61話 姫と護衛
毎日毎日暑いですね……
熱中症にはお気を付け下さい。
零号――天戸零が、現在大陸で知られる全種の魔法を使いこなせることは、既に周知の事実だが、それが可能だった最も大きな要因は、周りに各属性専門の天才が揃っていたことだ。
勿論、天才の中でも奇知外じみた天才である彼らの理論を理解するには、それ相応の才能が必要だ。しかし、今の環境に身を置いていなければ、【万能者《オールマイティー》】が生まれなかったであろうことは間違いない。
さて、彼が最もよく使う属性魔法として、氷魔法が挙げられる。攻めに特化した炎魔法。守りに特化した地魔法。それらと比べて、氷魔法は攻めと守りの双方に利用し易いことが特徴だ。また、性能は落ちるが、武器生成も可能であることから、彼にとって重宝する機会も多い。
基本的な魔法体型は、【虹の女神《イリス》】の称号を冠する神無月瑠璃から学ぶことがほとんどのようだ。
この点は容易に納得できる。
歳も近く、同じ東国出身者である彼女は、天戸零からすれば最も接触しやすく、遠慮も少ないはずだ。魔法のレベルとしても、基本的な体型や仕組みを極限まで研ぎ澄ますことをコンセプトとした彼女の魔法は、≪組織≫に属する他の面々の理論の中でも、比較的簡単な部類に入る。
だが氷魔法に関しては、最初から最後まで一人の人物から指導を受けている。
フローラ・シウルリウス。
【雪の女神《ポリアフ》】の称号を冠する、南の大国――シウルリウス王国の王族でもある人物だ。
姫であることから、普段の立ち振る舞いは上品で、性格も穏やかだ。しかし、その戦闘力は《組織》に属する他の面々にまるで引けをとらない。
神無月瑠璃も、氷魔法を一流に扱えるという点に於いては同等だが、その性質はまるで異なる。
絶対永久氷壁と名高い防御壁。地形一帯を丸ごと凍らせる-273℃の攻撃。あの天戸零をして、永久に追い付けないだろうと言わしめる実力がある。
ここで一旦、話の焦点をフローラ・シウルリウスにあてよう。
シウルリウス王国の王族は、特有の薄紫――クリスタル・パープルとも言われる髪色を宿すのが特徴であり、彼女もその例外に漏れない。
逆に言えば、遠目からでも、髪色さえ分かれば王族だと一目瞭然だ。
そのため、外出するときは大きめの帽子で髪を隠す必要があり、彼女は南国では珍しい大きめの麦わら帽子を愛用している。
また、彼女には常に、「護衛」という形で一人の人物がついている。
マリク・グレイル・ネイミート。
彼もまた≪組織≫の一員であり、冠する称号は【勇者の証《デュランダル》】。元々は平民の出であり、騎士の家系ではなかったが、その類稀な才能を買われ、若くして王国近衛騎士団団長まで登りつめた青年だ。
多変錬金剛と呼ばれる特殊な武器を手に、大戦争で鬼神の如き活躍をしたという話は、まだ記憶に新しい。
フローラ・シウルリウスとマリク・グレイル・ネイミート。
この二人は間違いなく南国の戦力の要だ。この二人がいれば、取りあえずは機能する。
逆に考えよう。
もしこの二人がいなければ……
なんとかしてこの二人を国外へ追いやれば……
シウルリウス王国の制圧は、驚くほど容易なものになるだろう。
――無名の手記より一部抜粋――
◆◇◆◇◆◇◆
窓ガラスをコンコンとノックされたので振り返ってみれば、一人の綺麗な女性の姿が見えた。
「…………」
パァッと明るい笑顔を見せる女性に、零は取り敢えず頭を下げる。向こうから手を振ってきたので、こちらも一応振り返してみる。満足そうだったので、零はそのまま病院のベッドで横になって目を閉じた。
関わらない方が身のためだと思った。
零のいる病室は三階。そして、女性は窓の外から手を振ってきた。
つまりは……そういうことなのだろう。決して霊感が強い方であるとは思っていなかったが、ここは病院だ。何かの間違いで、ふとした瞬間に見えてしまうこともあるのかもしれない。
「ふぅ……。いるもんなんだな、昼間でも幽霊って」
独り言を呟いてみる。いや、もしかしたら暑さにやられて幻覚が見えているだけかもしれない。意識の深層で、綺麗な女性に会いたいと、そう願っていたのだとしても、入院生活が続いている現状では有り得ない話でもない。
バンバン!
