表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第三章 歯車とパズルのピース
58/90

55話 狩る者と狩られる者 前編

本日は二話投稿してます。

54話を読んでいない方はそちらから読んで下さい~

 ――六年前、大陸中央(セントラル)


 日の光が届かない冷たい牢の中で、数週間、あるいは数か月を過ごした。

 目の前に立ち塞がるのは、脱出を拒む重々しい鉄格子。その向こう側には長い通路が続いており、脇に掛けてあるランプが赤く灯っている。

 壁は石積みの骨格の上から、さらにコンクリートで厚く固められており、軽く叩いてみると、ペチンと弱々しい音が響いた。

 備え付けられているのは、プライバシーなど微塵も考慮に入れられていない簡易のトイレと、布団代わりの薄い布きれ一枚のみ。くるまってみても寒さは凌げなかったが、すでに自分の体は睡眠をほとんど必要としない体になっていたため、不自由はしなかった。

 一日の時刻を知らせるのは、一日に二度運ばれてくる食事と、小さな四角い窓からから差し込む僅かな外の色だけ。石とコンクリートと鉄格子で囲まれた世界の中で、だが男はそんな世界に、不思議と心を落ち着けていた。

 流れゆく静寂に身を傾ける。

 静かだ、どうしようもなく。

 ここには、あの白い服を着た男たちの笑い声がない。目の奥に染み込む赤も、永遠のように思える誰かの悲鳴も何もない。ただゆっくりと時が流れている。まるで時が止まってしまったかのように。

 昼間は明るく、夜は暗い。

 晴れの日は鳥の鳴き声を聞き、雨の日には水の匂いを嗅ぎ、雪の日は極寒の静寂を肌で感じる。

 自然を感じられる喜びに涙がこぼれる。 ―――ああ、世界は美しい。

 毎日チューブに繋がれ、わけもわからない薬を打たれ、身を焼く痛みに悶える日々に比べたら、牢での生活の何と素晴らしいことか。


 ある日、鉄格子の扉が開き、目隠しと手錠をされた。


「Really!? Are you quite sure?(本当か!? 間違いないんだろうな?)」

「……Yeah. It is certain that he was summoned.(ああ、呼び出されたのはコイツで間違いない)」

「……OK. Well,let's take him out.(分かった。取りあえず連れて行くぞ)」


 何度か耳にしたことがある言葉―――それは共通言語(セントラル・ランゲージ)だった。

 もう(ここ)での生活も終わりなのだろうか。静かで心安らぐ暮らしだった。最期にこんな暮らしができただけでも、満足だったかも知れない。自分がこの後、用済みとして殺されることになろうとも、心安らかに死んでいくことができるかもしれない。

