三話 中 力こそ正義
龍族は伝統ある最強の魔族種である。誰がそう決めたのかは分からないが、なぜそう決まっているのかは魔族の常識だ。
|力こそ正義《Power is Justice》。
勝ったものこそが正義であるというこのセンテンスが、魔族の共通ルールであった時代があった。
龍族はその時代に勝ち続け、絶対的な強者の立場を確立したのだ。
そして今。
私は苛烈な龍族の攻撃に晒され、現実に歯噛みするしかなかった。
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初手は間違いなくこちらが早かった。
突きからの横薙ぎ。こちらから見て右から左に向かって突きこむため、弾かれるとしてもその方向は左側だけに限定される。弾かれようが避けられようが、そのまま踏み込んで右へと斬り払う得意のモーションだ。
そしてこの型は、ナオトには初めて見せる物でもあった。
だが、
「龍族を相手に力押しとは、君らしくない油断ではないかな?」
ナオトが無造作に右手の片手直剣を振り払った。
弾かれた勢いを手首で返して二の太刀で切り落とす。
覚悟を決めて力を込めた大剣が片手剣とぶつかった瞬間、想像以上の衝撃が生まれ、
「くおぉっ!?」
踏みこたえる事もできず、私は宙を舞って左手側の壁にぶつかっていた。
視線はナオトに見据えたまま、私は急加速する己の鼓動にめまいを感じながら、なんとか大剣を下段に構えた。
手首が尋常ではなく痛む。次の動作の予備として力を込め始めていたタイミングだっただけに、手首は威力を逃せずにこらえようとし、負傷を得たのだろう。
100kgを超えるウォードッグの巨体を、軽く振った片手の武器で吹き飛ばすなど信じられない……それが龍族でなければ、の話だが。
「龍族は長命ゆえに強さのピークが訪れるのが遅い、だったか?」
「巨体と膂力に優れた筋肉を持って生まれる龍族のピークが訪れるのは生後100年を過ぎてから。私は未だ成長の途上なのさ。対してウォードッグである君は、脆弱な肉体のピークを迎えている。お互いの差はわかったね?」
ナオトは片手直剣をレイピアのように前に突き出して構えた。
学生時代に何度も手合わせしてきた構えだ。武器を持たぬ左手のゆとり、足の開き、そしてこちらの瞳を直視するその強い意思。
何一つ変わらぬナオトを見て、だからこそ私は過去の記憶を捨てた。強いて言うならリフレッシュだ。
今の彼は、私の知る彼ではないのだ。謀反をおこした、龍族のはぐれ。
「よくわかったさ。お前を生かしておいてはいけない。刺し違えてでも、ここで仕留めさせていただこう」
「……君も変わらないな。礼節をわきまえているくせに、好戦的な猟犬だ。魔族の品位を保つのに、君以上のはぐれハンターはいないだろうね」
「まさか。命令のあったはぐれの誰にも負けず、全てに勝つやつが一番のはぐれハンターさ。お前の買いかぶりも懐かしいが」
お互いの今は、これで十分に分かった。
後は決着するだけだ。
「じゃあ、本気で行かせてもらおうかな。命乞いがしたかったら、その少女の命を差し出すのだね」
「断わらせていただこう」
風より早く走る猟犬の誇りは捨てられない。
私は剣を下段に、身をさらに低く構えると、暴風のように吹き荒れるナオトの剣陣へと飛び込んだ。
● ● ●
常に必殺を意識した一撃を連撃し続けた。
突進しながらの上段振り下ろし。回避されれば床を打った反発力で斬り上げる。愛剣を払おうとするナオトの剣は触れないように躱し、突きを放って距離をとってはこちらに有利な位置を維持する。
龍族の弱点はわかっている。それは己の筋肉があまりにも強力であるため、常に全力でこちらの剣を払うことはできないのだ。
故に、『弾き』のタイミングは連続ではない。常に回避による休息を挟んでいる。
もちろん、ナオトにそのつもりはないだろう。しかし私に付け込める隙は、もうそこしかない。彼には気づかせず、そのタイミングを掴み、勝負を仕掛けるしかない。
「どうした。ふらついているじゃないか?」
「お前をどうやって真っ二つにしてやろうかと、考えているのさ」
軽口を叩く間も手は休めない。だが、常に全速の攻撃を続けるわけではない。
時に緩め。時に途切れさせ。時に加速し。時に連撃する。ナオトの戦い方は才能に任せた力技だ。昔よりも磨きがかかっていると言っていい。
だから、弾きと回避のタイミングを見きった今こそ、勝負を仕掛ける好機。
仕掛けるのは最初と同じ、平突きからの水平斬り。
肘を軽く立て、突きだとわかりやすいモーションを取る。
ニヤリと笑ったナオトが、目線を私に向けたまま、毒の言葉をまき散らした。
「あなたの父親。バルトハルトとかいう人間は二階に捕らえています。この犬を裏切れば、二人とも助けて差し上げますよ?」
全力で突きを放ち始めた瞬間、全身に掛かっていた何らかの強化魔法が霧散していった。
まずい。魔法の補助がなければ、この大剣は一度しか振りきれない。
もはや全力の加速を乗せているため、私に出来るのは剣を手放して殺されるか、突きを躱されて殺されるかの二択しかない。
歯を食いしばって剣の右に避けていった旧友を睨みつけると同時、ナオトが振り回した巨大な尾が腹部に突き刺さった。
鉄製の鞭のような強烈な衝撃が内蔵を駆け抜け、気づけば私は壁にたたきつけられていた。