表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第三章 歯車とパズルのピース
56/90

53話 過去に囚われた者 後編

時間に余裕もできたので、久々に最新話を書きました。

前回は前編だったので、今回は後編を……

誤字脱字等ありましたら教えてください~

 数えきれないほど沢山の人々が、やっとの思いで作り上げるもの。

 風が吹けば崩れるような、重心が少しでもずれれば、たちまちにして崩れ去ってしまうような、脆く儚きもの。

 「幸福」とはそういうものだと知ったのは、いったいいつ頃だっただろうか。

 しかし、大部分の人間が、そんなことに気付かずに日々を送っている。

 何故か。

 気にしなくても、世界は回るから。

 知らず知らずの内に、誰かは自分を支え、また自分自身も、知らず知らずの内に誰かを支えている。脆い「幸福」を護るために。


 だが、どんなに頑張っても、それ(・・)が不安定であることに変わりはない。

 第三者の介入で、人間の「幸福」はいとも容易く崩れ去る。

 そして、失って初めて気付くのだ。

 ―――ああ、自分はとても多くの人に支えられていたんだ、と。


 神無月瑠璃と(キョウ)は、その境遇がとてもよく似ていた。

 幸せな家庭に育ち、何一つ不自由なく過ごしていたものの、ある日突然他人によって奪われ、人生を狂わされる。

 もう戻れない過去に思いを馳せ、自分の境遇を呪い、幸福に生きる人間に嫉妬する。それはとても「人間らしい」反応であり、一歩間違えれば、瑠璃とて同じ道を歩まなかったとは言えない。

 だからこそ、瑠璃は言い切ることができた。


彼女(キョウ)は間違っている〟


 確かに彼女は不幸だったかもしれない。

 自分にとって全く関係ない人物に、幸せな家庭を奪われ、望みもしない力を植え付けられ、人生を狂わされたのだ。

 だが、彼女はもっと自分を信じるべきだった。

 one who believes will be saved (信じるものは救われる)

