42話 嵐の前の
中盤は、齧ったことがある人でないと、よく分からないかもしれませんね。
流れだけでもザーッと読んでみて下さい~
「どう?」
「ど、どうって……」
「中には結衣が好きなストロベリーバニラがぎっしり。外は求肥っていう餅で包んであってモチモチ。さらにカロリーは控えめ。もちろん味も保障する」
「そ、そうだけど……」
「なにか不満が?」
「不満っていうか……」
ひと拍置いてから―――
「こんなの食べられないよ!!」
廊下にまで届くであろう大声で、結衣は叫んだ。
「……俺としては傑作のつもりなんだけど」
「い、いや、そういうわけじゃなくて! 傑作だよ。大傑作だよ! でもさ……」
零が作った雪見大福を指差し、
「そもそも何でウサギなの!?」
「だって結衣、ウサギ好きでしょ?」
「そうだけど! そうなんだけど……」
頭を抱える少女は、「うぅ……」と苦しそうにうめき声を洩らした。
「えと、天戸君。たぶんですけど、結衣さんが仰りたいのは、『こんな可愛い雪見大福が食べられるわけないじゃないか』ということではないでしょうか?」
「ああ、成程。そういうことですか」
「はい。だってこの……雪見大福? 本物のウサギそっくりですし……」
効果的なタイミングで出された葵の的確な助言は、零と結衣の双方にとって有難い助け舟となった。かと言って、彼女もまた驚きを隠せないようで、しきりに零がつくったそれを眺めている。
「このウサギの目はどうなっているんですか?」
「それは粉寒天をイチゴジャムと一緒にゼリー状に固めて、本物っぽくしてあります」
「じゃあ、この髭は?」
「チョコレートを細く固めただけです」
「この毛皮は?」
「氷を限界まで細かくしたものを上から振りかけてあるんです。『かき氷』みたいなものですよ。触ってみては?」
零に促され、そっと手を近づけると、熱で氷が溶け、葵の指に小さな水滴を作った。
「冷たい…… 本当に全部食べ物なんですね」
「……まさか先輩まで疑ってたんですか?」
「いえ、ちょっぴり驚いただけです。本当に料理がお上手なんですね。こんなことなら、私も注文すれば良かったです……」
小さく笑いながら見上げる葵の瞳は、通常よりも幾分か熱を含んでいた。ただ、その瞳に気づいた者は、この教室中にはいなかった。
「さて結衣。いい加減食べないと溶けるよ」
「えぇえ! と、溶ける?」
まるで死刑宣告を受けたかのように、結衣は弾かれたようにスプーンを手に取った。しかし、そのスプーンは宙を彷徨い、いまだ雪見大福に辿り着かない。
「ど、どこから食べればいいか分かんないよ~」
「そんなものは知らん」
結衣の嘆きを、一言の下に切り捨てる。と、そこで何か面白いことでも考え付いたのか。零にしては珍しく、ニヤリと口を曲げた。
「ちょっと貸してみ」
「ふぇ?」
結衣の手からスプーンを奪い取る。そのまま迷いなく、雪見大福を掬った。
「そんじゃ、俺が食べるかな」
「だ、だめ――――!」
静止の声には耳を貸さず、
「いただきまーす」
「あ――――――!!」
パクリと一口。餅の食感の後、バニラの濃厚な甘みとストロベリーの甘酸っぱさが口の中に広がった。
……うん、まずまずの出来栄えだな。
腕を組み、満足そうに頷く零。視界の端には、半分泣きそうになりながら、わなわなと手を震わせている結衣がいた。
「さて、もう一口」
「な――――――!!」
食べようと見せかけて。
その瞬間、今度は大きく開いた結衣の口の中に、スプーンを滑らせた。
「…………んぐ?」
「うまい?」
「…………んん、ん」
徐々に結衣の顔がにやけていく。さきほどのお怒りはどこへやら。相変わらず、食べ物のことに関しては目がないらしい。
「おいし――――!」
「そりゃ良かった。もう一口いくか?」
「うん!」
全てを結衣の好みに合わせたため、良い反応を貰える自信はそれなりにあったが。
一度味を覚えてしまえば、食べる手は止まらない。モグモグと、先刻まで躊躇っていたことが嘘のようだった。
「あ、あの~ ひとついいですか?」
申し訳なさそうに、葵。
「その…… 間接キス……ですね」
「…………~~~~~~!!」
結衣が崩れていく。
……結衣が食べるのを途中で止めるとは、珍しい。
そんなことを考えていた零は、後ろから明に、トレーで思い切り叩かれた。
◆◇◆◇◆◇◆
……いや~ ゼロちゃんに言われて来てみたけど。
……なんかもう最高だね。ゼロちゃんに感謝!
