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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第三章 歯車とパズルのピース
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48話 半人半魔

今回は白の過去がメインになります。

零の身体の秘密も少し明かされます。

 ―――誰かの悲鳴が響いていた。


「いやあぁああぁあ!! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!! やめてあぁああぁああぁああ!!」


 ぼんやりと霞む意識の中に響く悲鳴は、別の世界から聞こえてくるようで現実味がない。徐々に何も感じなくなっている自分を遠くから見つめて、ああ、また人形に一歩近づいたんだなと思った。


「ああぁああぁああぁぁあ!! ぐがっ…… あ、あ、あ、あ、あ、あぁっあぁあっぁあああ!!」


 今夜は誰だろうか。自分の番が来るのは何日後なのだろうか。今度は生きて帰って来られるだろうか。

 コンクリートの壁に反響し、全身に突き刺さる悲鳴に耳を塞ぎながら。

 決して出ることができない檻の中で、目に見えぬ恐怖に怯えながら。

 それでいて、苦しまなくて済む今日という日に安堵している自分が情けなくなった。


(ハク)…… 疲れてるのか」

「…………別に」

「お前はただ生き残ることだけを考えろ。休める時は休め。次にいつ実験室へ行かされるか分からないんだぞ」

「…………分かってる」


 頷きながら、白は変わり果てた親友へと視線を移した。

 在り得ない姿をしている。もはや人ということすら躊躇われる。

 腕が背中から飛び出ていた。本来腕があるべき場所には赤黒い塊がくっついており、胸からは肥大化した心臓が皮膚を突き破って、ドクンドクンと脈打っていた。

 わけも分からないまま収容されて人体実験の実験体(モルモット)にされ、散々遺伝子を弄られた結果だ。その痛ましい姿に耐えられず、白は目を逸らした。


 ここは動物を飼う檻だ。

 存在するのは飼い主と実験動物だけ。自分たちはもちろん後者だ。

 最初の頃はひたすら考えていた。

 ……なぜ自分たちはこんな目に合っているのか。

 ……なんのために奴らはこんなことをしているのか。

 真相を追求する過程で、「(ゼロ)プロジェクト」という単語も耳にした。どうやら、ここで取れたデータを基にして、あるものを造り出そうとしているらしかった。


 だが、途中で思考を放棄してしまった。

 気づいてしまったのだ。そんなことをしたも意味がないと。

 どうせ、死ぬ。

 たくさんいた仲間は日に日に数を減らし、檻に残っているのはごく少数になっていった。生き残っている仲間も―――

 人間の姿を保っているのは、もはや自分だけだった。

 ―――成功例

 誇らしくない称号だと思った。


〝白、お前だけでも生き残れ〟

〝お前は俺たちの希望だ。必ずここを脱出して、俺たちの仇を討ってくれ〟 


 みな、そう言って死んでいった。

 残飯に近い微々たる食事を、誰もが白に分け与えた。

 ―――自分はもうダメだから。

 ―――せめてお前だけでも。

 そんな言葉を聞くたび、成功例という単語が重くのしかかった。


 徐々にひとりぼっちになっていくことが怖かった。

 徐々に蝕まれていく自分の身体が怖かった。

 徐々に何も感じなくなっていく自分の心が怖かった。


 ……零号というのはどんな奴なんだろうか。

 正真正銘のひとりぼっちの暗闇の中、毎日を過ごしているのだろうか。

