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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第四章 零れ落ちる砂の粒
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79話 暗部

久しぶりの主人公だけれど……?

 どうにも体調が良くなかった。時々モザイクがかかったように視界がぼやけ、激しい嘔気が押し寄せる。

 天戸零は、ふらつきながら自室のソファーに倒れ込んだ。

 光が目に染みる。心臓の鼓動がやけに早く感じる。自分の姿を遠くから眺めているような錯覚に陥りながら、零は原因を考えた。

「大丈夫?」

「……明、カーテン閉めて」

「何か、あった?」

「分からない」

 特に心当たりはなかった。強いて言うならば、退院明け直後に任務に着いたことだろうか。セブにいた時も中央(セントラル)にいた時も、ここまで体調は悪くなかったのだが、東国(カルディナ)に帰った途端にこれだ。

「疲れが出たとか」

「はは、そりゃまた……随分と『人間』らしい」

「……人間でしょ」

 明の声のトーンが少し低くなる。薄く目を開けて確認すると、明のやや不機嫌そうな表情がすぐ近くにあった。

 手が額に触れる。

「熱はないね」

「そっか」

「……寧ろ冷たい」

 明が困惑する。明自身も平熱は低い方だが、冷たいと感じたことはない。普通に高熱であった方がまだ安心できたかもしれない。

「ベッドに横になったら?」

「ベッドは明のしかない。俺いらないし」

「だから……私のベッドで」

「え」

 抵抗ないのだろうか。ましてや異性だ。

「いいの?」

「……仕方ないから」

「それなら……有り難く使わせて貰うけど」

 重い体を引きずるように隣の部屋へ。滅多に入らない明の部屋は、女性の部屋とは思えないほど置いてある物が少なかった。そのせいか、大量の本が詰まった大きな本棚だけが異様な存在感を放っていた。

 導かれるまま、明のベッドに横になる。布団の感触は久しぶりだった。かつて月下家に世話になっていた時以来のような気がする。

「……明のにおい」

「――っ!」

 思わず漏れた言葉に明が硬直する。普段ならその反応に気づくことができた零も、今はそんな余裕はなかった。

「――か、買い物……行ってくる!」

「頼んだ」

 逃げるように部屋を出る明を不思議に思いながら、零は再び微睡みに身を任せた。

 静かだ。

 ここ数日が慌ただしかっただけに、静寂がやけに煩く感じる。ひとりで住んでいたほんの数ヶ月前までは、何も気にならなかったのに。それはとても幸せなことだと思う。

 ――お前にそんな人並みの幸せを得る権利があるのか?

 微睡みの中で声が聞こえた。

 ――何人殺した? 何人を絶望の底へと突き落とした?

 声はどんどん近づいてくる。時々喉の奥で嗤いながら心の隙間に入り込んでくる。

 ――償うだと? 背負うだと? 嗤わせてくれる。

 それは、何度も聞いたことがある声だった。眠りに堕ちる度に、何度も何度も聞かされてきた台詞だった。

 ――その血濡れた手で何が守れる? 誰を救える?

 だから今更耳を塞ぐ気にもなれなかった。何度も繰り返した自問自答の嵐。どうせ、いつもと答えは変わらない。

「……何も」

「おや、起きましたか?」

「!?」

 頭上からの聞き慣れない声に、零は反射的に飛び起きた。

「おやおや、そんな急に動いて大丈夫ですか?」

「……何の用だ」

「貴重なシーンを見せて頂きました。あなたが眠っている所など滅多に拝めるものではありません」

 真っ白な仮面をつけ、頭まですっぽり隠れる黒マントを羽織った三人組が、いつの間にか零の横に立っていた。

 彼らのことは知っていた。そしてこの声、零とは多少の縁がある人物の声だ。

「……古池誠司(ふるいけせいじ)

「お久しぶりです。覚えていて下さいましたか」

 真ん中の男が仮面を外す。

 端正な顔立ちの男が、昔と変わらない胡散臭い笑みを浮かべていた。

「しかし、あなた程の方が我々ごときの侵入に気づかない上に、ここまでの接近を許すとは」

 うーんと唸る。

「随分と体調が優れないようですね? こちらとしては大いに助かるのですが」

「……【暗部】が何の用でここに来た」

 古池誠司。

 召喚魔法を生業とする「古池家」の現当主。また、公にはなっていないが【暗部】の幹部でもある。過去に天戸零を長きに渡って追跡し続け、ニール・クライメルによる捕縛の足がかりとなる功績を残した人物として裏で知られている。

「そうだ、息子には良くして頂いているようですね。(あれ)は随分とあなたを慕っているようだ。今後とも親しく――」

「世間話はいい」

 話を遮って要件を促す。この男は苦手だ。顔面に張り付いた薄気味悪い笑みも、丁寧すぎる口調も、やけに芝居がかっていて好きになれない。できれば一秒でも早く出て行って貰いたい。

「多忙なはずの幹部様が、わざわざ部下を二人も連れてやってきたのは理由があるんだろう?」

「ふむ、まぁ理由といいますか、必要と判断して連れてきたまでのこと。ここへ来たのも当然『任務』ですよ」

「……?」

 どこか口調に違和感を感じる。依頼ではなく任務?



