺がいるはずだった場所に別の人間がいる、アヤの恋人という位置に奴が立つかもしれない。
それを理解した瞬間、気が狂うほどの恐怖に支配される。
アヤが離れてしまう。
アヤのいない世界を2年生きるだけで、こんなに死にそうなのだ。
この先も続くなど耐えきれない。
俺の位置を奪った奴を絞め殺してでも、傍に戻らなければならない。
日本にいた時には美咲のおかげでギリギリまで抑え込み律していた一線を越えることすら、心は否定しない。
そこで俺はやっと気付いた。
もう、戻れる場所などないのだと。
どう足掻いても、兄貴分だけでは俺の心は満足しない。
兄貴分であり恋人であり、唯一の存在でなければいけない。
全ての感情を向けられ縛りつけなければ落ちつけない。
「大丈夫、大丈夫だよマサ兄」
そんな歪みに歪み、暴走した俺を落ちつけてくれたのは、やはりアヤだった。
どうしたって縛りつけて、重すぎる愛を押しつけ、執着しかできない俺をそれでも良いと言ってくれるアヤだけ。
…俺は強くなどない。
どこぞの物語に出てくるような主人公にはどうあがいてもなれない。
主人公どころかそこらのモブにすら劣る脆い心を持っている。
常識も何もかも簡単に飛んでしまうような人間だ。
それを受け止めてくれるのはアヤだけ。
どんなに頼りなかろうが、抜けていようが、醜かろうが、アヤしかいない。
許しを請える範疇はとっくに越えている。
それでもこうして俺を頼ってくれるアヤだけが、俺の心を溶かしてくれる。
きっと俺の顔は今ひどく歪んでいる。
「悪い……俺は、縛るしかできねえよ」
眠りに落ちたアヤに言ったところでどうなるわけでもない。
だが言わずにはいられない。
俺は許しを請うように、その口に自分のそれを押しつけた。




