表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第四章 零れ落ちる砂の粒
81/90

75話 絶望をプレゼントするために

零が中央に戻る少し前のこと。

「死体は向こうだ。向こうの土に埋めろ! 間違っても燃やしたりしようとか考えるなよ。貴重な肥料になる。それと、頭だけは別に埋めて弔ってやれ。せっかく綺麗に頭だけ飛ばしてくれたことだし、それくらい大した手間でもねえだろう。臭い? 気にすんな直に慣れる。

 女子供は飯だ。とにかく飯を作り続けてくれ。備蓄してあった食材まるごと使って構わねぇ。みんなで協力して飯を作り続けるんだ。

 手が空いてる奴はこっちに来い! 人手が足りねえんだ。急げよテメエら、時間は残り少ねえぞ! 休んでる暇はねえ。間に合わなかったら俺達は揃ってあの世行きだ。死にたくねぇならひたすら手を動かせ!」

 最南端の地で、華嶋依人(かしまよりと)は声を張り上げていた。それに呼応し、大勢の人間が老若男女問わずに働き続けている。

 ある者は粗末な布切れを体に纏った少女。

 痩せ細った体は明らかに栄養不足で、スラム街にいる子供達と何ら変わりない。体中には至るところに痣の跡があり、所々に注射痕もある。しかし周囲の人間は誰も彼女を特別扱いせず、そして少女自身も自ら率先して働いていた。その小さな体を懸命に動かして。

 ある者は屈強な肉体を持った男性。

 彼は元々大国の軍に所属する元兵隊で、その中でも一ニを争う実力の持ち主だった。だが一度の失敗によって離隊を余儀なくされ、家族も戦争で失い、自身は酒と薬に溺れた。そんな彼が、再び忠誠心を持って労働に組していた。ある人物に助けられた恩を胸に抱いて。

 多くの人物の思いを率いて、華嶋依人は上から指示を出し続ける。

 今、依人たちは最南端の地に理想的とも言える居を構えていた。これは数日前、月下衛が天戸恵(あまとめぐみ)に頼んで実現したことだ。

 条件は自給自足の村であること、ある程度の面積があること、できるだけ南であること。

 これらの条件に合う村を探し出し、誰にも気づかれず事件にもならないように、村民たちを排除して村だけを手に入れる。

 一見不可能に見える依頼を、天戸恵は難なく達成してみせた。

 まずは注意を逸らすために、天戸零が過去に起こした事件である【血塗れた十字架(ブラッディ・クロス)】を模して北で村を丸々ひとつ滅ぼす。ここで、わざと周辺の乞食に目撃させて噂を広め、最終的にフローラとマリクが不在のタイミングを突いて一晩で村を壊滅させる。

 鮮やかすぎる手並み。過去に多くの死地を乗り越えた依人も、これには顔を引きつらせた。やろうと思ってできることではない。依人自身、戦略をたてるのを好む人間であるからこそ、その異常性が良く分かる。

 だが、これで終わったわけではない。寧ろ依人たちにとってはこれからが本番だ。そのために今できることは全てやっておかなくてはならない。今でこそ、この村には「(まやか)し」の闇魔法が掛けられ、外部の目を欺いていられるが、それはいつまでも保つものではない。直にこの国に住まう二人の怪物が帰ってくるのだ。

 フローラ・シウルリウス。

 マリク・グレイル・ネイミート。

 彼らが戻ってくれば、こんな即席の結界など一目で看破されてしまう。そうなれば全てが終わりだ。抵抗しても無駄だろう。全員皆殺しにされ、骨も残らない。

 こちらの勝ち筋はたったひとつ。奇襲。

 これ以上ない万全の状態で一斉に勝負を仕掛け、不意を突いて《組織》の二人と同程度の戦力をぶつける。制御状態(リミットステータス)であることを利用して「全力を出すことによる弊害」を押し付け、その強大な魔力に枷をはめる。マリクがフローラから離れられないことを利用して、それ以外の兵を救援が来る前に片付ける。

 依人はこれでようやくギリギリ五分の戦いができると踏んでいた。つまり、全てが順調にいって全ての局面でアドバンテージをとって、それでやっと互角に戦えると。

「ハハッ、笑える話だ」

 ――組織。

 人に非ざる者を人が倒そうとするならば、それほどの覚悟が要るのだ。

 一息ついて腰を下ろした彼の元へ、一人の少女が現れた。

「お疲れ様です、依人さん。これ差し入れです」

 黒髪をショートにした、端正な顔立ちの少女。

 素羅(ソラ)だ。

「おう、サンキューな」

 依人は素羅から手の平サイズの握り飯三つと、コップ1杯分の水を受け取ると、そのままガツガツと食べ始めた。

「……もぐもぐ、若干パサついてるが……もぐもぐ、まぁ普通に食えるな」

「それがここのお米なんです。贅沢言わないで下さい」

「……もぐもぐ、いやいや十分だぜ。というか素羅……もぐもぐ、お前飯作ってんのか?」

「ええ、私も一応は『女子供』ですから」

「ハハッ! テメエに限っては適応外だぜ。向こうで武器でも磨いてこいよ!」

「……おにぎり没収」

「あーコラコラ、待て」

 依人は奪われる前に急いで握り飯を口に詰めると、そのまま水で流し込んだ。

 その様子を冷ややかな目で見ていた素羅は、ふと何かに気付いたように周囲を見回した。

「今日は衛さんはどちらに?」

「ああ、アイツはちょっと所用があるみたいでな、今はここにはいねえぞ」

 素羅は驚いた顔をした。

「珍しいですね。あの衛さんが仕事以外のことをしているなんて」

「まぁ、アイツにも色々と思うところがあるんだろうさ」

 クックックと、おちょくるやように喉の奥で笑う依人を見ていると、狂人めいた外見も相まって本物の極悪人にしか見えない。

 月下衛と華嶋依人。

 二人が親友だと説明されて、一度で納得する人が少ないのも、こういう所が原因だろう。

「まぁ、そんなわけで、今は俺が代わりに指揮をとってやってるわけよ」

「意外と得意ですよね、こういうの」

「あぁ? 意外でもねえだろう。俺は衛の野郎より頭いいんだぜ? 考えてもみろ、俺は理論派、衛は感覚派。ほら分かりやすい。戦闘スタイルからも明らかじゃねえか。知的な俺様が現場の指揮が上手いのも当然だ」

