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水鏡の夢  ~水たまりの向こうは異世界でした~  作者: 榊 真冬
黄金の村と忘れられた遺跡
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襲来

 前に見たシュルトは恐竜の様だったが、今回は巨大な狼の様だった。

 四肢には鋭い爪を、口には巨大な牙を備え、その巨体を感じさせない速さでこちらに迫ってくる。


 乗客たちはパニック状態となり、我先にと逃げだそうとしている。

 その上、馬たちがその身を翻して逃げようとしたものだから、不安定になった車体は大きく傾いていく。


「――トビアス」

「承知しております」


 トビアスさんは俺を抱き上げる――俺とトビアスさん、10㎝も身長変わらないはずだが――と、倒れ行く馬車から飛び降りた。

 思わず叫び声を上げる俺を尻目に、エルゼさんは飛び降りたままの勢いでシュルトに向かっていく。


「エルゼさん!」


 体が動きかけた俺を、トビアスさんが抑える。


「大丈夫です。見ていなさい」


 彼女は走りながら剣を抜き、呪文のようなものを唱え始めた。


「我、汝が(とも)シュトラール。彼の敵を滅するため、その(よすが)を我に」


 腕が一瞬白く輝く。

 地面に、魔法陣のような何かが浮き出る。


 倒れた馬車から人々が逃げ出す音が聞こえたが、それも気にならないくらい、その光景に釘付けだった。


「放て、閃光。焼き焦がせ」


 エルゼさんの背後に小さな魔法陣が出現した。

 そこから、光線が発射される。

 目標は勿論、あの怪物(シュルト)


 シュルトは、第一射を間一髪避けたものの、続けて撃たれた第二射に足を貫かれた。

 悲鳴を上げ、スピードが落ちたものの、それでも向かってくる。


 エルゼさんとの距離はおよそ10m。

 奴の前足が大きく振りかぶる。

 彼女は危なげなくそれを避けると、そのまま背面に移動した。

 シュルトがその尾で弾き飛ばそうとする。


 ()()()()()()()()()()()


「輝け、光よ。わが盾となりて」


 彼女の足元に魔法陣が現れる。

 そのままシュルトに向かっていくと、尾の上に乗るかのようにジャンプした。

 シュルトは彼女を排除しようと、その尾を勢いよく上へ持ち上げ、彼女を弾き飛ばした。


「あ、エルゼさん!」


 あんな一撃、まともに食らったら骨折どころの騒ぎではない。

 再び暴れだした俺を、トビアスさんが宥める。


「エルゼお嬢様は、あのようなシュルトに後れを取るような方ではありません。どうぞ、落ち着いて」

「でも! あんなとこまで飛ばされて……。あっ」


 そう、彼女は跳んでいた。

 シュルトの尾の力を利用して、あいつの頭上へと。


「纏え、わが(つるぎ)。わが(やいば)


 エルゼさんが持つ剣に魔法陣の刻印がされていく。それを構えると、シュルトの脳天に突き刺した。

 金切り声を上げて、シュルトは溶けるように消えていった。


「す、凄い……」


 呆然と呟く俺に、トビアスさんが「言ったでしょう?」と囁いた。


「あれこそグランツィア王国最強の武門と謳われるシュトラール家。その家法術を受け継ぐ、次期当主。エルゼ・フォン・シュトラール様です」


 剣を腰に収めて振り向いた彼女は、今まで見てきた中で誰よりも美しかった。






「ううん、駄目そうですね……」


 トビアスさんが馬車の様子を見て呟く。

 エルゼさんも、「やっぱり、そうですか」とやや落ち込んだ様子で言った。


 俺たちが乗ってきた馬車は、全く使い物にならなくなっていた。

 倒れた衝撃で車輪が歪み、走行できなくなっている。

 窓ガラスは割れているし、可哀そうに、馬車を引く馬も息を引き取っている。

 乗客や御者は皆逃げ切ったようで、馬車内には人っ子一人いなかった。


 エルゼさんは、「私が早くシュルトに気付いていたら……」としょんぼりしている。


「そんな事ないです。エルゼさんがいなかったら、皆お陀仏でしたよ。それにしても」


 俺はエルゼさんを慰めながら、疑問を口にする。


「シュルトって、結構頻繁に出てくるもんなんですね。それなら御者も、用心棒くらい雇っていたら良かったんじゃ」

「いいえ」


 トビアスさんが首を横に振る。


「シュルトは本来、人里に迫る前に駆逐されているはずです。それに、このルートでシュルトの姿が確認されたのは、今回が初めてのはず。――これは、何か」

「何か?」


 眉を顰め、考え込むトビアスさんに鸚鵡返しのように聞き返す。

 彼は「……いいえ」と言葉を切ると、俺たちに向かって言った。


「ここでシュルトが出たことは、逃げ出した彼らが通報してくれるでしょう。私たちは、先へ進むとしましょうか。少々予定が狂いましたが、馬車を降りるはずだったネルケ村まではもう少しです」


