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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第四章 零れ落ちる砂の粒
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76話 夢へ至る戦争 前編

中編へ続く。

 とある男がいた。

 彼は心優しい男だった。正しきものを愛し、悪しきものを憎んだ。

 彼は純粋な男だった。愛する者が消えていくことが我慢ならない。その両手で抱えられるものは全て守ろうとした。

 やがて戦争が起こった。その過程で、彼は多くのことを学んでいく。

 「生きる」とは「殺す」ことだと学んだ。

 「守る」とは「排除する」ことだと学んだ。

 ――では、より確実に「(いき)る」ためには?

 ――より多くを「排除する(まもる)」ためには?

 そのために、自分はいったいどう在るべきだろう。

 考えた末、今よりもっともっと強くなればいいという結論に至った。

 彼にとっての「強さ」の象徴。それは自分の父親。剣聖の名を冠する者――月下重夫。大陸中に名を知られ、その道において頂点に君臨する存在。それこそが彼にとっての「強さ」であり「象徴」だった。

 父親の背中を追いかけ、彼自身も刀を振る。来る日も来る日も。守るために。殺すために。

 いつしか、彼は「剣鬼」と呼ばれるようになった。



「衛、準備はほぼ整ったぜ」

「……そうか」

 華嶋依人の報告を受けて、月下衛はゆっくりと体を起こした。

「いよいよ始まるのか」

「オイオイ、俺たちは戦争を仕掛けに行く側だぜ? 『始まる』んじゃなくて『始める』んだよ」

「確かにな」

「なんだ、怖気づいてんのか?」

 衛の顔を覗き込む。

 不安、恐れ、後悔、迷い。

 入り乱れるさまざまな感情を、分厚い仮面の下に隠している。依人の目にはそう映った。

 ――正しさの定義など時代と立場によって変わる。

 かつてそう口にしたのは他でもない、衛自身だ。大戦での英雄など、時代が違えば単なる大量殺人鬼でしかない。仲間を見殺しにした指揮官は、タイミングさえ適切だったならば寧ろ英断と褒め讃えられる。正義という言葉ほど曖昧で不明瞭なものはない。

 だから「正義」を理由に行動を起こすことは、きっと間違いなのだ。これは――そう、エゴだ。

 ――自分がそうしたいから。

 ――たまたま自分が助けたい人達がこちら側だったから。

 そうした自分勝手な理由で、自分はこれから多くの人の命を奪う。その罪に「正義」という免罪符を与えてはいけない。そのことを誰よりも知るからこそ、月下衛は苦しんだ。

「別にどうでもいいだろ。勝ちゃいいんだよ、要は」

 依人は欠伸しながら吐き捨てるように言う。下らない――とでも言いたげな表情で。

「何が正しいかなんて分からねぇ。少なくとも俺は知らんし、たぶん過去のお偉いさんも知らねぇだろうよ。ただ、一つだけハッキリしてることもある。それは勝った側の正義に、負けた奴らは従わなきゃならないってことだ」

 逆に負けたら何も残らない。逆賊と見なされ、歴史上に悪として名を残される。

「だったら勝つしかねえ。そうだろう? お前は俺たちの大将なんだ。ここに集まった奴らはみんなお前を信じてついて来た。死んでも文句言わないだろうぜ。俺たちがやるべきことは、ここで立ち止まって後ろを振り向くことじゃねえ。幾万幾千の屍の上で勝利を掴み取ることだ」

 それは、華嶋依人という人間らしくない、熱い言葉だった。衛の口元に笑みが浮かぶ。

「やる気満々だな」

「こうでも言わなきゃ、お坊ちゃんが決断してくれそうになかったからな」

「言ってろ。戦場でその首斬り落とすぞ」

「ヘッ、いいねぇ……いい顔になりやがった」

 親友(とも)の言葉に背中を押され、月下衛は歩き出す。

 準備は整った。ここまで来たら己のエゴを貫き通そう。

 鬼と言われても構わない。

 悪魔と罵られても構わない。

 呪いの言葉を浴びる覚悟はできている。覚悟と決意を胸に、衛は「牙」に所属する全員の前に立った。

「ここまでついて来てくれてありがとう」

 皆に感謝を。

「そして済まない。お前たちの力を――命を俺に貸してくれ」

 皆に謝罪を。

「お前たちが流す血、汗、涙。一滴たりとも無駄にしないと約束する」

 皆に誓いを。

「背中は仲間に預けろ! 眼前の敵だけを撃破しろ! 俺たちは! 強い!!」

 皆に激励を。

 雄叫びが響き渡る。

 ここに、戦いの火蓋が切って落とされた。


◆◇◆◇◆◇◆


 一晩で村が滅んだことを、いったい誰が予知できただろうか。

 穏やかだった村が、一晩で反乱分子の住処となることを誰が予想できただろうか。

 不可能。

 そんなことが可能だった人間が存在するはずがない。可能だったとすれば其れは人ではなく、人の形をした何か――いわゆる人外の者だろう。そしてその「人外」の者はその時、国外にいた。