 幸せとは、自然に作られるものではない。悩み、苦しみ、それらを積み重ねて、その末にようやく掴みとるものだ。それを保つため、人は日々を生きている。

 京は、自分の力で幸せを掴みとれると、もっと自身の力を信じるべきだった。


 過去は何も生み出さない。囚われた思考は、虚構の城へと辿りつく。

 「何がいけなかったか」ではなく、「これから何をすべきか」。

 憎しみに囚われて思考を放棄することは、ただ「逃げた」だけに過ぎない。


〝生まれながら力を持ち、何の不自由なく暮らしてきたオマエに、あたし達の何が分かるぅぅぅううううぅうう!〟


「分かるよ。本当に、痛いほど分かる」


 すでに人の姿の面影もない女王巨蟻へ、静かに語りかける。怒りで赤く燃えるその目は、もう人としての理性はなく、完全な魔獣へと成り下がってしまったことを表していた。

 そんな姿になってまで、手に入れたかったものは何だったのか。

 言うまでもない。

 どうしようもなく苦しくて、どうしようもなく憎くて、でも何を責めたらいいのか分からなくて。

 結局、自分を傷つけるしかなかったのだ。

 自分が最も嫌う魔獣の姿。その姿になったことは、一種の自傷行為なのだ。


「辛いよね。苦しいよね。でもね、やっぱりそれは間違ってるから」


 ……ごめん。

 心の中で謝罪する。


「私は、あなたを壊す」


 (キョウ)の重い雄叫びが、大気を揺さぶった。その声に連動するかのように、無規則な蟻たちの動きに秩序が生じる。

 より明確な意志を持った無数の赤い瞳が、瑠璃を捉えた。

 ざっと数を確認する。

 数千……数万……

 いや、もっといるかもしれない。まともにやり合ったら、キリがないことは明らかだった。

 これまでの戦闘から、蟻たちの行動パターンには、ある程度の予測はつく。

 百匹の蟻の一団を殲滅させても、新たに二百匹の一団が現れる。死んだ蟻は、数を増やすための苗床に用いられ、一切の無駄もなく、蟻たちは数を減らす気配を見せない。

 ならばどうするか。

 母体である女王巨蟻(クイーン・アント)を直接破壊するしかない。

 瑠璃は、目の前に悠々と佇む巨体を見上げた。

 京が姿を変えた緑色の女王巨蟻は、一般的なそれとは一線を隔していた。

 まずは大きさ。ちょうど巨大蟻の十倍ほどだろうか。大きな芋虫に近いその姿は、もともとが瑠璃と同じ人の姿をしていたとは到底思えないものだった。

 身動ぎする度に、ずるずるっと奇怪な音が耳の内を這いずり回る。その周囲は、黒蟻が何匹も空中を飛び回り、自分の主を守らんとしている。

 大きさだけならば、過去に相対した幾多の魔獣の中でも一二を争うほどだ。加えて、今の瑠璃は制御装置下(リミットステータス)ゆえに、本来の威力、魔力スタミナを発揮できない。戦況は瑠璃にとって、決して有利とは言えなかった。

 唯一救いがあるとすれば、女王蟻(クイーン・アント)は大陸においてAランク指定されているとはいえ、その一個体の能力としてはそれほど脅威ではないということか。

 この魔獣の恐ろしい点は、その統率力と耐久性だ。

 基本的に女王蟻は、自身は動かず、(しもべ)たる黒蟻や白蟻を操って戦う。その繁殖力から、小国ひとつを半壊させるほどの力も持ってはいるが、殲滅戦に特化した瑠璃にとって、勝機がない相手ではなかった。


 再び、甲高い吠え声が鼓膜を震わせる。黒蟻の大群が、半透明な翅を広げ、耳障りな音を周囲に満ちさせる。

 ……来るか。

 同時に、瑠璃も動いた。

 ―――術式展開。


≪理魔法:火:大炎舞(ファイア・ダンス)


 オレンジ色の火輪が、瑠璃を囲むように現れ、そのまま広がりながら高速で回転し始めた。

 狙うは母体。兵隊蟻の包囲網を突破し、魔力が尽きるその前に、その堅い甲羅ごと打ち抜く。

 瑠璃は魔力を循環させて脚力を強化すると、蟻の大群で護られた京の下へ、迷わずに駆け出した。

 阻む白蟻を氷魔法で除外し、突進してくる黒蟻は、大炎舞(ファイア・ダンス)の火輪が寄せ付けない。さらに足の魔力密度を上げると、悠々と佇む女王蟻に向けて、思い切り跳躍した。

 ―――術式同時展開。


≪理魔法:雷:共鳴雷波「絶」≫


 細長く凝縮された電流の束が、空気を媒介として音速で広がり、空中で爆ぜて大地を揺るがした。

 カッ!

 一つ、また一つと体の大部分を失った巨大蟻が落下し、その度に舞い上がる土煙が、瑠璃の視界をふさいだ。

 今度は魔力を耳に集中させる。

 目ではなく耳で。

 些細な音すら逃さないほどに鋭敏化された聴覚は、女王巨蟻の移動音を捉え、位置を正確に把握した。

 ―――повышение

 浮かび上がるのは《強化》の文字列。

 魔方陣の仕組みと意味を完全に理解し、且つ応用できる神無月瑠璃(イリス)だからこその魔法強化術。

 そのまま、雷の束が、女王巨蟻へ向かって一直線に奔った。すぐさま、我が主の危険を察知した他の蟻が盾になろうと間に入るも、限界まで圧縮された瑠璃の術式は、まるで意に介した様子もなく貫通する。

