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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第三章 歯車とパズルのピース
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52話 過去に囚われた者 前編

新年明けてからの一発目がこんなに遅くなるとは……

すみません。お待たせしました。

誤字脱字等ありましたら教えて下さい。

 いつからだっただろうか。毎朝目が覚める度に、呼吸をしている自分の存在を確かめるようになったのは。

 いつからだっただろうか。生きることに対し、罪悪感を感じるようになったのは。


 ベッドから起き上がると目に入る、鏡に映った自分の姿は、ひどく醜い何かの腐敗した塊に見えた。少しでも気を抜くと、内側から何かが肉と皮を突き破って出てきそうな気がした。それが嫌で嫌でたまらず、自分の姿を映すものを全て叩き割った。それでも耐えられない時は、爪で自分の顔を掻き毟った。流れる血も、どぶ水の臭いがするようで嫌だった。


 何が悪かったのか分からない。何を間違えたのか見当もつかない。ただ事実として、両親は二度と帰って来ないという現実が、目の前にはあった。取り残された彼女は、自分を否定するしかなかった。

 自分自身に残されたもの。それは圧倒的な魔法の才。他者の追随を許さぬ、絶対的な理の理解力。


 生まれつき、膨大な魔力量を持っていた。そして生まれつき、魔法陣の意味することが理解できた。魔法陣に描かれたどの模様が何を示しているのかが分かった。

 初めて父親から魔法を教わったとき、そのやり方はひどく回りくどく思えた。魔力を練り、現象を想像(イメージ)し、魔法陣を構築するという一般的な方法。それに疑問を抱いた。

 ……もっと簡単な方法があるのに。

 魔法陣の意味そのものを理解できた彼女にとって、現象を想像(イメージ)するという過程は不必要なものに思えたのだ。

 魔力を練ったら、そのまま発動させたい魔法の魔法陣を構築してしまえばいい。間の過程などいらない。

 そしてそれを実演してみせたとき、周囲の人間は驚愕した。どんなカラクリだと、まったく信じない者もいた。歴史を揺るがす現象。それほどまでに、彼女が行ったことは常識の範疇を越えたものだったのだ。さらに、同じ種類の魔法でも、魔法陣の構成情報を変えるだけで、威力、範囲、持続時間と、自分の思い通りに変化させることができた。誰に習ってないにも関わらずだ。


 だが……

 周りの人間が賞賛していたそれは、両親の死と共に恐怖の対象になった。


 誰かが言った。

 お前の親が死んだのは、その力のせいだと。

 また誰かが言った。

 お前は呪われた存在だと。


 不可解な力は、恐怖の対象にしかならない。


 生きる意味を見失った彼女にとって……

 【組織】の門を叩くことは、最後の足掻きだったのだ。 


◆◇◆◇◆◇◆


 巨大な黒蟻と白蟻が蠢く中、神無月瑠璃はその中心にいる人物と睨み合っていた。

 (キョウ)と名乗った女性。かつて「(ゼロ)プロジェクト」の被検体として「牙」に連れられ、生きる意味を奪われた女性。

 年齢は大して離れていないように見える。よく見れば美人ともいえるかもしれない。ただ、人工的に染め上げられた緑色の髪だけが、京を不気味な存在にしていた。

 零の姿はどこにも見えない。先刻突然現れた闇が、まるごと飲み込んでしまった。その闇の正体に、ある程度の推測はつく。闇魔法だ。

 闇魔法は理魔法とはまるで性質が異なる。純粋な攻撃や守りに使う理魔法と違い、闇魔法は衝撃吸収や意識操作など、極端にトリッキーな性質を持つ。また、魔力を遮断する特性もあり、零が召喚した百手巨人(ヘカトンケイル)が魔力供給を受けられなくなって消滅したことからも、零が闇魔法に囚われていると見て間違いなかった。


