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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第四章 零れ落ちる砂の粒
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83話 最後の切り札 前編

王都侵略編その1

 華嶋依人(かしまよりと)は、自分のことを善人とは思っていない。自分が他人のために力を尽くす姿など、微塵も想像できない。彼は元来、自分の欲望以外どうでもいいと考える類の人間だったのだ。

 寝たいときに好きなだけ寝て。

 食べたいときに食べたいだけ食べ。

 殺したときに殺したいだけ殺した。

 そこに大義名分など欠片も有りはしない。有るのはただ究極なまでの自己愛のみ。それが悪いことだと思わない。今までそうして生きてきたし、そしてこれからもそうして生きていくつもりだった。

 そう、「つもり」だったのだ。

 月下衛に出会うあの日までは。


 最初はただの好奇心だった。

 自分と同じ東国出身。用いる武器も同じく刀。しかも、華嶋家と同様に武道五家に数えられるあの(・・)月下家の人間。これで興味を持つなと言われる方が無理な話だった。

 初めて会ったのは十年ほど前。大戦の真っ只中。依人の方から直接会いに行った。

 第一印象は研ぎ澄まされたナイフだった。

 そいつの周りだけ、やけに空気が静かだとでもいうべきか。それでいて、間合いに入ろうものならば、一刀両断される未来が鮮明に見えるような、そんな空気を纏う男だった。

 同時に、哀愁漂う男でもあった。

 彼の剣筋は、時に優雅で、時に冷徹な鋭さを持っていた。それはまるで、涙を流しながら踊り狂う「鬼」を連想させた。

 ――本当は殺したくない。

 けれどもそうせざるを得ない状況に対する苦しみを、仮面の下に押し込めている様が容易に想像できた。


 依人は、衛の在り方がひどく気に入らなかった。それどころか、不快だとさえ思った。失望したと言ってもいい。自分が興味を持った男が、まさかこれほど下らない存在だったとは。

 後悔を秘めたまま人を斬ることには何の価値もない。ましてや殺すなど愚の骨頂。そんなものはただの「甘え」であり、自らの行いに責任を持たぬ「偽善」でしかない。

 人の命を奪う以上は相応の覚悟が必要だ。自分の手で、自分の意志によって、相手の人生を終わらせるという覚悟。それを背負えぬ人間に、人を斬る資格などない。まだ通り魔にでも斬られた方が数倍マシだ。

 依人自身、人を斬るときは全てを背負う覚悟で斬っている。恨まれる可能性も、復讐される可能性も、全てを受け入れた上で斬る。時に金のために。時に快楽のために。

 決して斬って後悔することがあってはならない。それは散る命を前にして不敬極まりないことだ。何より勿体ない。折角なら楽しまなくては。


 依人は、一生この男とは相容れないだろうと思った。興味もすでに消え失せていた。二度と会う事は無いと思っていた。

 だから意外だったのだ。

 数年後に、まさか衛の方から依人を尋ねてくるとは。


 ――力を貸して欲しい。


 その時の衛の瞳は、ある決意が宿っていた。数年前の月下衛とは別人のような顔になっていた。

 ……今のコイツなら、きっと何か楽しいことをやってくれる。

 不思議とそんな予感がしていた。


◆◇◆◇◆◇◆


 分厚い石の城壁。

 外敵の侵入を拒むコンクリートの壁。

 ――王都シウルリウス。

 まるで威圧するように、王都はただ悠然と君臨していた。

「ついに来たな……」

「ああ」

 感慨深げに呟いたのは、ボサボサの長髪と、だらしなく着込んだ和服が特徴的な人物。その呟きに答えたのは、まるでナイフを思わせる雰囲気を身に纏った、端正な顔立ちの人物。

 月下衛と華嶋依人。

 対照的な二人は、ここまで「牙」を引っ張ってきた首領と副首領のような存在だ。

「しっかし、見りゃあ見るほど帰りたくなってくるぜ。あれは」

 高さも厚みも通常の倍以上ある城壁を指差し、依人は溜息混じりの声を出した。普通に落とそうとしても時間がかかる。面倒にも程がある。

「全員、配置についたか?」

「ああ。素羅(ソラ)(キョウ)も準備オーケーだとよ。あとは(トバリ)だが……まぁ、あいつ等(・・・・)は特別だからな。気にする必要はねぇだろう」

「そうか」

 刻一刻と迫る開戦の時に、衛は心を落ち着けるよう大きく息を吐いた。

 こちらの軍勢は五千人前後。それに対してあちらは万を優に超える。数の上では圧倒的に不利。おまけに化け物(・・・)をl二人ほど相手しなくてはならないのだ。

 だが、勝機はある。この戦が始まって以来、ずっとひた隠しにしてきた最後の切り札。この戦況を引っ繰り返す唯一の手駒が、こちらには存在している。問題はタイミング。どこでこの手札を切るか。それさえ間違えなければ、勝機はある。