 怖くないのだろうか。

 毎日のように、あの拷問に近い実験を受けているのだろうか。

 願わくば、会ってみたい。


 それから数年後、ある事件が起こり、白は脱出に成功した。


◆◇◆◇◆◇◆


 僅かに空気の流れが変わったと感じた次の瞬間、零は重く鋭い、神経を脅かす気配の存在を、はっきりと捉えていた。

 重々しく大気を軋ませる圧力が上空に迫る。その気配は覚えがあるもので、零は自分の予感が的中したことを悟り、大して驚いていない自分自身を客観的に眺めていた。

 灰色の特徴的な髪。どことなく面倒くさそうな雰囲気を醸し出した、掴み所がない態度。そしてなにより、その身に纏う大気の密度。

 ――間違いない。あいつだ。

 確信すると同時に、声が空から降ってきた。


「よお」


 白は、まるで久しぶりに再会した友人のように零を見た。


「待ってたぜ、この時を。俺だけじゃなく俺の仲間たちも、何年も何年もずーっと待ち望んでたんだ」


 白は笑う。自分が辿ってきた過去に思いを馳せていたのか。その笑みは、今にも消え入りそうなほど弱々しいものだった。

 零は無言のまま、しかし前回と明らかに異なる白の態度に、思わず警戒心を強めた。

 なにを考えているのか分からない相手ほど怖い敵はいない。

 白は紛れもない今回の首謀者の一人だ。それは、彼が今ここに、当たり前のように存在していることが証明している。つまり、それを阻害する零は邪魔者に他ならない。本来ならば会話などせず、自身に優位な空中にいる間に、真っ先に殺しにかかるのが筋のはずだ。

 だが、この態度は何なのか。殺すどころか、その瞳には敵意すら読み取れない。零は動揺を押し隠すように無言を保ち、その横で探るように白を観察していた瑠璃も、あまりの不可解さに眉を潜めた。


「そうだ。そういや自己紹介がまだだったな」


 そんな零たちの対応など、まるで気にした様子もなく、白はひとりで喋り続ける。


「俺は白。本名はとっくに忘れちまったが、他の連中からはそう呼ばれてた」


 相変わらず親しそうにしながら、白はあろうことか高度を下げ、空中から地上へと降り立った。近すぎず遠すぎず、ちょうど声が届くくらいの距離。その地点から、地面の感触を確かめるように数歩歩くと、ポケットに突っ込んでいた両手を肩の高さくらいまで上げ、パンパンと二回鳴らした。

 何の意味のなさそうな動作。しかし、その動作の直後、凄まじく濃密な気配を宿した存在が増えたのを感じた。その源はどこか。探すより前に、向こうから姿を現した。

 白の足元に、小さな穴が空く。そこから、ひとりの女が顔を出した。


「なにぃ~? なんか用?」

「そんで、コイツは」

「んおぉ! もしかしてアレ? あの黒髪の子?」

「……まぁ、『(キョウ)』っていう俺の仲間なんだが」


 おら、さっさと上がれ、と乱暴に言いながら、京と呼ばれた女を地面から引っ張り上げる。不満を漏らしながら渋々と地上に上がった京は、零を見てにこやかに手を振った後、


「……チッ」


 横にいた瑠璃を見て、今度は盛大に舌打ちをした。ギロリと睨み、それと同時に殺気が膨れ上がる。瑠璃は、身に覚えのない殺意に一瞬たじろいだが、やましいことは何一つ記憶になかったため、逆に睨み返した。


「おい、止めろ京。いい加減本題に入るぞ」


 それを見かねた白が、京を制しながら一歩前に出る。


零号(・・)、いや、ここでは天戸零だったか? 俺たちと一緒に来い。俺たちはお前を歓迎するぜ」


 その瞬間、轟音を撒き散らしながら放たれる暴風によって、零は一切の抵抗を許さない空中へと放り出された。その直後……


≪闇魔法:無限の隔絶世界(アビス)


