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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第三章 歯車とパズルのピース
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46話 奪われた少女

お、今回は割と早かったのでは?

 ……来たか。


 校舎裏の影に身を潜めていた(ハク)は、周囲の蟻が急速に減っているのを確認すると、フワリと体を浮かせ、現状を肉眼で確認した。


 驚くべき身のこなしで蟻の大軍を退け、薙刀と魔法を用いて、臨機応変に敵を蹴散らしている少年。それと少し離れた所では、五色の魔法を用いて蟻を圧倒している少女が見える。

 【万能者《オールマイティ》】と【虹の女神《イリス》】。

 大陸において“最強ペア”と名高い二人である。

 この二人が出てきたということは、予定通りに他の人間が全員校舎内に避難し、教員を含む邪魔者がいなくなったということだ。


「さて、俺もそろそろ行くかね」


 呟くのと同時に、白の体がさらに上昇する。今まで無風だった地帯に豪風が舞い降り、砂埃を起こしながら周囲の圧力を上げていく。


 信じられない程の大気を身に纏い、白は空を駆けた。


◆◇◆◇◆◇◆


 ―――カルディナ学校校舎内「大ホール」


 その場は重い空気に包まれていた。

 耳を抑え、うずくまる者。我が子を抱きしめ、恐怖に震えている者。現状はどうなっているんだと叫びだす者。

 これらの反応は普通と言えた。彼らはこの文化祭に娯楽を求めてやって来たのだ。誰がこんな状況に陥ることを予想できただろうか。みな、己の運の悪さを呪うばかりだった。

 彼らを抑え、励ましているのは、藤本千鶴、宮城進、柳沢葵の生徒会の面々だ。明るく声を掛け、食料を運んだりして勇気づけている。しかし、生徒のやることとしては荷が重く、限界があった。徐々に重い空気に支配されていく。


 そんな負の感情が蔓延する中、面白そうに口元をにやりと曲げる壮年の男がいた。

 半袖のシャツにジーンズ。髪の色は黒という、これと言って特筆すべき点の見当たらない男。客観的に見れば、彼も同様に、不運な一般客のひとりにしか見えなかった。

 ……笑っているという一点を除いては。


 その時、スピーカーから放送が流れた。


『国から魔獣駆逐のプロが到着しました。先生方はお疲れ様です。今すぐに校舎内のホールに避難して手当てを受けてください。医療チームが来ています』


 場の空気が、明るくなったように感じた。伏せていた人々が顔を上げ、瞳の奥に希望という光を宿した。

 反対に、この男は顔をしかめた。


「国から援軍? そんなハズはねえだろ。(トバリ)の結界はそうそう破れるモンじゃねえ」


 顎を撫でながら現状を整理し、最も考えうる推論を探る。

 なぜ援軍到着と同時に教員を下がらせた? 協力して戦えばいいものを。

 その指示の裏にはどんな意図がある?


