54話 それは遠き日々のこと
予定を変更して、一旦幕間のようなものを挟みます。
現状を整理した後で、零と白の戦いを投稿します。
おそらくは今日中には投稿できるのではないかと……
誤字脱字がありましたら教えて下さい。
闇の中から、全てを見ていた人物がいた。
黒髪の、美しい三つ子だ。
色白で異様なほど整ったその顔立ちは、一瞬見たただけでは性別がはっきりしない。怖気がするほど気味が悪い美しさは、どこかの彫刻家が一生かけても作り上げることが叶わなかった、未完成の芸術品のような造形美を放っていた。
「あーあ、依人も京も負けちゃったね」
「そうだね。負けちゃったね」
「二人はどうしようか? 放っておくと、お母さんに怒られちゃうかもよ?」
三つ子は、全く同じタイミングでその可愛らしい手を顎に当て、うーん、と唸りながら、考えるような仕草をした。ごく普通の、年頃の彼らに見合った愛らしい仕草だ。だが、あまりにも完璧すぎた故、逆に人工的で芝居がかっているようにも見えた。
「取りあえず京は回収してくる?」
「でも、ぼく達は結界に集中しなきゃだし」
「うーん、零号と白の戦いも見たいし……」
その時、三人の内の一人が、何かに閃いたかのように顔を上げた。
「そうだ、素羅に頼もうか!」
「……そうだそうだ、そうしよう!」
「そうすれば一件落着だね!」
三つ子は嗤う。クスクスと、無邪気な声で。
その横には、意識を失った白い髪の少女―――天戸明が、眠るように横たわっていた。
◆◇◆◇◆◇◆
大量の蟻たちは、一匹残らずその場から消え去っていた。悪い夢だったのかと思えるほどに。だが、地面に残る無数の穴と、奇妙に抉れた木々が、夢ではなかったことを表していた。
瑠璃は、傷だらけの体を引きずって歩く。出血は相当なものだったが、骨はどこも折れておらず、奇跡的に五体満足の状態だった。あと一秒、術式の展開が遅かったならば、腕も足も千切られていただろう。それを考えるとゾッとするところもあり、つい先ほどまで、あんなにも冷静でいられたことが嘘のような気もした。
瑠璃に、戦う力はもう残っていない。この大陸に住む人間の中で、瑠璃のみが成し得る魔法―――虹魔法を展開した時点で、瑠璃の魔力は尽きてしまった。これでもまだ、あの女王巨蟻が倒れないようであれば、その時は己の死を覚悟していた。
だが、そんな心配も杞憂に終わったようだった。
広い校庭の中、横たわっている女性。それは京だ。おぞましい蟻の姿ではない、普通の人間の姿である。
瑠璃はしゃがみこんで、京の息を確かめた。微かにではあるが呼吸がある。死んでいるわけではないと分かり、ホッと息をついた瞬間、瑠璃の視界がグラリと傾いた。
「うっ……」
倒れそうになるところを、ギリギリの所で踏みとどまる。自分で思っているよりも消耗していることを悟り、瑠璃はここで倒れた場合のことを想像した。
……まずい、よね。
学校関係者には、「国から魔獣駆逐のプロが来る」という話で、校内に避難して貰っている。そんな中で、校庭で倒れている所が見つかれば、自分の立場がバレてしまう危険性があった。それは避けなくてはいけないことだ。それに瑠璃の怪我は、大したことないとはいえ、出血はひどい。何時間もこのまま放置すれば危険であることは間違いなかった。
だが安心したためか、視界が急速に色を失っていく。体は重く、抗いようのない睡魔に侵されていく。
その時、誰かが視界の端に見えたような気がした。
「お疲れさん、ルリリン」
突然抱きとめられる。白衣を着た、流れるような金髪の女性。
「マリア……さん?」
「よく頑張ってくれたね。さっき外で凄い光がしたからさ。まさかアレを展開させたのと思ってね。案の定だったみたいだけど」
「……すみません」
悪戯が見つかった子供のように、誤魔化すように笑う。
「もう大丈夫だから。今はゆっくり休みな。後始末はボクがやっておくからさ」
「……はい。お願い……しま……」
言い終わらない内に、瑠璃は眠りについた。体に相当な負荷をかけたことは明らかだ。魔力が完全に尽きている。
マリアは瑠璃の小さい体を静かに寝かせると、魔力を練った。
≪治癒魔法≫
青白い、不思議な色の光がマリアの手に宿り、瑠璃を包んでいく。一時的に代謝を促進させて、傷を塞ぐ魔法だ。根本的な解決にはならないが、応急処置くらいにはなる。
「さて、さっきからこっちの様子を窺ってる奴。バレバレだから出てきなよ」
随分前から、影に隠れて気配を消している存在については気づいていた。
マリアの声に、その気配は一瞬たじろいだような様子を見せた。だが、これ以上は無駄と判断したためか、ゆっくりとマリアの前に姿を現した。
一瞬の間があった。
交錯したのは視線。それと過去。絡めた手の温もり。交えた小指の感触。
「…………ソラ?」
「お久しぶりです、マリア姉さん」
マリアの目の前に現れたのは、2丁拳銃を携え、髪をショートに切り揃えた人物―――素羅だった。
いくつもの情景が浮かんでは消えていく。
