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切れた糸



恋を諦める瞬間っていうのは、今まで経験がなかった。

20年近く生きてきて誰かを好きになったことなんてたったの1度きりだったし、その1度きりの想いだって小さな頃から10年以上ずーっと続いていたものだったから。


想い人は、近所の家に住むお兄ちゃん。

たった3つだけの年の差でも、私には大きな差で。

そのお兄ちゃんが自分の実姉と同い年とくれば尚更。


王子様はお兄ちゃんで、お姫様はお姉ちゃん。

私はさしずめその周りをうろちょろと付いて回るオマケだ。


分かっていたことではあった。

いつも何をやったってお姉ちゃんより秀でたものが何ひとつない時点で察するべきだったこと。

私が頼りっきりだったお兄ちゃんに私が一度だって頼られなかった時点で尚更理解すべきだった。



けれど、結局のところ私は何一つ納得なんてしていなかったんだ。

いつかそれでも追い続ければこっちを向いてくれるかもしれないなんて、そんな漫画のような展開を馬鹿みたいに信じていたんだろう。


振り向いてくれるような要素なんて私には何一つなかったくせに図々しく。






「おい、聞いたか?巫女が召喚されたらしいぞ」


「ああ、何でも大層なべっぴんさんだってな。お付きの殿方も大層凛々しいお方だとか。巷では巫女様をお守りする勇者様だと呼ぶ奴もいるらしい」


「へえ、そりゃまたお前とはえらい違いだなあ?」


「……」





馬鹿な私は、ここまでハッキリと区別されなければ理解できなかったんだろう。

図々しく選ばれし勇者様に恋して図々しい願いを持った人間の末路なんてどの本を読んだって一緒だ。


蔑むようにニタリと笑う男を睨みつける気力だってもう残ってやしない。

遅すぎる自覚に、ただただため息がでてくるだけだ。



まさか異世界召喚なんて現実離れしたことが実際に起きるだなんて予想外もいいところだったけれど、そんな中でも現実なんてものは存在しているらしい。

望まれない者が巻き込まれて召喚されたところで、神様は拾ってなんてくれやしないんだ。

この世界もどの世界も、必要な人間とそうじゃない人間というものはキッカリと区別されている。

それはもう理不尽なくらいに。


片や国の救世主様、片や奴隷。

それが2人と私の埋めようもない差だ。



落ちた場所が悪かったんだろうか、それともタイミングが悪かったのか、はたまたそもそもあの2人にべったりくっついていた私が悪かったのか。

全部なのか、全部違うのかそれは分からない。


けれど、確かに言えることは私は取りこぼされた側の人間だということ。


急に視界が暗転して何かに引きずりこまれたかと思えば、見たこともないような紫色の空が広がっていた。

それがこの世界の夜だということすら分からない私は、何が何だか分からずただ独り固まっていたことを覚えている。

街のどこからでも見えるくらい高く大きな王宮でも、人の賑わう街中でもなく、オレンジがかった砂漠の上に落とされた私。


どうやら奴隷なんて制度があるらしいこの世界、夜に独り座り込む無防備な女がその奴隷にされるなんてわけないことだった。どこの世界にも悪党なんているわけだし、隙だらけの人間に付け込んで金にする人間だってどこにでもいるものだ。

今さら気付いても遅いけれど。

けれど正直そこは許して欲しい、普通こんな事態にいきなり引きずり込まれて完璧に立ちまわれなんて方が無理だと思う。



だけど、それにしたって酷い話だ。

なにもここまでしなくたって良いのになんて思う。


袋に穴を開けた程度の薄汚れた服とも言えないようなものを被せられて、手足を肌がすれるくらいキツク縄で巻かれ、足には重りまで付けられる。

若く健康的な女はそれなりに需要があるからこれでも待遇は良い方らしい。らしいけど、現代日本で生きてきた私にとっては有り得ない待遇だ。

初めの1日は恐怖とパニックで喉が枯れるくらい泣き叫んだものだけど、容赦なく殴られ続けて、そんな感情すらも麻痺してしまったらしい。


私の脳内に今占めているのは、命や貞操の危機なんかじゃなくて、自分の惨めさについてだった。

異世界からの召喚自体が200年ぶりと誰かが言っていたことからも、私の他に召喚された人間こそが姉と想い人だということは明確だ。


召喚されたと話題に上る人が、巫女様と勇者様。

同じく召喚されたはずの私が、奴隷。



埋めようのない差。

今まで何度となく感じてきた壁を、ここまではっきりと線引きしたように見せつけられたら流石に惨めにだってなるし卑屈にもなってしまう。


結局のところ、自分が2人のオマケだなんて言うこと自体図々しい話だったのかもしれないと思うほど。





経験したことのなかった恋を諦めると言う感覚。

味わったのはこの時だったんだと思う。


私はマサ兄のヒロインにはなれない。

10年以上紡いできた細い想いの糸が、ぷつりと切れた瞬間だった。















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