……幻覚ではなかったようだ。
振り返ると、やはり先ほどの女性が、今度は何やら不満そうな顔でこちらを睨んでいた。
これは良くはない。経験したことなど当然ないが、幽霊を怒らせたらどんな目に合うかなど、想像できない。
「南無阿弥陀仏。南無妙法蓮華経。悪霊退散。安らかに眠り給へ」
見よう見真似で除霊などやってみる。知っている言葉を並べ、両手を合わせて適当なことをブツブツ呟いた。
消える気配はない。
「やっぱもうちょっと本格的にやらないと効果ないか。数珠とかがあれば……」
「あんまりうちの姫をからかわないであげてよ、零くん」
「マリクさんこそ、無音で部屋に入って来ないで下さい」
突然の声に、零は間髪入れず言い返した。
いつからそこにいたのだろう。ドアを開けたことすら気づかせず、いつの間にか零の個室に侵入していた金髪の美青年が、壁に寄りかかりながら甘い笑みを浮かべていた。
「心臓に悪いのでやめて下さい」
「ふふ、そんなことを言って、本当はずっと前からいることに気づいていたんじゃない?」
「どうですかね。ご想像にお任せしますが」
笑みを浮かべる零に、青年はお手上げだと言わんばかりに肩を竦める。
「まったく、君は神無月瑠璃とは全く違った反応をするよね。驚かないの?」
「いえ、充分驚いてますよ。お久しぶりですマリクさん。こんな格好ですみません」
マリク・グレイル・ネイミート。
南国出身の元傭兵で、【勇者の証《デュランダル》】の称号を冠する≪組織≫の一員だ。現在は王国直属の近衛騎士団団長を正職とし、主に王族の護衛に務めている。力を抑えた表の姿では、若き実力派の美男子として有名な人物だ。
「それはそうと、姫を中に入れていい?」
未だに外から窓ガラスを必死で叩き続ける自国の姫を憐れに思ったのか、苦笑しながら尋ねるマリクに、零は頷いた。
「はぁ、はぁ……。ど、どうして無視したんですか!」
額に汗を滲ませた南国の姫――フローラ・シウルシウスは、開口一番に不満を漏らした。外には、大気中の水分を凍らせて創られた即席の階段があり、真夏の昼間でも溶ける気配がない。人目に着いたら大騒ぎになりそうな代物だった。
「お久しぶりですフローラさん。外から侵入とは随分とダイナミックな登場の仕方ですね」
「だ、だって入口からだと人目につきますし、その……この帽子かぶりながらだと目立ちますし……って話を逸らさないで下さい!」
「東国語うまくなりましたね」
「そ、そうですか!? あれから結構な練習を……ってだから話を」
「綺麗な女性が窓の外から見えたものですから、つい錯覚かと思いまして」
「え、ええ!? そ、そ、そんな、き、き、綺麗だなんて……」
相変わらず、このお姫様は褒め言葉に弱いようだった。先ほどの怒りはどこへやら、顔を赤くして目を背ける。会話の主導権を握った零は、話をはぐらかすことに成功したと確信した。
「姫もそうだろうけど、僕も会えて嬉しいよ零くん」
「マリクさん近いです」
いつの間にか、マリクは零の隣へ腰かけ、かつ超接近していた。
「君が大怪我をしたって話を聞いた時は心配したんだ」
「すみません、ご心配をおかけしました。あと近いです」
「何たって、僕は世界中の女性と、零くんだけは異性として愛してるからね」
「色々とおかしいですね。なぜ俺が異性の枠に入ってるんですか。それと近いです」
言っても聞こうとしないマリクを、無理やり引き剥がす。
相変わらずと言えばいいのか。何を考えているのか分からない人物だと思った。だが、段々とこの人の対応にも慣れてきている自分に気づき、複雑な気持ちにもなった。
「それで、何のご用ですか?」
このいままでは埒が開かない。そう感じた零は、こちらから話を切り出す。
「まさかただ再会を楽しむためだけに国境を越えてきたわけではないでしょう」
「んーそのまさかなんだけどね」
「は?」
予想だにしない答えに、零の口からは素っ頓狂な声が飛び出る。マリクは一層笑みを深くすると、フローラに聞こえないように小声で話し出した。
「うちの姫が、毎日堅苦しい生活を送っていることは知ってるよね」
「……ええ、まぁ」
「そんな生活に、長年の間ずっと退屈していたことは?」
「知ってます」
王族の生活など、零には想像できない。だが、そんな生活を送ってみたいとは思わない。自分の動作一つ一つが、全て王国の意志となってしまう重圧の中で、生活したいとは思わない。それはとても窮屈で、息が詰まる生活だろう。
「だからこそ、姫は半年の内に一度ある≪組織≫の集会を楽しみにしておられるんだ。あんなに同じ目線で、分け隔てなく接してくれる仲間というのは、あの集団の他に一つもないからね。中でも、零くんに会うのは特に楽しみにしてるよ。いつもね」
「そうだったんですか。光栄なことです」
「でも今回の七月の集会に、君は出席しなかった。いや、できなかったというべきかな」
七月に集会があるというこは、以前から知ってはいた。カルディナ校の校内模擬選時に、エイダ・バースとクォン・ジハが伝えてくれていたからだ。
「別に責めてるつもりはないんだ。でも、それで姫が、是非とも様子を見に行きたいと言い出してね」
「……なるほど、そういうことだったんですか。相変わらずフローラさんは優しい人ですね」
「優しい? うーん『優しい』ねぇ……。ただ優しいってだけでわざわざ来ると、本当に思っているのかな? 相変わらずだ、零くんは。それが素敵なんだけど」
「はい?」
何か含んだような物言いに、零は頭に疑問符を浮かべる。だが、マリクの表情からは、先ほどのこちらを窺うような視線は消え、いつもの甘い笑みだけが残っていた。
「マリク、さっきからふたりで何を話しているんですか?」
「いえ、何でもありませんよ。ただ、零くんと僕の今後の有りかたについて話し合いをですね」
「そ、それは一体どういう……」
「なぜ興味津々に聞き返すんですか。嘘に決まってるでしょう」
頭を抱えて抗議する。本当に、マリクという人間は何を考えているのか不明だった。
「それはそうと零くん、暑いね」
「……なんですか突然」
真意を測りかねて聞き返す。
「ここから先はお仕事の話だけどね、零くん。ウミへ行かないか?」
「…………は」
「いやだから、僕と、ウミへ行かないか?」
突拍子すぎて、ウミが海だと理解するのに、予想外の時間がかかった。
海行きたい!
感想お待ちしております!




