王国歴370年
フォーサイトの機械工廠の一つ、フィルネック工廠――その地下第十層のこの保管室の中に彼の姿があった。その場には、緊急に運び込まれた数多くのドールや各種機械類が運び込まれている。更に、数人の技術者や軍人たちもいる。
「現状はどうなっているか?」
赤銅色をしたメタルヒューマノイドの軍人は、傍らで機器を操作している同族たる紫色の女史に問い掛けた。
「……遠隔通信は、未だ竜族の放つ強力な魔力波動による妨害の為、使用できません。現在、残された有線通信による情報によれば、イレヴシティ、トルヴシティ、ナイツティ残存連合空軍壊滅、フェルメード上級将士始め指揮機士の撃墜を確認……また、ナインサイト、フォーテシティ、エイテシティ連合海軍も全滅の模様……フーケーズ下級将士を始め指揮機士の撃沈を確認との事――」
紫色の女史の言葉に、驚きを隠せぬ様子で赤銅色の軍人の声が上がる。
「……なっ!? ……フェルメード、フーケーズ両将士とも歴戦の戦闘型メタルビーイングだぞっ! 確かか?」
その問いかけに、女史は憮然とした様子で答えを返す。
「確信はありませんが、外縁八都市が陥落した今、その可能性は……ですが、良い知らせもあります。各都市での人間及びメタルビーイング等の避難もほぼ80%以上が成功した模様です。その内の60%は近隣の工廠等へ待避、残りも中央都市群へ向かっている模様です。」
「そうか……分かった。つまりは、もう、この様な場所が、アティス最後の砦となりつつあると言う事か……センタサイトの状況は?」
「未だ陥落の報はありませんが、あのような事の後を考えると――」
一同の内に、沈痛な沈黙が訪れる……
あれから二年……あの後、東方大陸の金竜王・赤竜王、北方大陸の白竜王・緑竜王、南方大陸の青竜王、そして、西方大陸の黒竜王、六竜王が一斉に起った。ユロシア魔導帝国とその属領たるチュルク精霊王国・アティス機械王国は、これにより未曾有の大災害と竜族の侵攻と言う事態の前に、脆くも崩れつつあった。
空中都市ナイツティの墜落、海上都市エイテシティの沈没、無限魔力の供給基地であったセヴテシティの爆散……王国各所で竜巻・地震・大火・洪水等の自然災害の多発……人々は悟らざるを得なかった。これは神代を終焉に追い込んだ、竜王の “大災害” の再来なのだと――
そんな中、彼は主の受けた雷撃の余波の負傷を修復する為、竜族との戦いに参画できぬままに時を過ごし、今は、この国の文明を後世に残す為にと造られたこの地で、眠りに着かされようとしていた。
その時、操作盤の前に立つ女史が叫んだ。
「ガリフト上級佐士! ここの存在を敵に気付かれたようです。竜人族らしき者が工廠の地下一層に侵入しました。」
「よし、迎撃に出る! 陸戦用の戦闘型メタルヒューマノイド及びドールは我に続け、残りの物は隔壁の閉鎖と休眠の準備を――」
『『おおぉっ!!!!』』
鋼の身を持つ戦士たちは、その身から剣や斧等を引き抜き、鋼の獣も牙や爪を剥き出し、鬨の声を上げる。
『『待って下さい! 我々も!』』
しかし、紫色の女史を始めとした非戦闘型や空戦型メタルビーイングの中より不満の声が挙がる。だが、彼等に向かって赤銅色の上級佐士より一喝が下る。
『駄目だ。ここに降りてくる敵は、恐らく竜戦士と呼ばれる当千の戦士だ……戦闘能力の低い非戦闘型には荷が重い。それに、この地下通路での戦闘には空戦型の者達は不利だ。』
しかし、その声を聞いてもなお、執拗に食い下がった者たちがいた。その一人に、あの紫色の鋼乙女がいた。彼女は必死で上級佐士に懇願していた。
「……しかし、私は魔法施術型です。私の帝国魔法の威力なら充分に竜戦士とも戦える筈です!」
そう詰め寄る彼女達に、赤銅色の佐士は、最初は皆に向け大きく語り、そして最後に彼女に向け優しげに囁く。
「貴公等の言いたいことは分かる。だがな、ここに残り、アティスの文明を後世に伝える者が必要だろう…………第一、俺はお前の滅ぶ姿なんて見たくないんだ――」
そう言って、彼の上級佐士たちは出撃して行った。
そして、彼女のような残された者の内、十数人は、他の者の休眠措置を行った後、佐士達の後を追って出ていった。
……微睡みに落とされる意識の中、彼はそうして出ていった仲間たちの断末魔の響きを耳にしていた――
裏設定として……
ここに登場する紫色の女史ですが、姓をフューレスと言いまして……
某“機鳳の主”な青年の母御とは、姉妹関係にあります。(多分女史の方が年上、ただ女史の方が(基本性能の面でも)低スペックと思われますが……)