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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第三章 歯車とパズルのピース
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39話 黒歴史再び

誤字脱字ありましたら教えて下さい~

やっぱこれでしょ~

「こ、これは……」


 息を切らしながら、熊沢義之は感嘆と感動の入り混じった声を漏らした。


「傑作ね。元が美形だからかしら」


 続いて声を発したのは藤本香織だ。義之と同様に息を切らしながら、己が才に陶酔している。


「軽傷者十二名、死者一名…… 決して軽い被害とは言えなかったけれど」


 呟きながら、死者―――古池淳には目もくれず、芽衣は懐かしむような表情を見せた。



「「「美人だ――――っ!!!」」」


 叫び声が上がったのは、その直後。1-Aの生徒がそれぞれ十人十色の反応を示す中、視線の的になっている少年(・・)は「貴様らぁ……」と殺意の籠もった一言を発した。

 一般人程度ならばそれだけで気を失うほどの殺気の塊は、今回ばかりはまるで威力を発揮しなかった。

 無理もない。殺気を放っている人物が、どこからどう見ても可憐な少女(・・・・・)にしか見えないのだから。

 いくら戦闘力が優れていようと、殺すわけにもいかない学生三十人余りから、しかも一斉に取り押さえられれば抵抗も虚しく終わる。(それでも負傷者は大勢出たが)

 零はなんと、ウェイトレスの格好をさせられていた。


「ちなみに、あのカツラも私の手作りよ」

「先生さすがっス!」

「恐れ入りやした先生(デーモン)、いや先生(サタン)!」


 鼻高々に語る担任を、零は殴り殺してやろうかという衝動に駆られた。……なんとか抑えたが。

 激しい眩暈の中、零は巫女服姿の白い髪の少女が近づいてくるのを見た。

 明だ。

 長い髪を後ろで束ね、白と赤の巫女服に身を包んだ明は、普段のイメージと大分異なって見えた。零がいつも通りのコンディションであったならば、鈍感ながらも顔を赤らめるくらいの反応は示したかも知れない。ただし、今の零に他人を褒めるほどの心のゆとりは、残念ながら残されていなかった。とは言っても、明自身はそんなことを気にした様子もなく、寧ろ零の女装を楽しんでいたため、どちらが良かったとは一概に言えなかったが。


「零、私はアリだと思う」

「……余計なことは言わんでいい」

「だって、本当に綺麗。道を歩いていても誰も女であることを疑わない」

「え、なに? 喧嘩売ってる?」


 零の眼光を、明は無表情のまま「てへ」と言って受け流し、目を逸らした。

 また、とある女生徒は語った。


「なんというか…… 女の私が嫉妬するぐらいよ、天戸君」


 純粋に褒められても困るだけだ。そもそも嬉しくない。零は返答に窮し、無言でいるという選択をとった。


 とある男子生徒は語った。


「マジかよ…… なんでお前、男なんだよ。女だったらほっとかねぇってマジで」


 寧ろなぜ女装をしているのかをツッコむべきではないのかと疑問に思いつつ、ほっといて欲しいと声にならない望みを抱いた。返答に窮し、またもや無言で場を繋ぐ。


 とある古池淳は語った。


「天戸零、僕はあなたのことを誤解していました。謝ります。そして……結婚しましょう! 本当は男だとか、そんなことは関係ありません! いや、寧ろ男だからこそ……」


 彼の言葉は最後で語られなかった。

 今回も、零は無言だった。ただし、今回だけは渾身の膝蹴りが淳の顎に炸裂した。

 鼻血を噴きながら、淳の体が宙に舞う。「あ、なんだ古池君、生きてたんだ」という芽衣の声をバックに聞きながら、淳は床に叩きつけられ、静かに目を閉じた。その時、彼の表情が満ち足りていたことは、誰も知らない。


「そんなことよりもさ、先生」


 淳が吹っ飛んだことを「そんなこと」の一言で片付けた義之は、密かに香織に耳打ちをした。


「せっかくだから、記念に全体写真でも撮りたいと思いませんかね?」

「あら奇遇ね。私もちょうど同じことを考えてたのよ」

「やっぱこのラインナップでそれを考えない奴はいませんよね」


 義之は、まず芽衣(メイド服)を見て、次に明(巫女服)を見て、最後に零(ウェイトレス)を見た。

 小さい声で、「三大美女でいくね?」と呟く。

 ちなみに、二人の会話を読唇術で読み取っていた零は……

 全速力で逃亡を試みた。


「しまった、感付かれたか!」

「全員、緊急指令! 天戸零を取り押さえよ。繰り返す。天戸零を取り押さえよ」


 どこかの軍隊のような指令が流れ―――


「「「うおおぉぉおおぉおぉぉおお!!!」」」


 一致団結した集団が再び零に襲いかかった。

 余程焦っていたのだろうか。

 零がとった行動は、必ずしも最善とは言えないものだった。

 まだ授業中であるという安易な考えから、零はなんと、廊下に飛び出たのだ。

 不幸は重なる。

 そこに、ちょうど居合わせた人物がいた。


「…………へ?」

「…………はい?」


 結衣と葵だった。

 二人はまず、授業中にいきなり教室から飛び出してくる影に驚き、次に飛び出してきた人間の格好に驚き、さらにはその後からぞろぞろと出てくる意味不明な集団に腰を抜かした。

