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イリス出発

 教会へ戻ると、俺たちが眠った長椅子に果物を置いているサラがいた。彼女はその細腕一杯に果物を持って、それを一つずつ並べてるようだった。

 他にも、パンやチーズ、干し肉の欠片なんかが並んでいて、俺たち二人は顔を見合わせ、彼女に何処から持ってきたのか聞いた。


 彼女は、あっけらかんと「教会にありましたよ。果物は裏の木になっていたので」と言った。


「それって、大丈夫なのか? 勝手に採ったりして。それに、パンとかも」

「大丈夫ですよ、教会ですもの。後でちょっとした寄付を置いて行けば」

「……いいのか?」


 それが常識なのかよくわからなくてフェリクスを見ると、彼もよく分からないようで、困った顔で返された。

 普通に考えたらダメだろうと思うものの、サラは堂々としているし、腹の空き具合も深刻だったので、彼女を信じることにした。

 俺が空いているところに座ると、フェリクスも倣ったように着席した。


「さ、食べましょう。私お腹がペコペコです」


 サラが俺たちにパンを差し出した。

 黒っぽいハード系のパンに薄くスライスしたチーズをを乗せたそれは、ちょっとしたサンドイッチのようだ。ちょっと硬めだが程よく小麦の味がするパンに、しっかりと味が付いたチーズはよく合って、物凄く美味しかった。一口齧るごとに、食べるスピードが増すくらいに。


「そういえばさ」


 パンを食べ終え、すももにかぶりついた俺は、果汁を手に滴らせながら言った。


「結局、この教会の司祭さんって、帰ってこなかったな」


 そうなのだ。

 朝になっても、司祭が帰ってきた形跡は無い。そもそも、帰ってきたなら真っ先に俺たちを起こすだろう。見知らぬ人間が勝手に教会に入ってきて、あまつさえ呑気に寝こけているのだから。

 それどころか、泉に行った時にも村人の姿すらなかった。


「それなんですが」


 サラが食べていたパンを置いて、難しい顔で言った。

 

「私、お二人より早く起きたので村をあちこち見に行ったんです。でも、誰もいなくて……」

「一人で言ったのか? 起こしてくれれば良かったのに。危ないだろ?」

「もう夜も明けてましたし、お二人ともお疲れの様子だったので」


 サラは何でもないことのように言った。


「村の端から端まで歩いてみたんです。空き家も多かったですが、まだだれか住んでいそうな家もいっぱいありました。なのに、誰もいないんです。もう、誰か起きていてもいい時間だったのに」

「たしかにな」


 太陽は、もう昇りきっていた。

 寝坊がちな人がいるにしても、村人全員がそうとは考えられない。


「何かあったのかな」


 パンをいちいち小さくちぎって、ちょっとずつ食べていたフェリクスが、眉尻を下げながら言った。

 建物は綺麗で、備蓄されていた食料も腐っていなかったから、誰かがいるはずなのに、姿が見えないのは不気味だ。

 何があったのだろうと考えて、あ、と思い付く。


「シュルトから逃げたのか? あの森からそんなに離れていないし」

「ああ、そうかもしれませんね」


 サラがポン、と手を打って言った。

 たぶん俺たちがシュルトに遭遇した、あの小屋の住人のように、逃げていったのだろう。あんなものがすぐ近くをうろついていたら、避難しなければとなるだろうし。


 俺とサラが納得して食事を続けているのとは対照的に、フェリクスは手を止めたまま、難しい顔で考え込んでいる。


「どうした?」


 俺が尋ねると、彼はハッとしたようにこちらを見て、「何でもないよ」と早口で言った。


 ……何でもないようには見えないが。

 でも、必要なことなら言ってくれるだろうし、無理に聞き出すことでもないか。


 俺はフェリクスが食事を再開するのを見ながら、喉に冷たい水を流し込んだ。



「よっし、じゃあ行くか!」


 俺は、荷物を持ちながら言った。


 食後、教会にちょっとの寄付を置いて――この時、俺とフェリクスが無一文だったことが発覚してひと悶着あったのだが、サラが何処からか摘んできた花を差し出した。そんなのでいいのか聞いたら、「こういうのは気持ちですから」と言った。――俺たちはエクラ=リラへ向けて出発することにした。