 男は二人の会話を何となく聞きながら、静かな牢をあとにした。


 久しぶりの光は、目隠しをされても眩しかった。二人の男に手を引かれ、長いこと歩き続けると、突然床の感触が変わった。どこかの建物の中に入ったようだ。

 張り詰めたような、厳かな空気の匂いがした。存在するだけで窮屈になるような空間だ。足音の響き具合から、天井もかなり高い位置にあることが予測できた。

 そのまま、連れられて長い階段を上がる。

 さらに長い廊下を歩き、しばらくしたところで、目隠しを外された。

 いきなりだったため、視界はぼやけていた。光が眩しい。何度も瞬きをして、徐々に目を慣れさせていく。


「いきなりで悪かったな。お前が(ハク)で間違いないだろうか?」


 よく通る、凛々しい澄んだ声だった。

 聞きなれた言語だ。共通言語ではない、紛れもない東国語。そしてそれを発した人物は、部屋の奥の壁に寄りかかっていた。


「ふうん、噂を聞いた限りでは、もっとこう……不良みたいな人物を想定してたんだが、案外素直そうじゃないか?」

「わっかんねえぞぉ? 第一印象なんてモンは総じてあてにならねえからなぁ。まあ、そんなことはどーでもいい。さっさと用を済ませるぞ」

「分かった。ではそうしよう」

「ったく、さっさと終わらせろよ? 俺ぁ帰って寝たいんだよ」


 方や清廉潔白を思わせる容姿端麗な人物。方や佞悪醜穢を絵に描いたような気怠そうな人物。その二人が、そばまで歩いてきた。


「お初にお目にかかる。名乗るほどの者ではないが、俺は月下衛という名だ。こっちは華嶋依人。突然だが今日は重要な話をするために伺った」

 それが、(ハク)と月下衛の初めての出会いだった。


◆◇◆◇◆◇◆


 空気がピリピリと痛い。

 吸い込む空気が、ひどく冷たく感じる。

 暗闇の向こうに渡風鴉(レイヴン)の姿を捉えながら、零は五感を研ぎ澄まし、空間を感覚という名の無数の「眼」で捉えた。


「クゥアアァアァア!」


 目を閉じても感じる圧倒的な存在感を放つそれ(・・)は、大きく翼を広げて零を威嚇した。突風が吹き荒れ、一帯を自分の戦場へと塗り替えていく。

 零は思考を巡らせる。果たしてこの高密度な大気の中で、どのくらい体の自由が利くのか、と。

 人間は1013hpaの下で暮らし、そして進化してきた。そのため、極端な高圧下での戦闘を経験した人間など数えるくらいしかいないだろう。故に、想像できる人間は少ないかも知れない。

 零は経験があった。過去に一度、【天空神《ウラヌス》】と戦った時だ。

 とにかく体が重いのだ。数メートル走るだけで、体力がごっそり削られるほどに。そして「気圧を操る」ということが、どれほど厄介なものかも知っていた。


 渡風鴉が飛び上がる。一回、二回と羽を動かし、巨体が宙に浮かんでいく。

 これは狩りだ。狩る者と狩られる者。追う者と追われる者。その絶対的な力関係を、いかにして自分のものにするか。それが勝敗を決める。

 鋭利な(くちばし)を向け、渡風鴉は滑空飛行しながら加速してきた。位置のエネルギーを速度のエネルギーへ。大気のエネルギーは加速力へ。

 最大速度まで加速した渡風鴉は、さらに翼を折り畳むと、空気抵抗を限界まで減らし、さらなる加速を図った。

 零は全体重を左に投げ出す。重い大気の圧力を掻き分け、それでも足を動かす。腿から膝へ。膝から足首へ。最後は残しておいた筋肉のバネを最大限に活用し、嘴の射程外へと体を移動させる。

 背中をスレスレで通り抜けた巨大な気配は、再び翼を広げて上空へ飛び立ったようだった。大砲の弾が通過したかのような風圧が、ワンテンポ遅れて零を襲う。

 目が乾く。喉もカラカラだ。気圧の上がり下がりが激しいためか呼吸も苦しい。

 だが、そんなことは二の次だった。

 目を凝らす。頭の中で物理方程式を組み立てる。渡風鴉の現座標から、次の攻撃の速度情報を数値という形で概算で弾きだす。

 ……さっきより速いな。

 その高速の突進を避けるためには、如何にすべきか。

 考えて、そして諦めた。不可能だ。避け切る手段はない。

 そう判断した瞬間、零の体は、こちらに向かって突進してくる渡風鴉に向かって走り出していた。

 自殺行為。普通の人間ならそう捉えるだろう。あまりにも無謀な行為だ。だが、そのあまりにも予想外の行動ゆえ、渡風鴉には一瞬動揺が生じた。意図が見えない行動ほど恐ろしいものはない。それを知るが故の判断の迷い。

