王国歴320年
彼は目を開いた。その視界には、銀色の輝きを放つ人の顔があった。銀色の人物は、彼に向けて結晶の響きの如き音で語り掛けてきた。
(……やあ、お目覚めだね。)
(…………)
呼びかけられた言葉の意味を測りかね、彼は無言で首を微かに傾いだ。その様子を見て、銀色の人物は言葉を変えて再び語り掛けてきた。
(……調子はどうだい? 何か不具合はあるかな?)
(……各部機能に問題はありません――)
(それは良かった……)
彼の返事に満足げな頷きを見せた後、銀色の人物は振り返り、背後へと言葉をかけた。
「父さん、成功しました。この仔の意識を確認しましたよ。」
「おぉ、それは良かった。どれどれ……うむうむ、元気そうで何よりじゃな。」
彼の前にいた銀色の人物が下がり、代わって一人の老人が彼の前に出て来ていた。老人は、彼の身体をさすりながら、満足そうに笑みを浮かべていた。
それから数日経って、彼は自分がどういう者かとの自覚が芽生えてきた。自分はメタル・ホースと呼ばれる存在で、しかも、かなり優秀な能力を付与されて造られたらしいということも……
そして、自分の造り主が、生まれた時に見た、あの銀色の人物と老人だということも知った。老人の名はフォウム=ヴァンゼール。イレヴシティの機械匠長だそうだ。そして、銀色の人物の方がミゼル=ヴァンゼール。自分に近いメタル・ヒューマノイドという存在なのだそうだ。
こういった事実を、彼はミゼルから聞いた。彼の言葉が判る者は、彼のいる工房では、ミゼルしかいなかったからでもある。
その内、彼は小さな工房から出して貰えるようになった。彼はミゼルに連れられて、工房の中や館の庭等を歩き回ったりするようになった。そこには、姿は違えどフォウム氏の創造したメタルビーイングやドール達がおり、彼はミゼルの紹介で彼等に引き合わされた。
そして、彼は彼等とともに遊び回る楽しき日々を過ごすことになる。
そんな楽しい日々も一年近くで終わりを告げる。その日、彼の眠る工房に見慣れぬ人物が姿を現した。それは「軍人」と呼ばれる “人間” なのだと、後でミゼルが教えてくれた。
その人物は、フォウム氏に案内されて彼の前に立った。その人物は、暫し彼を値踏むように見詰めていたかと思うと、一つ溜息を漏らして感嘆の言葉を吐いた。
「素晴らしい……この見事な流麗な体型……絶妙なこの装甲の金属組成具合……美しい、そして、この動きの素晴らしさが目に映るようだ……これが、フォウム殿の新作、と言う訳ですな――」
それから暫く続いたこの人物の讃辞に、彼はその何割かを判りかねてはいたが、誉められたことでとても嬉しい気持ちにはなっていた。
その人物の名はイェスラー=ホルトラス。フォーサイトの駐留軍人で、階級は上級尉士だと言う。彼は「ダルケー」と命名された上で、上級兵士格に任じられ、イェスラー上級尉士の騎乗機としてフォーサイトで軍役に就くことになった。
ミゼル氏の語るところ、メタルビーイングには市民権を認める代償として、軍務に就くことが条件となっているそうだ。斯く言うミゼル氏自身も、退役したとはいえ、上級将士の階級をお持ちなのだそうだ。
何はともあれ、彼がフォウム氏の館から初めて外の世界に出たのは、イェスラー上級尉士を背に乗せてのフォーサイトへの旅路であった。街道の周囲の風景も目新しく、また、フォーサイトでの生活も決して辛いものではなかった。
イェスラー上級尉士は普通の人間であり、彼との会話は望むべくはなかったが、尉士は彼の世話を良く行った。彼もそれに答えようと、尉士を乗せて良く戦場を駆けた。その疾走は、多くのドールホースの中でも及ぶものがなく。魔法的手段では探知されないその姿は、尉士の勝運を高めもした。
その内、各都市の工房では、彼を模したドールホースが造られたりもした。
お気付きかと思いますが、鋼馬シャーフィールって“彼”と一応は兄弟関係になります。
とは言え、広義に捉えれば全てのメタル・ビーイングが“彼”とは兄弟or親子関係に該当すると言って過言ではないわけですが……