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二話 下 やっておしまいなさい!

 夜の闇で洗い流された匂い達が、朝日につられて立ちのぼっていた。

 朝の時間だ。


「あんなことがあっても、朝はやっぱり気持ちがいいのね」


 穴蔵から這い出てきたラーナは、すっきりしたのに、その清涼感を認めたくないような、そんな複雑な表情を見せる。

 私の20数年の記憶が流れ込んで、まだ一晩しか経っていない。

 残酷な体験と、それを上回る記憶の数々。そしてテイマーとして使い魔との納得を経て……今、私達は改めて死地へと向かおうとしている。

 十歳の少女に抱えきれるものではない。

 私は彼女の首をつまむと、肩へと乗せた。


「わわっ!?な、なにっ!?」

「理由はない。ただ、君の目でいろんなものを見るべきだと思ったのだ」


 周囲に気を配りながら森の中に入っていく。ラーナに枝があたらないように気をつけながら、噛み砕いた言葉をゆっくり伝える。


「朝は気持ちがいいものだ。だが、今日の君がそれを受け入れたくないなら、受け入れなくてもいい。

 私の記憶を手に入れても、君がみて、感じたもののほうが君のためになる」

「……わかんないけど、考えるのは全部落ち着いてからにするわ」


 それでいい。

 頷いてから、私は改めて口にした。


「それでいい。考える時間も、どうやらあげられそうにないからな」


 汚れた獣臭が鼻をつく。

 昨日のアイツラと同じ臭いだ。位置は風上。自慢の鼻がギリギリ気づける範囲だ。敵には補足されていない自信がある。


「接近して奇襲する。声を出さないでほしい、マスター」


 こくこく、と口を押さえて頷いたマスターに微笑を返して、私は足音を殺したまま全力疾走に移った。



   ●   ●   ●   ●   ●



 敵の集団は二十人に及ぶ部隊だ。

 種族はバラバラだが、半分近くが鼻のつぶれたようなオーク種で、残りは四足歩行の獣という混成部隊であることを視界で確認した。

 昨日出会った集団は十人前後だったので、敵もこちらを警戒していることは明らかだが、その中に嗅覚に優れたモンスターがいないのは戦力不足か不注意か。


 敵の数は倍なのになぜか余裕を感じながら、突撃のために身構える。

 風下の茂みに隠れながら、ラーナが不安そうに手を握ってくる。


「いけるの?」


 声が若干震えていた。

 当たり前だとおもう気持ちと一緒に、もっと私を信じられないものかとも感じた。


「任せてほしい、マスター。きっちりとやり遂げよう」

「そう。ならお願いするわ」


 彼女の声が少しだけ定まったのを確認して、私は一気に茂みから飛び出した。





 最初の敵までの距離は30メートル。

 本当にこちらには気づいていなかったのだろう。両足に力を込めた全力疾走から、背中の大剣を抜刀して横薙ぎに叩きつけると、無抵抗で3人が真っ二つに両断された。


「テメェっ!」


 振り切った大剣を反動で切り返す。声を上げた二人も同様に真っ二つにしてから、自分が感じていた余裕の正体に気づいた。

 一つ、自分の体から、全ての不具合が消えている。長年の戦いで積み重なった小さな痛みの全てが消え去り、肉体はベストの状態に至っている。

 一つ、私の使えない肉体強化の魔法が、知らぬうちにかかっている。

 ラーナ以外に原因は考えられないが、考えてもわからないので無心で突きを放って飛びかかってくる小型のトラを顔から尻穴まで貫通させた。


 私の愛剣の特性は【全力を込めれば誰でも振り抜ける】という一点に尽きる。それはつまり、全力をこめるが故に、それ以上の力を必要とする切り返しの二撃目が放てないという弱点を孕んでいた。

