第三部分:テディベア
雨が俺っちの頬を濡らす。暗い路地裏のアスファルトに俺は寝っ転がる。
寒いとか冷たいとか人間なら感じる所なのだろうな。
でも俺っちにはそんな感情必要ないから。わからない。
俺っちは人間を癒すために生まれてきた。
といっても俺っちに何か特別なことができるわけじゃねえ。
ただ傍にいてやることが俺っちの使命さ。
へっ、そういう風に言ってみると格好いいだろう?
涙を流す人間や、唇噛みしめた人間が、みんなして俺の目の前で何やら語って、俺っちの許可なく抱きしめたり口吻したりして、しまいにゃ笑顔になってるって寸法よ。
羨ましいって思ったか?
浅はかだなぁ、おめえはよ。
俺っちもこの世界に生きて長いのよ。長いこと生きてりゃ、知らなくていいことも知ってしまう時が来る。そいつぁ、ちょっきし哀しいことなのかもしらねえ。
でもな、俺っちにはそんな感情必要ねえのよ。
人を癒す、人を笑顔にする、人を寂しくないようにする。そんなことを使命に生み出された俺達が哀しいと思いたくもなる瞬間ってなんだと思う?
その使命が絶対に果たせないってわかっちまった瞬間に決まってるだろ。
しかも俺達を生み出す人間様は、それを知りながら、それでも俺達を生み出してるのよ。
あやふやな存在理由、もたされて生きてるんよ俺達。
まあ、死ぬなんて概念俺っちには必要ないから、生きてるなんて言い方も変かな。
全部、どうでもいいことよ。俺っちはそこにいて、そこにいる人間に愛想振りまいて、奴らの逃避を手伝うだけ。それだけよ。
これだけ、あんちゃんに言っておきてぇな。
人を本当に癒せるンは同じ人だけ。人を本当に笑顔に出来るのも同じ人だけ。人の寂しさ埋めてやれるのも人だけ。
なのに上手くいかねえのよ。すれ違ったり、遠ざかったりして。で、俺達の出番ってわけ。つなぎにすぎねえのよ俺達は。ちゃーんと人間どうし上手くやれるようになるためのな。
忘れるなよ。人間ってのは、“人”の“間”にいてこそ人間なんだぜ? 孤立して生きてけるほど人間は巧いこと作られてないの。誰かがいてやんねえとよ。
お嬢ちゃんみたいになっちまうぜ。
おっと、過去の話を出すなんて野暮になっちまったな俺も。
語れねえな。こんな話。あんちゃん、暗くなっちまう。それは俺にとってやっちゃいけないことだからよ。
……どうせ誰も聞いてないか。ぼやくくらいなら許されるかもな。
俺っちは、愛されることはあっても、人間を愛することはかなわねえ。
俺っちは、人間じゃないからな。
でもよ、神様よ。俺っちに与えた使命、全うさせてくれよ。
そのためにはお嬢ちゃんを抱いてやる腕が必要だったんじゃねえのか?
そのためにはお嬢ちゃんを連れ出せる足が必要だったんじゃねえのか?
そのためにはお嬢ちゃんを楽しませる口が必要だったんじゃねえのか?
そのためには、そのためにはよ。
俺っちに“こころ”ってやつが必要だったんじゃねえのか?
残酷だぜ。俺っちに最期の瞬間まで見せやがってよ。
なあ、なんで俺達を作ったのさ。
こんな欠陥品作ってる暇があったらよ、あんたら自身その役を担おうと頑張ればよかったんじゃないのかい? 中途半端に俺達に押しつけて、そうまでしてしなきゃならん他のことがあったのかい?
人間様が、人間見る以外に何かやるべき他のことがあるのかい?
目的と手段見失っちまったんでないかい?
本末転倒って言葉知ってるだろう? なんで気付かないんだい?
ちっ、雨が強くなってきやがった。
このままとけて土になっちまうのかな。
それもいいかもな。
どうせ俺っち、在ってもなくてもいいようなもんだしな。
……ああ、何見てんだよ。
こっちくんなよ。
傘傾けんなよ。
寂しそうに笑うなよ。
銀色の、お嬢ちゃん。
愛おしそうに抱きかかえんなよ。
……ああ、そうかい。
そのつもりなら、こっちもやることは変わらんよ。
完遂できない使命を果たそうとするだけだ。
といっても俺っちに何か特別なことができるわけじゃねえ。
ただ傍にいてやることが俺っちの使命さ。
……早く、本当に使命を果たせる奴が現れるといいな、お嬢ちゃんよ。