77話 夢へ至る戦争 中編
後編へ続く。
――シウルリウス工業都市『オルスロイ』
国家の正規軍というのは、当然のように皆高い能力を持っている。各学校の成績上位者だけが入隊でき、長い下積み期間を経て、誰もが一流と認める存在となって初めて活動を許される。その後も厳しい訓練が課せられており、常に己を磨き続けることが求められている。これはどこの国でも変わらない。このシウルリウス大国においても同じことだ。
「一旦下がれ! 守りを固めて体制を立て直すんだ!」
「素早い動きに惑わされるな! 距離をとってよく狙え!」
「合図したら撃て! 三、二、一、発射!!!」
相手の兵たちは、確かによく食らいついてはいた。隊列を崩されかけても持ち直し、後方の部隊と相互にカバーし合いながら、一歩も引かない様は見事ですらあった。流石は正規軍の兵と言える。
だが、防戦一方であることに変わりはない。
「牙」には、さまざまな国の軍人――いや、元軍人が集まっている。そのため、戦い方も戦術も統一感がない。各々が各々の国で培った技術と考え方を持っているからだ。だが、個々の長所をうまく引き出すことができれば、それは無敵の軍勢と成りうる。
東の大国――カルディナ出身の者は、魔法と武器を高レベルで使いこなすバランサーで、遠近中のどこでも活躍できる。
北の大国――セレス出身の者は、高度な体術を軸に剣や槍などの近接武器を操る白兵戦の猛者で、近距離戦に特化している。
西の大国――ウォーラルト出身の者は、魔法を扱うことにかけては一流の者ばかりだ。使うタイミングさえ見極めれば一騎当千の活躍が見込める。
南の大国――シウルリウス出身の者は、機械の扱いが天才的だ。匠の技を用いて、どこにでもある道具と材料から輝きを生み出す。これは武器の扱いに関しても同じで、特に銃の扱いが上手い。
全体的な人数こそ少ないが、華嶋依人は彼らを役割ごとに大きく三つに分けていた。
先陣を切り、真正面から相手にぶつかっていく突撃部隊。
主に後方支援を担当し、負傷者の治療も行う狙撃部隊。
相手の守りを崩したり、時には攻撃に加勢したり、状況に柔軟に対応する遊撃部隊。
これらの部隊が互いの短所を補い、長所を最大限まで引き出していた。その全てに対応することなど最初から不可能。
近接部隊の者が持ち前の体術を駆使して相手の攻撃を掻い潜り、撹乱する。その隙に後方部隊が的確に相手を撃ち抜く。後方部隊の指揮を取るのは素羅だ。さらに魔法での支援もある。これほどのトリッキーな部隊を、単一色で構成された軍隊が崩せるはずもない。
「このままでは押し切られる。機械兵を出せ。急げ!」
不利な戦況を覆すため、先に行動を起こしたのはシウルリウス軍の方だった。
やや少ししてから現れたのは、かつて大戦時にその力を世に知らしめた存在。シウルリウス大国の技術力の結晶とも言われる代物。
――機械兵。
全長五メートル程のそれは、分厚い装甲と左右の砲台による高い殲滅力を有しており、長らくシウルリウス大国の戦力の要として機能してきた。
機械兵が動く。人の群れの中を高速で駆け抜けながら、弾丸の雨を降らせていく。機動力は高く、生身では補足することも困難。例え補足できたとしても、生半可な火力ではその装甲を貫くことはできない。
駆ける。
駆ける。
駆ける。
巨大な鉄の塊が、死をばら撒きながら駆け抜けていく。それは過去の大戦時に見せた雄姿と重なり、シウルリウス軍の士気を高めた。
――行ける。
――この調子なら。
――戦況を引っくり返せる。
機械兵の後に続き、兵たちが反撃の姿勢に切り替わる。シウルリウス軍は目論見は成功と言えた。戦況を変える絶好のタイミングで、機械兵を戦場に投入することができたのだから。
だが、正規兵は理解できない。できるはずもない。
寧ろそれこそが「牙」の狙いだったということに。
「はいはーい、みんな準備できた~?」
指揮をとるのは緑色の髪の女性。
色黒なのか色白なのか判断ができない。
子供のようにも見えるし、大人のようにも見える。
美人とも言えるし、醜いとも言える。そんな奇妙な女だ。