 俺たちは馬車から荷物を救出すると、一路ネルケ村まで足を進めた。




「あの、さっきの魔法みたいな術って……」


 歩きながら、気になっていたことをエルゼさんに問う。

 確か、最初に助けてくれた時も()()を使っていた。

 エルゼさんは「魔法……?」と首を傾げていたが、ああ、と合点が言ったように呟いた。


「家法術の事ですね」

「そう、それ! いったい何なんです、あの力」


 俺は興奮気味に聞いた。

 勢いあまって身を乗り出したからか、エルゼさんは少し引き気味に答えた。


「えっと、家法術(かほうじゅつ)と言って、限られた一族に伝わる力です。同じものは二つとして無く、『誓文(せいもん)』と呼ばれる言葉で発動します」

「エルゼお嬢様が最初に唱えていた文言ですよ」


 トビアスさんが補足する。

 そうか、あれが……。


「あれ、誰に向かって言ってるんですか?何か、喋りかけているような口ぶりでしたけど」

「それが、今となっては誰も知らないのです。昔から、それこそこの国が建国されるよりも前から伝わっていたようですが、由来は途中で失われたみたいで」

「そう、なんですか」

 

 RPGの魔法みたいでカッコよかったけど、あの言葉の意味は何だろう。

 自分でも分からないが、少し気にかかった。


 

 




 その後の道中は平和そのものだった。

 シュルトとの遭遇はあれっきりで、俺たちは1時間くらいでネルケ村に到着した。

 そのころには陽が落ち始め、夕闇が俺たちの行く手を阻んだ。


「今日は、ここで宿を取りましょうか。ここからクローデンへは徒歩で4時間ほどです。しっかり休んで、明日に備えましょう」

「よ、よ、4時間、ですか」


 俺は思わず(ども)った。

 1時間くらいならへっちゃらだが、4時間ともなると中々辛いものがある。

 何と言ったって、俺は運動不足だ。

 運動系のサークルに入っている訳じゃないし、行動範囲も狭かったから、そんなに歩くこともない。

 何でもするとは言った。言ったけど……。


 ため息が出た俺に、エルゼさんがニコニコと笑う。


「大丈夫ですよ、オスカーさん! 歩けなくなったら、私が抱えますからね」

「任せてください!」と両手を胸の前で握り、気合十分なエルゼさん。


 その姿を見て、俺は頭を抱え、情けない声を上げた。


「そ、それだけは! それだけは勘弁してくださーい!」





***




 宿で夕食を取り、明日の道程(みちのり)を確認する。

 トビアスさんが言うには、この村の南から川を越え、その先の森を抜けると丘があり、その先にクローデンがあるという。

 なかなかハードな――俺の主観では――道のりだが、エルゼさんは余裕そうだ。

 明日の朝6時に朝食をとる約束をして、俺たちは解散した。


 今日の宿は贅沢にも、一人一部屋だった。

 エルゼさんは勿論一人部屋だ。俺としては節約のためにトビアスさんと相部屋でも良かったのだが、従者の身で主君の客人と同室は申し訳ないと断られた。

 まあ、俺の我儘に付き合わせたら駄目だし、しつこく食い下がらずにその話は終わった。


 ベッドの上に横になって一息つく。

 まさか、またシュルトに遭遇するとは。

 明日も無事にクローデンまで辿り着けるだろうか。


 寝っ転がりながら考えてると、段々と眠れなくなってくる。

 ううん、と唸った俺は、ベッドのスプリングを軋ませながら起き上がった。


 眠れないなら、少し辺りをうろつくに限る。




 ネルケ村は、こじんまりとした宿場だった。

 聞くところによると、ここは王都から主要な都市へ行く場合、必ず通る村なんだとか。

 そのため村の規模にしては人が多く、今もあちこちに旅人の姿が見える。

 酒場で遅くまで飲んでいる男や、日課なんだろうか、剣の素振りをしている奴。

 あっちの木の下では、宿が取れなかったのか、野宿をしている旅人もいる。

 くん、と鼻をくすぐる良い匂い。

 遅い夕食なのか、小腹が空いて夜食を作っているのか。肉を焼く食欲をそそる香りに、ちょっと涎が出てしまいそうだ。


 歩き回っていると、立派な大樹を見つけた。

 この村のシンボルなのだろうか、村が見下ろせる小高い丘に植わっている。

 その下にベンチがあったため、有難く使わせてもらうことにする。


 ギイ、と木のベンチが軋む。

 古くから使われているようで、風雨であちこちガタがきているようだった。

 まあ、壊れることはないだろう、と楽観的に考え、その背に凭れ掛かるように木を見上げた。

 

