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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第四章 零れ落ちる砂の粒
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68話 警告

久しぶりに書きました。結構流れを忘れてました(汗)

「ひぇ~、怖い怖い。さっすが姫。凄い威力」

 カチンコチンに凍った巨体を眺め、マリクは大袈裟なリアクションをした。

「し、仕方ないじゃないですか! この巨体を捕獲するとなると、これ以外に方法が……」

「いやでも確かにこれは凄いですよ。海は凍らせず、中にいる対象だけを凍らせたってことですよね。なるほど……空鳴振動波(ソニックブーム)を利用して、自分の術式の波長が重なり合う点をずらしたんですか。それで座標を蛇鮫(スナーク)のみに合わせたと。極光波(オーロラ・ウェーブ)ってこんな使い方もあったんですね」

「その通りです」

 零の分析に、フローラはあっさり頷いた。普通の人が聞けば頭がおかしい人間の分析だが、今回に限っては事実なのだから仕方がない。有り得ないことが可能であることこそ、我々が人外(われわれ)たる所以なのだ。だから、驚きもなかった。

「さすがです。たったの一度見ただけで原理が分かりますか」

「分かるだけです。さすがにやってみようとは思いませんし思えません」

「できると思いますよ? 零さんならすぐに」

「買いかぶり過ぎです」

 彼女にとっては簡単なことかもしれないが、それは既存の魔法体系を根幹から揺るがしかねない原理だ。普通の人が知れば狂ってしまう。習得しても使う機会はほとんどない。

「何にせよ、これで任務完了ですね。予想外に手強かったですが」

「そうかい? 僕は呆気なかったな。三人も行くよう言われたから、どんな化け物が相手かと思って期待してたんだけど」

「未確認の魔獣だから警戒したんでしょう。それに、充分化け物クラスに分類される相手だったと思いますよ。少なくとも俺ひとりじゃ、追い詰めることは出来ても決定打が決まりませんでしたし」

 雷大槌(トール・ハンマー)で大したダメージを負わせられなかったことを思い出し、苦々しい気持ちになる。ましてや丸ごと凍らせるなどという芸当ができるはずもない。ひとりだったならば、五倍近くの時間が掛かっただろう。

「しかし、この巨体をどうするんですか? 内々に処理しろと言われても、この巨体ではどうあっても目立つかと」

 海の上に浮いたままの氷塊を指差す。隠せという方が無理な話だと思った。

「それについては、この後エイダさんがいらっしゃるそうです。黒箱(ブラック・ボックス)に入れて持ち帰るつもりなのでしょう。やはり新種の魔獣ともなると、新しい情報が必要ですから」

 新種――特に海上魔獣ともなれば、その情報は貴重だ。海にはまだ未確認の魔獣が多数生息している。その生態系に関する情報は、国の安全面から見ても、また他の大陸が存在するかどうかの判断材料になることからも、非常に有用である。一部では、密かに討伐された海上魔獣の情報が、高額で取引されているらしい。

「では、しばらくは待機ってことですか」

 零はスナークを観察する。とても狂暴な魔獣だった。こんな生き物が数日間放置されていたのだとしたら、この付近の生態系がもう少し荒れていたとしてもおかしくない。ここまで平常なのは奇跡のようなものだ。

「なんでこんな魔獣が今ごろになっ……て…………え?」

 零は目を細めた。

 何だか今、この魔獣が波打ったような……

「零くん? どうかしたかい?」

「……いえ」

 気のせい?

 不思議に思ってもう一度スナークに目を向ける。おかしな変化はない。凍りついた巨体がそこにあるだけだ。零は目を揉みほぐした。案外、退院して体力が落ちているのかもしれない。

 そう思ったときだった。

 ドロリと。

 氷の中で、スナークが溶けた。

「なっ……」

 赤褐色の濁った液体が、閉鎖された氷の中を満たしていく。異常な光景に、フローラが言葉を失った。

「フローラさん、一度あの氷を解除してください!」

「は、はい!」

 声を掛けられてハッとなったフローラは、すぐに氷籠を解いた。横でマリクが即座に臨戦体勢を取る。彼にしては珍しく、警戒を露わにしていた。

 大量の液体が中から溢れ出た。異臭が鼻をつき、零も思わず顔をしかめた。何かが腐った匂いだ。

「……っ!」

 しかし、そこに残っていたのは、零の予想だにしないものだった。

「これは……一体どういうことだ?」

 マリクが怪訝な顔をする。ついさっきまで戦っていた巨大な魔獣。その場所には、人間の男性が浮いていた。

 ――ああ、そういうことか。

 驚くマリクとフローラの二人と対照的に、零の頭は冷えていた。

 最初に浮かんだ感想は「またか」。次いで訪れた感情は「なるほど」だった。つい数ヶ月前も似たような体験をしたばかりだ。そのため、驚きは意外と小さかった。

 間隔があまりにも狭すぎる。こうも行く先々でこいつら(・・・・)に遭遇するのは不自然だ。そもそもつい最近まで、ヒトが魔獣になるなど夢物語だったのだ。

 となると結論はひとつ。これは偶然ではない。誰かが故意に、メッセージを送ってきている。

 お前を見ているぞ、と。


◆◇◆◇◆◇◆


 その後、フローラの言う通り、エイダ・バースがやってきた。事情を説明すると、やはり最初は驚いていたが、「まぁ、運ぶのが楽でいいわ」と最終的にはベクトルの異なる喜び方をしていた。

