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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第四章 零れ落ちる砂の粒
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84話 最後の切り札 中編

王都侵略編その2

 マリクが宙を舞う。巨大な鉄塊を携えて、悠々と戦場に降り立つ。その様は天使のようでもあり、同時に悪魔のようでもあった。

 牙の突撃部隊の数名が目を凝らす。

 ――なんだ?

 ――何が降ってきた(・・・・・)

 自分たちが進む方向に、突如として現れた人影。だが、土煙が舞っているせいでよく見えない。迷いが生じた。このまま突撃するべきか。それとも指示を仰ぐべきか。

 その迷いが命取りとなった。

 マリクは鉄塊を振り上げる。

「君たちに恨みはないけど、これもお仕事だからね」

 大陸上でただひとり、マリクだけが扱える武器。万物に変形し、万物を破壊する兵器――多変錬金剛(マルチウェポン)。マリクはそれを、前方に大きく薙ぎ払った。

 空気が止まる。

 音が消え去る。

 一瞬の静寂のあと、爆発に似た衝撃が地盤を揺るがした。



「報告します! 前方の突撃部隊が――」

 伝令はもはや頭に入ってこなかった。言われるまでもなく、何が起こったのかは分かりきっている。

 覚悟はしていたつもりだった。いつかこの時が来ると分かっていた。だがそれでも――

「……思ったより早かったな」

 依人の顔から引きつった笑みがこぼれる。衛の表情が険しくなった。

 土煙が晴れる。そこに立っているのは、まだ若い金髪の青年だ。しかし、その手には異様な――歪とも言える塊が握られていた。

 間違い無い。

 ――マリク・グレイル・ネイミート。

 【勇者の証(デュランダル)】の名を冠する大陸最強の人物のひとりだ。

「初めまして、かな? 『牙』の皆さん」

 それはまるで、お茶会をしにやってきた貴族のようだった。にっこりと笑う邪気の無い笑顔には、全ての女性を虜にしてしまいかねない魅力が詰まっていた。ここが戦場であることすら忘れてしまいそうな笑顔に、依人は背筋がゾッとするのを感じた。

「僕らが留守の間に色々とやってくれたみたいだね?」

「……そんなことは知ったこっちゃねぇな。自国が危機に陥ってるってのに国を空けた間抜けが悪いんじゃねぇか?」

 精一杯の憎まれ口。溢れ出る冷汗を押し隠しながら、依人は辛うじて笑みを作った。

「ま、それもそうなんだけどね。正直してやられたと思ってるよ。南東の『セブ』に厄介な魔獣置いたのって君らでしょ? 他にも小細工してくれちゃってまぁ……用意周到なことで」

「お前らと戦うのに何の準備もしていかねえのは、ただの自殺志願者だぜ……」

「ふぅん?」

 視線が衛に移る。注意が逸れている間に、衛は隊を後方へ引かせていた。この化け物と殺り合うに当たって、中途半端な戦力は寧ろ無駄となる。一対一も一対千もさして変わりはない。ならば、核となる戦力だけをマリクに割き、他はシウルリウス軍本隊に回した方が効率がいい。そう判断しての行動だった。

 衛の意図を察すると、マリクは口の端を釣り上げた。

「つまり、君たち二人で僕の相手をするつもりなんだね?」

 月下衛と華嶋依人が同時に刀を抜く。それが開戦の合図だった。

 マリクが鉄塊を構える。一瞬光ったかと思うと、次の瞬間には身の丈を優に超える巨大な大剣になった。

「見せて貰うよ、君らの力を!」

 マリクが超速で走り出す。一歩目から最高速度。人体の構造と原理を無視した加速。それを目で捉えることができたのは流石と言った所か。

「っ!」

「ぐっ!」

 神速の一撃を、二人はほぼ同時に受け止めた。マリクの表情に浮かんだのは驚きと、そして称賛。手加減していたとは言え、常人であれば見切ることすら叶わぬ一撃を、この二人は見事防いで見せたのだ。

「へぇ……」

 マリクは太刀筋から二人を分析する。

 方や斬線を見極め、軸をずらそうとする剣。方や絡みつくように刀を動かしながら、武器の脆弱なポイントを探ろうとする剣。タイプは違えど、両者ともかなりの使い手であることが分かる。

