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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第四章 零れ落ちる砂の粒
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70話 嗤う零

これで取り敢えず海編終わりです。

「……いやだから、何で今さら部屋割りで揉める必要がある」

 零は呆れながら主張した。

「そもそも都合がいいだろう。師匠と鏡花さん、結衣と芽衣、フローラさんとマリクさん、俺と明。何の問題がある」

「駄目よ、男女一緒の部屋なんて!」

「そうだよ! 何か間違いがあったらどうするの!」

「あのなぁ……フローラさんとマリクさんは主従の関係だし、今までも一緒の部屋に泊まったことがある。俺と明なんて一緒に住んでるんだぞ? なんでこういう時だけ心配するんだ」

 零の主張は至極真っ当なもので、反論の余地はなかった。だからこそ言葉に詰まってしまう。しかし、感情では納得できない。

 それを見かねた鏡花が口を挟んだ。

「もう~、素直じゃないわね~ はっきり言えばいいじゃない。『いつも一緒に住んでるんだから、こういう時くらい私と』って」

「ち、ちょ、お母さん!」

「ややこしくなるから変なこと言わないで!」

 慌てて母の口を塞ぐ。ただ、それを聞いた零は予想と違うリアクションを示した。

「……ああ、なんだそういうことか」

「「え」」

 予想外の反応に、声を揃えて驚く。

「確かに一理あるかもしれない。今日の夜は結衣と芽衣の部屋で過ごすことにする。アカリ、どう?」

「私は別にどこでも」

「なら、私たちの部屋へ来たらどうかしら~? お義父さん、いいですよね」

「勿論だ」

「え? え?」

 トントン拍子に事が進む。言い出した結衣たちが置いてけぼりになっている。

「じゃあそういうことで。この話は終わり」

「了解~ 解散!」

 こうして、今晩の部屋割りが決まった。


◆◇◆◇◆◇◆


 魔法は一切使用不可。身体強化もなし。自分の肉体のみでプレーすること。

 これが唯一のルールとして課せられた。

「ではでは、ビーチバレーボール大会始め~」

 鏡花が高らかに宣言する。何故いきなりビーチバレーかというと、意外と楽しかったからとのこと。零は知らなかったのだが、重夫と鏡花は昨日のビーチバレーボール大会で優勝してきたらしい。初参加、初プレーで優勝とはさすがと言ったところか。そこで、今度はみんなでやろうと言い出した。チーム割はさきほど零が口にしていた組み合わせ。

「僕は嬉しいよ。まさか零くんとスポーツで戦える日が来ようとは」

「俺は嬉しくないです。何が悲しくてマリクさんとスポーツで戦わなきゃならないんですか」

 勝てる見込みがなさ過ぎた。魔法使用不可といえども、この人は生身で十分化け物じみているのだ。二対一でちょうど良いレベルではないだろうか。せめて、最初に当たらないことを祈った。



 祈りが通じたのか、最初は結衣&芽衣のチームと当たった。強敵であることに変わりはないが、マリクと戦うよりは数十倍マシだ。

 砂でバランスを崩しながらも、零が上げたボールは綺麗に弧を描いた。

「よっ……アカリ」

「うん」

 明の華奢な身体が宙を舞う。細い右手から打ち出されたスパイクは、威力こそ欠けるものの、こちらの守りの隙間を縫ってポトンと砂に落ちた。

「ピ~! 得点、チーム天戸!」

「うぅ、あとちょっとで届くのに……」

 笛を吹いて手を上げる鏡花と、ガックリと頭を下げる結衣。

「アカリ、ナイスコース」

「……ん」

 そして向かいのコートには、冷静にハイタッチを交わす零と明。

「ハァ、ハァ…… くっ! そうなのよね。アカリってば実は運動神経いいのよね」

 息を切らせながら、芽衣は今までの学校での授業を思い返していた。単純な筋力や握力で負けたことはないが、彼女は基本的にセンスがある。特にコントロールや力の加減は、どれを取っても絶妙だった。その特徴が遺憾なく発揮されている。唯一の弱点と言えばスタミナか。

