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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第三章 歯車とパズルのピース
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42話 嵐の前の

中盤は、齧ったことがある人でないと、よく分からないかもしれませんね。

流れだけでもザーッと読んでみて下さい~

「どう?」

「ど、どうって……」

「中には結衣が好きなストロベリーバニラがぎっしり。外は求肥(ぎゅうひ)っていう餅で包んであってモチモチ。さらにカロリーは控えめ。もちろん味も保障する」

「そ、そうだけど……」

「なにか不満が?」

「不満っていうか……」


 ひと拍置いてから―――


「こんなの食べられないよ!!」


 廊下にまで届くであろう大声で、結衣は叫んだ。


「……俺としては傑作のつもりなんだけど」

「い、いや、そういうわけじゃなくて! 傑作だよ。大傑作だよ! でもさ……」


 零が作った雪見大福を指差し、


「そもそも何でウサギなの!?」

「だって結衣、ウサギ好きでしょ?」

「そうだけど! そうなんだけど……」


 頭を抱える少女は、「うぅ……」と苦しそうにうめき声を洩らした。


「えと、天戸君。たぶんですけど、結衣さんが仰りたいのは、『こんな可愛い雪見大福が食べられるわけないじゃないか』ということではないでしょうか?」

「ああ、成程。そういうことですか」

「はい。だってこの……雪見大福? 本物のウサギそっくりですし……」


 効果的なタイミングで出された葵の的確な助言は、零と結衣の双方にとって有難い助け舟となった。かと言って、彼女もまた驚きを隠せないようで、しきりに零がつくったそれ(・・)を眺めている。


