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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第三章 歯車とパズルのピース
54/90

51話 剣聖 後編

皆様、メリークリスマスです!

本編の内容はまったくクリスマスっぽくないですが、本日はクリスマスイヴですね。

12/24……

「約分して1/2にしろ」と言っている方を見かけた時は、コーヒー返せと思いました(笑)

とりあえず後編です。では、また後書きで~

 自分の腕が斬られたと気付くには、多少の時間が必要だった。


「うおおおおおっ!」


 悲鳴ではない。傷は重夫の言う通り浅いもので、戦闘にはそこまでの支障もない程度のものだ。だからこの声は、どちらかというと不可解な出来事に対する驚きと言った方が正しかった。

 速いなどという次元ではない。重夫は確かに、予備動作なしで距離を詰めた。それは依人の動体視力をもってしても視認不可能な速さ。


(あり得ねえ、速すぎる……! これは何かもっと別の……)


 その時、重夫の足の裏と廊下の床面に青白い閃光が走ったのを、依人は確かに見た。


 ―――磁場加速(リニアアクセル)

 床を電流を流して一定の向きに磁場を作り、自分の足にはそれと逆の電流を流すことで、お互いに反発し合う力を生み出し、加速する移動術。重夫が裸足を好む理由はこれにあった。何か履いていても、あまりの速度のために摩擦で溶けてしまうのだ。普通に見たら、床面を滑っているようにしか見えない。

 雷を切ったという伝説が嘘ではないことを証明する、いわば【雷切】の業。


(オイオイ冗談じゃねえ……!)


 防戦一方。圧倒的。

 依人の身体には、徐々に刀傷が増えていった。あちこちから血が滲み、浅く裂かれた服が内側から赤く染まっていく。

 結衣と芽衣の相手を同時にこなし、なお且つ圧倒していた依人を、重夫はまるで赤子のように扱っていた。その狂剣も、重夫にただの一発も掠ることなく空を切る。そんな中でも、急所をしっかり守っているのはさすがといえたが、時間の問題であることは一目瞭然だった。


「チク……ショウがあああああああああ!」


 それは気合いか。もしくはプライドか。

 依人は自身の身体が切られた瞬間、その切られた場所を目印に、刀を振りぬいた。重夫が戦い始めてから、初めて刀と刀がぶつかり合って金属音が鳴り響く。依人は、重夫が次の攻撃に移せないようにするために、刀をそのまま絡み付かせる。

 だが、直後に無駄な足掻きであったと、依人自身思い知らされた。

 重夫の殺気には色がない。寄せては引き、引いては寄せる。まるで読めない剣筋。雲のように掴み所がない殺気。留まることを知らない流れは、依人の剣をいとも容易く掻い潜った。それでも、しつこく絡もうとする依人の刀を、先端を数ミリ動かして受け流し、依人の持ち味を発揮させない。

 バランスを崩した依人の身体に、流水のような刀筋が奔る。


「がぁあああぁああぁああぁぁああ!」


 悲鳴が響く。依人の脇腹から流れる血は衣服を染め、床に点々と赤い斑点を作った。依人が刀を床に落とす。

 決定打だった。




「……すごい」

「……うん」


 結衣の呟きに、芽衣も同意した。

 あまりにも大きすぎる力の差を感じた。あまりにも遠い祖父の背中が目に焼き付いた。それは無力な自身へのやるせなさでもあった。

 客観的に考えれば、年齢や実戦経験の差もあるため、結衣たちと重夫や依人を比べようと言う方が無理な話である。だが、やがて重夫のようになれるかと問われたときに、頷く自信は二人にはなかった。




「ハァ……ハァ……」

「これまでだな」

「ハハッ、ちょっくら【雷切】っていう人間を舐めてたみてえだねぇ。まさかここまで手も足も出ないとは思わなかったぜ」


 傷を手で抑え、だがどこか満足そうな表情を重夫に向けた。


「ひとつ訊きてえことがある」

「なんだ」

「あんたは、あっちの嬢ちゃんたちにも、剣術を教えてんだろ?」

「そうだが、それがどうした」

「どうしてあんた……孫に本当の剣術(・・・・・)を教えねえんだ?」


 重夫の呼吸が、一瞬だけピタリと停止した。依人はその反応を見逃さない。


「あのお嬢ちゃんたち…… 戦い方は教わってるが、殺し方(・・・)は知らねえように感じた。戦い方に滲み出てる。あれじゃあ相手には舐められるだろ。すぐにでも指導した方がいいと思うがなぁ……」