「うぅ~、あと少し……あと少しで届くのに……うぅ」

「姉さん、気持ちは分かるけど切り替えなきゃダメよ」

「だって~」

 結衣は精神的に苦しんでいた。毎回毎回、あとほんの少しで触れる位置にボールを落とされる。これならば、バシッと綺麗に決めてくれた方がまだ諦めがつく。そういう意味で、この『チーム天戸』は恐ろしい相手だと思う。

 でも、いつまでも引き摺るわけにはいかない。

「ホラ、姉さん。またレイの嫌っっっらしいサーブが来るわよ」

「……それは何が何でも返さなきゃね」

 姉の目に闘志が宿る。確認はできないけど、きっと自分も同じ目をしているのだろう。

 集中力を最大まで引き上げる。どんな音も聞き逃さない。どんな映像も見逃さない。そうしてようやく返すことができる零のサーブだ。

 ピッ!

 笛が鳴る。零がボールを放り投げる。軽く助走をつけてジャンプ。モーションや手の向きを考えれば明らかに右隅を狙っているけど、視線は左隅を向いている。ギリギリまで分からない。右と見せかけて左。左と見せかけて右。どちらも有り得る。

 ボールが零の手に当たり、右方向へ飛んだ。

 ――右隅だ!

 結衣が構える。芽衣は前方へダッシュ。このまま一気にカタを……

「芽衣ちゃん!」

「……え?」

 結衣の声を聞いた時には既に遅かった。零の小指(・・)に引っかかったボールは、凄まじい勢いで回転しながら左へ曲がり、芽衣の頭上を越して結衣の左前方へ落ちた。

「あっ!」

「ピ~! 得点、チーム天戸!」

 無情なホイッスルの音。砂にめり込んだボールは、しばらく回転してから止まった。

「――っ! 何なのよそれ!」

「そうだよズルい! そのサーブ嫌!」

 耐え切れず抗議してしまう。結衣も限界だったようだ。それを見て、

「……ククク、あー楽しい。楽しいなー、クックック」

 零は笑っていた。

「あわわ、零くんがすっごい悪い顔で笑ってる……」

 普段の彼からは想像もできない、真っ黒い笑顔。あれはもう駄目だ。スイッチが入ってしまっている。明が呆れたような冷たい視線を向けているけども、全く意に介した様子がない。もはや諦めている。止めても無駄だと悟っている。まぁ、確かにその判断は正しいんだけど!

「アカリ、次は――」

「……分かった」

 しかも何か楽しそうだし!

 妙に息がピッタリな所も強敵たる所以。最初にこの二人と闘うことに決まってから、嫌な予感はしていた。そもそも零が敵という時点で色々と厳しい。明の持ち味を最大限生かしながら、こちらの思考も読んでくる。その上、零自身うまい。厄介なことこの上ない。