「けどまぁ」

 マリクは身体中に魔力を巡らせる。足りないなら増やせばいい。そんな単純且つ出鱈目(デタラメ)な理論。しかし、これこそが彼を人の枠組みから弾く才能でもあった。

 ――無限の強化(アンリミテッド・ブースト)

 マリクの皮膚が赤黒く変色する。筋肉が隆起し、血管が浮き出る。そのまま圧倒的な力で大剣を振り抜くと、衛と依人は成す術もなく後方へ吹き飛ばされた。

 二人が宙を舞う。

 数メートル先の地面に叩きつけられ、激しく転げ回り、最後に砂利の上を滑るようにして、ようやく勢いを失って止まった。

「……依人、生きてるか」

「ペッ! 口切った」

 衛が立ち上がって衣服の汚れを払う。依人は口元を拭いながらのっそりと起き上がった。

「さて、どう時間を稼いだもんかねぇ……」

 その軽い口調とは裏腹に、依人の人としての本能が、最大級の警報を鳴らしていた。

 ――ダメだ、あれ(・・)は。

 少なくとも真っ向からぶつかって勝てる相手ではない。そんなことは最初から分かっていたのだが、正直もう少し何とかなると思っていた。甘かった。あれを相手にあと数時間(・・・・・)持ち堪えるなんてことができるのか?

 絶望的な気持ちになりながらも、依人は冷静に状況を分析する。

 まず、奴の攻撃は「受け止めて」はいけない。痺れる両腕を押さえ、依人は確信した。こんな攻撃を何度も受けていたら、腕か武器のどちらかが確実にやられる。今の一撃で、大体のスピードは把握できた。ならば今後は躱すことに徹する必要があるだろう。

 そして、今の攻防における収穫はもう一つあった。

「……依人、気付いたか?」

「ああ、間違いない」

 二人は互いに顔を見合わせてニヤッと笑った。

「奴は『制御状態(リミットステータス)』だ」



 素羅(ソラ)は全力で走っていた。

 ――最初の銃撃戦を制したら、すぐに移動して加勢しろ。

 衛と依人の二人から、そう指示されていた。

 最初の銃撃戦で一方的な展開となった今、シウルリウス軍が再び銃撃戦を仕掛けてくることは考えにくかった。そもそも相手からしたら銃弾を防いだ原理すら分かっていないのだ。指揮官が有能であればあるほど、再戦に踏み切ることは難しい。そう判断してのことだった。

 ちなみに原理は単純だ。

 戦闘が始まる前に、魔法を主力とする遊撃部隊が、地上に大規模な防壁を貼っていたのだ。大規模故に、そう長い時間は展開していられない。そして当然、その防壁を越えてしまったら壁として成り立たない。だから今、相手が後先考えずに銃撃戦を仕掛けて来たら、戦況は限りなく不利になるはずだった。

 だが、衛たちはシウルリウス軍の指揮官が有能であることに賭けていた。いや、有能でなければ指揮官になれないと踏んでいた。そして、その賭けには勝ったと見える。

 素羅がやるべき次の仕事は、衛と依人を援護しつつ、もう一人の化け物――フローラ・シウルリウスの位置を、正確に割り出すことだ。

 ――戦闘に参加しないのではないか?

 ――仮にも王族であり、【勇者の証(マリク)】もいる今、彼女まで加勢することが有り得るのか?

 そんな素羅の疑問を、華嶋依人は一蹴した。必ず出てくると。それは確信にも似たものだった。

 ならば成すべきことを成すだけだ。素羅は目的地に到着すると、スコープを覗いた。魔力による視力強化と、専用のスコープによって、常人では成し得ぬ距離からの正確な射撃を可能とする。それが素羅の才能だった。

 スコープの向こうで、何かが超速で動き回っている。その傍に、衛と依人の姿が見えた。ということは、あれがマリク・グレイル・ネイミートなのだろう。

 ――なんだあれは。

 それが正直な感想だった。どうしてあんな存在が、自分と同じ空気を吸っているのか分からなくなる程に、その動きは馬鹿げていた。

 素羅は引き金に力を込める。集中力が研ぎ澄まされていく。

 そう、私は無機物だ。銃の一部になって金属の塊と化す――

 スコープの向こうでマリクが大剣を振るう瞬間に、素羅は引き金を引いた。


後編で終わりませんな(確信)

おそらくナンバリングになります。

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