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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第四章 零れ落ちる砂の粒
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69話 いるはずのない少年

今回は瑠璃とヴァルターの視点です。

 ――大陸北西部。

 神無月瑠璃とヴァルター・フォンタードは、目的地へ寄る最中に『リヴォフ』という街に立ち寄っていた。

 ここは北方での商人の街であり、活気が溢れている反面、罪も溢れている。

 表では一般的な食糧や衣服、他国からの輸入品、骨董品などが売られているが、一歩裏へ入り込めば、武器や禁制品が当たり前のように売られている。麻薬や火薬、毒や情報、そして人身など。これらは厳重に規制されているはずだが、法の網を掻い潜る人間と言うのは必ず存在する。

 そして当然、需要もある。特に人身の需要は計り知れない。

 労働力、戦力、愛奴隷。用途はいくらでもある。そして今も、裏路地を歩く瑠璃たちの横を、汚れた布で身を包んだ少女が、手を引かれて通り過ぎて行った。

 買われたのだろう。

「……」

「どうした。やっぱりお子様には見慣れねー光景か?」

「……はい、何度見ても慣れません。胸糞悪いです」

 ヴァルターの言葉を否定せず、汚い言葉を吐いた。

 分かっている、仕方のないことだと。

 あの子が売られたことで、どこかの家庭が救われたのかもしれない。中には食糧難に苦しむ一家を守るため、自ら進んで売られる者もいる。買った人間次第では、今までよりも待遇が良くなることすらある。

 事情を知らぬまま、自分の勝手な正義を押し付ければ、助けたはずの子を逆に追い詰めることになる。だから、辛くても手を出せない。確かに人身売買は違法だ。公になれば関わった者は無期懲役か死刑の罰則を受ける。でもそれは自分たちの仕事ではない。

「オラ、とっとと行くぞイリス」

「はい……というかその呼び名ここではマズイですって。やめて下さい」

 ズンズン歩いていくヴァルターの後ろを、小走りで追いかける。複雑に入り組んだ路地で、気を付けていないと、すぐに見失いそうだった。

「……ちょっと……待って……下さいよ。というかこんな場所、よく迷わず行けますね」

「あン? ったり前だろ。俺だって元傭兵だぜ?」

 足を止めて振り返る。

「この場所には何度も来たことがある。物は溢れてるし、金さえあれば手に入らないモンはない。その辺歩いてみろよ。傭兵っぽい輩がいっぱいいるぜ」

 確かに、少し周りを見れば、それらしき人物はいた。とは言っても、ほぼ全員が曰くつきのような格好だったため、ヴァルターの言うように正確に分かるわけではない。

 ここでは売る側も買う側も、お互いの事情には触れず、利害の一致だけを目的に金だけが動いているのだ。

「やっぱり表で売られているものとは、代金の桁が違いますね」

「当然だ。まぁ、俺は金に困ったことはねぇが」

「……でしょうね」

 ヴァルター・フォンタード。冠する称号は【業炎《カルマ》】。

 炎魔法が優れているという一点のみで、組織に所属している人間だ。

 瑠璃自身、炎魔法は生まれて初めて覚えた属性であり、自信もあるが、この人物と比べたらまるでお話にならない。次元が違うという言葉がお似合いか。

 攻撃力や殲滅力のパラメータだけで言えば、《組織》の中でも最強。彼からすれば、一対一も一対千も大差ない。そんな彼が傭兵だったのだ。

「まぁ、俺を雇えばまず間違いなかったからな。戦だって用心棒だって魔獣討伐だって、俺一人がいれば充分だ」

「今はもうやってないんですか?」

「やる必要がない。お前だってそうだろ。もう金を稼ぐ必要はねぇんだ」

「……私たちが使うお金って、国民の税金ですけどね」

「才能の対価だ。誰にも文句を言われる筋合いはねぇよ。俺たちにしかできねぇ仕事を、命懸けでやってるんだ。報酬としては寧ろ少ないくらいだろ」

 ヴァルターの言うことは正しい。ただ、そう簡単に割り切るのも難しかった。

 やはり多少の後ろめたさが残る。それに、「命懸け」というほど大袈裟なものでもなかったからだ。本気で命を懸けたことなど数えるくらいしかない。

「いいんだよ。貰えるモンは貰っとけ……っと、ここだ」

 ヴァルターが足を止める。やってきたのはコンクリートの朽ちた建物だった。周囲には何人か乞食が地面に座っている。瑠璃を見ると、物欲しそうな下卑た視線を向けた。

「……本当にここなんですか?」

「そうだ。あいつは絶対に表には出てこねぇ。いつもこの街の隅っこで隠れるように住んでやがる。以前の場所にいないとなると、一番可能性の高い場所はここだ」

 ヴァルターは群がる乞食を睨んで威嚇すると、払いのけて建物の扉を強引に開けた。

 バン!

 大きな音に耳を塞ぐ。もうちょっと加減を知って欲しいと思った。瑠璃は乞食たちに軽く頭を下げ、急いでヴァルターの後を追った。

「……ビンゴだ」

 ヴァルターがニヤリと笑った。

「よぉジジイ、生きてるか。久しぶりだな。俺を覚えてるか?」

「……小僧か。久しいな。覚えとるよ。貴様のような餓鬼の顔、忘れたくても忘れられん」

 ホコリ臭い建物の中には、一人の老人がいた。ボロボロの布切れに身を包み、真っ白な髪も髭もボサボサで生やしっぱなし。表情は暗くてよく分からないが、かなり年を取っていることは分かった。

 ……この人がヴァルさんの探してた人?

