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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第四章 零れ落ちる砂の粒
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63話 海へ 前編

徐々に過ごしやすい気候になってきましたね。お待たせしました。最新話です。

「まさか師匠まで来るとは思いませんでしたよ」

「なんだ不満か」

「いえ、そういうわけではないですが、少し意外でした」

「鏡花、結衣、芽衣の三人とも行くと言ったんだ。お前だけにハーレム気分を味わせるつもりはないからなぁ」

 国家間移動用魔道列車――モネットは、零と明に、月下家の人間全員を乗せ、南東国セブへ向かっていた。

「そういえば神無月の嬢ちゃんは来ないのか?」

「ええ。別件があるとかで」

 あとから知った話だが、あのとき東国にはフローラとマリクの他に、ヴァルターとエイダも入国していたということだった。勿論、条約違反であることを最初に指摘しようとしたが、(そんなもの)はお構いなしの面々であることを思い出して、すぐに言及することを諦めた。

「そうか。そりゃ残念だ。面白いもんが見られるかと思ったんだがな」

「面白いもの?」

「いや、お前には分からんことだ」

「はぁ……」

 重夫の含んだ物言いに、曖昧な頷きを返してから、零はモネットの窓から外を見た。

 国外。

 一般的には「魔獣の巣窟」と言われ、生身で出ることは大変危険だと言われる土地だ。実際、至る所に魔獣たちの痕跡が見えている。

 だが、言い換えれば人間の手が入っていない天然の大地だということだ。

 自然は国内とは比べ物にならないほど美しく、空気は澄み渡っている。生き物たちに視点を合わせれば、確かに弱肉強食の残酷な世界だが、しかしだからこそ、必死で生きている生き物たちの美しさがあった。

 零はこの世界が嫌いではない。いつまで眺めていても飽きない。それが、零の中にある人外のDNAによるものかは分からないが、とにかく零は外が好きだった。

 向かいの席では、結衣と芽衣が仲よくお互いに寄りかかって眠っている。今朝早かったせいだろう。

 それにしても、明が「海へ行かないか」と誘った時の、二人の慌てぶりは見事なものだった。曰く「太っちゃった」とか何とかで。見た目だと大して変化はないからいいじゃないかと言ったのだが、どうやらそういうものでもないらしく、後で長々と説教された。

 やがて、視界にエメラルドの海が広がってきた。

「さすが水が綺麗ね~」

 鏡花が窓の外を眺めて、うっとりした声をあげる。

 この美しい海の近辺に、恐るべき怪物(モンスター)がいることは、公にしないつもりなのだろう。フローラやマリクがどう考えているかは知らないが、急いだ方が良さそうだ。

 かくして、零たちは南東の「セブ」へ到着した。



「やあ、待ってたよ零くん。そして、初めまして皆さん。僕はマリク・ネイミート。零くんとは古い友人でして、今回彼を招いたのも僕です。皆様の荷物は僕が責任を持ってホテルまでお届けしますので、必要最低限の物だけ持ったら、さっそく海へ移動なさって下さい。僕も後から合流します」

「……………………」

 零たちは揃って唖然としていた。

 それは、セブへ到着し、眠っている結衣と芽衣を起こし、空が青いやら気温が高いやら、ありきたりな会話が飛び交っていた空気を一瞬でぶち壊す位には、衝撃的な出来事だった。

 他の一般人の視線が突き刺さる。

 無言。とにかく無言。大勢の人間がいるとは思えないほど、その場は静かだった。

 簡潔に説明すると、モネットから降りた瞬間、零たちはマリク・グレイル・ネイミートの出迎えを受けた。

 別にそれ自体は大した事ではない。ありきたりな事ですらある。問題は、彼が上から(・・・)降ってきた(・・・・・)という一点に尽きる。

「…………マリクさん、今どこから来ました?」

「ん、ああ。姫が『もうすぐ来るかもです!』とかワクワクしててね。せっかくだからホテルの屋上から駅を観察してたんだよ。そうしたら、ちょうどモネットがやって来て、待ちきれなくて一っ跳び……」