「このウサギの目はどうなっているんですか?」

「それは粉寒天をイチゴジャムと一緒にゼリー状に固めて、本物っぽくしてあります」

「じゃあ、この髭は?」

「チョコレートを細く固めただけです」

「この毛皮は?」

「氷を限界まで細かくしたものを上から振りかけてあるんです。『かき氷』みたいなものですよ。触ってみては?」


 零に促され、そっと手を近づけると、熱で氷が溶け、葵の指に小さな水滴を作った。


「冷たい…… 本当に全部食べ物なんですね」

「……まさか先輩まで疑ってたんですか?」

「いえ、ちょっぴり驚いただけです。本当に料理がお上手なんですね。こんなことなら、私も注文すれば良かったです……」


 小さく笑いながら見上げる葵の瞳は、通常よりも幾分か熱を含んでいた。ただ、その瞳に気づいた者は、この教室中にはいなかった。


「さて結衣。いい加減食べないと溶けるよ」

「えぇえ! と、溶ける?」


 まるで死刑宣告を受けたかのように、結衣は弾かれたようにスプーンを手に取った。しかし、そのスプーンは宙を彷徨い、いまだ雪見大福(ウサギ)に辿り着かない。


「ど、どこから食べればいいか分かんないよ~」

「そんなものは知らん」


 結衣の嘆きを、一言の下に切り捨てる。と、そこで何か面白いことでも考え付いたのか。零にしては珍しく、ニヤリと口を曲げた。


「ちょっと貸してみ」

「ふぇ?」


 結衣の手からスプーンを奪い取る。そのまま迷いなく、雪見大福を(すく)った。


「そんじゃ、俺が食べるかな」

「だ、だめ――――!」


 静止の声には耳を貸さず、


「いただきまーす」

「あ――――――!!」


 パクリと一口。餅の食感の後、バニラの濃厚な甘みとストロベリーの甘酸っぱさが口の中に広がった。

 ……うん、まずまずの出来栄えだな。

 腕を組み、満足そうに頷く零。視界の端には、半分泣きそうになりながら、わなわなと手を震わせている結衣がいた。


「さて、もう一口」

「な――――――!!」


 食べようと見せかけて。

 その瞬間、今度は大きく開いた結衣の口の中に、スプーンを滑らせた。


「…………んぐ?」

「うまい?」

「…………んん、ん」


 徐々に結衣の顔がにやけていく。さきほどのお怒りはどこへやら。相変わらず、食べ物のことに関しては目がないらしい。


「おいし――――!」

「そりゃ良かった。もう一口いくか?」

「うん!」


 全てを結衣の好みに合わせたため、良い反応を貰える自信はそれなりにあったが。

 一度味を覚えてしまえば、食べる手は止まらない。モグモグと、先刻まで躊躇っていたことが嘘のようだった。


「あ、あの~ ひとついいですか?」


 申し訳なさそうに、葵。


「その…… 間接キス……ですね」

「…………~~~~~~!!」


 結衣が崩れていく。

 ……結衣が食べるのを途中で止めるとは、珍しい。

 そんなことを考えていた零は、後ろから明に、トレーで思い切り叩かれた。


◆◇◆◇◆◇◆


 ……いや~ ゼロちゃんに言われて来てみたけど。

 ……なんかもう最高だね。ゼロちゃんに感謝!


 零がいる校舎とは別の第二校舎四階。

 そのさらに奥に位置する生徒会室。


「ロン。翻牌(ファンパイ)対々和(トイトイ)。40府3飜は5200(ゴンニ)

「な……に?」

「おお――――! 神だ! この女性(ひと)神だぞ!」


 変わり果てたその教室で、大歓声の中、長い金髪の女性―――マリア・フェレは、勝ち誇った表情を浮かべていた。


「く…… この私が二度も直撃を許すなんて」


 対するは、カルディナ学校生徒会長、藤本千鶴。その表情に、いつもの黒い笑みはなく、代わりに苦痛を浮かばせていた。

 今の一連の会話から分かるように、生徒会は学生として、およそ相応しくない出し物をしている。

 賭場だ。

 雀卓やらトランプ、ルーレットなどが設置され、狭い教室の中で、大の大人たちが、あちこちで怒鳴ったり、汚く笑い合ったりしている。


「さて、ボクの親番だね。そこの……え~と宮城進くんだっけ? サイコロ取ってくれる?」

「はい……」

「ありがと。あ~らよっと」


 妙な掛け声と共にサイコロが振られる。

 自五(ジゴ)

 マリアの山が切り崩され、卓を囲む四人に牌が行き渡った。

 三順目―――


「リーチ」


 最初に動いたのは千鶴だった。

 ……三順目で聴牌(テンパイ)か。

 マリアはそのスピードに驚く。千鶴の配牌は、五向聴(ウーシャンテン)に近いものだった筈だ。場合によっては七対子(チートイツ)にした方が早くなるほど。それを、この少女はたったの三順で聴牌(テンパイ)にしたのだ。

 ……ギッてる? それともぶっこ抜いてる?

 いずれにせよ、マリアの目の前でイカサマ(それら)を成功させてしまう千鶴の腕は相当のものだ。マリアは純粋に感心した。

 ……でもね、上には上がいるんだよ。ボクやゼロちゃんみたいにね。


「ツモ」

「っ!」

門前清自摸和(ツモ)三色同順(サンシキ)、ドラ一。30府4飜の親は11600(ピンピンロク)3900(ザンク)オールだね」


 それはマリアの勝利宣言。勝ちが確定した瞬間だった。


「へぇ~ 見かけに寄らず凄いんだな、嬢ちゃん。俺たちが束になっても敵わなかった生徒会長さんを負かすなんて」

「いやぁ~ それほどでも~ たまたま運が良かっただけですよ」


 もちろん運だけで勝ったわけではないが。

 ……洗牌(シーパイ)の最中に盲牌(もうパイ)して、そのままガン牌したとは言えないよね。

 言ったらどうなることやら。誰も相手をしてくれなくなるだろう。知った上で相手をしてくれる人間など、零くらいだ。


「おい千鶴、元気を出せ」

「わ、私が負けた……」

「泣くな。ガキか」

「な、泣いてないわ」


 教室の端では、千鶴が進に支えられていた。余程ショックを受けたのか。自信もあったのだろう。

 ……ちょっと、やり過ぎたかな?

