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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第三章 歯車とパズルのピース
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41話 無自覚な囁き

もう夏休みも終わりですね~

ちなみに、この小説ではまだ六月です。どんだけ~

誤字脱字等ありましたら教えて下さい~

 その日の朝、同居人―――天戸明の機嫌はすこぶる良かった。

 一見すると、学校でもお馴染みの隙のない無表情である。だが、その些細な変化に、ましてや零が気づかないわけがない。

 良い夢でも見たのだろうか。

 そんなことを考えながら、零はコーヒーを口に運んだ。


「おはよう、零子ちゃん(・・・・・)

「っ! ゴホッ! ゴホッ!」


 危うく吹き出しそうになる。

 慌てて飲み込んだコーヒーは胃に到達することはなく、代わりに肺に流れ込んで呼吸を一時的に妨げた。

 零子ちゃん? どこのどなただそいつは。

 どうやら見ていたとしても、明が見ていた夢は零にとって最悪の部類に属すものだったようだ。


「零、大丈夫?」

「………誰のせいだと思ってる」


 聞いただけでは心配しているように聞こえる明の台詞も、含み笑いと共に発せられれば一気に信憑性を失う。

 もう少し暴れてでも、あの姿を明に見せるべきではなかったと、零は今更ながらに後悔した。


「今日……文化祭」


 そんな零の心の内を知ってか知らずか―――いや、おそらく知ってているのだろうが―――明はあくまで変わらぬ調子で話を進めた。


「零は、何か予定ある?」

「いや、特にはなかったと思う。敢えて言えば、クラスと生徒会の仕事にこき使われることかな」

「休憩時間とかは?」

「まぁ、貰えれば、一通り回ってみたいとは思ってる。なんせ、学校の文化祭って今まで見たことないしね」


 実際はかなり微妙なところだが。

 結局最後まで、教室のセットや、そのための材料の買い出し―――いわゆる準備に、精力的に取り組むことはできなかった。(と言っても、零にも言い分はあるが)

 そうなると、担任やクラスメイトに、一日中働かされることも十分に考えられる。


「そのときは……」

「ん?」

「その、私も……いい?」


 一瞬、明が言う「いい?」の意味が分からず、目を白黒させてしまった。それを誤解したのか、徐々に不安が滲み始めた明の表情を見て、零は珍しく少し慌てた。


「ああ、別にいいよ」


 断る理由はない。

 明は一瞬だけ目をパチクリさせるが、それも束の間、笑顔へと変わった。

 それは月明かりの中、一面に咲き誇る月の花を連想させた。静かに美しく、けれどどこか儚い夢のような……

 その笑顔に吸い込まれる。

 おそらく初めて見た、明の心からの笑みだった。

 それをぼんやりと眺め、ふと上機嫌なのは自分も同じかもしれないと考えていた。


◆◇◆◇◆◇


 学校に到着すると、教室は既に喫茶店の体を成していた。

 並べられた机の上には、赤と白のチェック柄のテーブルクロスが敷かれ、中央には黄色い花が置かれている。広い窓にはカーテンが掛かり、光の具合を調節している。

 なかなかどうして、本格的な雰囲気である。


「あら、おはよう。天戸くんに明さん」

「……藤本先生、お早う御座います」

「……お早う御座います」


 零と明の挨拶がワンテンポ遅れたのは、彼女の腕に巻かれた「店長」という腕章に対して、どのようなリアクションを取るべきか迷ったからである。

 軽快な足取りでやって来たのは、いつもよりも幾分か気合いが入った藤本香織だった。


「はい、二人には早速だけど、働いて貰うわ」


 そう言って、香織は二つの衣装を取り出す。

 明が手渡された服は、お約束とも言えるメイド服だ。白と黒の一般的な色合いで、その落ち着いたデザインは明によく似合いそうに思えた。

 一方、零が手渡された服は黒を基調としたもので、以前に義之が着ていたものとは異なっていた。見方によっては、どこかの豪邸に仕える執事にも見えるだろう。何にせよ、もっと奇抜なものを予想していた零は、着ることに意外と抵抗がないデザインであったため、内心でホッとした。


「早く着替えて準備なさい。もうそろそろ始まるわよ」


 チラリとカーテンをめくり、外を見ると、もうすでに校門には行列ができていた。間もなく開催である。

 別室にて着替えを済ませた零は、何やらそわそわしながら廊下をうろうろしている芽衣を見かけた。彼女の仕事は「客引き」だろうか。握っている画用紙には、「1-A メイド&ホスト喫茶店☆ 是非あそびに来てね!」と書かれた丸文字が踊っていた。


「あ、レイ……」

「宣伝係?」

「まぁ、そうね。本当ならこんな格好で廊下には出たくないんだけど……」

「我らが担任様のご命令か」

「……ええ」


 苦々しい笑みを浮かべる芽衣に対して、零は呆れたように天を仰いだ。確かに適材適所とは言えるが、本人の意思をもう少し尊重しても―――と思ったが次の瞬間、香織の笑い声が脳内に再生され、そんなことは考えるだけ無駄だろうという結論に至った。

 無言で芽衣の肩に手を置く。

 すでに同じ思考経路を辿っていたのか、自分の肩に無言で置かれた手の意図を、芽衣はしっかり理解したようだった。


「ナンパとか……気を付けろよ」


 言ってから、気を付けようにも無理なことに気が付いて苦笑した。向こうから一方的に来るものに対して、どう気を付けようというのか。

 しかし、芽衣の反応は悪くないものだった。


「……もしかして心配とか、してくれてる?」

「そりゃあ、心配くらいするだろ?」

「そっか…… そうね」


 チラリと窺うような視線に、零は「おや?」と首を傾げた。特に喜ばせるようなことを言ったつもりはなかった。心配することだって、零にしてみれば当然のことだ。特に文化祭時はどうしても人々の自制心が薄れ易い。