「……今回の任務ってお忍びですよね。こんなに目立って何を考えてるんですか?」

「ははは、零くん怖いよ。でも僕はそんな君も……」

「マリクさん、近いです」

 無理やり引き剥がす。

「そもそもホテルってどこですか?」

「ああ、ここから二キロちょっとあるかな。なかなかいいホテルだよ」

「……二キロ先を肉眼で観察して、しかも一っ跳びですか」

 滅茶苦茶だと思った。

「零くん…… そちらの方は~?」

「ああ鏡花さん、一応言ってたことは正しいです。間違いなく俺の知り合いですよ」

「随分と凄い知り合いがいるのねぇ~ だっていま空から……」

「気にしないで下さい。寧ろ見なかった方向で」

「でも空を」

「気にしては負けです」

 必死で言いくるめる。眼力で「何も聞くな」と訴えかける。その迫力に押されたのか、鏡花は「そ、そう?」と引き下がった。

 マリク本人は、笑顔で全員分の荷物を軽々と一人で持ち、一瞬で去って行った。

 この時点で、今回の任務が面倒なことになることは、何となく予想できてしまった。


◇◇◇◇◇◇◇


 時は遡って、《組織》に属する四人が、いきなり瑠璃の自宅を訪ねたあとのこと。

「うー」

 神無月瑠璃とヴァルター・フォンタードは、零とは全く逆方向へ向かうモネットの内部にて、不満を募らせていた。

「ンだぁ? テメェはまだ未練残してんのか。仕方ねぇだろが。負けたのが悪ぃんだ」

「なっ……! ヴァルさんがあそこで『革命』なんかしなければ勝てたんですよ!」

「あン? 『革命』できるならやんのが当たり前ぇだろうが!」

「別にやるなとは言ってません。ただ、なんであのタイミングで…… 結果的にヴァルさんが大貧民じゃないですか!」

「知るかぁ!! 終わったもんに対してつべこべ言うんじゃねぇ!!」

 二人はゼーゼー息を切らせて言い争う。会話の内容は、先日行われたトランプの遊び――Career Poker(大富豪)についてだ。

 大富豪は大陸中でメジャーなパーティーゲームだが、瑠璃たちの間で行われたそれ(・・)は、決してお遊びなどという温い勝負ではなかった。その勝ち負けによって、担当する任務を決定することになったからだ。

 今回の任務は二つあった。一つ目は南東のセブで魔獣駆逐。二つ目は中央(セントラル)へ送られてきた謎の文書の調査。

 零は前者で確定だった。あの文書を、天戸零に見せない方がいいというのは、あの場にいた全員の意見だった。そこでチームを分けることになり、大富豪で勝った方が南東のリゾート地「セブ」へ。負けた方が文書の調査ということに決まった。

 エイダは元から情報伝達の任についているため、固定任務はない。最終的に、勝ったのはフローラ。負けたのは瑠璃とヴァルター。マリクは護衛としてフローラと共に行動するという形になった。