 彼女が冠する称号は【夜霧《ユリシーズ》】。専門は闇魔法。

 手のひらに小さな黒い塊を創ると、元スナークの男は、中にするすると飲み込まれていった。まるで小さなブラックホールのよう。質量と体積を無視する空間なので、何かを運ぶ際に有用だ。本音を言うと、彼には聞きたいことは沢山あったのだが、終始気を失ったままで、まずはマリアに診せてからだ、というエイダの判断には従うしかなかった。

 ちなみに、エイダはとても疲れていた。

 全身で「鬱だ」と主張するエイダを、零は躊躇いがちに(ねぎら)った。言いたいことは分かる。長時間掛けて、しかもリゾート地にやってきたのに、仕事を終えてそのまま引き返すというのは、とても辛いことだったのだろう。

「まったく……仕事が早すぎんのよアンタ達は。せっかく早目に来て、そっちの任務が終わるまでゆっくりしようと思ってたのに。こんな重症人――しかもワケありがいたら無理じゃないのよ……」

 愚痴るエイダは、少し気の毒だった。確かに、期日までにはまだ二日間の余裕がある。残りは正真正銘の休暇となるわけだ。マリクは爽やかな笑顔で「羨ましいですか? 羨ましいでしょう」煽っていた。その度にプルプルと血管が浮き出るエイダを見て、フローラは恐縮していた。

 そして朝になったわけだが……


「昨夜ですか? 昨夜は、僕と零くんとフローラさんの三人で楽しんでました」


 ピシッと。

 空気が凍った。

 零はコーヒーを吹き出した。

 フローラは咳き込んだ。

「はあああああああああああああああ!?」

「ええええええええええええええええ!?」

 確かに本当のことなのかもしれないが、何も知らない人間が聞いて考えることはただひとつ。結衣と芽衣の絶叫を聞きながら、ですよねそうなりますよねーとでも言わんばかりに頭を抱えた。絶叫する結衣と芽衣の二人はもちろん、明の無言の視線も怖い。

 ……逃げよう。ごめんなさいフローラさん。説明任せます。

 くるっと反転してダッシュ。途中で魔力を練り込み、循環させて身体能力を強化。三歩の助走で最大速度まで引き上げる。このまま誰かに止められる前に外へ――

「っとと、どこへ行く我が弟子よ」

 無理だった。あっと言う間に追い付かれた。

「ちょ、なんで師匠ガチなんですか!」

「ガチじゃなきゃ逃げられるだろう。お前相手に出し渋る余裕はないんでな」

 重夫がガッチリ零の腕を掴んでいた。足下にバチバチと青白い閃光が走っているのを見て、磁場加速(リニア・アクセル)を使ったのだと分かる。瞬間移動にも似た速度を現す月下流秘伝の術だ。結衣たちは「おじいちゃんナイス!」と喜び、マリクは興味深そうに「ふぅん」と声を漏らした。何という秘伝技の無駄遣いだろうか。

 一方、少し離れた位置で、明は終始静かなままだった。普段も静かだが、いままで零に関する事に対しては多少のリアクションを示していたため、鏡花は意外に思っていた。

「興味ないの? 零くん頑張って弁明してるけど~」

「……どうせ何もないですから。たぶん、あのマリクって人が誇張して言っただけ」

 鏡花自身も同じことを思ってたため、笑いながら「でしょうねぇ~」と返した。面白いから悪ノリしているだけであって、重夫も、そしておそらく結衣と芽衣の二人も、本当は予想できているのだろう。ただ、頭で理解していても感情が追い付かない。特に若いうちは顕著だ。それを考えると、明の対応は大人びていると言えた。

「明ちゃん余裕ねぇ~」

「いえ、そういうわけでは……」

「そう思う根拠を聞いていいかしら?」

 ちょっと意地悪がしたくなった。我が子の肩を持つわけではないが、明にはすでに貫禄のようなものが出ていた。

 ここに来る前に、零と明の間で何かがあったのだろうか。互いの仲を深め合うような何かが。だとしたら我が子たちは不利かもしれない。そんなことを、鏡花の敏感な嗅覚が感じ取っていた。

「いや……だって」

 明の言葉を待つ。

「零って性欲ないですし」

 呆れたように、疲れたように。それでいて、楽しそうに信頼しきった表情で、明は言った。初めて会った時の、人形のような彼女では考えられない表情。あの頃を無色と表すなら、今の表情にはいくつもの色があった。

 勿体ないと思った。自分だけが見たことを。

 是非とも、零に見て欲しかった。

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