ある時は吐く息も凍る真っ白な雪の日。極寒という名の雪の牢獄で、互いに身を寄せて眠りについたこと。裸足で雪の上を歩きながら、僅かな金銭を求めて二人で彷徨い歩いたこと。
またある時は灼熱の太陽が照りつける真夏の日。食料の代わりにネズミを。生きるために泥水を啜ったこと。三日ぶりの食料に、涙を流してかぶり付いたこと。
〝将来の夢? そうだなぁ…… 家に住むことかな。おいしいご飯とあったかいお風呂、それと安心して寝られるベッドとか〟
〝あはは、ソラは夢がないね。もっと大きな夢はないの?〟
〝例えばどんな?〟
〝え? うーん、大金持ち、とか〟
〝大金持ち…… ペットボトル何本拾えばなれるかな?〟
〝分かんない…… けどいつか〟
〝うん、いつか、ね!〟
会話は寂しさと苦痛を紛らわすための手段。過剰なスキンシップは自分が存在することの証明。笑顔は挫けないための気付け。繋いだ手と手は自分が一人でないことの確認のため。
「……生きてたんだね、ソラ」
「私もビックリしてますよ。まさかこんな形で再会することになるとは思いませんでした」
「ゼロちゃんが言ってた『凄腕のスナイパー』って、ソラだったんだ。確かにソラは昔から凄く目が良かったからね」
「じゃあ、マリア姉さんが《組織》の【知の権化《ミネルウァ》】だったんですね。言われてみれば納得できることですが」
そこで、二人の会話は途切れた。
あんなに近い位置にいたのに、いつの間にか二人の距離は遠く離れてしまった。そして、それはもう縮むことはない。
ポッカリと空いた溝を象徴するかのように、二人の間を冷たい風が通り抜けた。
やがてソラは―――
銃口を、かつて「姉」と慕った人物に向けた。
「……ボクと闘るの?」
「いえ、そのつもりはありません。こちらの要求は至極単純。そちらに倒れている女性―――京を引き渡して下さい。特に、ミネルウァに調べられると厄介なんですよ」
口調はもうソラではなく、素羅のものになり、かつての面影も完全に消え去ってしまった。滲み出る殺気に容赦はなく、要求を吞まないならば、本気で引き金を引くであろうことが見て取れた。
マリアは、自分の手の中で眠る瑠璃をチラリと見る。
今の状態では瑠璃を庇って銃弾を避け、さらに倒れている京も同時に回収することなど、明らかに不可能だ。現状を考慮するならば、おとなしく引き下がるほかはない。
表情を悟られないように頷き、背を向ける。
同意したと受け取ったのか、素羅は素早く京を抱き上げると、マリアと逆方向へ走り出した。
「……感謝します、姉さん」
その言葉を残し、素羅は闇へ消えていった。
「はぁ、きっついな」
マリアは一人、誰も聞いてない独り言をこぼした。
しばらくは無理矢理でも笑顔を作れそうになかった。
◆◇◆◇◆◇◆
「あら、おかえりなさい。遅かったですね~」
「ああ、ちと色々あってな」
「あの子たちは?」
「向こうで休ませてる。気持ちの整理がつくまで話しかけないでやってくれないか。事情は俺が話そう」
「ええ、お義父さんがそう言うのでしたら」
避難場所へ帰還した重夫たちは、何も話さないまま別々にわかれた。左足を切り落とした依人は、止血をして連れてきた。聞きたいことは山ほどあったからだ。受けた衝撃は大きい。
―――月下衛が生きている。
その事実は、とても喜ばしいことだ。だが素直に喜べなかった。
疑問が多すぎる。見えない真相は疑心を生み出し、想像はマイナスの方向へ傾く。最終的には、家族を疑っているという事実に気づき、罪悪感に蝕まれる。
「そうそう、この学校の関係者と文化祭のお客さんの中で、死んだ人は一人もいないそうですよ~」
突然の話題の変換。重夫は肩透かしを食らったような気分で鏡花を見た。いつものように笑っている。そう、いつものように。
気づいた。これは鏡花の配慮である、と。
彼女は重夫が考えをまとめる時間をつくるため、わざと他の話題に切り替えてくれたのだ。
重夫自身、依人の話については気持ちの整理ができていなかった。いや、できてるつもりではいた。だが鏡花を前にして、何を話すべきなのか分からなくなってしまっていた。
当然である。死んだと思っていた実の息子が生きていたのだ。動揺しないわけがない。そんなことにすら気づかないでいた自分は、やはり少しおかしかったのだろう。
「……そうか。それは良かった」
素直に、鏡花の配慮に甘えることにする。やはり自分にも、もう少し時間が必要だ。それに、現状についても知っておきたい。重夫は笑顔の鏡花に、内心で頭を下げた。
「零はまだ戻ってきてないのか」
「そうですね。あれから結構時間が経ちますけど……」
「いや心配はしてない。あいつのことだ。ちゃんと戻ってくるさ。それに神無月の嬢ちゃんもいる」
二人が外へ向かったことは知っていた。
「ただ……」
「ん? どうかしたのか」
「いえ、1-Aの生徒なんですが」
「……零のクラスだよな」
「ええ、その中に明ちゃんがいなかったんです」
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