「俺だってなぁ、久しぶりに零と組めるかと思ってついてきたんだ。その結果がこれだぜ。こっちも迷惑してんだよ」

「私だってあっちの任務が良かったですよ!」

「違ぇだろうが。お前は単に零と海に行きたかっただけだ。あっちの仕事(・・)がしたかったわけじゃねぇ」

「なっ……!」

 言葉に詰まる。しばらくして、「わ、悪いですか――――!!」という絶叫と、バチーンという派手な音が響き渡った。

 モネットは走る。大陸が誇る二人の人外者を乗せて。


◇◇◇◇◇◇◇


 女性の着替えとは長いものだということについては、既に良く知っていることなので、そこまで苦ではなかった。

 対して、男の着替えは早い。

 零と重夫は、既に水着に着替えた状態――零は薄手のシャツを一枚上に羽織った状態で、ビーチパラソルの下で並んで座っていた。

 吹いてくる風に、潮の香りが混じっている。

 まだ時間帯が早いせいか、人の数は少なく、気温も我慢できるほどだ。昼頃になれば、もっと混雑してくることだろう。

 それでも広大な海だ。とにかく面積が広い。岸だけでも、遠く先まで終わりが全く見えないほどだ。人が多すぎて動きにくくなる心配はなさそうだった。

「ときに零よ」

「はい」

「お前は巨乳と貧乳と適乳のどれが好みだ」

 重夫の表情は、黒いサングラスのせいでよく確認できなかった。だがその奥で、目の端がキラリと光った気がした。

「……難しいですね」

 少し考える。普段あまり自分の好みというものを考えたことがない零にとって、重夫の問いは難問だった。

「その個人の体型に似合ってるのが一番じゃないでしょうか。やっぱり『自分らしさ』って重要だと思うんです」

「……ふむ、なかなか深い考えだな」

 そう言うと、重夫はシートの上にごろんと横たわった。

「だがな、いくらその人らしさが良いと言っても、好みくらいはあるはずだ」

「そうですかね」

「ああ。なんなら実際に見て確かめてみてもいいじゃないか。そろそろ来るだろう」

 重夫が提案するのと同時に、女性陣が更衣室から現れた。

 遠くからでも目を引くほど、華やかなメンバーだ。鏡花を筆頭に、明、結衣、芽衣の四人組は、どこから見ても隙がない。実際、男女問わず、すれ違った人間が必ずと言っていいほど振り返っている。今日一日のナンパした男の人数でも数えたら、なかなか面白いことになるのではないかと思った。

 デザインについては、皆自分好みのものを選んだらしい。

 明は、ボトムにスカートがついたチェックのAラインワンピース。結衣は黄色の三角ビキニ。芽衣はフリルがついたオレンジのセパレートタイプ。鏡花はピンクのモノキニワンピース。

 どれも着用している本人に良く似合っていて、純粋に感心した。

「零くんにお義父さん、お待たせしました~~~」

「いや、大丈夫だ。ところでどうだ零、感想は。ついでに言えば全種類揃っているが」

 自信満々に語る重夫は、何故か誇らしげだった。

 ……感想、か。

 零はもう一度よく観察してみる。

「……零、じろじろ見過ぎ」

「うーん、寧ろ見なきゃ失礼な気さえするから不思議。こんな光景は貴重だし」

「貴重だからって……」

 明の抗議は受け付けない。ゆっくりじっくり目に焼き付ける。

 無言のままじっくり見られることは、明、結衣、芽衣の三人にとって生殺しにも等しい。それでも、零が何か言わない限り、この三人は一歩も動かないだろう。そんな雰囲気を感じ取ったからこそ、敢えて零は何も言わず、無言で眺め続けた。

「……な、なんで何も言わないのよ」

 羞恥のためか、徐々にもじもじし始める。零は内心とは裏腹に、完全な無表情を装って眺め続けた。重夫と鏡花にはバレているようで、特に鏡花は必死で笑いを堪えていたが、どうやら三人にはそれが見えていないようだ。

 だが、零にも限界がある。

「…………ふ」

 思わず笑いがこぼれる。

「あーあ、もうみんな可愛いなぁ」

 心からの本音を言う。特に深い考えもなく言った感想だったが、聞かされた側としては堪らない。

「「「えぅ!?」」」

 そもそも散々焦らされ続けた直後だったのだ。その褒め言葉には、羞恥と照れによって、三人の腰を抜かすほどの破壊力があった。

「大きさ順に、結衣、明、芽衣かな」

「……今、何か失礼なこと言わなかったでしょうね?」

 芽衣からの鋭い指摘。

「大丈夫。誰が言ってたか覚えてないけど、貧乳はステータスだそうだから」

「どこ見てたのよ変態ッ!」

 即座に回復して殴りかかる芽衣。その拳を、零はスルリと避ける。その横では、まだ立てるほど回復してない結衣が「あ、胸見てたことは否定しないんだ」と、やや照れたように呟いた。

 明は、ぐったりしたまま砂浜に手を着いた。

 細かい、海辺の砂。

 心臓の鼓動は、まだ治まりそうにない。


主人公はドSです(笑)

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