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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第三章 歯車とパズルのピース
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58話 俺がいるべき場所

ついに零VS白のラストです。

 誰にでも子供の頃はあっただろう。

 記憶に残っているかいないか、という話ではない。事実としてあっただろう、ということだ。それは生き物として存在する以上、当然であると言っていい。誰もが幼少期を経て、多くのことを学び、徐々に「大人」になっていく。

 かつて、子供の無邪気な心を「白紙」と表現した詩人がいた。なるほど納得できる表現だ。そもそも、幼少期の記憶が曖昧なのも、日々の生活を特に何も意識していなかったからだ。

 つまり白紙。

 白紙だから、何が描いてあったかも思い出せない。そして、徐々にその白いキャンパスに、自分の「人格(いろ)」をつけていくのだ。自分の「色」を見つめ返してみることも、時には重要かもしれない。


 ここに三人の「子供」がいる。

 彼らは実に子供らしく、無邪気に笑っている。美しい子供たちだ。しかも三つ子。全員が同様に美しく、同様に無邪気に笑っている。

 さて、かの詩人は、彼らを前にして「子供の心は白紙」だと、そう言い切っただろうか。言い切れることができただろうか。

 不可能に違いない。


「血が欲しい。血がもっと欲しい」

「レイ…… レイ、レイ、レイの血…… おいしいね。もっと、もっともっと欲しい」

「のどがかわいた…… のどがかわいたよ」


 彼らが笑いながら口にしているのは、呪詛の言葉だった。

 血を求める子供たち。どこまでも純粋に、狂気を振り撒く子供たち。

 無垢なる狂気。

 常人が見たら、それだけで理性を崩壊させたような光景だっただろう。彼らの口の周りは、場違いな程に色鮮やかな「赤」で彩られていた。にっこり微笑んだ拍子に見せる可愛らしい乳歯も、同じく真っ赤に彩られている。

 笑った。

 嗤った。

 哂った。

 全てが順調に進んだことが、堪らなくおかしくなった。

 真っ暗な空間が、少しずつ崩れていった。


◆◇◆◇◆◇◆


 途切れかけた意識を繋ぎとめたのは、不意に訪れた固い地面の感触だった。

 光が眩しい。長いこと暗闇に拘束されていたためか、解放と同時に差し込んだ日の光には、全てを照らし尽くさんとする意志さえ感じられた。


(アビスが……解けた……のか?)


 重い瞼を無理やりこじ開け、霞んだ視界を魔力で矯正する。

 校庭だ。零が通う、カルディナ校の校舎。数か月の間に、嫌というほど見てきた光景だ。

 その中央に、歪な手の形をした白い羽根を背中から生やし、崩れた体の一部分から半透明な液体を滴らせている異形の姿が見えた。

 (ハク)……正確には白だったモノだ。ソレ(・・)は時々奇声を発し、苦しみながら悶えている。どうやら間違いではない。何が原因か分からないが、無限の隔絶世界(アビス)の展開は中断され、自分たちは現実世界に戻されたようだ。

 そうなった以上、対応も異なる。

 さきほど垣間見せた白の爆発力。異形の姿になった白が今、どれほどの暴走をするかは未知数だ。下手をすれば、避難した生徒たちごと一帯を吹き飛ばすこともあり得る。いくらこの場にいるのが自分ひとりだとはいえ、それだけは避けなくてはならないことだった。

 そこで零は、自分の視界に飛び込んできた事実に驚愕した。

 自分と白を結んだ直線上に、誰かが倒れている。

 白髪の少女。もっとも一緒にいる時間が長いその人物を、零が見間違えるはずはない。

 天戸明だった。


(な……んで)


 そこで異変に気付いた。明の周りが、やたらと白く輝いている。その光の渦は何重にも重なり、巨大な波となって学校の敷地内に流れ込んでいっていた。

 変化はそれだけに留まらない。

 瑠璃と巨大蟻との戦いで抉れた地面、折れて焼けた草木。全てが、まるで呼吸する生き物のように脈動し、奮え、もとの姿形を取り戻すべく動き出した。

 大量の穴は大量の砂で埋められて戦いの痕跡を消し、凄惨な姿になった植物はまるで早送り映像で見ているかのように、芽から数秒で大樹まで成長した。

 これは何なのか。この夢のような、奇跡としか表しようのない現象は、一体どうなっているのか。

 感じる息吹。これは生命の息吹だ。何度滅ぼされようと、何度壊されようと、生を諦めない生命の美しさだ。


 ―――命は尊い。


 花は散っても尚、再び咲こうとするから美しい。ヒトは何度傷ついても挫けても、這い上がろうとするから美しい。

 その真っ白な光の中で、白は痛みと苦しみでのた打ち回っていた。

 双眸が怒りに染まる。

 人間に復讐を。

 我を汚し嘲笑う人間に然るべき制裁を。

 かつて白も、普通の生活を愛し、ずっと続くことを望んだ時期があった。記憶は曖昧だが確かにあった。そして叶わなかったのだ。

 何故その新たな願いすら奪おうとするのか。何年も何年も考え、やっとのことで導き出した答えであるというのに。またもや自分の願いは叶わないのか。

 怒りの矛先は、まばゆい光を発し続ける少女に向けられる。

 まだ自分の命が焼き尽くされるまでに時間はある。ならばせめてその前にこの少女を……

 憎キ人ノ聖女を……

 白は駆け出す。光の奔流を押し返すほどの殺気をその身に宿しながら。


 一方零は、白の殺気が明に向いたことを、敏感に感じ取っていた。

 体の崩壊が止まらない。だが、そんなことは零にとってはどうでもいいことだった。

 生まれたときから、天戸零という人物は、自分という存在にまるで価値を見出していなかった。ただいるだけの存在。ただ奪うだけの存在。そんな存在に、一体どれほどの価値があろうか。