「……ええ、まあ確かにそうですね。失礼しました」

 言葉を詰まらせながらも、何とか肯定と謝罪を口にする。

 依人を「知的」と形容するのは少し無理があった。確かに戦い方は戦略的だし、先の先まで見通して緻密に立ち回る人だ。感情的になることもなく、不意討ちや騙し討ちなどの駆け引きにも優れる。

 それでも、知的かと問われると何かが違う。あまりに禍々しい。それが「華嶋」の血なんだと思った。生まれが生まれならば、依人はきっと誰よりも出世していたのではないだろうか。

 そういう意味で、彼もまた「血」に縛られているのだ。

「……愛してる人間に軽蔑されると知りながら、犯罪者になる道を選ぶってのは……どんな気持ちなんだろうな」

「え?」

 依人が唐突に呟いた台詞があまりに意外で、素羅は思わず聞き返した。

「いや、衛のことだ。知ってんだろ? アイツは東国に嫁と子供がいる」

「……知ってますよ。確か娘さんが二人いらっしゃるんでしたよね」

「そうだ。俺もこの前に会った。ちょうどお前くらいの歳だ。いやぁ可愛かったぜぇ? 確かに衛と顔立ちが少し似てやがった」

「……そうですか」

 何故今になってそんな話をするのか。

 素羅は少しだけ分かるような気がした。

「俺はよぉ、こんな性格だし、愛情なんてものとは生まれてからずっと無縁だったんだ。だから失うもんはねえし、ここ以外に俺の居場所はねえ。だが……」

 一度言葉を切る。

「衛は違うだろ」

 月下衛。

 月下家に生まれ、幼少より刀術を教わり、「剣魔」と呼ばれ恐れられた人物。

 だが一方で、夫であり父親でもある人物だ。

「後悔してねえのかな」

「……今更でしょう」

「だな。今更だったな」

 苦笑する。もう引き返せない所まで来てしまった。その実感を、依人や素羅は強く感じていた。特に衛はこの集団の中心人物だ。ここに集う人間は依人も含め、みな彼についてここまでやってきた。今は亡き(ハク)も。

「素羅、お前は白の野郎と一緒にきただけなんだ。抜けたかったら抜けていいんだぜ? まぁ、抜けたいと言われても引き止めるけどな!」

「言いませんよ。それに、私はこの世界が憎いんです。私の大切な人が消えても、知らん顔で回り続けるこの世界が憎い。白さんを殺してのうのうと息を吸ってる連中が憎い」

「ほぉ、復讐に生きるか? いいねぇ、悪くないと思うぜ」

 素羅の氷のように冷え切った殺意を見て、依人はゾクゾクを心が躍るのを感じた。やはりこの少女は良い。怒り狂えば狂うほど、思考回路が研ぎ澄まされる性質を持っている。それは狙撃手(スナイパー)にはとても必要なものだ。

「ならその怒りをぶつけて来い。迫り来る雑魚の頭を撃ち抜け。喚き、悲鳴を上げてのたうち回る屑の心臓に風穴を開けろ。勇敢にも銃口を向ける身の程知らずに絶望をプレゼントしろ。恐怖のどん底へ突き落とせ。一人残らずだ」

「はい」

 素羅は敬礼する。

 残虐な命令を下す依人に対し、精一杯の敬意を込めて。

「分かりゃいいんだ。さーてと」

 休憩終了と言わんばかりに立ち上がった。

(トバリ)、いるか?」

 暗闇に向かって呼び掛けた。

 暗紫色とでも表現すべき空間から、うっとりするほど美しい三つ子が現れた。

「いるよいるよ」

「ぼくらはいつもここに」

「どうかしたの? なにかあったの?」

 クスクスと、可愛らしく笑う。

 美しい、純粋な瞳。

 人々の恐怖を引きずり出す瞳だ。

「もうすぐでタイムリミットになる。俺が合図したらこの『瞞し』を消せ。楽しみにしてろよ、とんでもない化物と戦わせてやるからな」

「とんでもない?」

「ばけもの?」

「たたかう?」

 三つ子の表情がどんどん明るくなっていく。

「ねぇ、それってもしかして」

「れいのこと? れいとたたかうの?」

「れいがくるの?」

 気に入った玩具でも見つけたかのように目をまん丸にして尋ねた。

「ハハッ、悪いが零じゃねえんだ。でも、奴と同等の獲物であることは間違いねえぞ」

「なーんだ」

「よりと、きらい。いじわる」

「でもいっか。たのしそう。たのしそう」

 否定されて、三つ子は一瞬だけ頬を膨らませた。年相応の、子供らしい拗ね方。

 だが、次の瞬間には笑みを浮かべていた。

 無邪気な、それでいて背筋が凍る笑みを。

お米はタイ米を想像して執筆。

一般人の認識は組織=ラスボス


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