 その迷いを、零は見逃さない。

 一瞬の判断の遅れ。その隙を突き、零は跳躍して渡風鴉の嘴に乗り移った。

 呼吸を調節し、肺が破れないよう気を配りながら、零は魔力を練り上げる。

 対し、渡風鴉は自分の頭上に敵が乗り移ったことを素早く理解すると、即座に翼を広げ、再度大きくはばたいた。


≪理魔法:風:鎌鼬「(まとい)」≫


 全身を鎧のように風の刃が纏う。その刃に巻き込まれる前に、零は何の躊躇いもなく空中へと身を投じた。

 落ちながら、魔方陣を組み立てる。


 ――術式展開。


≪理魔法:雷:電網糸舞≫


 電流を帯びた糸状の魔力が、零の指先から何本も発生する。それらは渡風鴉の羽にぐるりと巻き付き、零は宙擦りの状態になった。

 なんとかして、この飛行能力を封じないことには、突破口は見出せそうにない。零は指を動かし、まるで巨大なあやとりをするかのように電流の糸を操り、羽の動きを封じようとした。だが、渡風鴉が纏うは無数の風の刃。零が創り出した電流の糸など容易く切り刻む。

 これは、渡風鴉という魔獣が持つ、一種の特性のようなものだ。

 もともと、渡風鴉はその身を護るために、高密度な大気を纏って生活している。ゆえに周囲は大気が乱れやすくなり、それは自身の狩りを有利にもする。ここで、大きくはばたくと、その高密度な大気が周囲に「漏れ出る」という現象が起こる。漏れ出た大気はさまざまな形に変わるが、これが鋭利になったものが、俗に言う風魔法の鎌鼬(カマイタチ)である。

 つまり、人類が用いる風魔法とは、この魔獣を研究して生み出されたものなのだ。言うなれば、渡風鴉の放つ風魔法は副産物。意図せず勝手に発動してしまう攻防一体の陣。

 零は空中から危なげなく着地し、振り出しに戻ってしまった現状を、冷静に分析した。


 戦況は限りなく不利に近い。

 基本的に、空中を移動する敵に対する対処法は、大きく分けて二つある。

 一つ目は、自身もまた素早い移動手段――風魔法による空中浮遊や召喚魔法による素早い魔獣の召喚などを用いること。

 二つ目は、大規模な術式を構築し、敵が回避不可能なほど射程範囲を延ばすこと。

 だが今の零に、空中浮遊が可能なほどの魔力はなく、また闇魔法に囚われたこの空間――無限の隔絶世界(アビス)の中において、外界から霊体(サーヴァント)として呼び出す召喚魔法は、そもそも使うことができない。

 では二つ目の方法が適切かと問われれば、そうとも言えなかった。

 大規模な術式を構築するとして、渡風鴉ほどの機動力を補足する射程範囲と、鎌鼬の護りを貫通するほどの威力を同時に満たす術式となれば、そうそう展開できる代物ではない。範囲を広げれば広げるほど、それに反比例して威力は落ちるのだ。

 結論として、目の前の敵――渡風鴉を倒す手段を、今の零は持ち合わせていなかった。


 ――だから何だというのか。


 目の前の巨体を見上げる。

 手段がないのはあくまで現実だ。現実は直視する他はない。変えようもない事実だからだ。

 だが、それと勝敗は別物である。

 直接ぶつかって勝てないのならば、直接ぶつからなければいい。渡風鴉の行動範囲が膨大ならば、その範囲を絞ればいい。攻撃が当たらないのならば、避けられない状況を作り出せばいい。

 発想は単純。

 考えるべきは目的に応じた手段。


 ……待ってろ。引きずり落としてやる。


 勝ち誇ったように飛び回る渡風鴉が、ピタリと動きを止めた。

 最強と名高い天戸零(オールマイティ)を、今のところ圧倒している魔獣。その目には、天戸零という存在がどのように映っただろうか。ただの狩り場の、逃げ惑う獲物に見えただろうか。

 否。

 その時の零は、間違いなく「狩る者の眼」をしていた。


次回は後編です。

二話連続とかホント久しぶりですわー

感想お待ちしております~

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