59話 四人の人外者
更新遅くなりました(汗)
目覚めてしばらくしても、天戸零は退院を許可されなかった。曰く、「完治してからだ」と。
三週間も意識を失っていた人物に対しては、当然かつ妥当な診断なのだろう。頭では理解できていた。だが、それにしても面倒だと感じてしまうのは仕方がないことだと思う。体は既に問題なく動き、そのことが零をさらに焦れったくさせていた。
――中央カルディナ総合病院。
零が今いる場所だ。
見舞いに来た人間は驚くほど多かった。同クラスの人間だけでなく、他クラス、零の知らない上の学年の人まで来てくれていた件については、嬉しいと言うよりも寧ろ困惑した。
カルディナ学校で起こった事件から、早くも一か月以上。
死人はゼロ。重症者は一名。規模の割には奇跡的な数字であり、話が王国中に広まるのに時間はかからなかった。
「不幸中の幸い」を謳い文句にしている新聞を読んでも、その一名の重症者が自分では、まるで「幸い」ではない。表向き今回の事件は、国家の【暗部】が解決したことになっている。つまり零は、「たまたま戦闘に巻き込まれて大怪我をした運の悪い生徒」でしかないのだ。
別に零自身はそれはそれで構わない。だが、外部の取材記者が「運が悪かったですね」と言うたびに、静かな怒りを露わにする明を見ると、どうも申し訳なくなった。(結局その記者たちは、マリアの権限で立ち入り禁止になったらしい)
その後、この事件の主犯が大陸東部の小国――新羅の部隊であることが判明すると、事の重大さも相まって再び話題になった。何が目的だったのかははっきりとしていない。だが、雑誌の記事や新聞もそれを煽る。一部では「宣戦布告」などと騒がれ、九年前の大戦争の傷が残る国民たちの不安を掻き立てた。
これに対して過剰な反応を示したのは、戦争や犯罪に対する反対運動を続けてきた団体である。中でも過激な団体は「戦争回避」を唱え、カルディナ学校生徒の誘拐、休校を求めたらしい。新羅が目的がカルディナ校ならば、代わりにその目的を果たせば怒りを買わないとでも思ったのだろうか。
そんなことをしても、何の解決にもならない。いや、常識的な思考の持ち主ならば誰だってそう考えるだろう。それでもこんなことが起こってしまうのは、病んでしまっているということなのかもしれない。
戦争は人を狂わせる。未だ国民の傷は癒えていない。
そして七月末。
零は病院のベッドの上で真夏の季節を迎えた。
◆◇◆◇◆◇◆
その光景を見つけたのは全くの偶然だった。
ターナ・ニコラエヴナ・カレーニナはいつものように登校し、いつものように校門をくぐり、いつものように玄関で靴から上履きに履き替えた。
雨の予報だったので、念のために持ってきた傘を傘立てに差し、暗証番号を入力。ロックを掛ける。
欠伸をしながら鞄を肩に掛け直し、出会った友人に「おはよー」と軽い挨拶をしながら教室へと向かう――正確には向かおうとした。
「……ん、あれはアカリさんかな」
遠目からでも目を引く、特徴的な少女に思わず目がいった。
ターナは天戸明とほとんど交流がない。具体的に言うと、二人きりで話したことが一度もなかった。そのため、普通だったら例え気付いても素通りするだけ、ましてや自分から声をかけようなどとは、まず思わなかっただろう。
今日に限ってそうしたのは、明の様子が少しおかしいと感じたからかもしれない。明は、まるで硬直したように一歩も動かずに下駄箱前に立っていた。
「おはよーアカリさん」
「……おはよう御座います」
「ボーッとしてどうかした? ラブレターでも入ってたとか?」
「…………」
「……あ、図星っぽい」
感情に変化はなかったが、否定しなかったことから、肯定と受け取った。
天戸零が入院している現在、一年の天戸明と月下芽衣に告白する男子生徒が続出したという話は、三学年の教室まで広まってきていた。
(まぁ、気持ちは分かるんだけど。ルリとかも一昨年はそうだったし)
この時期はそうでなくてもそういう風潮がある。理由は終業式が近いからだろう。夏休みを恋人同士で過ごしたいという気持ちは、ターナにも理解できないわけではない。そこへ、「天戸零の不在」という現状が拍車をかけたようだった。
浅はかだ、とターナは思う。
天戸零不在の間も、彼の人気は落ちる様子はなかった。それどころか、寧ろ上がったような気さえする。噂では、非公式のファンクラブが存在するらしく、授業を抜けて病院へ行った猛者もいるらしい。
……あ、だからこそ戻ってくる前に、ってことかな?
