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姉と幸せ





「もう本当ごめんね、彩美!リズの奴、本っ当大人げないんだから」


「まあまあミサキ。兄上も色々とストレス溜まっているんだよ、大目にみてやって?」


「ロイシュさんはリズに甘過ぎるの!おかげで私は彩美との大事な時間削られてるんですよ」




部屋が一気に賑やかになった。

3年ぶりの再会から、1カ月。

私の部屋には今、お姉ちゃんがやって来ていて隣にロイがいる。


お姉ちゃんとマサ兄は別々に私の元へ訪れる。

皇帝陛下の強い強い希望で昼間しか抜け出せないお姉ちゃんと、お姉ちゃんがいない間ひたすら拗ね続ける皇帝陛下をマサ兄が嫌々宥めてるという事情らしい。


お姉ちゃんが来る時はたいていロイも一緒にいて3人で雑談をするけれど、マサ兄が来る時は決まってロイは席をはずす。


その理由を尋ねてもロイは曖昧に笑うだけだ。

私が暴れたことが原因でマサ兄とロイの関係が悪化したのだとしたら、本当に申し訳ない。

そう思ったのだけれど、ロイは「いや、アヤは関係…あるんだけど、これは男の問題でアヤが悪いことなんて全くないから」とそれ以上教えてくれなかった。


思い出すのはロイに殴られたというマサ兄のあの真っ赤な頬。

にわかに信じられなかった私だけれど、あの後部屋を訪れたロイの頬もまた真っ赤だったことで、どうやら本当の出来事らしいと理解した。

原因がどこにあるのかすぐに察して真っ青になった私に、これまたロイが「いや、カッとなって手出したの俺だし。完全私利私欲だし、アヤがそんな顔してると俺罪悪感でいたたまれない」なんて言うからそれ以上聞けなかった。