 マリアは、かつて零に言われた言葉を思い出した。


〝マリアさんは勝負事に一切手を抜きませんからね〟

〝それってダメなことなのかな?〟

〝いえ、ダメじゃないですよ。むしろ手を抜く方が失礼ですからね。ただ、負かした相手が、そのまま潰れないように配慮する必要はあると思います〟


 ……潰れないように、か。


「えっと、千鶴ちゃんだよね?」

「……ええ」


 無言で、スッと手を差し出す。


「…………」


 人に寄れば、それを敗者への憐れみと受け取ったかもしれない。あるいは、勝者の奢りと受け取ったかもしれない。

 しかし千鶴には、相手の目を見て、その意図を察する余裕があった。

 ……この人は違う。

 千鶴はその手を握り返した。


「楽しかったよ。また機会があれば」

「……ええ。こちらこそお願いします」


 笑い合う。幼馴染の急な変わりように、進は困惑する。

 かくして、決して美しいとは言えない友情が生まれた。


◆◇◆◇◆◇◆


 遠く離れた建物の一室。

 髪をショートに切り揃えた少女―――素羅(ソラ)と、灰色の特徴的な髪をした男―――(ハク)は、静かに時が過ぎるのを待っていた。


「……見つけました」

「どこだ?」

「1-Aの教室です」

(トバリ)の言った通りか。本当に学生なんてヌルイことやってんだな。標的(ターゲット)は?」

「……そっちもです」

「オイオイ、なんで同じ教室なんだよ。動きづれーじゃねぇか」


 チッと舌打ちをした後、面倒臭そうに頭をボリボリと掻く。


「分かってるだろうが、撃つなよ。『卵』が孵化するのは明日だ。それまでは絶対に動くな。『シンラ』の連中にも伝えておけ」


 やや乱暴に命令すると、返事も聞かずにその場を離れた。

 脳内に、先日聞いた幼い三つ子―――(トバリ)の声が再生される。


夜は良く(・・・・)眠れますか(・・・・・)ってね〟


 それが意味することは、ただ一つ。

 あの少年…… 自分が戦った黒髪の少年は―――


 ……『零号(・・)』、こんなところに(・・・・・・・)いたのかよ(・・・・・)


 唇を噛み締める。

 ずっと探していた。白だけではない。仲間の全員……とりわけ(トバリ)は、七年前に零号が(・・・・・・・)第一研究所を破壊して(・・・・・・・・・・)飛び出したあの日から(・・・・・・・・・・)、ずっと狂ったように行方を探し求めていた。そのため、大国によって零号が捕えられたという知らせを受けた時、彼の発狂っぷりは大変なものだった。


 ……あの黒い腕輪が制御装置(リミッター)とやらか。


 瞼の裏に染み着いて離れない少年の姿。その腕に、重々しく取り付けられたものを、今一度思い返す。

 強過ぎる猛者(もさ)達の力をセーブする鎖。例え暴走しても、(じぶんたち)には決して刃向えないようにするための首輪。その鍵は中央(セントラル)の大陸連合本部宮殿に、何重ものロックをかけて収納されており、国からの任務以外で手にすることは許されない。

 国の思うがままに操られる人形。


 ……零号よ、俺たちが助けてやる。


 問題は、果たして零がどこまでのことを知っているのか、ということだ。

 ずっと《組織》という檻に閉じ込められていたのなら、何も知らない、いや知らされていない可能性が高い。

 それらを一から説明している暇があるか?


「…………まぁ、いいか」


 フッと肩の力を抜き、懐かしむような表情を浮かべた。

 ―――俺たちは同志(・・)なんだから。


「そうだろう? 兄弟(ブラザー)


 呟きは空の彼方へと消え、誰にも聞こえることはなかった。


次回は文化祭の二日目です。第三章もいよいよ終盤に突入~


感想お待ちしております~

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