 意外だった。何より、誰に対しても不機嫌そうな顔をするヴァルターが、この老人相手には愉快そうな笑みを浮かべていることが。

「俺も傭兵やめてから、めっきり来なくなっちまったからな」

「……何人か若い傭兵(やつら)から、お前さんが死んだのかどうか尋ねられた」

「ハッ! 俺が死ねば、自分の仕事も取り分も増えるからな。依頼主にも自分を高く売り込めるってもんだ。んで?」

「金を払えば教えてやると伝えた。そこから先はお前にも話せんな」

「なるほど。変わってねぇなジジイ」

 ヴァルターの笑みが濃くなる。

 ……やっぱりこの老人(ひと)がそうなんだ。

 情報屋。

 さまざまな情報を売ってお金にする商売。

 情報は時として計り知れない価値を持つ。いつの時代も、大量の人間を死に追いやってきたのは、優れた武器でも暗殺者でもなく、情報だった。

 だが、情報の価値は時間の経過に伴って著しく変動する。また、正確さが欠けていたら話にならないため、常に裏が必要になる。情報を買う側も、よく吟味しなければならなかった。

 この老人は、ヴァルターが昔から利用している情報屋で、情報の鮮度と正確さにかけては一級品らしい。裏の世界ではそれなりに名が通った御人で、情報の仕入れるルートは誰も知らない。まさに情報を扱うプロというわけだ。そのためか、表に出てくることはまずないという。

「さて、要件は分かってる。わざわざこんな所まで来たということは、聞きたいことがあるんだろう」

「その通りだジジイ。金なら心配するな。欲しいだけやる」

情報(もの)による。わざわざ《組織》の人間が二人も(・・・)来たということは、どこかの違法テロ組織の殲滅が目的か? それとも――お仲間に何か不都合な問題でも起こったか?」

 ――ドクンと。

 瑠璃の心臓が鳴った。この老人はどこまで知っているのだろう。

 違法テロ組織――「牙」のことだ。仲間――「零」のことだ。ピンポイント過ぎて寒気がする。瑠璃は《組織》以外の人間で、初めて人を恐ろしいと思った。

「今回は後者だ。相変わらず薄気味悪ぃジジイだな。寒気がするぜ」

 乾いた笑いを漏らした後で、ヴァルターは表情を一変させた。

「……最近、この辺りで何か変わったことはねぇか」

 懐から真っ赤な宝石を取り出した。先に払うものを見せることで、お前の情報は信用していると伝えたのだ。

 老人が頷く。

「先日、ある村が丸々ひとつ潰された」

「何処の村だ」

「キーリカ村。ここからはそんなに遠くない。とにかく酷い有様だったらしい。建物や畑は荒らされた形跡はないが、生き残っている人間は皆無。つまり皆殺しだ」

 ひどい事件だと思う反面、瑠璃は首を傾げた。

 それと、自分たちが求める情報に何の関係があるのか、と。

 ここからそう遠くない場所で起こった出来事だ。それくらい調べればすぐに分かることだ。わざわざお金を払って聞くまでもない。ただ、ヴァルターは黙ったままだった。

 ――この話はまだ終わってない。最後まで聞け。

 そう言っているように見えた。

「……だが、この事件には変わったことがある」

 やっぱり。

 何かあるらしい。

「殺された村人全員、一人残らず首だけがなくなっていたことだ」

 ゾクリと。

 嫌な予感が這い上がってきた。

「……首が?」

「そうだ。鋭利な刃物で綺麗に切断されていた。まだ詳しく調べられたわけじゃないが、どうやら東国製の刀である可能性が高い」

 東国という単語が出てきて、嫌な予感はさらに強まる。

「……ひとつ、これはただ『聞いた』というだけで裏はないんだが、おかしな話がある」

「おかしな話?」

「事件が起こる二日前。黒髪の少年がこの街――リヴォフへやってきたらしい」

 瑠璃の頭に、ある一人の人物が浮かんだ。

 ……そんなはずはない。

 零は今、南東の地にいるのだ。こんな北西にいるわけがない。

「……ただの旅行者ではないんですか?」

「まぁ聞け。後から調べたんだが、その日に魔道列車(モネット)を使用した中に、黒髪の少年なんていなかった。実は気になって、そのさらに数日前まで調べたんだが、黒髪の少年どころか東国の人間すらいない」

 ……そんな話は信じられない。

 だが、この老人の情報の正確さはヴァルターが保障している。

「そして最後だ。これがお前たちに最も関係のある情報なんだが」

 息を呑む。

 横を見ると、ヴァルターも顔をしかめていた。老人の言葉を待つ。

「その事件があった晩、村の近くに住む老夫婦の家に、ある男が助けを求めてきたらしい。男はその付近じゃ珍しくもない乞食で、今までも何度かそういうことがあったようだ。老夫婦もいつものことで、男の助けを拒んだ」

「……それがどうした」

 何が俺たちに関係ある?

 老人は少し時間を置いた。こちらの聞く準備ができるのを待っているようだった。少しして話し始める。

「その男は錯乱した様にこう叫んだそうだ。『頼む、助けてくれ。殺される。あの化物に――万能者(オールマイティ)に殺される』と」

「…………え?」

 思わず、瑠璃は声を出してしまった。

 今なんと言った?

「そ、そんなはずは……だって零は今……」

「分かってるよ、お嬢さん。彼は南東の『セブ』にいるんだろう。儂だって知っている。知っている上で話したんだ。これは事実だ」

 瑠璃が俯く。ヴァルターも黙ったままだった。

 本来、あの文書が北から送られたものだと分かったから、調査のために来ただけだったのに。

 何か、知るべきではない深い裏がありそうに思えた。


【補足】

38話の零が過去に起こした事件と類似しています。忘れている方も多いと思いますので説明を。

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