 その後も、変幻自在のサーブと絶妙なスパイクによって、芽衣たちはチーム天戸に敗北した。

 結果はフローラとマリクのチームが全勝で優勝。チーム天戸との勝負は接戦の末、マリクの凄まじいスパイクで勝負を決した。


◆◇◆◇◆◇◆


「あぁぁ~、さっきまであんなにムシャクシャしてたのに今はワクワクしてる自分が憎い」

 悔しそうに布団に顔を埋めている姉――結衣の気持ちが、芽衣には痛いほどよく分かった。

 日はもう沈んだ。零の考えが変わっていなければ、もうすぐここにくるはずだ。

「ど、どうしよう芽衣ちゃん。このままだと私、あっさり零くん許しちゃいそう」

「……別にいいんじゃないの。姉さんがそれでいいなら」

「良くないよ! 何かしてくれなきゃ納得いかない!」

 負けず嫌いな姉のことだ。さっきのバレーの試合で負けたのが悔しかったのだろう。しかも嫌らしいプレーで。

「でも、許しちゃいそうなんでしょ?」

「う」

 言葉に詰まっている。

「芽衣ちゃんは悔しくないの!? 零くんすっごい笑ってたよ。笑ってたというか嗤ってたよ! しかもこっちが苦しんでる姿見て嗤ってたよ!」

「……確かにスイッチ入ってたわね。アカリも半分呆れてたし」

「でしょ!?」

「でも、零って割と前からそんな性格だったし」

 思い当たる節がいくつもあったのか、結衣は「あー」と声を漏らして押し黙った。

 昔、感情が欠落していた零が初めて見せた「人間らしい」行動といえば、結衣の嫌いな食べ物を毎食出し続けることだった。抗議した結衣に対し「好き嫌いは良くない」と正論を言っていたが、今考えれば絶対にあれは楽しんでいただけだと思う。

 ――コンコン。

 ドアをノックする音。噂をすれば何とやら。二人は顔を見合わせた後、芽衣がドアを開けた。

「来たわねドS」

「お邪魔しま……なんだそれ。誰がドSだ」

「そんなの零くん一人しかいないじゃない!」

 訪れた瞬間に批判を受け、零は少し圧倒されているように見えた。

「人聞き悪いな。俺は別にSじゃない」

「…………え、自覚ない?」

 信じられないといった様に、芽衣は思わずまじまじと零を見た。

「それ一番タチが悪いと思うわ……」

「じゃあ零くんってMなの?」

 結衣の問いに少し思案してから。

「ノーマルのNで」

「「嘘つけ!!」」

 またしても一斉に批判を浴び、零は「うぉっ」と後ずさった。


 夜、寝る時間になって。

「そういえば……零くんってどこに寝ればいいんだっけ?」

「「は?」」

 何を今更といった表情で、零と芽衣が揃って疑問符を口にした。もともと二人部屋だ。ベッドは当然のごとく二つしかない。そんなことは朝の時点で分かっていたことだった。

「……どうせレイなんて寝ないんだから、私と姉さんが使えばいいんじゃない?」

「その通り。昔と何ら変わらない。俺は椅子さえ貰えれば文句はないから」

「駄目だって! 夜は寝るものです!」

 このやり取りも、昔何度繰り返したことだろう。もはや懐かしくなって、零と芽衣は顔を見合わせて笑った。

「ベッドは二つしかないんだから仕方がないだろう。それとも一緒に寝る?」

「……っ! そ、それはマズイんじゃないかな間違いが起こっちゃうかもだし私もまだ心の準備ができてないし何よりルール違反だし!」

 結衣が壊れた。

 最後のルール違反と言うのが気になったが、芽衣が「何も聞くな」と目で語ってきたため、追求は避けた。

「ということでね、三人で寝たらどうかなって」

「ぶっ! ちょ、ちょっと何をいきなり姉さんというか私だって心の準備できてないわよしかも昔とは違うのよ寝られるわけないでしょう!」

 今度は芽衣が壊れる番だった。何だかんだでこの二人は似ている。

 結局、結衣は自分の意見を通した。ベッドは案外簡単に動いたため、くっつけるのは苦労しなかった。これで結衣と芽衣の間に挟まれば、夜中抜け出すこともできない。今回は結衣の言う通り、寝るしかないみたいだった。

 ……まぁ、いいか。

 目を閉じる。懐かしい気がした。懐かしいにおいに囲まれて安心する。と同時に、急速に疲れが押し寄せてきて、零の意識は何かに引っ張られるように沈んでいった。まだ本調子ではない状態で、スナークと夜通し戦っていたのが響いたのか。

 しかし、いつものように嫌な夢は見なかった。

 朝になっても、珍しく零は深い眠りから覚めなかった。結衣と芽衣は、零の寝顔という極めて貴重なものを見た。

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