「大変だねぇ、まぁ私から言わせれば羨ましい限りですけれどもね!」
「……い、いえ」
「ま、どう返事するかは口出しすることじゃあないけどさ、向こうも向こうで勇気出して頑張ったんだろうから、そこは尊重してあげなね」
いつか、瑠璃にも同じようなことを言った気がする。まったく私は恋の相談役か、と心の中でつっこみつつ、「……どうも」と小さく頭を下げる後輩の少女の肩を叩いた。
改めて、明を良く見てみる。
(うーん、やっぱり綺麗な子だよなぁ)
同性の目線から見ても、天戸明という少女は美人だと思う。
ブラウスとスカートから伸びる手足はスラリと細長く、雪のように白い。真夏だというのにまるで暑さを感じさせない表情は、どこか儚げで消えてしまいそうにも映る。綺麗な長い髪は、幻想的な美しさを醸し出しており、細身だというのに……出るところはしっかり出ている。完璧だ。ターナは自分の胸と見比べて、ガックリと肩を下ろした。
「?」
「いや、ちょっとね、もし神様がいるなら一発殴らなきゃなーって」
「……?」
「ごめん、こっちの話。今ね、この世の理不尽と必死に戦ってるから」
……あー、何を言ってるんだ私は。
頭を抱えながら、「何でもない」と繰り返した。
◆◇◆◇◆◇◆
パール・バルリオンは戦々恐々としていた。
連絡を受けたのは一週間前。東国へ行くことが決まって、『中央→東部行きモネット』の責任者を任せられたのが四日前。そして未だ、目的地には辿りつけずにいる。
広い大陸だ。もちろん到着にはそれ相応の時間がかかる。だがそれにしても、今回の旅は長引いていた。原因は、付近に生息する魔獣の産卵期と時期が被ったことだ。そのため最短ルートを諦め、大きく迂回することを余儀なくされた。
パールが恐れているのは魔獣ではなく、寧ろ中のとある四人組の乗客たちだった。
「ちょっと落ち着きなさいよ!」
「うるせぇ、こんな遅ぇモンにいつまでも乗ってられっか! 俺は降りるぞ。降りて歩っていく」
「やめなさいバカ!」
言い争っているのは、白銀の髪を逆立て、両腕が剥き出しになった薄手の服を着た男と、全身に装飾品を施し、服装は黒ジャケットに黒いタイトミニという目立つ格好をした赤髪の女。
男の眼光は鋭く、相手を睨み殺しそうな双眸は、野生の狼を思わせた。普通の人間ならばそれだけで怯んでしまいそうなほどに。だが、女はそんな視線をまるで意に介した様子はない。さらりと受け流し、真っ向から言い合っていた。
「そんなことしたら一発で正体バレるでしょうが。だいたい、何のためにアタシが偽造証明書作ってやったと思ってんのよ。面倒事を避けるためでしょうが!」
「ンなこたぁ俺にとっちゃどうでもいいんだよ! 降りた方が早ぇなら降りる。魔獣が邪魔なら全部ぶっ潰して通る。それの何が悪ぃんだ」
「全部悪いって。巻き込まれるこっちの身にもなってよ! あぁぁもう……グレイルも何とか言ってやってよ!」
「んんー、と言っても正直僕はどちらでもいいんですけどね」
その二人から少し離れたところにいるのは、特徴的な金髪の男だった。テーブルに腰掛け、足を組みながら微笑を携えている。その様は、どこか品を感じさせるものであり、細身で女性的な体格であることからも、美青年と言って差し支えなかった。
ただ、横に置いてある彼の私物らしき大きな塊だけが、奇妙な違和感を醸し出していた。
「別に急ぐことでもないですし、このまま乗っていても良し。でも面倒であることは変わりないんで、降りて歩いちゃっても良し。バレたらその時はその時ってことで。姫はどうです?」
「わ、わたくしは……そうですね。降りるのは色々と都合が悪いかと……」
おずおずと口を開いたのは、その中では唯一普通と言える格好の女性――まだ少女とも言える――だった。大き目の水色のワンピース、右手には新しい麦わら帽子。年頃の女性の格好として、別に何の問題はない。だが周りが周りなだけに、普通であることが寧ろ違和感となって現れていた。
「やはりあの……暑いですし」
「そうよねぇ~ ホラ見なさいよヴァル! そんなに歩きたければ歩けばいいじゃない。ただし一人でね。不法国侵入になっても知らないけど」
「あン? 門番なんざ殴り倒しちまえば分かんねぇだろが。阿呆か」
その一言で、再び言い争いが始まった。
二人の争いを、楽しそうに観戦する青年と、困ったように見守る女性。この絵柄はいつまで経っても崩れそうにない。
モネット現責任者であるパールには、乗客の安全を守る義務がある。こんな大陸の真ん中で乗客を降ろすなど、場合によってはパールの責任問題となる。そのため、こんな口論はやめさせ、力ずくでも車内に残らせるという権利は、確かにあった。
だが、そんなことは不可能なのだろう。どんな権利を持っていようがいまいが、彼らにとっては大した問題ではない。だからこそ、カールはこれからの成り行きを恐れた。
人外の力を持つ人間。大陸最高峰の集団。
そんな人間が四人、人知れずカルディナ王国へ向かっていた。
うーん、最近まとまった時間がとれないですね。
もしかしたら次回も少し遅れるかもしれません。
感想お待ちしております~!