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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第四章 零れ落ちる砂の粒
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65話 海へ 後編

海での日常パート後編です。


 時を同じくして、鏡花と重夫はたまたま開催されていたビーチバレー大会に出場していた。

 方や四十代の二児の母親、方や七十代の男性のペア。それだけ聞いたら、いったい何をしにきたんだと鼻で笑いたくなるようなペアである。

 実際、トーナメント表に二人のそれらが記載された時、参加者たちの表情には嘲笑とも言える笑みが浮かんだ。「あそこと当たるペアはラッキーだ」という囁きすら聞こえた。

 だが、いざその二人組がコートに現れると、そんな空気は一瞬で消え去った。

 四十代と言われた女性は、その類まれな容姿とスタイルで、その場の男性の羨望の眼差しを集め、逆に女性からは嫉妬と憧れの感情を浴びた。

 七十代と言われた男性は、その鋼のように鍛え上げられた筋肉と、それでいて無駄を極限まで削ぎ落とした肉体で、老いというものをまるで感じさせなかった。鋭く研ぎ澄まされたその様は、見る者に東洋の刀剣を連想させた。

 ――ただ者ではない。

 見る者全てにそう思わせるには、充分すぎる迫力を、彼らは持っていた。

 そして、試合はまさに圧倒的だった。

 鏡花と重夫。どちらも攻めと護りを高いレベルでこなす。攻めに関して言えば、相手のコートの隙を巧みに突き、ミスのなく確実に点を取っていく。護りに関して言えば、その驚異的な反射神経と正確な動きで、自分のコートにボールが落ちることを許さない。

 試合の様子を見ていた観客は唖然とした。

 これが鏡花と重夫の二人にとって初めてのバレーボールだったことを、周りは知らない。


◆◇◆◇◆◇◆


 こんなことをしていて、果たして何の意味があったのだろうか。

 着ぐるみの中で、フローラの心が折れかける頃に、ちょうど零はやってきた。

「…………ぁ」

 咄嗟のことで台詞が浮かばない。

 そもそも、彼はこの着ぐるみの中身が自分だということに気付いているのだろうか。

 気付いているなら問題はない。それはそれで恥ずかしいが、頭のキレる彼のことだ。大方の事情は把握しているに違いない。ただ、もしも気付いておらず、たまたまここを訪れただけだった場合はどうすればいいのか。「私です。フローラです」とでも言えば良いのだろうか。それはもっと恥ずかしい事に思えた。

 結局、何も言えずに、沈黙したまま向き合うこと数秒後。

「……ビンゴ」

「へ!?」

 着ぐるみのペンギンの頭に手が乗せられる。そのまま展開されるのは光の魔法陣。周囲の魔力が集中し、一点に注がれる。

「……終わりましたよ。もう出てきて大丈夫です」

「は、はい!?」

 何が起こったのか分からず、動揺したまま発した声は、意図せず上擦ったものになっていた。

「先日窓から登場したかと思えば今度は着ぐるみから登場ですか。まさかフローラさんがそんな愉快な人だったとは少し意外です」

「ふぇ?」

 この瞬間、フローラは零が全てを悟った上でここにいるのだと理解した。

「ち、違っ……! こ、これはあの……違うんですよ! マ、マリクが……えと、色々と事情が!」

 ペンギンの着ぐるみを着たまま、必死で手足をバタバタ動かすその様子に、零は思わず噴き出す。

「いいから早く着ぐるみを脱いで下さい」

「あ! んん~……ふはっ!」

 言われて、胴体からモコモコしたペンギンの頭を外す。新鮮な空気を肺いっぱいに取り込み、体を風に晒す。いくら冷気を纏って適温を保っていたとはいえ、着ぐるみの中はやはり息苦しかった。

