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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第三章 歯車とパズルのピース
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45話 掃討戦

 三人の幼い子供が、廊下を歩いていた。

 その顔、背丈、しぐさ、何から何まで、異なるものを見つけるのが難しい。何も知らない人が見たら、鏡の世界に迷い込んだのかと錯覚するほどだ。

 容姿は、寒気がするほど美しい。完璧な美を身に纏い、幼い三つ子は、少女のような高く澄んだ声で笑い合った。

「さて、どこにいるんだろうね」

「どこだろうどこだろう」

「さがしてみようよ。かならずいるはずだから」

 にたぁと口を曲げ、

「「「壱号ちゃーん、出ておいでー」」」


◆◇◆◇◆◇◆


 この蟻たちは何処から来たのか。

 何故この学校を狙うのか。

 考えることすら許されない圧力(プレッシャー)の中、片山徹(かたやまとおる)は魔力を練り上げると、しゃがんで地面に手をついた。

 汗が滲み出る。

 鋼のような甲殻と巨体を誇る黒蟻は、パックリと開いた赤い口から、カギ爪状の牙を覗かせている。

 その間をずるずると這いずり回る小さい白蟻は、時々体を震わせると、橙色の体液を吐き出してくる。

 力で強引に獲物を貪るか、酸で溶かして軟らかくしてから貪るかの違いだが、どちらにせよ骨も残らないだろうと判断し、徹は嫌な考えを振り払った。

「片山先生、準備はいいですか?」

「はい、お願いします!」

「いきます」

 短い確認の後、徹の後ろでタイミングを見計らっていた藤本香織は、弓を上空に向かって鋭く構えた。

 ――バリバリッ!

 轟音を出して暴れる電撃の奔流を一本の矢に込め、放つ。

 弓と雷属性の専門家(エキスパート)である香織の放った矢は、空中を飛び回る蟻の透明な翅を貫通し、さらに周りを飛ぶ蟻たちも電撃に巻き込み、まとめて地上に引きずり落とした。

 翅を()がれて落下した蟻が射程圏に入ったのを見届けると、徹は練った魔力を地に向けて一斉に解き放つ。土から形成された幾本もの剣が、蟻の体を真下から串刺しにした。

 どす黒い色の体液と異臭を撒き散らして、死に絶えれる蟻たち。

 死骸は残らない。

 蟻たちは仲間の死骸に群がり、必死で貪っていた。そこに仲間を殺された怒りはない。ただあるのは、飢えた己の食欲を満たすという感情のみ。そして数秒で綺麗に食い尽くし、また新たな餌を求めるのだ。

 息をつく暇は与えられない。今倒した蟻も、全体で考えればほんの一部にも満たない数だ。目の前の集団を殲滅したとしても、その後ろから新たな蟻の集団が現れる。体の小さい白蟻たちは、死角から虎視眈々と攻撃の機会を伺っている。一瞬たりとも気を抜くことは許されない。徐々に精神が圧迫されていくのを感じながら、徹は額に浮いた汗を乱暴に拭った。

「大丈夫か徹」

「……ああ、まあ何とかこっちはまだ大丈夫だ。そっちこそ平気か。やっぱり肩が痛むんじゃねえのか」

「お前が俺の心配をするとはな」

 徹の言葉に薄い笑みで返したのは、親友でもある浅沼幸平だ。

 強がっているようにも見えた。幸平が得意とする魔法にも、いつものキレがない。


 事は数分前に起きた。

 甲高いサイレンが響き渡り、女性の声で放送が流れた直後、銃器で武装した二人組が職員室に侵入し、いきなり発砲してきたのだ。

 たかが二人。この学校の教員二十人以上を相手に、彼らが勝てるわけがない。案の定、二人組はすぐに取り押さえられ、今は気絶させられた上に縛られている。しかし、奴らの目的はこちらの戦力を削ることだったのだ。

 最初の不意打ちの銃撃で、手痛い負傷があった。数人の教師が戦えなくなり、幸平は腕に怪我をした。

 結果として、本来ならば蟻の集団と言えど退けられる戦力を持っていたはずのカルディナ校は、苦戦を強いられる羽目となった。

 唯一の安心材料と言えば、生徒や一般人がいる校舎が土魔法で固められ、外部からの攻撃にビクともしない強度になっていることだ。

 誰が指示し、誰が実行したのか分からないが、これによって教員たちの負担は圧倒的に軽くなっていた。

「しかし、藤本先生の弓の腕は見事だな。噂には聞いていたが、実際に見るのは初めてだ」

「普段がアレ(・・)だがな」

 同じ一学年の担任教師として、香織の問題行動をよく知る徹と幸平は、焦りの表情の中でも読み取れるほどの苦笑を露わにした。

 ――上空の敵は全て私が撃ち落とします。私の生徒に危害は加えさせません。

 生徒をオモチャにしたり、昼間から酒を飲んだりして、度々教頭から注意を受けていたが、実力もない人間がこの学校の、しかもAクラスの担任を任されるはずはない。今この瞬間、徹はそのことを再認識させられた。

