三話 上 旧友
不当な暴力で母を奪われた少女と、暴力を制せず死にかけた私は、手に入れた力によって蹂躙を実行し続けた。
サーチ アンド デストロイ。
猟犬としてより速く、より強く、よりしつこく、より丁寧にはぐれ共を殺して回った。
その結果、更なる力(EXP)を手に入れて自在に呪文を操り始めた彼女から、彼らが逃げ隠れる事は不可能だった。
結論として、我々はたった一日で彼らが本拠地として使っているであろう集落まで辿り着いてしまった。
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森の奥。本来は動物を狩るのに適した深い位置にその集落はあった。人里離れて獣の領域に近づいた結果、逆に全てが制圧されるまで、隣にあるラーナの村も異変になかなか気付かなかったのだろう。
彼女に聞かずとも、私はこの村の事を知っていた。
「ランメリーおじさんも、たぶん……死んじゃってるよね」
彼女の実の叔父、亡くなった母親の弟のことだ。だが、親類が亡くなったにしては、彼女の声はどこか冷静で、昨晩の形相が嘘のような穏やかさだった。
母親が亡くなった時の怒り、憎しみの炎の激しさが鳴りを潜めている理由は推測できた。
彼女の人生すべてよりも遥かに長く、大きな私の記憶が、彼女を塗りつぶしてしまっているのではないか。
だとすれば、彼女には事が終わったら自由にたくさんのものを感じてほしいと我儘を思うのだが。
(唯一の身寄りが居た村もこの有り様では、私の財を与えても一人で生きていくしか……)
はぐれが寝床にしているのは、臭いからして村の一番奥だろう。えてして、そういう場所には最も大きい村長の家などがある。
破壊され、昨日の雨で汚れきった家具を横目に見ながら先へと進み、彼女に何かを言うことも出来ず、私達は目的地に辿り着いた。
一際大きな木の家だ。
おそらく中は、村人が集まれるホールのようなものがあるのだろう。ドームのような一階の上に、小さな小屋が乗っているような、不思議なデザインの家だ。
そして、中から漂ってくる尋常ではない獣臭。血臭。そして死臭。
胸くそ悪さを抑えて、彼女を背に隠しながら扉に手をかけた。
あぁ。だがしかし。
この中から漂ってくる身の毛もよだつ臭いの中に、信じたくないものがあった。
あえて何も考えず、木製のドアノブを回してドアを開ける。
「やぁ、久しぶりじゃないか、シンゴ」
響いた声は、予想通り。
「元気そうで何よりだ、ナオト」
そこには共に武を鍛えた学生時代の親友が、マスターの母と叔父の生首を足裏で転がす姿があった。
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「元気。そう、元気だ。ここには良く暮らし、自然になじんだ人間たちが暮らしていたからな。彼らの精力は実に俺達の好みだった」
ゴトゴトと音を立てる生首に、ラーナが息を詰める。
「足を放せ」
「なぜ君がその少女を守っているのか。それを教えてくれたら放してやろう」
ナオトは私の目をしっかりと見据えてくる。だが、彼の意識の大半は私ではなく、ラーナに向かっていた。
それもそうだろう、
「名うてのハンターであり、ターゲットの親友として戦闘の癖も知り尽くしている。そんな君がなぜ、か弱い人間の少女を守るのか……何かがあると思うのが当然だよな?」
面倒くさい男だ。昔から変わらず、龍族であることと己の力にプライドの重きを置く性格であった。そして同時に、自分の思考に絶対の自信を持っているタイプでもある。
自分を否定する意見は中々受け入れないタイプの男だった。そんな彼と仲良く付き合っていけたのは、
「か弱いからこそ、お前たちの毒牙から守ってやるのが、この社会を守る俺たちはぐれハンターの責務だ」
一瞬固まったナオトは、頭を左の壁に向かって蹴り飛ばした。
ゴトゴトンと音を立てて生首が転がり、彼はゆっくりと立ち上がった。
「ソレならば何故、彼女をこの場に連れてきた?」
「彼女に復讐の瞬間を目に焼き付けさせるためだ」
「人間との接触はハンターのご法度だろう?」
「バレやしないさ。私はお前を殺して帰ればソレ以外は問われない」
「私が彼女を狙うのを、君が止められると?」
「止められるし、お前は無防備な少女を狙わないさ」
お前のプライドにかけて。
飲み込んだ言葉は正確に伝わったのだろう。
気持よさそうに笑ったナオトが、ゆっくりと立ち上がった。
「離れていろ、ラーナ。身体強化魔法以外は、全て防御に回せ」
「分かった……気をつけてね、シンゴ」
任せろ、とはいえない空気がナオトから放出されていた。
学生時代は感じたことの無い、重い空気だ。
「それじゃあ、学生の時につけられなかった決着を、今つけよう」
「お前、私に10回くらい負け越してるだろう」
「真剣勝負なら、過去の戦績は関係あるまい」
なるほど。ならば、
「ここからは、」
「一発勝負だ!」