「っ!」


 暗闇が、全てを包み込んだ。




「零っ!」

「おっと、まぁ待てや女神(イリス)様。零号とはもっと落ち着いた所で話がしたいから、ちょっと退席してもらっただけだ」

「……あんた達、いったい何者なの?」


 低い声で尋ねられ、白は肩をすくめた。


「ま、あわれな実験動物(モルモッット)といったところかね~?」

実験動物(モルモッット)?」

「そうだ。京、じゃ、こっちは頼んだぜ? 俺は零号のところへ行ってくるから」

「ん、分かった」


 京はコクリと頷くと、再び瑠璃に視線を移した。


「……零をどうする気?」

「あれぇ? 聞いてなかったの? イリス様は随分と耳が遠いみたいだねぇ。仲間にするんだよ」


 敵意を剥き出しにしながら、京と呼ばれた女は瑠璃の前に立ちふさがった。


「零がそれに応じるとでも?」

「ああ、思うよ」


 自信満々な答えが返ってきたことに、瑠璃は逆に動揺した。なぜそう言い切れるのか。


「そもそも、お前こそ、あたしたち(・・)の何を知ってんのさ?」

「え……」

「なんにも知らねーだろぉ? いいか国の犬、よく聞けよ」


 京の瞳に、影が落ちた。憎しみと怒りと、悲しみが混じった色だ。


「あたしたちは魔獣の細胞を移植された、人でもなく魔獣でもない半人半魔の存在だ。だから、通常では在りえない量の魔力を持ってるし、普通の人間と比べて、圧倒的に睡眠時間が短い。魔獣って生き物は、もともと眠らないからさぁ」


 そのとき、瑠璃は自分がどんな顔をしているのか分からなかった。

 向けた感情は憐れみか、それとも怒りか。

 ただ、受けた衝撃が大きすぎて、何も考えられなかった。


「知ってる? 人間ってのは、眠ってる間に記憶の整理をするんだってさ。覚えるべきこと記憶として貯蔵し、忘れるべきことを忘れる。でもねぇ…… あたしたちはそれが許されないんだよね。分かる? どんどん溜まっていくんだよ、憎悪が、恐怖が。時とともに薄れるどころか、どんどん濃厚になっていく。あたしたちはこの地獄から抜け出せない。どう? 零号はやたらと記憶力が良かったりしない?」


 言葉の洪水が、音となって頭に流れてくる。周りの音が小さくなり、時が止まったような錯覚を覚えた。

 そこで、ひとつ頭に引っかかることがあった。


「……じゃあ、明ちゃんは?」


 そう、彼女も同じなはずだ。零と同じく、人の手で造られた存在。

 ならば、彼女も半人半魔の存在なのか?

 だが、対する京の答えは意外なものだった。


「いや、あいつはあたしたちとは違う。寧ろ……敵だ」


◆◇◆◇◆◇◆


 一面に荒野が広がっていた。

 空の色は灰色。その灰色を映したかのような色の大地が、地平線の彼方まで広がっていた。

 誰もいない。

 何もない。

 いるのは自分だけ。

 草一本生えていない涸れた大地に、明はひとりで横たわった。


 涙が流れた。

 ひとりが、こんなにも寒いということを忘れていた。心の奥まで、寒さが浸食してくる。


 ―――ワタシハダレ?


 心の声に耳を閉ざす。

 両手で肩を抱きながら、怯えるようにうずくまった。


「こんにちはアカリ」


 声がした。

 突然の生ある音に驚き、明は顔を上げた。


「ここはあなたの夢の中。正確に言うと精神世界かな? まあ、どっちにしろ、あいつら(・・・・)が来ることはないから安心して」


 思い出した。自分は、あの三つ子に気を失わされて……

 そこで声の主の姿が目に入り、明は目を丸くした。

 背丈、顔立ち、髪の色。どれをとってきても、自分と瓜二つだった。いや、瓜二つどころではない。まるで同じ(・・)だった。


「ふふ。驚いてる? 会うのは初めてだよね」


 その少女は、愛らしく微笑んだ。


「ここは8000年前の大陸だよ。ここから全てが始まったの。生命が誕生して、発達して、文明を築いて…… その全ての原点となる時間軸」


 この子は何を言っている?

 さっき、夢だと言ったではないか。


「そうだよ。ここはあなたの夢の中。でも、確かに存在した場所であり、時間であり、次元なんだよ」


 理解できない。

 ここから出たい。


「それはもう少し先かな? あの子…… 天戸零だっけ? 彼が辿りついたら、出られるかもね」


 天戸零……

 零が?

 何の関係があるの?


「それは私が言っても理解できないだろうから…… 時が来るまで待っててね」


 少女は、ただ笑っていた。


最近忙しくて時間がとれない……

どうか見捨てないでやって下さい~


感想お待ちしております~


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