 ふと、肩にかかる髪が、いつもの色ではなく、純粋な(パープル)になっていることに気付く。

「さて、行きましょうか」

「あ、でもマリクが……」

「マリクさんならあそこで海を盛大に満喫してますよ。ご機嫌でね」

 零が指差す方向では、金髪の美青年が大勢の女性に囲まれて何やら賑わっていた。彼はまるで演技のように完璧な台詞と笑顔を振り撒きながら、時々笑い声を上げている。零たちの視線に気付くと、手を振りながら爽やかに笑いかけてきた。

「…………零さん、彼は――マリクは無視しましょう」

「奇遇ですね。俺も同じことを思っていたところです」

 一度だけ、フローラは零とアイコンタクトを交わすと、フローラの目の前に手の平くらいの大きさの氷が現れた。

 その氷は鏡のように日光を反射し、ある男性の眼球を直撃した。

 遠くからマリクの悲鳴が聞こえたのは、その直後のことである。


◆◇◆◇◆◇◆


「始めまして皆さん。私はフローラと言います。南国出身で、零さんとは昔からの知り合いです。以後、お見知りおきを」

 行儀よく礼をする。その洗練された様に圧されたのか、

「は、はい! よ、よろしくお願いします!」

 芽衣は彼女にしては珍しく、挙動不審な態度だった。

「…………」

 明も、若干警戒したように無言で頭を下げただけだった。

「よろしくお願いします! 凄い、なんかどこかの貴族みたいですね~」

 結衣だけが、いつものペースでのんびりと挨拶を交わしていた。零が、貴族と言うか王族だけどな、と心の中でツッコミを入れたのは秘密である。

「それじゃあ僕も、改めて自己紹介しようかな。マリク・ネイミート。僕も零くんと昔からの友人で、今も昔も彼の虜……」

「余計なことは言わなくていいです」

 聞く人が聞いたら誤解しそうな内容を、零は途中で遮った。

「もうマリク、挨拶くらいしっかりしないと、また視覚を潰しますよ」

「あー…… それは遠慮したいですねぇ…… 相当眩しいので」

 笑顔を引きつらせるマリクはしかし、眼球を直撃した日光のダメージからは、既に回復していた。

 本来、眩しいで済むものではない。

 先ほどフローラが生成したものは、日光をあらゆる角度から反射し、それを一点に集めることで、増幅した光量と熱量を生み出す特殊な型の氷。下手をすれば失明していたとしてもおかしくはないものだ。それを、数秒で回復させてしまう時点で、彼の肉体は「異常」だった。

「んじゃ、挨拶はこれくらいにして……」

 マリクが立ち上がる。その手は、零の腕を掴んでいた。

「……なんですか?」

 恐る恐る、零は顔を上げる。そこには爽やかさ全開の、輝いた美青年の顔があった。

「せっかくの海なんだ。零くん…… ナンパしに行こう。水着美女を漁りに行こう。大丈夫、僕と零くんがいれば成功率100パーセント間違いなしだ」

「……いえ、結構です。水着美女ならもう間に合ってますので」

 丁重にお断りすると、マリクはそれはそれで「へぇ」と、意味深な表情を周りに向けた。誰もマリクと目を合わせようとしない。が、今の言葉が聞こえなかったふりをしているのは明らかだった。