「……なるほどねぇ」


 男は再度口元をにやりと曲げた。

 実は援軍など来ていない。素直に教員を引き下がらせるための方便だ。そしてそんなことを指示する裏には、戦う姿を見られないようにする目的がある。


「この校舎を覆う土魔法も、防御を固めると同時に、校舎内から外が見えないようにする意図もあったわけだな。いやいや、考えることにいちいち感心させられるねぇ」


 男の呟きは、誰の耳にも届かない。


「ってことは、そろそろ(ハク)と零号が出会うはずだな。シンラ兵は…………と、はぁ!? 全然連絡が取れねえじゃねえか。まいったねぇ~」


 やがて扉が開き、蟻と一戦交えたカルディナ校の教員たちがホール内にやって来た。中には血まみれの者もおり、外の戦いがどんなに壮絶であったかを物語っていた。

 だが、男にとって、そんなことは眼中にない。


「はぁ、どうすっかなぁ~ 今回、白には『動くな』って言われてんだけどなぁ」


 開かれた扉を見て、


「ま、いっか」


 男は数千人の人々の、誰の目にも留まらず、その扉をするりと抜けた。まるで影のように、音もなく。

 その後、重い音を立てて扉が閉まった。


◆◇◆◇◆◇◆


 ―――カルディナ学校校舎「二階」


 時を同じくして、月下結衣と月下芽衣は、一般の人々と生徒を、ほぼ避難させ終えていた。

 その格好は、およそ場と状況にそぐわないものだ。

 結衣は直前まで舞を舞っていたため、赤い着物を着用していた。方や芽衣は、宣伝の最中に事が起きてしまったため、メイド服のままだ。まさかこの非常事態に、呑気に着替えなどしている場合ではない。そのため、数分前に重夫と鏡花に出会った時は、興奮した鏡花によってもみくちゃにされた(事態が事態なので、多少は自重していたようだったが)。


 校舎内には、まだ逃げ遅れた一般人や生徒が多い。そして、彼らは武装した兵たちによって身動きが取れなくなっている。そこで、重夫と鏡花、結衣と芽衣の二組に分かれ、校舎内の人間を全て大ホールへと無事に避難させることにしたのだ。具体的に、三階と四階は重夫たち。一階と二階は結衣たちといった具合だ。

 元々の生徒の数が多いカルディナ学校は、そのための校舎も広大である。本来、たったの四人では到底足りない。目的を果たすには、かなりの根気と体力が必要と言えた。


「うぅー せめて制服だったらなぁ」


 結衣が不満げな声を漏らした。着物という服装は、お世辞にも戦闘に適しているとは言えない。


「それを言うなら私だって…… こんなヒラヒラした格好で戦いたくないし」

「まさかこんなことになるとは思わなかったからね……」


 結衣の表情が一瞬曇る。それは、誰もが思っていたことだ。


「早く、この危機を乗り越えないとね」


 力強く掛けられた言葉に、


「うん」


 芽衣は力強く答えた。


◆◇◆◇◆◇◆


 ―――カルディナ学校校舎「三階」


 月下重夫と月下鏡花は、武装した五人の男女によって囲まれていた。


「老人、何故ここにいる?」

「ん? いやいや、孫を探していたら道に迷ってしまってな。如何せん、この学校は無駄に広いから困る」

「孫だと? ではそっちの女がその孫か?」

「きゃ~ 『孫』ですって、お義父さん。私やっぱりそんなに若く見えるかしら~?」

「はっはっはっは! さすが鏡花だ。敵わないな」


 どこまでも、マイペースな二人である。そして、状況を正しく理解しているとは言い難い二人の反応に、彼らもペースを崩されていた。

 老人の様子を、訝しむように観察する。

 手に持っているのは、極めて普通の傘一本。その横の女は手ぶらだ。こちらの戦力に対抗するだけの道具を持ち合わせている様子はない。完全に丸腰だった。


「いやー、結衣たちは今頃どうしているかなぁ」

「きっとうまくやってくれてますよ。あの子たちなら大丈夫です~」


 この余裕は何なのか。

 この場にいるのが老人だけだったならば、ボケてきていると考えれば済む話だった。だが、その隣の若い女性まで同じような反応である。ただ単に、頭のネジが緩んでいるだけなのだろうか。

 どうにも、嫌な予感がしていた。

 そして一人が苛立ったように前へ出た時、予感は的中したと悟った。


「おい貴様、自分の立場が理解できているのか」

「それは俺の台詞だが?」

「……いい加減にしろ!」


 舐められたと感じたのか、激昂して銃の引き金を引いた。構えていたライフルから、銃弾が飛び出す。その銃弾は狂いなく重夫の上半身に向かい……


 傘の先端(・・・・)で受け止められた。


「……は?」

「やれやれ、この傘、俺の所有物じゃねえんだぞ?」


 いまだ何が起きたのか理解できていない兵の喉元に、傘の鋭い突きが走る。殺さない程度に加減された突きは、その兵の意識を刈り取るだけに留まった。


「あ~ 弾がめり込んでるじゃねえか。やっぱ弁償かね?」


 溜息をつきながら、重夫は体を指一本(・・・・・)動かさずに(・・・・・)、残る兵との間合いを詰めた。例えるならば、空間を切り取ったような速さだろうか。その現象を理解できた者は、この場において鏡花以外に存在しなかった。