そんな経緯があってロイとマサ兄が一緒のところを最近では滅多にみない。

たまにお姉ちゃんとマサ兄が2人揃ってくる時くらいには見るけれど、それでさえ全く会話をしないから実はすごく心配なこの頃。



とにもかくにも、そんな感じで日々は流れている。

マサ兄の言葉がよほど効いたのか、その後のお姉ちゃんとの手紙やロイとの会話で慰められたのか、お姉ちゃんやマサ兄と会っても恐怖を感じることはなくなった。


傷だらけの顔を晒すのは未だに勇気がいるけれど、あっさりと受け入れていつも通り接してくれるから私も最近やっと心が落ち着いてくれたんだと思う。

まだ見知らぬ人と会うことはできる状況じゃないけれど、会える人の数が増えたというのは良い変化だった。




「それにしてもあんなに子供っぽい兄上を見るのは未だに慣れないな、ミサキに対しては本当不器用で見てる方がハラハラするよ」


「私はむしろロイシュさんがリズを大人っぽいと思っていた事が衝撃なんですけどね」


「あはは、あれでも皇帝としてはとても頼もしい方なんだよ。毅然として、堅くなりすぎず、優しくなりすぎずでね」


「…まあ、それは、そうですけど」




お姉ちゃんと会う時は、大体お姉ちゃんとロイが話しているのをただ聞いているだけで時間が終わる。

お姉ちゃん相手にもだいぶ話せるようになった私だけれど、まだ多くを話すには気力と体力が追いつかない。

それに皇帝陛下のことを愚痴りながら話すお姉ちゃんと、それを宥めるロイの会話は聞いてるだけで心が和むくらい温かい。


この時間が楽しいと感じるだけの余裕も生まれてきていた。




「お姉ちゃん、皇帝さんと結婚しないの?」


「え…?いや、彩美。わ、私は別にリズなんて」


「ロイ、皇帝さんお姉ちゃん大好きなんだよね?」


「うん、もうこっちが胸やけ起こすくらいにはミサキにぞっこん」


「ちょっとロイシュさん!」


「…玉の輿だよ?」


「…そうね、それは確かに美味しいわ」


「おーい、君達もう少し歯に衣着せて話そうよ。というか可愛らしい乙女の会話から何でいきなり現実的な話になるのさ」





いつも会う時間は30分にも満たない。

私がしっかり意識を持って話せる連続時間がだいたいそれぐらいだからだ。

これでもだいぶ前進した、1カ月前までは5分でも厳しかったから。

長い間塞いでいたこの心と体は、それほどまでに弱くなっていた。

人にとってはとても短い時間でも、私にとってはすごく長い時間なのだ。

まだこの体はすぐに疲れて眠気を誘う。


30分話して、その倍以上の時間を使い休息。

夜は少し頑張って1時間くらい起きて体力を使い、寝る。

今の私はそんな日々の繰り返しだ。


それでも着実に進んでいる事実が今は素直に嬉しい。

お姉ちゃんも喜んでくれる。

マサ兄は相変わらずだけれど。



それにしてもと、私はそっとお姉ちゃんを見つめた。

アラビアン風の透明感のある服をいくつも重ねて髪を編み込んでいるお姉ちゃん。

あの召喚から3年が経つと言うことは今の私はもうすでに23歳で、お姉ちゃんは26歳。


ものすごく綺麗になったと思う。

そして、顔を真っ赤に染めて愚痴を吐きだすその姿は何だか新鮮だ。

どちらかと言えば昔から冷静で大人っぽいお姉ちゃんが無邪気に文句ばかり言うのは予想外だったから。

皇帝陛下のことを子供っぽいと言うお姉ちゃんもまた、皇帝陛下が関わると途端に高校生みたいに純情で可愛くなる。


時間は確かに動いているんだと感じた。

私だけじゃない、お姉ちゃんにだって色々な出来事があって考えの変化が起きているんだと思う。




「せめて歩ければな…」



思わずそう呟いてしまう。

前にロイに聞いた話が頭をよぎる。


私がこんな状況で世界を救う気などないと、お姉ちゃんやマサ兄が言っていたということ。

まだまだ回復したとは言えない私が枷になっているのではないかと、そう思うことはあった。

せめて私が自分のことくらいできればお姉ちゃんも安心して自分の気持ちに素直になれるのではないかと。



「彩美、それとこれとは別。私は妹を理由に自分を犠牲にするほど性格良くないよ」


「え、あ、その」


「私にはまだ時期が来てないだけ。あと彩美が焦る必要はないの。たった1人の妹との時間大事にするのは当たり前じゃない、リズに邪魔されるいわれはないわ」




マイナスに考えそうになるとすぐに察して、凛とした声でそう言うお姉ちゃん。

毎回毎回私は敵わないと痛感する。

清々しいほどに。




「まあ、歩けた方が確かに便利だけどねー」



そうやってカラカラと笑ってしまうお姉ちゃんは強い。

もどかしくないはずがないだろうに、本当に何でもないことのように言ってしまう。

再会してからの私はそんなお姉ちゃんに感謝しっぱなしだ。





「そう言えば歩く練習、してるんでしょう?マサの奴、ちゃんと支えてやれてる?」


「う、うん。マサ兄、優しいよ」


「へー、マサからは想像できない言葉ね」


「いやいやミサキ、マサヒロしっかり支えてくれてるみたいだよ。最近じゃアヤも立てるようになってきたし。…たまに怒鳴り声聞こえるけど」


「…駄目じゃないですか」


「うーん、でも正直アヤが無理したときガッツリ叱ってくれるのは有難いかな…」


「ロイシュさん、マサが好きなのか嫌いなのかどっちですか…」


「あー…、複雑な男心ですよそれは。マサヒロ自体は好きだけどね、なんとなく良いとこばっか持ってくから気に食わないというか」


「マサと同じこと言ってますよ、それ」


「あはは、優しいなあミサキは。良いよ、俺に対する文句だらけだって言ってくれて」


「いや、あれは文句というより暴言ですね」


「うわ、酷いな。言われる心当たりありすぎるから反論できないけど」




途中から何を言っているか全く理解できなくなった私は首を傾げるしかできない。

何だかんだとロイとお姉ちゃんは仲が良い。

私から見てもそう思うし、皇帝陛下なんかは2人の仲の良さに嫉妬して3日くらいお姉ちゃんを監禁までしたという話も聞いた。


相変わらず会話を続けている2人を尻目に、私はマサ兄のことを考える。



誰かの補助もなく何とか立てるようになったのはつい最近のことだ。

立ちあがるにはまだ補助が必要だけれど、一度立つ体勢を取れればなんとかそれを維持できるようになってきた。

それならと少しずつ足を動かす練習を始めたのがついこの間のこと。


マサ兄はその練習の大半を付き合ってくれていた。

体を支えて、無理のない程度にアドバイスをくれる。

驚くほど辛抱強く、全く前進しなくても責めることなく、動けば「よくやった」とぶっきらぼうに言ってくれる。


ロイの言う「たまに聞こえる怒鳴り声」は、私が無茶した時限定だ。

マサ兄は私が無理することを極端に嫌がるらしく、身心の疲れ果てた状態で練習しようとしたり痛みが強いのに歩こうとしたりするとすぐ察して怒る。

そうしてひたすら支え続けてくれる。

優しく。



3人に支えられ、励まされ、亀並の速度で前に進む私。

もどかしくなったり悔しくなったり情けなくなったり、そんな感情が消えてくれることはないけれど、それだけじゃない日々がどんどんと増えているのを感じている。


いつか自分がちゃんと回復した時には、その恩を返したい。

自分にできる精一杯のことをしたい。



奴隷時代には考えられないほど前向きになった日々が、とても幸せだと思った。








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