 そんな結衣たちに構っている暇は、今の零にはない。

 身につけられたおぞましい衣装のボタンをはずしながら、廊下の壁を垂直に走り、障害物を飛び越え、全速力で風のように駆け抜けた。


「姉さん、何やってるのよ! 何で捕まえてくれなかったの!?」

「えぇえ! だって…… あ、芽衣ちゃん、メイド服かわいいね~」

「あぁ、えと、ありがと…… じゃなくて!」


 のほほんと笑う姉では埒が開かないと考え、横でポカンとしている葵に尋ねる。


「柳沢先輩! レイがどっちへ行ったか分かりますか!?」

「え、あ、天戸君ですか? さぁ…… すごく綺麗な女の子なら凄いスピードで走っていったのが見えましたけど……」

「それです! そいつです!」

「は? え? ええええ! ど、どういうことですか!?」

「え、なになに! 今のもしかして零くんだったの~!?」


 混乱する葵に一から説明するには時間はなく、芽衣たちは完全に零の足取りを見失う形となった。

 クラスメイト一同(特に男子)が悔やんだのは言うまでもない。

 ちなみにその日、零は二度と教室に姿を現すことはなかった。


◆◇◆◇◆◇


 その半壊したコンクリートの建物は、人の存在を頑なに拒み続けていた。

 入口付近から湧き出る奇妙な虫は生ける草木を隈無く食い潰し、上空を旋回する(カラス)に似た鳥は耳をつんざくような声で鳴き、至る所に滲む赤黒い斑点は、その一つ一つに呪詛の声を宿していた。

 廃墟だ。

 その廃墟に近付く男の影が一つ。

 その瞬間、虫は散り、鳥は逃げ、呪詛は沈黙した。

 男は気にも留めず、建物の中へと足を進める。床を埃ごと踏み潰し、奥へと足を進めると、迷いなく扉を開けた。


「よぉ『(トリ)』、おかえりぃー」


 薄暗い空間から響く女の声。それを合図に、中にいた数人が扉の方を振り向いた。


「あぁ、(ハク)。今帰ったのか。今回は随分と遅かったな」

(わり)ーな。手間取っちまった」

「ねぇねぇ、あたしの『卵』は?」

「ハイハイ、ちゃんと埋めて来たに決まってんだろ」


 言いながら服を脱ぎ、脇腹の傷を見る。急所は外していたが、浅いとは言い難かった。

 カルディナ学校で零に負わされた傷だ。


「何それぇー? 来る途中で獣にでも引っ掻かれたぁ?」

「うっせーよ。これは任務中に負ったんだ」

「はぁ? 今日あんたの場所って東国の学校でしょ?」

「だから、その学校に通うガキに付けられたんだよ」

「えぇ~? 冗談やめてよぉ~」


 女はスナック菓子を頬張りながら甲高い声でケタケタと笑う。つられて、周りを囲っていた数人も笑い出した。

 自分の台詞がまるで信用されていないことを理解した白は、「ホントだっつーの」と小さく不平の声を漏らすも、考えれば無理もないことだ気付いた。やり場のない(わだかま)りを舌打ちで和らげようと試みるも、女の笑い声はそれすら打ち消す。カビ臭い空間にはスナック菓子の独特匂いが蔓延し、いつもの事ながらも眉をひそめた白は、不機嫌そうな表情のまま自分で傷の手当てを始めた。

 しかし、その話を冗談と思わない人物もいた。


「白、その話を」

「ぼくたちに詳しく」

「教えてくれないかな?」


 声変わり前の男子特有の高い声が、広がりかけた笑いの波をピタリと止めた。

 がさつな手当てを行う白の前にやってきたのは、些か場違いにも思える三人の幼い子供。しかしその三人は身長や声、そして顔のつくりまでもまるで同じだった。

 三つ子だ。


「カルディナ学校に通う生徒に」

「その傷を負わされたって?」

「どんな奴だったんだい?」


 薄く笑いながら―――

 いや、笑い顔が貼り付いている(・・・・・・・)と形容した方が良いか。

 感情が感じられない。声もどこか機械じみていて生気がない。

 這い上がるような怖気を帯びる無邪気な笑みは、さっきまで蒸し暑かった空間の温度を一瞬低下させた。

 誰もが自分の言葉を信じない中、意外な人物が食いついたことに驚きを隠せなかった白の返答には、自然と多くの間が空いた。


「…………氷と風の魔法を使う黒髪のガキだった」

「他には?」

「あん? 他?」

「そう。他には何もなかったの?」


 くすくすと乾いた笑い声を上げながら、三つ子の子供は追求し続ける。白は、何故それほどにこだわるのか疑問に感じ、思わず三つ子の顔をまじまじと見つめた。周囲の面々も思うところは同じだったようで、「ちょっと『(トバリ)』、どうかしたのぉー?」などと尋ねている。しかし、帷と呼ばれた三つ子は相も変わらぬ薄笑いを浮かべながら白の返答を待っていた。


 ―――他には、か。

 一つあった、印象的なことが。

 白の心臓を鷲掴みにした「恐怖」という感情。それを久々に感じさせたあの匂い(・・・・)だ。

 もしかして、コイツは何か知っているんじゃないだろうか?

 そんな期待は、白の口を開かせた。


「……尋常じゃない死臭を纏ってたな。あれは間違いなく()ったことがある奴の匂いだ。それも一人や二人じゃない。大虐殺の類だ」



 それを聞いた三つ子は、にぃっと口を曲げ―――


「「「ふふふ……」」」


 カクカクと、壊れた人形のように―――


「「「あはははははははははははははははは!」」」


 狂った。

 空いた口からはボトボトとよだれが垂れ、血走った目からは混沌を覗かせた。


「白、お願いがあるんだ」

「今度会ったら聞いてみてよ」

「あはは! 聞いてみよう聞いてみよう」


 三つ子は笑い続け、血走った目を白に向けた。


「「「夜は良く(・・・・)眠れますか(・・・・・)ってね」」」


 それを聞いた者の全員が、言葉を失って固まった。

 

伏線回収に向けて第一歩。

感想お待ちしております~

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