零がいる校舎とは別の第二校舎四階。
そのさらに奥に位置する生徒会室。
「ロン。翻牌、対々和。40府3飜は5200」
「な……に?」
「おお――――! 神だ! この女性神だぞ!」
変わり果てたその教室で、大歓声の中、長い金髪の女性―――マリア・フェレは、勝ち誇った表情を浮かべていた。
「く…… この私が二度も直撃を許すなんて」
対するは、カルディナ学校生徒会長、藤本千鶴。その表情に、いつもの黒い笑みはなく、代わりに苦痛を浮かばせていた。
今の一連の会話から分かるように、生徒会は学生として、およそ相応しくない出し物をしている。
賭場だ。
雀卓やらトランプ、ルーレットなどが設置され、狭い教室の中で、大の大人たちが、あちこちで怒鳴ったり、汚く笑い合ったりしている。
「さて、ボクの親番だね。そこの……え~と宮城進くんだっけ? サイコロ取ってくれる?」
「はい……」
「ありがと。あ~らよっと」
妙な掛け声と共にサイコロが振られる。
自五。
マリアの山が切り崩され、卓を囲む四人に牌が行き渡った。
三順目―――
「リーチ」
最初に動いたのは千鶴だった。
……三順目で聴牌か。
マリアはそのスピードに驚く。千鶴の配牌は、五向聴に近いものだった筈だ。場合によっては七対子にした方が早くなるほど。それを、この少女はたったの三順で聴牌にしたのだ。
……ギッてる? それともぶっこ抜いてる?
いずれにせよ、マリアの目の前でイカサマを成功させてしまう千鶴の腕は相当のものだ。マリアは純粋に感心した。
……でもね、上には上がいるんだよ。ボクやゼロちゃんみたいにね。
「ツモ」
「っ!」
「門前清自摸和、三色同順、ドラ一。30府4飜の親は11600。3900オールだね」
それはマリアの勝利宣言。勝ちが確定した瞬間だった。
「へぇ~ 見かけに寄らず凄いんだな、嬢ちゃん。俺たちが束になっても敵わなかった生徒会長さんを負かすなんて」
「いやぁ~ それほどでも~ たまたま運が良かっただけですよ」
もちろん運だけで勝ったわけではないが。
……洗牌の最中に盲牌して、そのままガン牌したとは言えないよね。
言ったらどうなることやら。誰も相手をしてくれなくなるだろう。知った上で相手をしてくれる人間など、零くらいだ。
「おい千鶴、元気を出せ」
「わ、私が負けた……」
「泣くな。ガキか」
「な、泣いてないわ」
教室の端では、千鶴が進に支えられていた。余程ショックを受けたのか。自信もあったのだろう。
……ちょっと、やり過ぎたかな?
マリアは、かつて零に言われた言葉を思い出した。
〝マリアさんは勝負事に一切手を抜きませんからね〟
〝それってダメなことなのかな?〟
〝いえ、ダメじゃないですよ。むしろ手を抜く方が失礼ですからね。ただ、負かした相手が、そのまま潰れないように配慮する必要はあると思います〟
……潰れないように、か。
「えっと、千鶴ちゃんだよね?」
「……ええ」
無言で、スッと手を差し出す。
「…………」
人に寄れば、それを敗者への憐れみと受け取ったかもしれない。あるいは、勝者の奢りと受け取ったかもしれない。
しかし千鶴には、相手の目を見て、その意図を察する余裕があった。
……この人は違う。
千鶴はその手を握り返した。
「楽しかったよ。また機会があれば」
「……ええ。こちらこそお願いします」
笑い合う。幼馴染の急な変わりように、進は困惑する。
かくして、決して美しいとは言えない友情が生まれた。
◆◇◆◇◆◇◆
遠く離れた建物の一室。
髪をショートに切り揃えた少女―――素羅と、灰色の特徴的な髪をした男―――白は、静かに時が過ぎるのを待っていた。
「……見つけました」
「どこだ?」
「1-Aの教室です」
「帷の言った通りか。本当に学生なんてヌルイことやってんだな。標的は?」
「……そっちもです」
「オイオイ、なんで同じ教室なんだよ。動きづれーじゃねぇか」
チッと舌打ちをした後、面倒臭そうに頭をボリボリと掻く。
「分かってるだろうが、撃つなよ。『卵』が孵化するのは明日だ。それまでは絶対に動くな。『シンラ』の連中にも伝えておけ」
やや乱暴に命令すると、返事も聞かずにその場を離れた。
脳内に、先日聞いた幼い三つ子―――帷の声が再生される。
〝夜は良く眠れますかってね〟
それが意味することは、ただ一つ。
あの少年…… 自分が戦った黒髪の少年は―――
……『零号』、こんなところにいたのかよ。
唇を噛み締める。
ずっと探していた。白だけではない。仲間の全員……とりわけ帷は、七年前に零号が第一研究所を破壊して飛び出したあの日から、ずっと狂ったように行方を探し求めていた。そのため、大国によって零号が捕えられたという知らせを受けた時、彼の発狂っぷりは大変なものだった。
……あの黒い腕輪が制御装置とやらか。
瞼の裏に染み着いて離れない少年の姿。その腕に、重々しく取り付けられたものを、今一度思い返す。
強過ぎる猛者達の力をセーブする鎖。例え暴走しても、国には決して刃向えないようにするための首輪。その鍵は中央の大陸連合本部宮殿に、何重ものロックをかけて収納されており、国からの任務以外で手にすることは許されない。
国の思うがままに操られる人形。
……零号よ、俺たちが助けてやる。
問題は、果たして零がどこまでのことを知っているのか、ということだ。
ずっと《組織》という檻に閉じ込められていたのなら、何も知らない、いや知らされていない可能性が高い。
それらを一から説明している暇があるか?
「…………まぁ、いいか」
フッと肩の力を抜き、懐かしむような表情を浮かべた。
―――俺たちは同志なんだから。
「そうだろう? 兄弟」
呟きは空の彼方へと消え、誰にも聞こえることはなかった。
次回は文化祭の二日目です。第三章もいよいよ終盤に突入~
感想お待ちしております~