「見えてきたぜ。敵さんがよ」

 シウルリウスの国旗を掲げた大軍勢がこちらを睨む。

「突撃部隊、前へ!」

 衛の号令で、統一感の無い不揃いな面々が前に出た。肌の色も目の色も、何もかもバラバラな部隊。ある者は剣。ある者は戦斧。ある者は槍。皆が己の信じる武器を手に、しかし誰もが確固たる意志を瞳に宿していた。

 ――これが最後の戦い。

「突撃部隊! 出撃!!」

 ここに、開戦の狼煙が上がった。


◇◇◇◇◇◇◇


「敵、突っ込んできます!」

「なんだと? 馬鹿め、真正面から突破するするつもりか。射撃部隊、前へ!」

 現状を知らされたシウルリウス騎士団将軍は、驚くと同時に呆れた。我が国を侵略せんとする蛮族――牙に、都市を二つほど落とされたと知らされたのがつい先日。それも、かなりの少数に、圧倒的大敗を喫したと聞いていた。

 それほどの敵が、今まさに攻めてこようとしている。どれほど常軌を逸した戦術で以て攻めてくるのかと思ったのだが……

「奴ら、兵法を知らんのか? そもそも我が国が銃撃戦に特化していることくらい知っておろうに」

 あんなに広がったまま突っ込んで来たら、それこそ良い的だ。目を瞑っていても当たる。こんな無能な集団に、あのオルスロイが落とされたとでも言うのか?

「射撃部隊第一陣、発射!」

 城壁に隠れて、大量の狙撃兵が一斉に引き金を引く。

 ドドドドドドドドドドッ!!!

 けたましい発砲音。鳴り響く薬莢の金属音。舞い上がる砂埃。

 僅かな静寂の後、砂埃の向こうから、傷一つない牙の軍勢が現れた。

「何が起こった!」

「報告します! 敵兵無傷! 敵兵無傷です!」

「そんなわけあるか! 何発撃ち込んだと思ってる!」

 全弾外れた?

 まさか。そんなことがあるわけない。あの数だ。あの数の相手にあれだけ銃弾を撃ち込んで、一発も命中しないなどという事が有り得るはずない。

「怯むな! 射撃部隊第二陣、前へ!」

 もう一度やってみないことには始まらない。そうすれば何か分かるはずだ。

「射撃部隊第二陣、発――」

「うわああああああああああ!」

 発射の号令は、悲鳴によってかき消された。目に飛び込んできたのは、第二陣の狙撃兵たちが、頭から血を流して倒れていく光景。

「狙撃だ! 狙撃されてるぞ!」

「頭を下げろ! 撃たれるぞ!」

 辛うじて耳に飛び込んできたのは、「狙撃」という単語のみ。

 狙撃?

 いったいどこから?

 まさか最初に行った第一陣の狙撃で、位置がバレたとでもいうのか。たったのあの一度で。

 これで、こちらからの狙撃はリスクがあまりにも大きくなってしまった。どんな方法を使ったか分からないが、敵はこちらの狙撃を無効化し、逆に一方的に狙い撃ったのだ。

「前方部隊に連絡! 抜刀し、敵を迎え撃て! 一人たりともこの壁の内側に入れるな!」

「ふぅ、やれやれ。初手の攻防は上手いこと相手にしてやられたみたいだね」

 不意に横から掛けられた声に、将軍は身動きが取れなくなった。

 金髪に甘いマスク。戦場に似つかわしくない美貌を持つ青年。若くして近衛騎士団の団長を任されている人物。そして、知る人ぞ知る、シウルリウス王国の切り札。

 マリク・グレイル・ネイミート。

「な、何故、あなたがここに――」

「ん? それは勿論、命令されたからですよ。僕の姫君にね」

「ですが貴方様には近衛としての役割が……」

「僕が聞くのは僕の姫の命令だけ。国王の命令なんて知ったことではありませんよ。それに、あの『牙』の軍を相手にするには、一般兵では手に余ります。まぁ、個人的な用があるのも事実ですが」

 ニコリと笑う。

我々(・・)が不在の時を狙って、好き勝手してくれた『礼』をあげなければね」

 その笑顔の裏に、とてつもない冷たいものを感じ、騎士団長は震え上がった。と同時に、これ以上ない安心感に包まれた。

 この人がいれば、敵がどんなに強大であろうと関係ない。勝どんな相手だろうが勝てるわけないのだ、この人に。

「では現場の指揮をお願いします。マリク様。いや、勇者の証(デュランダル)殿」

「はい、任されました」

 軽い挨拶と共に、マリクは単身で戦場の真ん中に飛び込んだ。


前編と銘打ったけど中編と後編で終わるかな……

終わらなかったらナンバリングになります。

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