「天戸零さん、あなたの身柄を拘束させていただきます」



 直後に脇から二人の暗部が零に飛びかかった。目にも止まらぬスピードで零をベッドから叩き落とし、床に組み伏せる。二人がかりで両腕を完全に固定され、零は一瞬で身動きが取れなくなった。

「……なるほど、『大いに助かる』ってのはこういうことか」

「万全のあなたを拘束するのは骨が折れます。それにしても随分と無抵抗で捕まってくれましたね?」

「ここは俺の部屋じゃない。あんまり荒らしたら部屋主に怒られる」

「……は」

 古池誠司は呆気に取られた顔をする。いつも作り物めいた表情の彼には珍しく素の表情だった。それほど意外だったのだ。『まさかあの化物がそんなことを言うとは』

「……くく」

「なんだ」

「いえいえ、あなた随分と面白くなりましたねぇ……くくく」

 突然笑い出す。おかしくて仕方がないというように笑い声を押し殺している。零を取り押さえていた暗部の二人がギョッとして振り返った。

「……ふぅ、失礼しました。では任務の仕上げといきましょうか」

 ゆっくりとした仕草で、懐から三枚の黒いリングを取り出した。

「……それは」

制御装置(リミッター)です。あなたには説明の必要はありませんね。普段からいつも身につけているわけですから」

 左手首のリンクが黒く光る。

「……拘束してどうするつもりだ」

「我々は任務を遂行したまでのこと。あなたが知る必要はありませんよ。それに、これは上が決めたことです」

 話しながら、零の右手首に黒いリングが嵌められていく。パチンとロックが掛かった瞬間、グッと背中に鉄の重りが乗しかかったような圧力を感じた。

「……ぐ、う、上が……決め、た」

「ええ、正確に言えば中央(セントラル)の決定。勿論、あの魔女――ニール・クライメルも了承済みです」

「に、ニールさん……があっ!」

 三枚目のリングが左足首に嵌まる。視界はほとんど真っ暗になっていた。呂律も回らず、まともに言葉を発することもできない。聴覚はまだ辛うじて生きていたが、それでも遠くで音を聞いているような感覚だ。

「ひとつだけ私から言えることは、『組織に属する者は人類の敵であってはならない』ということです」

「て……き……」

「あなたはこれから、自分が無実であることを全人類に証明しなければなりません。あなたのためでもあるんですよ?」

 遠くで話し声が聞こえる。

「古池先輩、さすがにもう平気ではないでしょうか」

「いいえ、まだ四枚目が残っています。そのままの体勢を保ってください」

「過剰な気が……」

内海(うつみ)、無駄口を叩くな」

「その通りです。私が九年前にどれだけ苦労したと思ってるんですか?」

 語調を強めて黙らせる。最後の一枚を右足首に嵌め、ようやく二人の部下に拘束を解かせた。

 零はピクリとも動かない。脱力しきったその肢体は、まだ生暖かいだけの死体にも見えた。

「先輩、この子ちゃんと生きてますよね?」

「心配要りませんよ。最低限の心肺機能だけは残っているはずです。とは言っても五感は完全に失せているでしょうけどね」

「凄いです、この制御装置ってやつ。どんな仕組みになっているのやら」

「かの創造主――天戸恵博士の残した遺産です。さて、運びますよ」


◆◇◆◇◆◇◆


 もぬけの空となったベッドを見て、明は手に下げていたビニール袋を盛大に落とした。中に入っていた果物が数個転がり出た。

「……零?」

 開け放たれた窓の脇でカーテンがなびいている。ベッドは特に荒れた形跡はないが、掛け布団だけは床にずり落ちていた。

 呆然と立ち尽くす明。不意に玄関に呼び鈴の音が鳴り響く。

 急いで玄関へ。靴も履かず、相手の確認もせずに扉を開けた。

「ハァ、ハァ、明ちゃん、零は!?」

「瑠……璃?」

 そこにいたのは神無月瑠璃だった。ゼーゼーと息を切らし、全身汗だくになりながら、凄まじい剣幕で明に詰め寄る。

「零は中にいる!?」

「……いなかった。私が帰ったら……いなくなってて」

「クソ、遅かった!」

 家の中へ駆け込む。良く見ると瑠璃は裸足だった。全ての部屋の扉を開け、明の部屋に入った瞬間に立ち止まる。

「……微かに魔力が残ってる。明ちゃん、ここね」

「そう」

「数は……三人か。この方角はまさか――暗部め、零に何をするつもりだっ……!」

 ごく微量の魔力の残り香から、彼女にしか分からないレベルで情報を引き出す。その目はいつも学校で話してる「神無月瑠璃」のものではなく、《組織》に属する「虹の女神(イリス)」のものだった。

「瑠璃、零は……」

「心配しないで明ちゃん。零がどこへ連れて行かれたかは分かった」

「連れて……行かれた?」

「そう、零には今、有らぬ疑いが掛かってる。南のシウルリウス大国侵攻に手を貸したという疑いが!」


 それはオルスロイが陥落したという凶報が中央(セントラル)に届いた直後のことだった。


懐かしの古池

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