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発露




長い沈黙が部屋を包む。

一体何がどういうことなのか、私には分からない。


ロイのことも、マサ兄のことも、自分の気持ちだって、上手く収まる所が見つからない。

近くで立ったまま何も言わないマサ兄に、寝台の上で呆然と座り込む私。




「…アヤ」



どれだけ時間が経ったかは分からない。

先に声をあげたのはマサ兄の方だった。

ビクリと肩を揺らして恐る恐る見上げると、マサ兄はひどく傷付いたような顔をして私を見ていた。


心なしか、いつもよりその眼光が弱く感じる。




「マサ、兄。その…」


「その“マサ兄”っていうの、もう止めろ」


「え?」


「……もう限界だ」



初めて聞くマサ兄の弱々しい声に、初めて聞く謝罪に、私は固まった。

ずっと長い間、生まれてきてから大半の時間を過ごしたはずの人の、今まで知らなかった一面。

それが、いつもと違うこと、ロイの言葉が全て間違いではないということを示している。


荒い足音を立ててこちらに近づくマサ兄。

その距離が縮まるにつれて心臓の音が大きくなっていく。

怖いと、そう思ってしまう。

関係が変わってしまう、もう戻れなくなってしまう。

頭に咄嗟によぎったのはそんな思い。


けれど、私の体は動かなくて、マサ兄の動きも止まらない。




「悪い…わりぃ、アヤ…っ」



気付いた時には、その腕の中にいた。

私よりうんと体格の良いマサ兄に閉じ込められるように、さらわれるように強く抱きしめられている。

なのに、ひどく頼りなく縋られているような気分になるのはなぜなんだろう。


聞いたことのないような声で、私に謝罪しながら力を入れるマサ兄。

そこでふと気付く。

マサ兄の腕も肩も、その体の全てが震えていた。

声も、ガタガタだ。

なのに私を抱いたまま、情けないくらい揺れた声で、私に謝り続けるマサ兄。


ああ、とそう思った。

あんなにロイの言うことが信じられなかったのに、たった5分にも満たないこの触れあいの中で、私はあっさりと認めることができたのだ。


ずっと、あの世界にいる時からずっと理解していなかった事実に。




「気付けなくて、ごめんねマサ兄。大、丈夫…大丈夫、だよ」



私は、ちゃんと必要とされていたのだと。

マサ兄は、ずっとその荒い口調や態度の中に押し隠して耐え続けていたのだと。


マサ兄だって怖かったんだ。

関係が変わること。

彼の心に触れて、やっと理解できる気がする。


そっと恐る恐る背に手を回せば、さらに強い抱擁を返された。

マサ兄はそれから何かを言うということはなかった。

けれど、私を閉じ込めるように抱くその腕が緩むこともない。



これがロイの言う依存なのかは、私にはまだ分からない。

ただ、彼は私の想像をはるかに超えて、私をちゃんと求めてくれていた。

決して私はオマケなんかじゃなかった。


私がいなくなってこんなにボロボロになるくらい探し求めてくれていたんだ。

会うのが怖いと私が臆病風に吹かれている間も死ぬ物狂いで。

それが痛いほど伝わってきた。



マサ兄は、もしかしたら私が思っているほど強い人じゃないのかもしれない。

私がマサ兄に押し付けてしまっていたのかもしれない。

気付くこともできず、ただただ嘆いてばかりだった私がやっぱり恥ずかしい。




「大丈夫。マサ兄は大丈夫だよ」



私はただただうわごとのようにそう声を紡ぐ。

何が大丈夫なのか、自分自身でも分かっていない。

けれど、気付けばそう言っていた。


体中に大きな感情が膨れていって、わけが分からなくなる。

得体のしれない感情。

怖くて強くて、けれど大事な感情。


蓋をして見ぬふりをし続けてきた気持ちが、溢れてきたのはこの時だった。




「マサ兄、大好きだよ」




気付けば自然にそんなことを言っている。

零れるように、あっさりと。

あの世界であんなに言いだせなかった言葉なのに。


ピクリと、私を抱きしめる体が反応する。

前までだったらこれだけできっと怖かった。

拒絶されてしまうんじゃないかと、関係が壊れてしまうんじゃないかと思って。



でも、きっと大丈夫。

なぜだか、そう思った。




「…だから、“マサ兄”ってのやめろ。アホか」




小さくマサ兄がそんなことを言う。

掠れているけれど、さっきよりは少し回復したらしい。

私の知るマサ兄の声色に戻ってきた。


そんなことに安堵する私の顔を、マサ兄が覗きこむ。




「おい、聞いてんのかアホ」


「…そこまで私耳悪くないよ。聞こえてるもん」


「なら無視すんな」


「相変わらず俺様だよね」


「うっせ」




そんな会話をするのは本当に久しぶりのことだ。

素のまま、軽口を言えたことがすごく嬉しい。

彼が私のことを見てくれていると思うと、落ちつかないけど落ちついて胸が熱くなる。


ロイの言うとおりだ、本当は諦めてなんかいなかった。

あの時切れた糸は、期待する心だけ。

マサ兄に対する想いまでは切れなかったらしい。


嫌というほど痛む心臓が、それを何より証明している。



ああ、もっとちゃんと起きていたいな。

そう思うのにやっぱりまだまだ本調子じゃない私の意識は少しずつ白んでいく。

ロイと話してマサ兄と抱きしめあって、多くのことを考え感じたことであっという間にゲージが尽きていく。




「マサ兄、また起きるまで傍にいてくれる?」


「…だから、呼び方変えろっつの」


「あはは、まだ言うんだ」


「っ、うるせえ。元来しつこいんだよ俺は」




素直に頼れば、ぶっきらぼうな返事をしながら嬉しそうに手を握ってくれる。

そっと私を寝台に寝かせて手を絡めて、ぎこちなく私の頭を撫でる。


誰かに頼らなければ、縋らなければ生きていけない私はやっぱり情けない人間なんだと思う。

けれど、これで良いと初めて心から思えた。



だってそんな私を求めてくれる人がいる。

そう気付けたから。



なんだか幸せな気分になって意識が落ちる直前笑顔を見せた私を、マサ兄だけが見ていた。







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