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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第一章 動き出す日常
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2話 王の呼び出し

 空気が夜色に染まっていた。

 無音の空間に、時計の針の音と自分の呼吸音がやたらと五月蠅く聞こえる。目を開けると、ぼんやりと、はっきりしない世界が、徐々に瞼の裏に像を結んだ。

 そこで初めて、自分が眠っていたことに気が付く。

 少年――天戸零(あまとれい)は暗闇の中、時計を探した。

 四時十九分。

 つまり零は約一時間半眠っていたことになるわけだ。

 久しぶりに寝たな、と思いつつ、徐々に覚醒する意識の片隅で、寝る前との明らかな変化を感じ取った。

 ……寝る前に電気を消した覚えがない。

 見ると、机の電球は弱々しく点滅を繰り返していた。どうやら寿命のようだ。零は小さく溜め息をつくと、立ち上がって部屋の明かりをつけた。

 寝ることは好きではない。

 例え寝たとしても、今日のように机で数時間だけ目を閉じるだけだ。故に、彼の部屋にはベッドがなかった。さらにに言うと、布団もなかった。それ以外は、必要最低限のものしか置かれておらず、やや素っ気ないことを除けば、普通の部屋と言って差し支えはなかった。

 零は湯を沸かすとコーヒーを入れ、ゆっくり口に含んだ。コーヒーの苦みが口の中に広がる。思考がクリアになっていくような気がした。

 ……今日呼び出された理由はなんだろうか。

 おそらく新しい仕事だろうが、それにしても周期がおかしかった。つい先日も「ベノム」という魔獣を倒したばかりだ。そう続けて零に仕事が回ってくるとは考えにくい。

 ……まあ、いいか。

 向こうの考えなんて興味ないし、考えたところで分かるわけでもない。零は飲み終えたコーヒーのカップを台所に置き、そのまま玄関のドアを開けた。

 まだ暗い。

 明け方であるため、風が少々肌寒かった。


◆◇◆◇◆◇◆


 しばらく歩くと、目的地――王宮に着いた。時刻は五時十六分になっており、指定された時間にも丁度よかった。

 大きな門には、門番が二人。

 歩きながらゆっくり進んでくる零を、彼らはまるで、長年の宿敵であるかのように睨んだ。

「子供がこんな時間に何の用だ」

 威圧感がある声だった。が、零は怯まない。

「面会の予約をしてあります」

「面会? こんな時間に?」

 門番の態度は明らかに高圧的で、変なことを言ったらすぐにつまみ出そうとしているのが見て取れた。実際、零の存在が怪しいのは、誰の目から見ても明白だった。普通、王宮を訪ねる人間は、貴族や騎士隊長クラスの人間であり、零のような十五、六歳の人間が訪ねてくることなど、滅多にない。

 しかし、だからと言ってこのまま帰るつもりは当然ない。

「ん? こ、これは……」

 零が無表情のまま取り出したのは、面会予約紙(アポイントメントシート)。一部の人間しかもっていない、ある意味で貴重(レア)なものだ。門番は驚いた表情の後、すぐさま怪訝な表情を浮かべた。言いたいことは容易に想像がつく。

 ――なんでこんなガキが。

 それでも、もはや通さないわけにはいかない。零は頭を下げながら中へ入ると、門番の視線が自分に向いていないことを確認し、サッと裏口へ回った。ごくごく一部の人間しか知らない、王宮の隠された扉。その扉を迷いなく開け、誰にも見られてないことを再度確認してから、静かに中へ入った。

 声がしたのは、その直後。

「待っていたよ」

 まるでタイミングを見計らったかのようにかけられた声に、零は一瞬怯むも、すぐに佇まいを直して頭を下げた。

「お早う御座います、御命令通り参りました」

 かび臭い狭い部屋。けっして掃除が行き届いているとはいえない空間に、場違いとも思える老人がひとり、いた。

 赤と橙色が混じった豪華な服には、所々に光沢が見られる。彼を初めて見るどんな人間でも、一目で高い位についていることを悟るだろう。やや長く生やした白いひげや顔のしわからは、彼がそう若くないことが伺える。それでも力強く響く声は威厳を感じさせて止まないものだった。