 だが零は、初めて会った時から天戸明の存在価値の大きさを認めていた。

 彼女は違う。俺とは違う。天戸明はこの世に存在すべき人間だ。そう思っていた。

 だから……

 明のために身を犠牲にすることを、零が躊躇うはずもない。

 立ち上がる。

 動かない体を叩き起こす。

 力が入らない足を、魔力で強化して無理やり動かす。どこかの筋がブチブチ切れていく音がした。

 それでも気にならない。

 濁音がごちゃごちゃに混じり合った、およそ咳とは言えない咳が口から漏れ出た。胸の奥から何か熱い塊がせり上がってきたため、それを口から外に吐き出した。真っ赤な色をしていた。

 それでも気にならない。

 呼吸を整えるため、息を大きく吐くと、プツンと鼓膜が破れて耳から血が流れ落ちた。指先に力を入れると、何の冗談か、爪がボロリと剥がれ落ちた。

 それでも気にならない。

 今、天戸零の視界に入るものは、天戸明とそれに襲い掛かる異形の化け物のみ。

 頭は驚くほど冷えていた。いや、熱くなれるだけの熱量が体から流れ出てしまっただけか。どちにしろ、今の零にはありがたいことだった。

 遠くに白を見据える。

 今から走って行ったところで、どんなに速くとも間に合わないだろう。根性論が通用するほど世界は甘くない。考えるべきは目的に応じた手段。

 届かないならば届く一撃を。

 間に合わないならば間に合う一撃を。

 零が半ば無意識に用いた氷魔法で、生成したのは片刃の剣―――刀だった。

 馴染んだ重さ。手がすっぽりと収まる感覚を味わいながら、零の感覚は急速に研ぎ澄まされていった。

 空間を感覚で捉える。目に見えないもの、音で捉えられないもの、全ての世界を「感覚」という一点のみで捉える。

 魔力が凝縮された。

 天戸零の魔力は「意志を伝達する魔力」だと誰かが言った。だから、零が炎魔法を使おうとすればその意志は叶う。闇魔法を使おうとすれば同じく叶う。身体強化に使おうとすれば当然叶う。零がどんな魔法でも使えるのは、その生まれ持っての性質によるものだ。治癒魔法だけが使えなかったのは、使う意志がなかったからだろう。

 きっと諦めてしまったのだ。自分などが使えるわけがない、使うに値しない、と。

 今、零が持つ刀に凝縮されているのは、理魔法でも闇魔法でも光魔法でも、ましてや治癒魔法でもない、完全に純正の「天戸零の魔力」。「意志を伝達する魔力」と称された、天戸零オリジナルの魔力。

 自分と相手を隔てるものが空間ならば、その空間ごと断つ。

 距離が隔てるのならば、その距離ごと断つ。

 それらが不可能ならば、その不可能という概念すら断つ。

 この一撃に全てを。

 強靭な意志。強固な信念。それらを刀に乗せ、天戸零は刀を振り下ろした。



 まさに今、天戸明の首に手が届いた瞬間、零の一太刀は空間と距離を越えて、白の体を両断した。


「ぐ、カカ……あ、ああ」


 明の首から手が滑り落ちる。その場に崩れ落ちた白は、尚も光度を強める光に焼かれ、脱力して倒れ込んだ。

 力の抜けた瞳が訴えかける。

 なぜだ。なぜ俺の願いは叶わない。俺たちの命は尊くないとでもいうのか。俺たちは生きてはいけない存在だとでもいうのか。


「当たり前だろ、生きちゃいけない存在だよ」


 答える声があった。


「白、お前はもう、とっくの昔に死んでるんだ。今のお前は生きてない。心臓が動いてるだけの亡霊だ。恨みは深いだろう。憎悪も止まらないだろう。でももう死んでるんだ。いい加減楽になれ…… 死んだあとまで憎しみを引きずることもないだろ。お前の憎しみは俺が背負ってやるから……」


 そうか。もう死んでたんだな……

 馬鹿みたいだと思った。道理で生きる理由が見つからないわけだ。もう死んでるなら、生きる理由なんか見つからないのも当然だ。

 まばゆい光が、祝福するように白を包む。あれほどの苦痛を与えた光だったが、今は不思議と苦しみはなかった。痛みもなかった。驚くほど満ち足りた気分だ。

 俺は俺が存在すべき場所に還ろう。世の理に則り、死人は死人らしく世を去ろう。それが、俺にとっても世界にとってもいいことだろう。


「すまないな、素羅。俺は俺の場所を見つけちまった。一緒に探そうって約束だったんだがなぁ…… こんな俺を許してくれや」


 白の体が、粉のように崩れていく。異形の姿は元の人の姿に戻り、最終的に黒髪の青年、おそらく実験体(モルモット)にされる以前の白の姿になった。


 ―――じゃあな零号、いや兄弟(ブラザー)。会えて嬉しかったぜ。


 それは、初めて見る白の笑顔だった。

 消えていった白がいた場所には、白い羽根だけが残った。


これが第三章のほぼラストになります。

今後の予定としては、このあとにエピローグ……まぁ主人公のその後ですね。そして番外編をいくつか挟んで、第四章へ突入するつもりです。

感想お待ちしております~

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