 依人は大戦争(ラグナレク)経験者の一人だ。ゆえに、人を殺せる人間が、戦場でどれほどの強者となり得るのかを、よく理解していた。人を殺せない武人など、使い物にならないという事実が身に染みて分かっていた。

 ―――殺される前に殺さなければ生き残れない。

 戦における鉄則。

 戦場にいた人間は、遅かれ早かれ理解することになったのだ。依人自身、泣きながら引き金を引く戦場兵を飽きるほど見てきた。

 彼らには取り返しのつかない強さがある。道を引き返さない……いや、引き返せないという強い信念があった。



「…………」

「まさか教えないつもりじゃねえだろうなぁ?」

「そのまさかだ」

「はぁ!? オイオイ本気で言ってんのかよ!」

「本気だ」

「くっだらねぇ!! 見損なったぜ『剣聖』ともあろう者がなぁ! 今さら良心に芽生えたワケじゃねぇだろうが。あんた自身、過去に何人も斬ってきたはずだぜ。刀が人を殺す道具であることくらい、身に染みて分かってるはずだよなぁ!?」


 依人が荒々しく吐き捨てる言葉を聞きながら、重夫は過去の自分を回想していた。

 まるで昔の自分と同じ考えをしている。それもついこの前までの自分とだ。何十年もそう考えていて、疑うことすらせず、真実だと思っていた月下家の教え。重夫もかつて、自分の父親から教わった戦場での心構え。

 そして、そのままを息子に―――月下衛に教えた。罪悪感も何もなく、当然だというように月下の教えを伝えた。

 だが、それは間違いだったのだ。


「俺は、孫に人の殺め方は伝えない」


 確固とした意思があった。同じ過ちは繰り返してはならない。人を殺せる人間は確かに強い。だが、それは哀しい強さ(・・・・・)なのだ。本来、人が―――少なくとも十代の少女が背負うべきものではない。


「ハッ! あのお嬢さんたちも不幸だなぁ! 人を殺す勇気もない人間が戦場でいったい何ができる!」

「お前は勘違いをしている。真に強いのは殺す勇気ではない。『殺さない勇気』と『護れる力』だ。血で血を洗う時代はもう終わった。お前の考えは古びて腐敗した過去の産物なんだよ」


 ―――命は尊い。

 かつて零に、そして自分自身に幾度となく言い聞かせた言葉を、もう一度噛み締める。



「あの子らに血は似合わない。汚れ役(ソレ)は俺の仕事だ。分かったら失せろ」



 瞳に、強靭な意志が宿った。重夫を馬鹿にして見下していた依人の表情が、凍りついた。

 圧倒的な気迫が、依人の呼吸すら妨げる。重々しさを帯びた空気が、依人を押し潰そうと迫ってくる。

 冷や汗が滲むのが分かった。

 ……これはやばい。

 初めて本能が警告を鳴らす。悦びを感じる暇もない恐怖。だが、依人は逆に「これはチャンスじゃねえか?」とも考えていた。

 普通にやり合ったら勝ちは100パーセントない。それよりも、むしろ一発の打ち合いの方が、勝てる見込みがある。

 重夫が放つのは、おそらくは月下流抜刀術。驚異のスピードと爆発的な威力を誇る神速の居合斬り。だが、攻撃後に大きな隙があることを、依人は知っていた。すなわち、かわすか受け止めれば『蝕壊』を持つ依人が圧倒的に有利になる。

 これまでの経緯からして、かわすことはまず不可能に近い。ということは、刀で受け止めるしかない。

 ……どこに放ってくる?