 それでも、芽衣の満足そうな表情は変わることがなかった。


◆◇◆◇◆◇


 派手なクラッカー音と共に、国立カルディナ学校文化祭一日目は始まった。

 1-Aの場所は普段の場所と異なり、調理室の真横に位置している。それは、この喫茶店のメニューには、モカやカプチーノといったコーヒーの他に、ケーキやアイスなどの副食も含まれているからだ。それらの食品は、全てこの調理室で作られ、運ばれてくることになっている。その仕事を調理部の人間に頼んだのは、なんと担任の香織本人だという。

 そんな香織の努力もあってか、「メイド&ホスト喫茶店☆」はなかなか、いや、かなり繁盛していると言って差支えないほどの列を作っていた。そしてその中で、零は気難しい顔をしていた。


「……疲れた」

「おい! まだまだ客は来るぞ! 休むな!」


 奥の椅子にどっかりと座る零に、義之は喝を入れた。極限まで削られた体力に、彼の無駄に大きい声はよく響く。


「クマぁ…… 人を過労死させるつもりか」

「お前を指名する女性が多いんだから仕方ねぇだろう。寧ろ幸せなことだと思え。それにな、お前と同じくらい人気の明さんはまだ頑張ってるぞ」

「……知ってるよ」


 明は、数人の男を相手に会話を―――喋っているのは男の方だけだが―――していた。やたらとテンションを上げて話す彼らに対しても、明はいつも通りの無表情。話しかけられれば返事はしていたが、それ以上は口を開かなかった。義之によれば、あのクールな態度が需要があるのだとか。確かに、明らしいと言えば明らしいのかも知れない。


「天戸くん~ お客さんよ。お願いね~」

「分かりました」


 小休止を終える。

 椅子から立ち上がって振り返ると、


「結衣と……柳沢先輩?」

「零く~ん、やっほ~」

「あ、どうも。えと……お邪魔でしたか?」


 着物姿の結衣と葵がそこにはいた。


「おぉ~ それ執事服? よく似合ってるね~」

「あ、私も……そう思いました」

「それはお二人もね」


 周りの男子の目を引き付けて止まない二人に、零は心から賛美の言葉を送った。「そう? ありがとー」と遠慮なく笑う結衣と、「え、えと、どうも……」と赤くなって恐縮する葵の反応は対照的で、二人の仲が良いのも何だか頷ける気がした。

 取り敢えずお客様ということで、席に案内する。


「なんか食べる?」

「雪見大福!」

「了解」


 結衣の対応は三秒で済んだ。隣で見ていた葵は「本当に仲がいいんですね」苦笑し、自身はブレンドを頼んだ。

 葵にコーヒーを渡してから、零は再び立ち上がる。


「……んじゃ、行ってくる」

「へ? どこに?」

「隣。調理室」

「えっと、なんで?」


 結衣は意味が分からないという表情で葵を見ると、彼女も同じような表情で見つめ返してきた。


「結衣の雪見大福は俺が作ろうと思ってさ」

「え…… い、いいの?」

「そっちの方がいいでしょ?」

「まぁ、そうなんだけど……」


 なおも渋る結衣に対して、ふわりと後ろから、耳元でそっと、囁いた。


「結衣のために、特製のやつをつくってやるよ」


 直後、教室の外の、まだ並んでいる客の間から、黄色い歓声が上がった。

 それらの声を全て無視し(正確には、その声の意味をよく理解していなかったのだが)、零は教室の扉へと向かう。その一部始終を見ていた熊沢義之と藤本香織は、驚いたように目を丸くして零に駆け寄ってきた。


「おいおいおいおい、大丈夫なのか?」

「……何が?」


 質問の意図を図りかねて聞き返す。


「さっきの話だよ。お前、料理なんてできんのか?」

「変なもの食べさせて、このクラスの売り上げを落とすような真似は許さないわよ。できないのならば、売り上げのためにやめないさい。あなたは、いるだけで売り上げに貢献できるんだから」

「……どんだけ必死なんですか」


 義之はともかく、この悪魔(サタン)は売り上げにしか興味はないのかと思い、零は顔を引きつらせた。今の台詞の中で、すでに「売り上げ」と三回も口にしたことが良い証拠である。


「……お二人が心配するようなことにはなりませんよ」

「本当ね? 調理室には古池君がいると思うけど、それでも本当ね?」

「あぁ、それは予め排除して頂けると有難いです」

「分かったわ。待ってなさい」


 香織が、任せろとばかりに親指を立てた。口の端から除く歯がキラリと眩しい。


「天戸、俺にできることはあるか?」

「んじゃ、粉寒天って調理室にある?」

「いや、リストにはなかったはずだ。調達してきてやる!」


 義之も、任せろとばかりに親指を立てた。口の端から除く歯がキラリと眩しい。

 意外とこの二人は、良いコンビではないかと思った。


 後ろでは葵が、「結衣さ~ん、しっかりして下さい!」と言って結衣を抱きかかえている。

 零は気づかなかったが、結衣は先ほどの零の囁きで、空気が抜けた真っ赤な風船のようになっていた。


 カルディナ学校文化祭は、まだ始まったばかりである。


お話の展開が遅い気がします……

でも早くすると雑になっちゃうし、う~む


感想お待ちしております~

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