 そのまま、目の前の兵の胸を打ち貫く。重夫を見失って混乱している左右の兵は、それぞれ腹と喉を。最も遠いところにいた兵は状況を理解しつつあったので、その手から銃器を弾き飛ばした後、傘を逆手に持ち替えて、


「シッ」


 懐に潜り込んで下から顎を貫いた。

 その一連の動作があまりにも素早かったためか。兵たちが床にドサリと倒れたのは、ほぼ同時だった。


「お見事です」

「いや、なんのなんの。しかし、刀がないってのは不便だな。(これ)だと突きしかできん」

「それでも十分だからいいじゃないですか。傘の持ち主には後で弁償しましょう」

「そうだな。何にせよ、これで三階の兵は全部か。さっそくこの階の生徒さん方を避難させるかね」

「あとは四階ですね。それが終わったら、結衣ちゃんたちと合流しましょう」


◆◇◆◇◆◇◆


 ―――カルディナ学校校舎「一階」


 どれくらい時間が経ったのか見当もつかないまま、熊沢義之(くまざわよしゆき)は緊張で凝り固まった肩を動かした。


「なぁ淳」

「……なんですか」

「外は今どうなってんのかな」

「出たいのなら止めませんが、死にますよ?」


 土で固められた1-Aの教室は、温度は一定に保たれているものの、外部からの光を通さず、暗い空間となっている。誰も彼も、緊張状態が続く中で疲れ切っていた。


「今の放送聞いただろ? 国から援軍が来たってよ。もう大丈夫かも知れねえぞ。俺たちもホールへ移動しないか?」


 義之の提案に、淳は思案顔になる。


「しかし、天戸零からは出るなと……」

「アイツもきっとホールで待ってるさ。だって、相手はあの数の蟻だぞ? いくら天戸でも何ができるってんだ」


 精神が限界まで追い詰められていたためか。義之の口調は、普段の彼とは思えないほど乱暴なものになっていた。

 やがて、話を聞いていた周りの人間が顔を上げ、小声で義之に同意し始める。

 みな、密閉された空間から抜け出したかったのだ。


 その時だった。唐突に、

 ビシリッ!

 と、ガラスが砕け散るような音が響き渡る。

 その直後、淳が創り上げた土の壁にヒビが入り、人が出入りできるだけの隙間が生まれた。

 久しく目にする光に、教室中が歓喜に包まれる。

 反対に、表情を険しくしたのは淳だった。


「……え、なぜ」

「淳、分かってくれたのか」

「いや、ぼくでは……」


 そう言いかけた淳が左を振り向くと、


 目の前に、幼い子供の笑い顔があった。

 それは驚くほど美しい三つ子だった。

 それは驚くほど悦びに満ちた笑みだった。

 それは驚くほど寒気がする存在だった。


「「「あははははははははははははははははは」」」


 空間を狂気が支配する。

 人々の心理の奥底から、恐怖という感情を無理やり引きずり出す。

 歪みゆく殺意が、逃亡を強要する。

 やがて、その三つ子の目が、一人の少女を捉えた。


「……え?」


 白く長い髪の少女。

 明だ。


「みつけた」

「みつけたみつけた」

「やっとみつけた。ようやくみつけた」


 三つ子が歩みを進める。その行く手を阻める者は、一人として存在しなかった。みな、恐怖から顔が白くなっている。


「さあ、ぼくと一緒にいこう!」

「あははははは! いこういこう!」

「邪魔者には眠っててもらおうね!」


 その大きな黒目が、真っ赤に充血しているのを、明は見た。

 その瞬間―――

 闇が、一面を支配した。

 皆が次々に意識を失って倒れていく。それは、まるで生気を抜かれたようだった。


 闇が晴れる頃……

 三つ子と明の姿は、その場から消えていた。


今回は主人公が出てきてないですね。珍しい……

次回は戦闘がメインになると思います。


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