 依人は思考を回転させ、かつて月下衛の抜刀術に対抗するために編み出した、対抜刀術用の構えをとった。その構えをとった理由は二つあった。

 重夫が、ピクリと眉を動かす。


「……お前には色々と訊くことがありそうだ」


 依人の構えを見た重夫は、その意図を読み取った。それは、かつて月下の抜刀術を見たことがある人間だと強調する構え。つまり、衛の知り合いであることを強調する構えだった。

 それに、重夫が気づかないはずはない。これは依人の戦略だった。

 これによって、重夫は依人の命を奪うことはしないだろう。殺してしまったら「月下衛」の情報が聞けない。よって、重夫が抜刀術を放つ場所は限られることになる。

 最も可能性がある箇所は、腕か足だった。殺さずに再起不能にするには適した箇所だ。依人は、そこからさらに絞り込む。

 左腕の可能性は低い。斬り捨てても、まだまだ再起不能とは言えないからだ。また抜刀術の特製上、走り抜けながら斬る必要があるため、狙いに適さない右足も候補から外した。

 あとは右腕か左足。ここで、滅びた種族である「華嶋家」の剣術を、重夫が完全に潰すとは考えにくかった。仮にも長い歴史がある三大武家の一つだ。重夫があっさり、依人の右腕を切り落とす可能性は低い。


(ならば、剣聖は俺の左足を狙うだろう)


 狙いを定めた依人は、重夫が案の定、抜刀術の構えをとったことに、にやりと口元を曲げた。


「華嶋の子鬼よ」

「ああ? なんだ」

「お前は俺をうまく誘導したつもりでいるだろうがそれは間違いだ。俺がお前の誘いに乗ってやったんだよ。甘く見るな」


 再び、依人の背筋を冷たいものが撫でた。


「俺が過去にこの技を使って、止められた人間は一人しかいない」


 バチッと、青白い閃光が重夫を包んだ。身体中を駆け巡る電流は一定の流れを形作り、やがて一点へ集約される。それは鞘に納められている重夫の刀だ。

 爆発的なエネルギーを内包した刀の振動は空気を介し、場にいる全員に伝わった。


(空気に飲まれたら終わりだ。集中しねぇと……)


 依人は滲む汗を無理やり払い、重夫が動く瞬間だけに意識を集中させる。そうまでしても、重夫の一撃を見切れる自信はなかった。次の瞬間には自分の体の一部がなくなっているかもしれない。しかし、そんな恐怖にすら悦びを感じている自分に気付き、ああ、やっぱり俺も華嶋の人間なんだなと、ぼんやり感じていた。


「いくぞ」


 礼。

 これから傷をつけるであろう武人に対する、敬意を込めた合図。

 やがて重夫の体から溢れる電流の流れが穏やかになり、反比例して青白い輝きは光を強めていく。

 静寂が支配した。


 月下流秘伝『抜刀術 壱ノ太刀』


 それは、内包したエネルギーに反し、あまりにも静かに放たれた。

 言うならばゼロタイム。技を放った重夫からは、周囲の時が止まったかのように見えていたのだろうか。

 音はない。

 空気も動かない。

 ただ、瞬きの間に刀身を失った依人の刀(・・・・)と、その後方十数メートル程の位置で、自分の刀を鞘に納める重夫の存在だけが、結果を物語っていた。


 依人の予想は当たっていた。重夫は、予想通り依人の左足を狙った。また、神経を限界まで研ぎ澄ましていたため、依人はその神速の抜刀術に、刀を合わせることにも成功していた。

 予想を裏切ったのは、その鋭さである。

 重夫の一太刀は依人の刀とぶつかり合うと、まるでスポンジを斬るかのように、音もなく刀ごと(・・・)切り裂いた。

 かわすことも、防ぐこともできない奥義。それこそが重夫の最大の技だった。


「か、完敗……かよ」


 宙を舞っていた依人の刀の刀身が回転しながら落下し、廊下に突き刺さった。それとほぼ同時に、左足だけを残して(・・・・・・・・)ドサリと倒れる。

 重夫は振り返らない。

 血痕が一滴もついていない刀を、持ち主であろうシンラ兵の隣へと静かに置くと、放置していた傘を再び手に取った。


「二人目にはなれなかったな」


 断面が恐ろしく綺麗な依人の左足は、持ち主が倒れても、未だ垂直に立ったままだった。


重夫の抜刀術を破った一人とは……

まあお分かりですよね。彼です(笑)

次回は瑠璃の戦闘がメインになる予定です。

年末になって、読者の皆様も忙しくなるでしょうね。私もです。

今年の更新はこれが最後になるかと思われます。読んで下さって本当にありがとう御座いました! ここまで続けて来れたのも皆様のおかげです。

では、よいお年を~~~

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