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友達

「……とも、だち?」


 フェリクス君は空色の目を丸くして、まるで信じられないことを聞いたかのように呟いた。

 そんな主を尻目に、ゲオルクさんは素早く立ち直り、「フェリクス様と、ご友人になりたいと?」と聞いてきた。

 その目は真っ直ぐに俺を見据え、嘘やごまかしは許さないと言っているようだった。

 彼は自分の主人を大切に想っているらしい。

 その事に安堵しつつ、「ええ、そうです」と答えた。


「どうして?」


 震える声で、フェリクス君が呟く。「僕と仲良くしたって、君が損をするだけだよ」と。


「損?どうして」

「だって僕は……」

「フェリクス様」


 ゲオルクさんが制止するが、フェリクス君は己の従者を見遣って、「いいよ。それより、彼を止めないと」と青白い顔で言った。

 

 予想以上に動揺しているみたいだ。

 しかし、自分が嫌だからとは言っていない。俺が損をするから、と。

 損ってなんだよ。友達って、損得の関係だったか?


 フェリクス君は、まるで今から滝壺にでも飛び込むかのような悲壮感に満ち溢れた顔で深呼吸をすると、意を決して言った。


「……知っていると思うけど。僕、家法術が使えないんだ」

「え、そうなの?」


 そいつは初耳だ。

 

「そうなのって……。知らなかったの?」


 呆然と、フェリクス君が尋ねる。

 俺はコクリと頷くと、「全然」と言った。


「だーれも言ってくれなかったぜ。初めて聞いた。で、それが?」

「それがって……」

「フェリクス君が家法術使えないと、友達になっちゃいけないのか?」

「だって」


 そう言ったが、二の句が継げないようで、口を噤んで俯いてしまった。

 そんな主人を見かねてか、ゲオルクさんが説明した。


「オスカー様。貴方の故郷ではどうであったか知りませんが、この国では……家法術を受け継ぎ、扱うのは長子であるという風潮がありまして」

「受け継ぐ?」

「そこからですか!?」


 ゲオルクさんは、驚いたように声を上げた。

 この世界では常識なんだろう。見るとフェリクス君も驚いたのか、顔を上げて絶句している。

 ゲオルクさんは、「いったいどんな辺境の地から来たんですか……」と小声で呟くと、気を取り直して説明してくれた。


「家法術というのはですね、限られた家系が扱う術のことで……」

「あ、それは知ってます」


 前にエルゼさんに聞いたのだ。

 だけど、あの時は「限られた家系だけが扱えて、家々で扱える術が異なる」っていうだけで、受け継ぐってのは言ってなかったな。

 いや、「家系に伝わる」だから、生まれた時にはもう受け継いでるのか?

 それが、長子のみってこと?

 

 ゲオルクさんは、俺の答えを聞いてあからさまにホッとした様子だった。


「ああ、良かった。――では、家法術が使えるのは、一世代に一人というのは?」


 それは。


「初耳です」


「そうですか。……家法術は、基本的に一世代一人しか使えません。例えば、オスカー様。貴方の父君がもし家法術を使えたなら、彼の兄弟姉妹、従妹などは家法術を使うことが出来ません。その素養を受け継がないんです。同じように、もしオスカー様が父君からその素養を受け継いだら――」

「俺の兄弟は、使えないってことですか?素養を受け継いでないから」


 ゲオルクさんは頷き、「その通りです」と言った。


 なるほど、だからフェリクス君は使えないんだな。妹のエルゼさんが素養を受け継いだから。

 

「……親から子へと受け継がれる力ですが、そのほとんどがその家の長子に受け継がれます。二子以降が家法術を使えるのは稀です。そのため、その……」


 ここにきて、ゲオルクさんの歯切れが悪くなった。

 言いづらそうに、目線をあちこちに飛ばしている。

 それでも、意を決したように口を開くが、それよりも先に彼の主人が声を上げた。


「家法術師の家系、その長子にも拘らず素養がない者……。一族の恥さらし、とんだ落ちこぼれ。そう言って、蔑まれるんだ。――昔は、僕に優しくしてくれた人もいた。お父様が、そのことを隠していたから。だから、僕だって受け継いでるものだと思ってたよ。でも」


 辛く、悲しいのを必死に押し殺したような声でフェリクス君が言う。

 その顔を見ると、こっちまで悲しくなってくる。

 

「ある時、皆知ってしまったんだ。僕が家法術を使えないって。そうしたら……、お前なんかと仲良くするんじゃなかった、とんだ時間の無駄だった、そう言って離れていった。その後も、知らないで僕に話しかけた人も、『親切な』人が教えたみたいで、近寄ってこなくなった」


 その時のことを思い出しているのだろう。彼の声にはだんだん涙が混じり始めた。

 ゲオルクさんが、そんな彼を落ち着かせるように肩をさする。

 それでも、フェリクス君は話すのを止めない。

 自分と友達になるのは、俺の不利益になるって。そう信じてるからだ。

 考え直させようとして、自分の傷口を抉っている。

 