 月が、辺りを照らしている。

 その優しい光のことが、俺は太陽よりも好きだった。


 ざあ、と風が吹く。

 木の葉も、俺の髪も、フワリと浮かんで、また落ちた。

 

 ――髪、もうすぐ切らなきゃな。

 

 俺は、自分の前髪を摘まんだ。


 染めてないが遺伝的に明るい茶髪で、癖毛なのがコンプレックスだった。

 小さい頃は「外人」って呼ばれて、からかわれたっけ。

 でも、あの人に褒められてから、ちょっとずつ好きになって。

 今じゃあ、チャームポイントだとさえ思っている。


 誰に褒められたんだっけ? 


 目を瞑って思い出す。


 ええと、確か――。


「――さん?」


 声がする。

 誰だっけ。


「――さん」


 もう少し。

 もう少しで出てきそう。


「もう、オスカーさん!」

「うわっ! ビックリした!」


 いきなり耳元で大声を出され、体が跳び上がる。

 慌てて音源を見ると、エルゼさんだった。

 休んでいたのか、髪を下ろしている彼女は、腰に両手を当てて、少々ご立腹だ。


「ずっと呼んでたんですよ。なのに上の空で……」

「ああ、ごめんなさい! ちょっと考え事してて」

「貴方の世界の事ですか?」

 

 図星だ。

 彼女は身を屈め、ベンチに座っている俺に目線を合わせた。

 

 いったいなんだ。滅茶苦茶近いんだが。

 えっ、これどうしたらいいんだ?

 30㎝定規より顔が近いぞ?


 内心混乱する俺に何を思ったのか、「良かった」と言って彼女は離れ、隣に座った。

 彼女の行動に翻弄されっぱなしの俺は、最早言葉も出てこない。

 固まる俺をよそに、彼女は話し始めた。


「オスカーさん、泣いてるのかと思いました」

「え……」


 彼女は、太ももに置いた自分の指を絡めて遊びながら、そう言った。


「そうじゃなくて、良かった」

「あ、えっと、その――」

「ねえ、オスカーさん!」


 彼女はお礼を言おうとした――ただし、言葉が見つからなかった――俺を遮って聞いてきた。

 ただし、その目線は俺を見ない。

 真正面を向いたまま。


「違う世界にいるって、どんな感じでしょう? ――やっぱり、寂しい?」

「……そりゃあ勿論。俺の事知ってる人はいないし、家だってない」


 いきなり何を言い出すんだろう。

 俺はエルゼさんの意図が読めずにいた。


 彼女は変わらず、俺と目線を合わせないまま話し続ける。


「私、ちょっと興味があったんです。――この国から出たことないから、自分の事を知ってる人がいないって、どんな感じかって」


 俺は、黙って彼女の話を聞く。


「私、ちょっと憧れたことがあったんです。この国を出て、世界を旅して」


 彼女は立ち上がると数歩進んで、手を月に伸ばして、握る。


「だーれも、私の事なんて知らないんです。私は、ただの……」


 言葉を切ると、手を後ろに回して、振り向く。


「ごめんなさい、オスカーさん。変なこと聞いてしまって」

「いいえ。――ねえ、エルゼさん」

「はい?」


 俺は立ち上がり、彼女の隣に並んだ。


「俺、助けてくれたのがエルゼさんで良かった」

「え?」


 不思議そうな顔で俺を見上げる。

 俺は微笑むと、話を続けた。


「エルゼさんが来てくれなかったら、死んでたかもしれない。貴方じゃなかったら、きっと俺はここにいない。――貴方が、優しかったから。だからここにいます」


 彼女の揺れる瞳を真正面から見る。

 

「ありがとう、エルゼさん」


 ざあ、と再び風が吹く。

 木々が騒めき、彼女の赤い髪が舞う。


「も、もう遅いですし、宿に戻ります!」


 エルゼさんが背を向けて、宿に向かって進む。

 俺は「おやすみなさい」と言葉をかける。


 彼女は振り向いて、「……おやすみなさい」と小さく呟いた。

 頬が少し赤かったのは、見なかったことにする。



 きっと、俺も同じだったから。

 


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