 太陽は東の空に輝いて、俺たちの道中を導いてくれるよう。

 時折吹く爽やかな風は、俺たちの背を押してくれるようだった。


 ここからエクラ=リラまで徒歩で二時間ほど。街道を歩いて行けばいいので、迷う心配もない。

 俺たちは横並びになって、村の入り口まで歩いて行った。


「本当に、誰もいなかったね」


 フェリクスが、村を振り返って言った。

 教会からここまで、民家は沢山あった。だけど、サラが言ったように誰の姿も見えなかった。

 一見誰かが住んでいると思った家も、煙突から煙は出ていないし、朝から玄関の掃除をする人も、綺麗に整えられた花壇に水をやる人も、誰もいない。

 ゴーストタウンとは、こんな場所の事を言うんだろう。あまりに綺麗すぎて、ピンとこないけど。

 

「さっきオスカーさんが言ってたように、シュルトから避難したんでしょう。きっと、近くの町にいますよ」


 サラが、元気よく一歩踏み出した。


「さ、行きましょう。エクラ=リラまで、あと少しですよ」


 その声に、俺も村から出る。足元で、ザリ、と土が鳴いた。


「フェリクス、行くぞ」


 また村を見ていたフェリクスは、俺の声に振り向いて、今度こそ村を出た。


                    ***


 イリス村は、三人の余所者たちを送り出し、再び静寂に包まれた。

 彼らの背が遠くなり、米粒のようになり、とうとう見えなくなった頃。村の入り口に、一人の少女が佇んでいた。

 彼女は三人が去った方向をじっと見て、諦めたように目を逸らした。

 風が、彼女の黒髪を揺らす。


「よろしかったのですか、ティオ様」


 少女は、隣に現れた青年に声をかけた。

 彼は少女よりも大分背が高く、彼女は精一杯首を上げて彼の顔を見た。

 何でもなさそうなその表情に、少しの悲しみを読み取って、少女は目を伏せる。


「良い。今会ったところで、どうにもならないからな」


 ティオ、と呼ばれた青年は、短い黒髪をかき上げて、ため息を吐いた。

 遠くで鷹の鳴き声がした。

 

 ティオは眉を顰め、村の入り口に背を向けると、村の中心に向かって歩き始めた。

 少女も慌てて続くが、歩幅が全く違うため、少女は小走りで後を追った。


「ファリナ」


 その姿に何を思ったのか。

 足を止め、クルリと振り返ったティオは、少女に手を差し出した。

 彼女は微笑んで、その手に自分の手を合わせる。

 

「ティオ様、もうお戻りになりますか?」

「ああ。あのコソ泥の――」


 ティオは心底嫌そうな顔をした。


「あれの目がそこかしこにある。何時気付かれるか分からないからな」

「では、わらわが参りましょう。ティオ様も、ご心配でしょう」

「心配? 僕が?」


 ティオが眉を吊り上げ、少女を睨みつける。

 彼女は慣れているのか、全く気にした素振りを見せず――それどころか笑って――彼を見返した。


「よろしいですね」

「何だっていいさ、ファリナセア。……おっと」


 不機嫌そうに言い捨てたティオは、何かに目を奪われたように一点を見つめた。

 直前までの不機嫌さは四散し、口元は弧を描いている。

 自らの主の様子に、少女――ファリナセアは呆れたように、または、愛おしいものを見るかのように笑った。

 いい意味でも、悪い意味でも切り替えが早いという彼の悪癖は、いつまで経っても変わることは無い。

 

「ファリナ、これを持っていけ。餞別だ」

 ティオは、木に生っていた実を一つもいで、ファリナセアに渡した。

 彼女は両手で受け取って、ティオを見上げた。


「君、朝を食べてないだろう。それはいけないな。脳みそが働かないぞ。この実は食べやすいし、何より」


 ティオは渡した実を一撫でして、ニヤリと笑った。


「あのクソ……。いや、腐れ金髪……。あれは、この実が大嫌いだ」


 手で持った実が薄っすらと輝くのを見て、ファリナセアは艶やかに笑った。


「お心遣い、感謝致します」


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