 一振りで薙ぎ払えない数の敵には使えない、不利な特性。

 そのありえないはずの二撃目が放てたのはマスターのおかげであり、


「弱点が消える、というのは反則くさいが、数の不利を考えれば妥当なリードだ」


 躊躇せずに左右から飛びかかってきたトラを上下それぞれから斬り殺しすと、敵の数はあっという間に半分にまで減じていた。

 さすがに不利を悟ったのか、敵も散開しはじめる。


「……お前が昨日の夜、オレラの身内を殺したハンターか?」

「如何にも」

「チッ、運がねぇな……。だが、ただじゃ死ねねぇ」


 おい、お前ら!と号令がかかると、最後尾にいたトラ(……いや、スリムな体型からしてチーターか何かだろうか)が反転して走り始めた。

 同時に敵は散開してこちらを包み込むように隊形を組み直す。こちらからはどうやっても同時に二人を斬り殺すことが出来ない陣形だ。


 やはり訓練されている。

 陣形を組めることも然り、そのために己の命を捨てられること然り。

 敵が軍隊を作り上げようとしているのだという実感に慄きながら、どうすれば逃げ始めようとしているあのチーターを仕留められるのか考える。


 だが救いの手は意外なところから現れた。


「行かせないわ」


 いつの間にか敵の後方に回っていたラーナが、木陰から飛び出してチーターに弓を向ける。

 ラーナとチーターは直線上に並んでいる。武器を投擲すればおそらくラーナも殺してしまうだろう。武器を捨て、四肢で駆け抜ければという可能性も考えたが、いくら俊足を持ち味とする犬族でもチーターには敵わない。

 結果、迷った数瞬で差は詰められぬものとなり、やぶれかぶれの跳躍のために膝を折ったときには、既にチーターは進路上に現れたエサに飛びかかっていた。


「マスター!!」


 せめてマスターが一撃で死ななければ、致命傷を受けてもあのクソ畜生だけは必ず殺す!!

 混乱する高速の思考の中で冷静に空中で態勢を整えたその時、強く風が吹いた。


「エアスト・シールド!」


 放たれた明朗な声は間違いなくマスターのものだ。そして誤りなく、それは呪文であった。

 なぜ、彼女が呪文を唱えられるのか?

 彼女の記憶の中には呪文の知識はなく、私の記憶で呪文を知り得ても、それを扱えるだけの実力が彼女に無ければただの言葉遊びにしかならないはず。

 ただの真似事か。ヒヤリとしたが、飛びかかるチーターの鼻先に風の盾は現れ、噛み付いた畜生を暴風で弾き飛ばした。

 吹き飛んでくるチーターを真っ二つにして、マスターの正面に着地する。


「……マスター。説明できるか?」

「わからない……。けど、あなたがアイツラを殺すと、なんだか力が溢れてきたの。なんとなく、出来る気がして」


 奪った生命力(EXP)の共有だろうか。

 戦いを知らなかった少女が実践に立ち、急速に成長している。どのような理屈が働いているのか分からないが、効果が現れていることだけは確かだ。

 本来ならば、ゆっくりと魔物使いの能力について調べたいところだがそうも言っていられない。

 敵は待ってくれないし、何より横の少女が既に次の呪文を唱え始めているではないか。


「えーっと、スラッシュ・レイン?」


 もっとも簡単な部類である風の盾に続き、やや難しい『かまいたちの雨』までをも簡単に唱えてみせた。

 もちろん今回も遊びではなく、敵には無数のかまいたちの刃が襲いかかっていた。

 横を見れば、彼女はゆっくりと息を吐いて、頬を赤く染めていた。


「大丈夫か?」

「うん。ぜんぜん平気。すごくて、おどろいちゃった」

「そうか。ちなみに今の呪文、あと何回くらい唱えられそうだ?」

「あと十回くらいはいけるかも」


 生まれて初めて呪文を唱えたにしては、予想以上の精神力だ。私の記憶が流れ込んでいることも、彼女自身が魔物使いの血脈であることも、全てが状況に対して有利に働いている。

 こういう時の、私の持論がある。

 勝てる時は、どんどん勝ってしまえ。

 幼なじみの、お気楽なネコマタキャットが耳元でささやいていた。


「ラーナ。敵が逃げる前に一気に制圧する。走り抜けるから、今度は肩じゃなくて肩車をしたいのだが……良いかな?」


 仮にも従う身で肩車をさせろなど不躾にすぎるお願いだが、この場では私が駆け回りながら、彼女の呪文を的確に放つほうが効率が良い。

 一々説明する時間はなかったが、彼女は顔の赤みをさらに強くして、大きく頷いた。

 膝をついたままの私に飛び乗って、彼女はしっかりと私の耳をホールド。

 ……うむ。改善の余地はあるが、いったんこれでよしとしよう。


「前後左右の方向と呪文を指定する。あんまり深く考えずに、敵の方に向かって片手を伸ばして唱えるんだ」

「おっけー。それじゃあシンゴ……」


 踵と膝を浮かせて、浮足立った敵を正面に見据える。


「やっておしまいなさい!」


 主の求めに答えて、全力疾走の忠犬が戦場を駆け抜けた。

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