「えーっと、よく聞いてね。あの機械兵の先にはあたしの白蟻が地中で待機してる。合図したら動きを止めるから、そうしたら術式を展開ちょーだい。いくよ~?」
女が指をパチンと鳴らすと、高速で走り回っていた機械兵の動きが突然止まった。ギチギチと奇怪な音をたてて蟻が足元に群がる。それを合図に、一帯を全て覆うほどの巨大な魔方陣が出現した。
――大規模集団術式展開。
≪理魔法:炎:灼熱魔炎域≫
眼球を潰す激しい光と、呼吸器官を燃やし尽くすほどの風が吹き荒れる。一帯にできるクレーター。生身人間では骨すら残らない。
まるで図ったかのようなタイミング。機械兵の装甲はひしゃげ、砲台は熱でドロドロに溶け、ガラクタのように崩れ去っていった。
目の前で崩れていく機械兵を目の当たりにし、兵たちの間にもパニックが起こる。
叫ぶ者。
目を見開く者。
逃げ始める者。
恐怖は伝染する。
「何故だ……何故こちらの手の内がこうも知られている? こっちは二百以上の兵に四騎の機械兵、それに砲台だってある。どうしてここまで圧倒的なんだ?」
彼らは知らない。勝負は最初からついていることを。
彼らは気づかない。予め潜り込んでいる数多の蟻の存在に。
京――女王巨蟻。
彼女の能力は、一体一よりも、入り組んだ戦場でこそ真価を発揮する。大量の黒蟻を用いた急襲から、迷彩蟻を用いての偵察まで、その用途は多岐に渡る。さらに恐れるべきは、その情報伝達能力の高さだ。使役する蟻たちが得た情報は、瞬時に女王へと伝わる。京は蟻の眼を通して敵の動きを逐一探っていた。
「うーん、そろそろ砲撃がくるみたいだねぇ。あっちの砲台から」
シウルリウス兵の動きは筒抜け。既に人の目では見えない迷彩蟻が、オルスロイ都市のあちこちに潜んでいた。
依人が無線機で指示を出す。
「いいか遊撃部隊、よーく聞けよ。戦況はかなり優勢だ。このままいきゃ俺らの圧勝で終わる。だが、そう簡単に勝たせてくれるとも思えねぇ。お相手さんもなんとか逆転の手を打ってくるはずだ。んで、おそらくあの砲台……見えるか? あそこからでかいミサイルが飛んでくると考えられる」
おそらく初手から撃ってこないのは、街の損害が大きいからだろう。
「お前らはしばらく後方へ下がって魔力を溜めろ。あの砲台を先にぶっ壊すぞ。方法はお前らに任せる。とにかく、あれを一発で吹っ飛ばせるような大規模な術式を作れ。これで俺たちの勝ちだ」
続けて最前線で戦っている突撃部隊へ伝令を繋いだ。伝令の相手は牙の大将――月下衛だ。
最後のトドメを刺す時が来た。
「よぉ、死んでねーか衛」
『誰に物を言っている』
通話の様子からでも、衛が息一つ切らしていないことは明白だった。
通常、軍の大将というのは後ろで指揮をすることが普通だ。ましてや最も危険な最前線に出ることなど有り得ない。だが、衛は自ら進んで前線へ出た。依人も止めなかった。
――安全な場所で命令するだけの指揮官に、部下はついてこない。
そう言われてしまうと何も言い返せないわけで、依人は苦笑しながら承諾したのだ。
「面倒だから簡単に説明するぜ。敵さんの大将の正確な位置が分かった」
『……なるほど』
ならばやることは一つしかない。殺すのだ。
身体中に魔力を循環させる。さらに電流を身に纏い、雷の身となって駆け抜ける。
殺すために磨いた刀術。
排除するために鍛えぬいた肉体。
今こそそれらを開放するときだ。
擦れ違いさまに刀一閃。
電流を纏ったその刃は、まるで豆腐でも斬るかのように武器ごと人を切断する。浴びせられる銃撃の雨の中で刀を翻し、
――月下流陰式『畳返し』
銃弾は当たらない。衛の刀によって作り出された磁場の空間で、弾は慣性を無視して異様なベクトルに捻じ曲がる。標的には当たらない。
月下衛は戦場を縦横無尽に駆け回る。
次々と死に絶える兵たち。
赤く染まっていく視界。
衛は振り返らない。
愛する者の名を呼びながら倒れる兵がいた。
家族に謝罪しながら死んでいく兵がいた。
衛は決して振り返らない。
死んで行く者たちにも、それぞれの生活があり、家庭があり、愛する者がいた。そんなことは分かっている。理解した上で殺すのだ。
己の意思で。
勝敗を大きく左右する要因として、大きな割合を占めるのは情報だと思います。