「ふぅん。でもね」

 零の腕を握る手に力が籠められる。

「僕が間に合ってないからさ!」

 マリクはそのまま全速力で駆け出した。

「いや、俺は……ちょっ……うおああああああああああああああああああああ!」

 凄まじい、人外の力で引っ張られ、零は成す術もなく引き摺られていく。

 助走なしの、足の筋肉と瞬発力によってのみ生み出されるスピード。空圧や抵抗を跳ね除け、なおも加速していく。やがて、零の体は宙に浮いた状態になった。

「ああっ! 零さん!」

 しまったという様子で伸ばしたフローラの手は虚空を掴む。間もなく零の絶叫は小さくなり、聞こえなくなった。

 重夫と鏡花が優勝景品のスイカを大量に持って現れたのは、その直後。

「あ、お母さ……ん!?」

「師匠も! どうしたのよ、そのスイカ!」

 両手いっぱいのスイカ。それでも持ちきれず、持てない分は四つほど引きずっている。

「いやぁ~ 何となく開催されてたビーチバレー大会に出場して見たら優勝しちゃってね~ その景品よ~」

「バレーって……お母さんやったことあったっけ?」

「ないわよ?」

 ケロっとした様子で答える。結衣はそれを聞いて「すごーい! さすが!」と喜び、芽衣は反対に脱力した。確かにこの二人なら、初めてと言えど優勝できてしまうのは何となく頷ける話だった。参加者の中には、練習に練習を重ねてこの日を迎えた人もいただろう。それを考えると、少し申し訳なくなる。呪うべくは、たまたま今日という日に参加してしまった己の不運か。

「ん? 明ちゃん、零はどこへ行ったんだ」

 ふと、重夫は今までいた少年が消えていることに気付く。

「……マリクとかいう人に連行されて行きました」

「も、申し訳ありません……」

 責任を感じたのか、フローラが頭を下げる。重夫はフローラを知らない。だがその佇まいから、ただの一般人でないことくらいはすぐに分かった。

「ほぉ……あなたは?」

「フローラといいます。初めまして」

 それは癖だったのだろうか。フローラは水着の状態であることを忘れ、スカートをつまもうとして即座に手を引っ込めた。

 その仕草を、重夫は見逃さなかった。正確に言うと、フローラの正体を見切った。零を連れ去った「マリク」という青年についても、ある程度の見当をつけた。

「……いやはや、普通に生活をしていたら私ごときでは一生口を聞けないようなお方と、まさかこんな場でお話する機会を得ようとは。光栄なことです。ただまぁ、その様子から察してお忍びなのでしょう。ここは敢えて普通に接っした方がよろしいか」

「えっ……!」

 フローラは純粋に驚く。この、たった一回のやり取りだけで、自分を王族と見抜いたその観察眼の鋭さに。

「さ、さすがは零さんの師匠様…… それともこの場合はさすが東国の『剣聖(ソードマスター)』と言った方が良いのでしょうか?」

「いやいや、そんな大層なものではないですよ」

 丁寧に一礼して視線を外す。

「よし、結衣。スイカ割するから木刀持って来い。確か荷物の中にあっただろう」

 一転、上機嫌で持ってきたスイカを無造作に並べた。

 自らタオルを縛り、その視界を覆う。言われた通り木刀を持ってきた結衣は、「おじいちゃん、はいこれね」と言って手渡した。

 風が吹いた。

 木刀を手渡された重夫は、その場からピクリとも動かない。それどころか、正座したまま立ち上がろうともしない。口は閉ざしたまま、黙して何も語らない。

 何とも言えない緊張感が、辺りに漂った。そのピリピリした空気はしだいに拡大し、周辺一帯を飲み込む。やがて、他の一般人までもが、その空気の異常さに気が付いた。

 重夫は、尚も沈黙したまま動かない。何かに浸るように、それでいて何かを探るようにその場に存在し続ける。まるで、視覚以外の感覚が研ぎ澄まされるのを、待っているかのようだった。

 そしてもう一度風が吹き抜けたその瞬間。

「……!」

 重夫は動いた。目にも止まらぬスピードで、振り抜いた木刀の残像すら残さず、まるで瞬間移動でもしたかのように駆け抜けた。

 並べられた三つのスイカが、同時にパックリ開く。刃物で垂直に切ったとしか思えない見事な切断面が、日光に照らされて輝いた。

「ふぅ…… やっぱりスイカ割りは面白いな」

「「「「いやいやいやいやいやいや!!!!」」」」

 それスイカ割りと違う!

 声にならない叫びとはまさにこのことだと悟った。


その後の零の話は後日談で(笑)

次回はホテル内での話と、いよいよ魔獣の討伐パートへ進みます。

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