 歪な音と共に、うしろの女王蟻を貫いた。


「ギィィィィィイイイイィィイ!!!!」


 ボトリと、粘着性のある液体が傷口から流れ、女王蟻の苦悩の悲鳴が響き渡る。

 自分の体を傷つけた小さな生き物に対する怒りで、その巨体は大きくのた打ち回った。

 相手が手ごたえ通りの反応を示したことの確認を終え、安全を確かめてから瑠璃は空中から地面に着地する。


「うっ!!」


 突然鋭い痛みを足に感じ、瑠璃は咄嗟に視線を下に動かした。

 痛みを感じた個所から、真っ赤な血液が流れ落ちる。だが、蟻の姿はどこにも見えない。だが、今度は腕から痛みを感じ、明らかにおかしいと感じた瑠璃は、魔力を目に集めて視力を強化した。


(…………これは)


 重さはまるでない。違和感もまるで感じない。だが、透明で小さな蟻が、すでに何十匹も瑠璃の肌に貼りついていた。

 迷彩蟻(ステルス・アント)。その発見されにくさから、《暗部》に所属する密偵などが、情報収集する際に好んで召喚する魔獣だ。傷を抑えながら、瑠璃は自身の認識の甘さを悔やんだ。最初からこの蟻を使わなかったのは、タイミングを見計らっていたからだろう。

 瑠璃の失敗は、巨大な黒蟻と白蟻の存在にしか注意を払ってなかったことだ。女王巨蟻(クイーン・アント)は、すべての(・・・・)蟻の支配者なのだ。


「あっ、ぐ……!」


 至る部分から血が噴き出す。その血の匂いが、さらに蟻を呼び寄せる。

 ……持久戦は不利かな。

 それならば、とる手段はひとつだけだ。

 直後、瑠璃は自分を護るすべての術式を解いた。今の瑠璃にとって、これから展開させる術式は荷が重すぎる。故に、少しでも負担を減らして、成功率を上げるためだ。

 リスクを恐れて、正しさを貫くことはできない。どうしても譲れないものがあるのなら、その身を犠牲にしてでも守り通す。

 無防備な身に蟻の軍団が襲い掛かかろうとも、その意志は揺るがない。瞳の力は、いささかも衰えない。

 その牙、その酸。全てが、目の前の敵を貪るという目的のために、敵意を剥き出しにして迫った。

 瑠璃は、目を瞑り、静かにその場に立ち続ける。迫る脅威に見向きもせず、精神を乱すことせずに。

 集中力を切らせた時。それは死ぬ時なのだ。


 ―――お前はこの先、もう人としての生を歩むことは許されない。それでも《組織(ココ)》に入りたいか?


 あの問いかけに頷いた瞬間、すでに「神無月瑠璃」は人をやめた。立ち止まることは許されない。死の恐怖に怯えることは許されない。そして、負けることも許されない。

 膨大な量の魔力が、密集して瑠璃の周りを軋ませた。

 今までの、火、雷、氷、土、風の、どれにも似て非なる質を持つ魔力。集まった魔力は一点に凝縮され、暴れ狂うエネルギーをさらに圧縮して上から固める。

 既に、蟻たちは瑠璃の下に辿り着き、その小さな体を貪らんとしていた。時が、止まって見えるほどゆっくりと流れる。

 ……この黒蟻の牙が、私の腕を食いちぎるまで、あと何秒だろうか。

 ……この白蟻の酸が、私の身体を溶かすまで、あとどれくらいだろうか。

 それでも瑠璃はただ、術式を構築することに集中していた。

 これは、【虹の女神《イリス》】の称号を冠する神無月瑠璃のオリジナル。

 天戸零(オールマイティ)ですら構築不可能な、(ことわり)の絶対領域。


 その術式は、可視の不可視(・・・・・・)という、矛盾に満ちたものだった……


≪理魔法:虹:太陽剣(ソル・ブレード)


 何重にも重なった色彩は「透明」へ。

 圧縮されたエネルギーは「揺らぎ」へ。


 静かに光を放った後、美しき虹色は、その場に無をもたらした。


長く空いたにも関わらず、待っていて下さった方々に感謝を!

感想お待ちしております~


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