「まぁ、あたしのお仕事は、神無月瑠璃(イリス)を零号に近づけさせないことだねぇ。長年連れ添ったアンタがいたら、零号の決意が鈍るかもしれない」


 言い終わると同時に、京は指をパチンと鳴らした。それに合わせ、瑠璃の後ろから大小様々の蟻が飛び出した。

 完全な不意打ち。魔法で防ぐことも、移動して避けることも不可能なスピードと量の隊列を組んだ蟻の群れ。その群れが、瑠璃の背中に襲い掛かった。

 瑠璃は振り返らない。振り返るどころか指一本動かさない。だが、それは一般人のような恐怖ゆえの反応ではなかった。

 変化が起きた。猛突進していた蟻たちは、まさにその鋭い牙を瑠璃に届かせようというところで、突然失速した。蟻たちの足元の砂が、まるで生きているかのようにうねり、絡み付いたのだ。砂はさらに圧力を上げ、ミシミシという歪な音と共に地中へと引きずり込んでいく。瑠璃はそんな蟻たちを視界に入れることなく左手を振ると、直後、上空から無数の氷柱(つらら)が背後一帯に降り注いだ。

 巨大な氷柱は、その一本一本が巨大蟻の堅い甲羅を貫き、屍の山を築いてゆく。

 指を鳴らしただけで巨大蟻に指令を出した京と、それに左手を振るだけで対応した瑠璃。どちらも普通からしたら在り得ないことであり、それ故に異常な戦いだった。


「私を止めるって?」


 瑠璃は左手を広げる。五本の指は、それぞれ異なる五色に輝いていた。火、氷、雷、地、風の全てを操る神無月瑠璃(イリス)にしかできない芸当。同時に、相手への威嚇でもあった。


「ふぅ~ん、力を国に売った犬の割によく吠えるねぇ……」

「国に……売った?」

「そうだろ?」


 京の表情に、侮蔑の笑みを貼り付いた。


「自分の力が怖いから、自分の力をうまく制御する自信がないから。だから国に保護を求めたんだろ? 自分の意志で力を振るわずに済むようにさぁ」


 京の左右の腹が、真っ二つに割れた。そこから、ドロドロと半透明な液体が流れ出たかと思うと、鋭い鍵爪を持った足がゆっくりと生えだした。それに伴い、既存の手足にも変化が生じる。

 魔獣の遺伝子を移植された、人であって人ではないモノ。人間の身でありながら魔獣の臭いを撒き散らす存在。

 その真意を目の当たりにした瑠璃は、京の抱えてきた痛みを少し理解できた気がした。


制御装置(リミッター)を使って限界まで能力を抑え込んでるアンタが、あたしに勝てるかなぁ~?」


 京は身をかがめると、計六本の足で地を蹴った。

 爪を地面に引っ掛けることによって得た加速力と、それによって上乗せされたパワー。これらは瑠璃の予想を大幅に上回り、予め仕込んであった砂の防御結界と氷の壁をいとも容易く砕いた。

 瑠璃は体術に関しては優れているとは言えない。それは、あまりにも魔法の才能が秀でていたため、他の要素が必要なかったからである。しかし、この時ばかりは判断が遅れた。


「はい、ざぁ~んねんでした」


 強固な腕による一撃が、生身の瑠璃に直撃する。瑠璃はまるで弾かれたパチンコ玉のように勢いよく後方へ吹き飛んだ。

 即死レベルの衝撃。例え運良く死んでいなかったとしても、複雑骨折と重度の内臓破損が見込める圧力。とてもではないが戦闘が続行できるとは思えないものだった。ただ、その衝撃を与えた本人である京自身は、手ごたえに不満を感じた。

 あまりにも軽過ぎる。人間の身がこれほど軽いものか。

 京の不満から来る予感は、数十メートル先へ飛ばされた瑠璃がゆっくりと立ち上がったことで、的中したことを明らかにした。

 一体どんなトリックなのか。京の攻撃は予想を上回る要素を多分に含んでいた。予め防御魔法を発動させていたとは考えにくい。


 瑠璃が用いた手段は単純なものだ。京の剛腕が迫る直前で、瑠璃は風魔法で自分の身体を後方へ飛ばしたのだ。つまり、受動的に飛ばされるのではなく、自発的に吹き飛ぶことで衝撃を最小限に抑えることに成功していた。


 一つの通説が、京の頭の中を支配した。

 ―――【組織】ノ者ト戦ウナカレ。彼ラ人ニシテ人ニ非ズ。

 その時、ほんの一瞬だけ、

 本能が逃げろと警告した気がした。


 前触れはなにもなかった。強いて言えば静寂か。

 いきなり、目の前に巨大な魔法陣が現れた。


≪理魔法:地:木々の箱庭(ツリーガーデン)