 よって――

 この奇襲を止める策はなかった。


 ――大陸南東部『ジャーニア』

「なんだこいつら!?」

「どこから現れた!」

「どうしてこんなに接近されるまで気付かなかった!?」

 いきなり攻め込まれたシウルリウス大国の兵たちは、動揺のあまり言葉を失う。奇襲とは予期しない時期・場所・方法により組織的な攻撃を加えること。突撃した「牙」の軍隊は、連携の取れていない兵たちを蹂躙していった。

 慌てて銃を構える兵の前に仲間の死体を突き出し、発泡を躊躇わせる。その隙に左右から畳み掛け、相手に攻撃を許さない。また積極的に足を狙い、機動力を失わせつつ、手足を縛って捕虜にする。

 ようやく体制を整え、攻勢に転じようとしたジャーニアの兵たちだったが、それは最早無駄な抵抗だった。

 ドドドドドドドッ!

 後方から銃声が鳴り響く。

 中距離でのアサルトライフルの一斉射撃。運良く致命傷を避けた者も、兵としては最早使い物にならない。

 圧倒的な優勢で戦いを進める中、衛たちはさらなる一手を放った。

「――見つけた」

 スコープを覗くのは素羅(ソラ)と呼ばれる少女。黒髪をショートに切り揃えた、その可憐な容姿と対照的に、手足のように操るのは、殺意を凝縮させたかのような冷たい金属の塊。

 彼女が引き金を引くと、指揮官らしき男は呆気なく床に倒れた。囲んでいた者が取り乱したように周囲を見回す。

 狙撃だと――?

 いったいどこから――

 だが、素羅は彼らが視認できる距離の遥か彼方にいる。見つけることなど不可能。自分たちの指揮官を失って右往左往する者たちの頭を、素羅は遠くから的確に撃ち抜いていった。

 月下衛率いる「牙」の目的地は王都――シウルリウス。距離は遠く離れており、あまり時間をかけることもできない。長期に渡れば渡るほど、物資と兵力で劣るこちらの消耗は激しくなり、戦況は不利になる。さらにタイムリミットも存在する。

 大陸が誇る化物――フローラ・シウルリウスとマリク・グレイル・ネイミート。この二人がこの国に戻ってくる前に、大きなアドバンテージを取っておく必要があった。

 つまり、余計な戦いをしている暇などない。戦力は温存し、本来ならば一直線に王都を目指すべきだ。それでも、特に華嶋依人は、ジャーニアは攻めるべきだと強く主張した。

 それは、この場所がシウルリウス大国の食料庫のような役割を担っている都市だったからだ。

「よーし、良くやった素羅。あとは降伏を迫ればこの都市は俺たちのモンだ。ハッハッハ」

 依人は満足そうに嗤った。

「なんか随分とアッサリ終わりましたね」

最初(ハナ)から敵の大将だけが狙いだったしな。ま、死体を無駄に増やさずに済んで良かったぜ」

「依人さんらしくない」

 この男は血を見るのが好きな人間だったはずだが。

「バーカ。奴隷にして働かせるに決まってんだろ? 労働力はいくらあっても足りねぇんだ。たっぷり働いて貰わねえとな。俺たちのために」

 依人が今回の戦いで最も不足すると考えたのは食料だった。最初に拠点に定めた農村にも、ある程度の食料が蓄えてあったが、あんなものでは全然足りないと考えた。今回のジャーニア襲撃はそのためだ。

 だが、このままうまくいくとも思えない。今回の襲撃に関する情報が広まれば、各都市の守りは堅固になり、長期戦に持ち込まれてしまう。そうなれば自分たちの首を絞める結果となりかねない。時間がないことに変わりはないのだ。

「行くぞ」

 月下衛は歩き出す。もう後戻りはできないし、する気もない。

 彼の(せんそう)は、まだ始まったばかりだ。


やっぱ戦争で重要なのは食料だと思います。

兵糧攻めって言葉があるくらいですからね。ハラが減っては戦はできぬ。

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