 やっぱり、優しいよ。


「この国の貴族は、ほぼ全てがそういう考えなんだ。城下の民でさえ、僕のことを『シュトラールの失敗作』って言ってる。……僕と友人になったりしたら、君だってどんな目で見られるか。ゲオルクだって、結構白い目で見られたりしてるのに」


 「だから」と言って、フェリクス君は潤む目で真っ直ぐ俺を見つめた。


「考え直したほうがいい」


 そう言うと、彼は俯いて黙り込んだ。

 ゲオルクさんが差し出した新しいハンカチを受け取って、握りしめている。

 

 そんな姿を見て、沸々と怒りが湧いてきた。

 この国の奴らさ、いったい何処に目えつけてんだよ。


 何が損だ。

 何が失敗作だ。

 何が時間の無駄だ。

 何が仲良くするんじゃなかっただ。

 

 良い奴じゃないか。

 こうやってさ、俺の事心配して無理してくれてんだ。

 友達になってくれって、拝んだって良い位だ。

 それをさ。


「何で考え直さなきゃいけないんだよ」

「君は!」


 フェリクス君は声を荒げた。

 今まで話した中で、一番大きな声だった。


「聞いてなかったの!? 僕と仲良くしたら――」

「損なんかじゃねえよ!」


 だから、それに負けない声で言う。


「何で損なんだよ! お前、良い奴じゃん! 貴族の坊ちゃんなのに、庶民の俺に優しくしてくれただろ!」

「それは、……それとこれとは」

「話が違うって? 一緒だよ!」


 俺は言葉を切ると、未だソファに座ったままのフェリクス君に近づいた。

 大きな声を出すのに慣れていないのか、彼は肩で息をしている。

 そんな彼のそばで膝を折り、目線を合わせる。


「友達ってさ、そういうことじゃねえの? 気が合うとか、こいつ良い奴だなって思うとか。能力で決めるもんじゃねえだろ! 俺はお前と友達になりたいって思ったんだよ!」

「……それは、君の故郷の話だ! この国じゃー―」

「だからさ、何でこの国の考えに合わせなきゃいけないんだよ!」


 フェリクス君が目を見開く。


「俺はこの国の人間じゃねえよ。郷に入っては郷に従えって言葉があるけどさ、こんな馬鹿みたいな考えまで合わせる必要あるかよ! ――なあ、俺が損するだの、白い目で見られるだの、そういうことじゃなくてさ、お前はどうなんだよ」

「僕……?」

「そう、お前。さっきから俺の事ばかりでさ。お前自身はどう思うんだよ」

「僕、は……」


 フェリクス君が呟く。

 動揺して、潤んだ眼が震えている。


「俺が嫌いとか、気に食わないとか、そういう理由なら諦める。嫌いな奴と友達になったって、辛いだけだ。でもそれ以外なら――」


 俺は、フェリクス君に手を差し出した。


「俺と友達になってほしい」


 彼は俺と手を交互に見て、何か言いたげに口を開き、そして閉じた。


 どれだけ時間がたっただろう。

 実際にはそれ程立っていないんだろうけど、それでも長い時間が過ぎたように感じた。

 フェリクス君は、震える手を持ち上げて、そうして口を開き、途切れ途切れに話した。


「嫌じゃ、ない。……僕と、僕も、友達に。友達に、なって」


 その手が俺の手を掴む。

 すかさず俺は握手の形に握りなおした。


「じゃあ、フェリクス。今から俺たち、友達だ」


 手を握手にしたまま、立ち上がる。

 フェリクスも釣られてソファから立ち上がった。


「――ねえ、後悔したって知らないよ」


 この期に及んでそんなことを言うので、俺は満面の笑みで言ってやった。



「バーカ。お前みたいな良い奴と友達にならないほうが後悔するよ!」


 





 あの後、泣いてしまったフェリクスを俺とゲオルクさんの二人がかりで慰め、何とか落ち着いた彼に挨拶して部屋へ戻ることになった。

 屋敷の中とはいえ、もう遅いからとゲオルクさんが部屋まで送ってくれるらしい。

 

 正直言って、助かった。


 何度か出入りしているとはいえ、一人で部屋に戻ったことがなかったからだ。

 この屋敷は広いし、ホテルみたいに部屋番号が刻印されているわけでもない。間違えずに帰れるかと言うと……。微妙なところだ。


「じゃあな、フェリクス。また明日」

「……うん、また」


 ぎこちなく手を振るフェリクスに俺も振り返して、扉を閉めた。

 もう遅いからか、廊下はシン、と静まり返り、ただ照明だけが煌々と暗闇を照らしている。

 俺たちは、ゲオルクさんが先導する形で歩きだした。

 

「ありがとうございます、ゲオルクさん。もう遅いのに、送ってくれて」

「何を言うんです。お礼を言うのはこちらの方だ」


 前を行く彼が言う。

 