 足元から、木々が何本も生えていく。一本の大樹は無数の枝を伸ばし、他の大樹の枝と密接に絡まり合う。なおも成長を続け、行き場を失った木々の枝が、京に襲い掛かった。

 地形ごと変える大規模な術式。枝は成長の過程で枝分かれを続け、京の逃げ道を次々と塞いでいく。


「ちぃっ! なら……」


 逃げることに限界を感じたのか。京は地面に手をついた。意識を指先まで集中させ、魔力を一気に解き放つ。

 と、ゴゴゴゴという地響きの後、新たな蟻の軍団が地表から現れた。

 『剛顎蟻』と『強酸白蟻』

 白蟻の軍団は現れるや否や、成長する枝にびっしりと貼り付いた。ジュウゥゥという音を立てながら、枝が黒ずんでいく。やがて、灰のようにボロボロと崩れていった。

 巨大な黒蟻の軍団は大樹の幹に群がると、その顎を用いてボリボリと貪る。

 しかし、瑠璃はそこへさらに、上空から術式を投下した。


≪理魔法:火:火炎爆弾(フレイムマグナム)


 上空に現れた魔法陣から、小さな赤い塊が投下される。

 次の瞬間、閃光と共に、大気を歪ませる程の高熱が辺りを支配した。木々の箱庭(ツリーガーデン)へ集まっていた蟻の大軍は、身を焼かれる痛みにのた打ち回る。

 煙が晴れると、蟻の大軍は姿を消していた。代わりに現れたのは、自然にできたとは思えない大きな穴。


「……なかなかしぶといな」


 目に魔力を集めて視力を強化していた瑠璃は、爆発に巻き込まれる前に、京が地中に逃れたのを捉えていた。今の自分にも構築できる術式の中でも、高威力の術式を展開させた瑠璃は、内心で舌打ちしたい気分になった。




 気に入らない。あの女の力、才能、全てが気に入らない。

 地中を進みながら、京は神無月瑠璃への怒りを膨らませた。

 憎悪が宿った。


 京は、自分の名前を覚えていない。どこで生まれ、どこで育ったのか知らない。だが全てを忘れたわけでもなかった。

 記憶がある。自分は、名門校に通う生徒の一人だった。裕福ではなかったが、幸せな家庭に育った。学校には多くの友人がいた。そして、好きな人もいた。

 それは遠き日の残滓。戻ることは叶わない過去のこと。

 記憶を完全に失わなかったことは、果たして幸運だったのだろうか。京は否と答えるだろう。これらの記憶があるからこそ、どんなに時が過ぎても胸が痛む。時間は痛みを和らげるどころか増幅させ、孤独感だけを養う。

 失ったものは追いかけても逃げていく。それを知っているからこそ全てを諦めた。だが、悲しみは膨れゆく憎しみに油を注ぎ続けた。


「くそぉぉぉぉぉぉおおおぉぉお!!!!」


 京は地表に出る。嘆きと怨嗟を叫びながら。


「あたしだって、普通の暮らしがしたかった。家族と一緒にご飯食べて、学校にいって友達と遊んで、普通に恋して…… そんな生活がしたかった。それを「(あいつら)」の、あんな願いのためにぃぃぃいい!」


 涙が溢れる。

 あの頃に戻りたい。


「そんなに贅沢なこと言ってるかなぁ…… ただ普通に暮らしたいだけなのに。普通を望んで何が悪い。何が悪いんだ! なんであたしたちだけ許されないんだ!」


 心の悲鳴。世の理不尽に対する憎悪。


「生まれながら力を持ち、何の不自由なく暮らしてきたオマエに」


 そしてあたし達から天戸零(キボウ)を奪った貴様らに。


「あたし達の何が分かるぅぅぅううううぅうう!」


 瞬間、京の身体は緑色の液体に包まれた。体の骨格ごと変化させるそれは、みるみるうちに巨大化し、一匹の緑色の蟻を作り出した。

 ―――女王巨蟻(クイーン・アント)

 ありとあらゆる蟻の頂点に君臨するAランク相当の魔獣。京のもう一つの姿。


 京の叫びを聞きながら、瑠璃は彼女に自分の姿を重ねていた。

 彼女もまた、過去に囚われた者だったのだ。


次回は後編です。

なんか京ちゃんがヤンデレみたいになっちゃった……(汗)


感想お待ちしております~

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