5話 思わぬ刺客
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――三年前、大陸北西部。
二人の人間が無言で時を紡んでいた。
ひとりは二十五歳前後の青年、もうひとりはまだ幼い少年。
二人の存在は異質だった。基本的に国外は人外の生物の住処であり、二国間の移動は特殊な魔法障壁を施した「モネット」と呼ばれる乗り物で、専用のルートを通じて行われる。そのため、生身の人間が国外にいることはまずない。例えいたとしても、やがては魔獣の餌にされるのが関の山だ。
そんな危険な中で、二人は静かにその場に立っていた。
「おっと、来たか」
青年の発した声と同時に大地が鳴る。やがて地面が割れ、その割れ目から十数匹の魔獣が出現した。
食人植物の群れである。
一匹が三メートル程で、大国の騎士団ひとつに相当するこの魔獣は「階級認定魔獣」と呼ばれ、その中でも上位のCランクに位置づけられていた。
「ピギャァァァァァァァ!」
食人植物は甲高い声を上げると、大量の触手のようなものを二人へ伸ばした。まさに無数と呼ぶに相応しい数の攻撃。さらに、この触手は細いピアノ線のような繊維で出来ており、非常に固くて頑丈という特徴があった。
「チィ、面倒臭ぇなぁ!」
男はそう呟くと指を鳴らす。すると触手はたちまち燃え上がり、二人に届く前に灰になって崩れた。
敵が一瞬怯む。
別の食人植物が黄色い液体を吐く。見るからに毒性が強そうなその液体は、しかし彼らに届く前に蒸発し、気体になった。
「雑魚は任せます」
「わかったよ。お前はどうする」
「今回の任務を果たしてきます」
「へぇ、『死毒霧花』……つったっけ? 毒を纏ってるみたいだぜ。視覚毒って言ったか」
「知ってます」
「あと二時間くらいで専用のマスクが完成するって連絡も入ってるが、待てねぇよなぁ、さすがに」
「時間の無駄でしょう」
少年は事もなげに答える。その様子に、青年はやれやれと肩をすくめた。
「ん、わかった。じゃあ行って来い。こっちの雑魚は俺がぶっ殺しておいてやるからよ!」
「頼りにしてます」
「任せな」
言葉を交わすと、二人は分かれた。青年は再び食人植物の群れへと向き直る。
――それにしても、アイツはどうやって倒すつもりなんだろうな。まさか目を閉じたまま戦うつもりってわけでも……いや、やりかねないな。
魔力を練りながら、先程分かれた少年のことを考える。しかし、すぐに考えるのをやめた。
練り上げた魔力を一気に放出し、陣を構成する。その陣は食人植物の群れの真下に出現し、膨大なエネルギーを放った。
≪理魔法:火:薺≫
壮大な爆音と共に薺の花のような煙が昇る。先程まで食人植物がいた場所には大きなクレーターができ、魔獣達の残骸が転がっていた。
◆◇◆◇◆◇◆
かつて「死毒霧花」と呼ばれる魔獣と戦ったことがあった。
この魔獣は体から常に毒ガスを出しており、目を開けていると失明してしまうという、なんとも厄介な相手だった。
まず、目を閉じた状態で二十分ほど攻撃を避け続けた。耳さえ聞こえていれば、攻撃をかわすことは零にとって難しいことではない。空気の流れなども感じ取って、徹底的に避け続ける。その間に、攻撃傾向、嗜好、パターン、方法、最大瞬間加速度、最高速度、瞬間最大威力と、ありとあらゆるデータを脳に刻み込んだ。
データの収集が終わると同時に構想を練る。それは構想というよりも、むしろ予知に近いものだった。
どの瞬間、タイミングで、どう動くと、相手が何秒後に何メートル先へ移動し、どの角度から何を行うのか。また、零が攻撃をどう防ぐと、相手がどういう反応をしてどんな行動に出るのか。
零は、収集したデータを元に膨大な量の演算を行い、誤差百分の1未満でそれらを脳内シミュレートしてみせた。
結果、見事討伐。零が攻勢に転じてから僅か七分の出来事だった。
天戸零の脳は大国ひとつに匹敵する。
これはその時【勇者の証】と呼ばれる者が残した台詞である。
そんな零にとって――
数学、物理学、練金学のテストは正直「勉学」とすら言えないものだった。
問題を読んだ瞬間、頭の中で計算が終了する。途中式が全く書かれていない答案用紙を見た人の、誰もがこいつは阿呆だと勘違いしたことだろう。試験中にほとんどボーっとしていた零は、周りから哀れむような視線を受けた。
教室には特殊な結界が施されてあった。おそらく魔力による不正を防ぐためだろう。その気になれば結界を解除することなどもできそうだが、その必要もない。
次の科目は「大陸史」だった。
これは零も知らないと解けない訳で、若干心配していた科目だったが――
……やった、意外といけそうだ。
内心でほくそ笑むと、次々と答えを埋めていった。これは長年の生活が原因だが、零は見たものをそのまま映像として脳に焼き付ける術に長けていた。昨日は帰ってから瑠璃に昔の教科書を借り、一通り目を通しておいていた。
……焦る必要はなかったか。
そんなことを考え、のんびりしていたそのとき――
ヤツは現れた。
そいつは言語学(200点満点)の後半100点部分に潜んでいた。
問1、下線部Aの時の主人公の心情を100字以内で記しなさい。
……下線部Aとな? どれどれ。
『今すぐ彼女に会いたかった。会って抱きしめたかった。しかしそれはできない。会ってしまえば、何かが壊れてしまいそうだったから』
……は?
頭が混乱した。
まず問題の意味が理解できないという致命的な状況に陥った。そもそも「壊れそう」とはいったい何が壊れそうなのか。
わけもわからず、「大切にしている置物を必死で守ろうとする心情」と記入。字数を確認。確かに百字以内である。ルール違反は犯していない。次の問題に移っても問題はないだろう。
問2、下線部Bの行動からうかがえる主人公の性格は次のa~dの内どれか。ひとつ選びなさい。
「君とはもう一緒にいられない」
彼はそう言うと、彼女の手を無理矢理振り解いた。
a、親に言われた事を、大人になっても守ろうとする義務感の強い性格。
b、他人を傷つけることを恐れ、自ら拒絶する臆病な性格。
c、他人の幸せのために、自分の感情を押し殺し、自らが犠牲になろうとする思いやりのある性格。
d、自分の都合で、周りの人間を振り回すことにためらいのない、自分勝手な性格。
……難問だった。
分からないなりに理論を構築しようと試みる。
まずaは違うだろう。この小説の主人公は親なんざ道端の石ころぐらいにしか考えていない。故にボツ。続いてcも違うだろう。他人思いとは思えない。さっきもガラスの置物の心配をしていたはずである。
答えはbかdに違いない。
第六感がdと告げたため、おとなしく指示に従った。
言語学のテストが終わると、教室中で、特に女子が盛り上がって何か話していた。さすがは女性か。社交的な人間が多く、仲良くなるのも早い。
「今の小説すごい面白かったよね!」
零は額を全力で机にぶつけた。教室が騒がしかったため、その音が響かなかったのは不幸中の幸いか。
「うん。私も、今日のテストで今の小説だけはできた」
……なんで。
疑問が零の心を支配する。言わずもがな。零にはおよそ自信と呼べるものがない。会話に耳を傾けると、小さく肩を落とした。
2012/07/12 改訂