「フェリクス様に言って下さったこと、ご友人になって下さったこと。――最早、何からお礼を申し上げればいいのか」

「どうして?俺、何にもしてないです。ただ――」


 少し小走りになって、ゲオルクさんの隣に並ぶ。

 この人、背が高い――というか、足が長い――せいか、歩くのが速いのだ。


「俺が友達になってほしいって思ったからです。言うなれば、俺の我儘ですよ」

「――そうですか」


 ゲオルクさんは優しい目で微笑むと、それっきり黙り込んだ。

 だから俺も、黙って後をついて行く。


 角を曲がり、5番目の扉。俺の借りている部屋だ。

 その前まで行くと、俺はもう一度「ありがとうございました」と言って、扉を開けた。

 ゲオルクさんは、俺が部屋に入って扉を閉めるその一瞬まで、一礼し続けていた。


 バタン、と扉が閉まる。

 部屋には、俺が脱ぎ散らかした寝間着やグシャグシャのベッドがそのままの状態である。

 ふああ、と欠伸が出た。

 あれだけ眠ったというのに、ベッドを見たら眠気が沸き起こってきたのだ。

 俺は数時間前とは反対に寝間着に着替えると、ベッドに滑り込んだ。


 起きたら、エルゼさんと庶民街へ行くのだ。

 ちょっと通っただけだが、いったいどんなとこなのだろう?


 そんなことを思いながら、睡魔に抱きかかえられ、眠りに落ちて行った。




 











「帰ったか、ご苦労だった。」


 王都マッセルの王城内。国王の執務室に彼はいた。

 入室してきた昔馴染みたちを一瞥し、目線だけで座るように指示する。

 気心知れた彼らは、それを正確にくみ取った。


 幼馴染の少女は、憂い顔で下ろした髪を弄っている。

 生まれた時からの従者は、何か考えるように目を閉じた。

 

「どうだった、()は」


 リヒャルトは何でもないような軽い口ぶりで言った。

 前方の二人を交互に見ながら。


 その言葉を受けて、トビアスは重々しく口を開いた。


「彼はおそらく、この国に災厄を齎す存在ではないでしょう。どちらかと言えば、善性の存在です」


 トビアスは言葉を区切り、エルゼを見遣った。

 彼女は不安に揺れる瞳のまま、膝の上で軽く服を握りしめていた。


「ただ、()()()()()()()()()()()()()というご質問には、答えることはできません」


 リヒャルトの金の瞳がトビアスを刺す。

 普段の彼の瞳とは違う、冷たいものだった。

 しかし、トビアスは臆さない。


「大体は我々と同じく、普通の人間のようです。身体能力もそれほど高いとは言えません。体力も、エルゼお嬢様より低いようです」


 エルゼはあの時の彼を思い出す。

 息を切らしながら、地面に座り込んでいた彼を。

 心底疲れていただろうに、自分の助けを断って歩き続けた。


「異世界の人間だからと言って、特段変わった能力もないか」


 リヒャルトが詰まらなさそうな声で言う。

 そしてトビアスを見ると、「それで」と続きを促した。


「先にご報告したように、例の遺跡に彼とお嬢様が先行されました。お嬢様が仰るには、巨大な魚の怪物がいたと」


 黙り込んでいたエルゼが口を開く。


「……赤い、巨大な怪物でした。シュルトとは違い、家法術の様なものを使っていて」

「家法術?」


 リヒャルトが片眉を上げる。


「歯が立ちませんでした。私の家法術は、あいつを怯ませるくらいしか効果が無く、致命傷を与えるどころか、こちらが殺されるところでした」


 あの時の恐怖を思い出したのか、エルゼの手が震える。

 それをいたわしそうに見ると、トビアスは「申し訳ございません」とエルゼに言った。


「いいえ、トビアスを置いて行ったのは私ですから」


 エルゼが首を横に振って否定する。


「恥ずかしながら、私は意識を失ってしまいました。目が覚めた時には、彼が泣きながら私の名前を呼んでいて」


 あんなに悲しそうな声は初めて聴いた。

 そう、エルゼは追想する。

 彼はよほどショックだったのか、必死にエルゼの名前を呼んでいた。

 ボロボロと涙を流しながら、手も震えて。

 

「――私が到着したとき、すべて終わっていました」


 トビアスは己の主に言う。

 

「彼はエルゼお嬢様に縋りつき、ひどく泣き叫んでいました。――思わず、お嬢様がお亡くなりになったのかと思うくらいに。部屋の隅には、その怪物が無残な姿となって息絶えておりました」

「無残、か」

「ええ」


 そう答えると、トビアスは深呼吸をした。

 まるで、これから言うことへの覚悟を定めるように。


「かの怪物は、刃物でズタズタに切り裂かれておりました。お嬢様に経緯を聞くまで、それが魚の怪物であったと分からないくらいに。部屋には二人しかおらず、お嬢様は気を失っておられたので、彼がしたことに間違いありません。何より、彼は返り血を被っていたのです。ですが――」





「彼のダガーは模造刀にすり替えられ、お嬢様の剣は使ったような痕跡はありませんでした。――彼は、いったいどうやってかの怪物を倒したのでしょう」

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