「わざわざよく来てくれた。こちらから出向くことは出来ないのでね」

「いえ、俺から出向くのは当然です。寧ろ足りないくらいですよ。お蔭様で不自由なく生活できています」

「それこそ当然だろう。君の活躍は私もよく知っているつもりだ。申し分ない働きをしてくれている」

 零は深く頭を下げた。社交辞令も終わりだ。いつまでもここに留まるつもりはない。零は今日呼び出された理由を聞くべく、王に向き直った。

「ところで今日は……」

「わかっている。これから話そう。あれを見てくれ」

 そう言うと、王は扉を開け、遠くの壁に貼ってある紙を指差した。大分距離が離れた所にあるその紙を、零はその場から一歩も動かずに見つめる。

「入学式……ですか?」

 拍子抜けたように尋ねた。

 湧き上がる疑問が、零の表情を怪訝なものへと変えていく。そのまま体内に循環させた魔力を解いた。

 この様子を一般の人間が見たら目を丸くしたであろう。というのは、この少年がとんでもなく視力が良いから――というわけではない。

 これは一般的に「魔力」と呼ばれる、人間ならば誰もが持っている特殊な力のことだ。いま零が行ったのは、「視力強化」という肉体循環魔法の一種。

 だが、これは難易度としては高い分類に入る。一般的に「魔力」というものは、魔法を放つために使われるものであって、今のような身体を強化する魔法は、それなりに熟練した魔道士でないと難しいからだ。扱うことはおろか、魔力を練ることすら容易ではない。しかも魔力の量を少しでも誤ると、腕が吹き飛んだり、体内の血管が破裂したりするるため、かなり正確な魔法精度が要求される。部分強化とくれば尚更だ。実際、精神が不安定な状態で肉体強化を行い、死亡した人間も過去にいる。それを、まだ幼さの残る少年がいとも簡単にやってのけたのだ。

 しかし、王は別に驚いた様子を見せない。知っているのだ。この少年にとっては、たかが(・・・)肉体強化である。それごときは驚くには値しない。

「知っての通り今日は国立カルディナ学園の入学式がある。それに出席してもらいたい。勿論生徒としてだ」

「……はぁ、しかし何故ですか」

 国立カルディナ学園とは、東の大国であるカルディナ王国屈指の名門校だ。毎年何人人ものエリートを輩出しており、卒業した人間は王国直属の兵士や魔道士になったり、有名な研究所に所属したりする。つまり国の重要な役職に就くことになるのだ。そのために、毎年三十倍程の倍率を誇り、国内の最難関校のひとつとなっている。

 しかし、それでも零が通う理由にはならない。

「君の正体は基本的に極秘事項だ。知っているのは四大王国の王と《組織》の人間だけだ」

「はい」

「それはこれからも変わらん。君の存在は公に知られてはならない」

 ――それは俺が……

 そう思いかけて、零はそのマイナスに傾きかけた思考を振り払った。

「今の世の中、君の年齢の人間はほとんどが学校に通う。明らかに未成年の若者が平日に街を歩いているのは……少し不自然だろう」

 ……そういうことか。

 零は内心で合点がいったように呟いた。そこで、疑問をひとつ口にする。

「当然、制御装置(リミッター)は付けたままですよね?」

「勿論だ」

「……大丈夫なんですか?」

「なに、子供だとは誰も夢にも思わないだろう。実際、未成年なのはお前と【虹の女神《イリス》】だけだ。ちなみに彼女もそこに通っている。お前の先輩というわけだ」

 それは初耳だ。言われてみれば彼女も東国の人間だし、年も二つ上なだけだ。まさか普段は学生をやっているなんて夢にも思わなかった。

「わかりました。仰る通りにしましょう」

「うむ。では今日の用件は終わりだ。わざわざこのためだけに呼び出してすまなかった。くれぐれも人目につかないようにここを出てくれ」

 零は深く頭を下げると、王宮を後にした。


2011/09/04 改訂

昔の文章を読むと、まだ慣れてなくて初々しい感じがしますね。

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