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マサ兄を助けだす。

その言葉が全くもって分からない。

だってマサ兄に引っ張られて生きてきたのは私の方で、私は付いていくのにいつだって必死だった。


けれど、そんな私の思いを察したようにロイは首を横に振った。




「マサヒロもきっと人を頼れないんだろうね、唯一の例外はミサキかな?アヤから見ればあの2人はお似合いのカップルだったんだろうけど、俺からみた2人は姉弟だよ」


「姉、弟…」


「そう。憶測でしかないけど、ミサキは心情に聡いからマサヒロの心の闇にも気付いている。だから放っておけなかったんだと思う。勿論、昔馴染みとして支え合ってきた部分もあるんだろうけど、ミサキがマサヒロを見る目は手のかかる弟を見る目だ」



それは初めて聞く2人の人物評だった。

いつだってお似合いだ付き合うのも時間の問題だと言われてきた2人のことを、淀みなく姉弟と言う。

恋愛関係では有り得ないとキッパリ言う人を見たのも初めてだし、おまけにマサ兄を弟だと言う人も初めてだ。


ロイはあくまで真剣に言っている。

だから、大きな違和感を覚えながら私は耳を傾けた。



「これはミサキにも言われたことだけど、彼は俺と同じく誰かに依存しなければ生きていけないタイプの人間なんだ」


「な、え…ま、マサ兄が依存…?」



その言葉についに頭が付いていけなくなる。

だって私の知る限りのマサ兄とは正反対の言葉だ。

ロイが依存体質だということすらまだ飲みこみきれていないのに、すんなりと理解なんてできない。


けれどロイの顔は嘘を付いている顔ではなかった。





「マサヒロは俺以上に見栄張りで歪んでるからね、きっとそうすることで自分を守ってきたんだろうけど。まあ、アヤには意地でも知られたくなくて必死に隠してたんだろう、君が気付かなくても仕方ないよ」


「ま、まって。全然分からない」



パニックになってぐるぐる回る頭。

ロイの一言一言がとても信じられない。

全く理解できない言葉しか言われていない気がする。


落ちつこうと頭を抱えながら、心臓が落ちつくのを待つ。

ロイはそれを急かさず待ってくれた。

そして少し落ち着いたあたりで言葉を繋いだ。




「アヤ。世界にはね、人に頼られて初めて生きていける人っていうのがいるものなんだよ。俺もそうだから分かるけど、マサヒロは君に強く依存していた。君はちゃんと人を頼って、そのことに対して感謝してくれる人だ。それは、俺達みたいな孤独を恐れる人間にとってとてつもない救いになる」


「…」


「君が傍にいるマサヒロと、そうじゃないマサヒロは明らかに違う。この世界に来てアヤと再会する前のマサヒロの暴れっぷりと憔悴っぷりは普通じゃなかったよ。ミサキでさえ、マサヒロが狂うのを何とか抑えるのが限界だった。アヤの傍にいるときは、彼はそのこと以外全く目に入れようとしないし」


「でも!」



ロイがスラスラとさも当然のように続ける言葉に、私はついに大きな声を発した。

ロイが嘘をつく人だと思っているわけじゃない。

けれど、それにしたって私の中にも割り切れない事実と気持ちはたくさんあるのだ。

耐えきれなくなって遮ってしまった。



「でも、マサ兄はいつだって私に壁を作ってた!私は、お姉ちゃんみたく近くにいれたわけじゃない。そんなの納得できないよ、マサ兄から必要とされてると思えたことなんて一回も」


「うん、そう。それは俺も思うよ。けどね、マサヒロも必死だったんだろう。一旦アヤに近づいてしまえばアヤにどっぷり浸かってしまうから。そしてマサヒロは何よりも君と離れることを恐れていたはずだ」


「離、れる…?そんなの」


「…恋愛関係っていうのは一度破綻すると、厄介なものだ。元の関係に戻れるわけでもなく、自然と距離が離れてしまうことの方が断然多い。と、これはまあミサキから教えてもらったことだけど。けど、とにかくマサヒロは君が自分から離れる可能性を何一つ残したくなかったんだよ」




私の反論にもロイはあっさりと否定した。

それが正解だと言うように。

それでも上手く理解してくれない私の心。




「アヤ、俺はアヤに素直になって欲しい」




ふいにそれまでのことをぶった切った様にロイがそう言う。

思考が一瞬飛んで、バッとロイを見つめる私。

ロイは相変わらず優しい苦笑を浮かべて、私の頭を撫でる。





「アヤが自分で否定していることに俺は気付いていたよ。ずっと前、君はマサヒロのことを拒絶したね。その時にはもう気付いてた」


「ロイ…?」


「アヤ、君はマサヒロのことを好きなんだろう?今も」




…言葉を失う。

違う、そう否定しようとしたのに声が出てきてくれない。


マサ兄への想いは、一度完全に切れた。

それは事実なのだ。

マサ兄が嫌いになった訳では勿論ない。

けれど、マサ兄とそういう関係になることを今の私は期待していない。

あるのは純粋な兄貴分に対する想いだけだ。




「違うよ」




なのにロイはそんな私の思いを否定する。




「封じることで君は自分を守っただけ。一度彼に対する期待の糸を切ったのは事実だろう。そうでもしなければ自分を保てなかったから。想いまで断ち切ったわけじゃなかった」


「ちが、」


「アヤ。諦めなくて良いんだ、君が彼を好きだって誰も咎めない。マサヒロが求めているのは、ヒロインじゃない。良いんだよ、ヒロインなんかになれなくたって」



ガチガチに固まる私の体をロイはそっと抱きしめた。

宥めるよう、諭すよう、優しく私に語りかける。


ロイの言ったことが信じられているわけじゃない。

マサ兄が本当にそうなんだと思ったわけでもない。

けれど、最後にロイの言ったその言葉が酷く私の心を揺らす。



ヒロインになれなくても良い。

綺麗じゃなくても、強くなくても、醜くても良い。

大丈夫。


何度も何度もロイはそう言う。

どうか諦めてしまわないでと言うように。





「アヤ、ちゃんとマサヒロと話しあってごらん?自分の目で、耳で、心で確かめるんだ。自分の気持ちとマサヒロの本心を」


「そんな、そんなの」


「君達は前に進むべきだ。そうじゃなければアヤが幸せにたどり着けないなら、俺は手荒な真似だってする。…せっかく2人とも生きてしっかり心を持ってるんだ、どうかその心を無駄にしないでほしい。後でちゃんと殴られてやるからさ、マサヒロ」


「…え?」


「………今殴らせろ、この野郎」






思わず息をのむ。

誰もいなかったはずの部屋に、マサ兄の姿が現れたのだ。

ただでさえ混乱している頭で、理解なんて出来るはずがない。



「ろ、ロ…イ…?」



思わず名を呼んで手を伸ばすけれど、今度はロイの姿の方が見えなくなっていた。






「…あの野郎」



響いた低い声に肩が大げさに揺れる。

顔が見れない。


どうすればいいのか分からず、私は途方にくれた。










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