プロローグ――原道雄の手記
第四章開始。
今回は導入ですので短いです。
二年前にウォーラルト大国魔獣生体学の権威であるゴーラン・ゲール博士が『動物の進化による魔獣化』を発表して以来、私は「ヒトの成り立ち」についてずっと考えてきた。
ゴーラン博士によれば、魔獣という生き物は動物――ここで差す動物とは生物全体を植物と動物に分けた場合の動物である――が進化した形であるということだ。これは氷狼や渡風鴉など、原型を留めている魔獣が多数存在していることからも推測できる。
この論文が大陸上で評価されているのは、「なぜ進化したのか」という点において深く追及しているからだ。
通常生物の進化というのは、環境の変化に対する適応力の上昇が目的だ。寒い地域に生息する種は体温維持の効率を上げるように進化するし、水が少ない地域では少量の水分で活動できるように進化する。
では魔獣化は?
動物と魔獣を決定的に差別化する要因として挙げられているものは、「魔力を有するか否か」という点である。これは最早常識として一般的に広まっているため、敢えて必要は要らないと思う。だがこの定義に沿って結論付ければ、動物の進化とはつまり、魔力を得たことだといえる。
ゴーラン博士が追及したのはこの点だ。魔力を得たことが、いったい何の環境適応に繋がったのか。
現在、大陸には魔力を用いないと生息できない地域というのは発見されていない。実際、魔力を持たない普通の動物も、大陸中には多数生息している。つまり、魔力など持たなくても、問題なく生息することは可能なのだ。
しかし、魔獣という生き物は存在している。これはなぜか。どうして必要のない進化をしたのか。
仮説として挙げられているのは、その昔、考えられないほど大規模な環境の変化が起こったというものだ。その変化に対応するため、魔獣化という手段をとった。
現在、我々が住んでいるこの大陸は、周りを海に囲まれた広大な大地だ。だが、船などを用いて海原へ出てみても、他の大陸が発見されたという報告はない。これはあまりにも不自然だ。
ここで、前述した仮定を当て嵌めてみれば、取りあえずの説明はつく。過去の地殻変動や洪水によって、他の大陸が海底に沈んだ、もしくは無くなったのだ。
つまり、人間が誕生する遥か昔の大変動に対応するため、一部の動物が進化して魔力を得、それが今の魔獣の祖になっているというのが、ゴーラン博士の見解だ。
……本当にそうだろうか。
私はこの論文が公表されて以来、ずっとある疑問を持ち続けてきた。
確かに、我々人類が、この地殻大変動に立ち会ったという記録はどこにも残っていない。人間は記録を残す生き物だ。例えそれが文書でなくても、何らかの痕跡が残っているのが普通だ。それがない時点で、人類が誕生する以前の話だったと考えても何ら不思議なことではないのかも知れない。
だが、私はこの考えに異を唱えたい。
考えてみて欲しい。この学説によれば、魔獣は環境の変化に生き残る手段として魔力を得たことになる。
ならば我々人間はどうだろう。
人類は、多かれ少なかれ、必ず魔力を持って生まれてくる。これは何のためか?
私の仮説はこうだ。
今の魔力を持った人類――ここでは魔人類と呼ぶことにする――が生まれる遥か前、魔力を持たない人類というのもまた存在したのだ。そして動物たちと同じく、生き残る手段として魔力を得た。つまり、魔人類が誕生する以前から、人類は存在していたのだ。
だが、それでは何の記録も残っていないことに対する説明ができない。私自身模索中だが、この操作はまるで進展する様子がない。
やはり残された手がかりはこれだけか。この「零号」という人造人間。天戸博士が残した言葉によれば、彼は私の疑問を解くヒントになるらしい。
研究は概ね順調だ。「零号」は今年で五歳になる。成長の様子を見てみても、彼が類まれな才を持っていることは明らかだ。私がスラムで拾った少女――マリアも、最近では私の手伝いをしてくれるようになった。彼女は驚くほど賢い。今年で十一歳になるそうだが、すでに私の書物を読んで理解するどころか、応用することさえできる。私が老いて研究が続けられなくなっても、彼女が研究を引き継いでくれるかもしれない。
人類を追い詰めた危機。それがゴーラン博士の言うような、地殻大変動なのかは分からない。だが私は、これにかつての人類が深く関わっていると思えてならない。疑問はいつか解けるのだろうか。
ここで記した私の考えはあくまで仮説にすぎない。よって、この理論に確信が持てるまで、公表することは控えようと思う。ではこれにてペンを置くことにする。
大陸中央本部管理室室長 原道雄
ちなみに彼は三章の25話で一度出てきています。
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