 香織の指揮の下、南の防衛を担当していた徹たちは、大量の蟻を相手に善戦していた。

 善戦していた筈だった。


◆◇◆◇◆◇◆


 一際大きな緑色の体躯が姿を現すと、今まで好き放題に暴れていた黒と白の蟻たちは、まるで畏れるように動きを止めた。


 さあ、かわいいこどもたちよ。

 あそびはもうおしまい。

 あたしのいうとおりにうごきなさい。

 わるいこはおしおきだからね。


 ギチギチギチギチという不協和音が、一定の規則性を生んだ。


◆◇◆◇◆◇◆


「っ!」

 異変は突然訪れた。

 何の規則性もなく、ただ単純な攻撃を仕掛けてきていた蟻たち。その動きが一瞬止まったかと思うと、今までの倍近い速さで、ぐるりと香織たちの後ろに回り込んだ。まるで、明確な意思が備わったかのように。

「コイツら、急に――!」

「挟み撃ちか!」

 幸平は即座に空気の刃をつくって蟻の足を削ごうと試みる。しかし蟻たちは、その場で六本の足をバタつかせると砂煙を起こし、幸平の魔法の狙いをずらした。

 数匹が直撃を免れた。

 他の教員の悲鳴が聞こえた。どうやら変化が起こっているのは自分たちだけではないらしい。徹は背後の黒蟻に向けて斧を振るった。

 肩から肘へ。肘から手首へ。手首から指先へ。

 全身の筋肉を鞭のようにしならせて放ったその一撃は、黒蟻の甲殻をやすやすと砕き、そのまま真っ二つにした。

 徹は見た。

 黒蟻の体内から、大量の白蟻が湧き出たのを。

 その白蟻が宙を舞い、徹の体にへばりついたのを。

「まさか……しまった!」

 罠だ。

 ピリリという鋭い痛みの直後、

「うぐああぁああぁあ!」

 白蟻が貼り付いた腕から、勢いよく血が噴き出る。隣にいた幸平にも、何が起きたのか理解できなかった。気を失いそうな激痛の中、徹は腕に貼りついた白蟻を強引に引き剥がした。

 一匹剥がすごとに、白蟻と一緒に皮膚も剥がれてしまう。その傷痕は、もう自分の腕ではないような色に変色していた。幸いなのは、辛うじてまだ手が動くことか。

「徹!」

「……いや、大丈夫だ」

「大丈夫なわけがないだろう。腕を見せろ!」

「そんなことやってる場合じゃねえよ。分かってるか? 俺たち、囲まれてるんだぜ」

「だが、そんな怪我じゃ……」

 戦えないだろうという言葉を、幸平は飲み込んだ。

 周囲を見回す。

 一向に数を減らさない蟻の大軍は、既に徹たちの周りを完璧に囲んでいた。

 もう逃げ場はない。抵抗しなければ、待つのは死だ。選択肢は与えられなかった。遠くには、同じように囲まれて逃げ道を失っている同僚たちの姿が見えた。どうやら、援軍は期待できないらしい。しかし、数で圧倒されている上に、間合いに入られたらどうすればいいのか。

 ……どうしようもないのかもしれない。

 急速に、世界が色あせてくる。腕から噴き出す血の赤がやたらと生々しく感じ、そこだけが熱を持っているように感じる。あの白蟻は毒も持っていたんだなと、まるで他人事のように思った。

 蟻の群れが、再び迫ってくる。しかし、体が動かない。

 死を覚悟した。

 誰かの叫ぶ声が聞こえる。

 その時、徐々に薄れゆく世界の片隅に――

 巨大な魔法陣を見た。

≪召喚魔法:百手巨神(ヘカトンケイル)

 直後、その一帯の蟻が、一度に吹き飛んだ。


◆◇◆◇◆◇◆


「いったい何が……」

 起こった?

 香織は弓を構えたまま、思考を停止させた。

 いきなり現れた異様な姿の巨人。その体からは、何本もの腕が生え、大樹の枝のように広がっている。その姿に、香織は昔読んだ神話の巨人を連想した。

〝百の手を持つ奇怪な巨人は、その力を疎まれ、地の底へと封じ込められた〟

 まさかこれが?

 次に湧き上がるのは疑問。誰が?

 停止した思考の中に、ピーンポーンパーンポーンという場違いな音が、再び響き渡った。

『国から魔獣駆逐のプロが到着しました。先生方はお疲れ様です。今すぐに校舎内のホールに避難して手当てを受けてください。医療チームが来ています』

 教頭――ケビン・フロルの声だった。


◆◇◆◇◆◇◆


「これでいいですか?」

「ありがとう御座います、ケビン教頭」

 零はケビンに頭を下げた。今の放送は、零が頼んで流して貰ったものだったのだ。実際は、国から援軍など来ていない。素直に教師を避難させ、かつ零たちが戦っている姿を見られないようにするための嘘だ。医療チームも来ていないが、ホールには治癒の力を持つマリア・フェレがいる。彼女なら今の放送で、零の意図を理解してくれるはずだと考えていた。

「しかし、なぜ国と連絡が取れないのか、君は分かりますか?」

「おそらくですが、この一帯に闇魔法の結界が張られているんだと思います。人はもちろん、電波すら通さない強固なもの。邪魔者が介入する危険性を潰したんでしょうね」

「君なら、結界くらい破壊できるのでは?」

「今は無理です」

 断言しながら、零は腕についた黒い輪を睨んだ。この制御装置(リミッター)は自分では外せないし、壊すこともできない。かと言って鍵は中央(セントラル)の宮殿最深部に保管されているため、取りに行くことも不可能だ。

 ≪組織≫の一員としての「力」は、独断で勝手に振る舞うことは許されない。ただ、あの程度の魔獣ならば今のままでも十分対処できるだろう。

「零、そろそろ行こっか」

 途中で合流した瑠璃が、窓の外から呼びかける。

「では、ケビン教頭、先生方の誘導をお願いします」

 頷いたのを見ると、零は大量の蟻が(うごめ)く中へ飛び込んだ。

 瑠璃と肩を並べて走り出す。

「ケビン教頭は事情通だから助かるね。もしそうじゃなかったら、私たち姿を隠しながらこの数を相手にしなきゃならなかったわけだし」

「確かに。考えただけで骨が折れる」

 蟻で埋め尽くされた中、零と瑠璃は、まるで世間話でもするかのような態度で会話していた。

 二人対数千。

 常識的に考えたら、笑ってしまうくらい勝負にならない。しかし、零も瑠璃も、何もかも普通ではない。

「どうしよっか?」

「取り敢えず、手当たり次第で。リリは虫って大丈夫なんだっけ?」

「ううん、大っ嫌い。気持ち悪いし」

「言うと思った」

 そんな話をしている間にも、蟻の一団が、二人に向かって襲いかかってきた。方や鋭い牙を向け、方や橙色の液体を吐きながら。

 その蟻の一団に、

「ちょっと待ってろ。話し中なんだよ」

 振り向きもせず言った直後、巨人の百の手が蟻を吹き飛ばした。

 不意の横からの圧力に、硬い甲羅はひしゃげ、歪む。さらに、上空から拳の雨を降らせ、数百の蟻を一瞬で潰した。

「それじゃ、この百手巨神(ヘカトンケイル)は校舎の入り口付近。俺とリリは二手に分かれて半分ずつってことで」

 軽く頷きながら、瑠璃は術式を展開させた。

≪理魔法:火:青炎矢≫

 青白い炎が矢を形作り、一直線に飛んでいく。その数は五本。本来は弓矢に纏わせて放つ術式だが、瑠璃はその圧倒的な魔力量を生かし、疑似的な矢を創造していた。

 高温の矢は豆腐に釘を刺したかのように蟻の体を易々と貫通し、それでも勢いが止まらず、五匹、六匹、七匹、八匹と、次々に巻き込んで、最後には爆発した。

 一方、零は薙刀を生成すると、向かってきた蟻の攻撃を跳躍してかわしつつ、その背に飛び乗る。堅い甲羅を避け、割れ目を狙って一閃。さらにその背から跳躍し、翅を広げて飛び回る蟻の背に飛び乗った。

 ――術式展開。

≪闇魔法:傀儡ノ糸≫

 黒い糸が零の指先から伸び、周囲を飛び回る蟻たちに絡み付くと、突然飛び方を変え、お互いに激突し始めた。その過程で翅を傷つけた蟻が落下し、下にいる蟻も巻き添えにする。ある程度数が減ったところで、まだ空中に残っている蟻を、今度は薙刀で直接地面に叩き落とす。

 空中に身を躍らせたまま、

 ――時間差展開(トラップスペル)発動。

≪理魔法:氷:極寒魔氷域(ニブルヘイム)

 大気中の水分が凍り、白く色づく。その中、小さな渦が生まれると、徐々に広がり、最終的には周囲を全て巻き込んだ。

 体内の液体を(ことごと)く凍らせ、臓器等の動きをそのまま停止させる術式。蟻たちは、外見上は変化がないが、動くこともできないまま死に絶えていた。

 カルディナ校の教員たちが苦戦していた大軍を、零と瑠璃はあっさり潰していった。


感想お待ちしております。

2015/04/05 改訂

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