38話 悪魔の忘れ物
後半ちょっとはっちゃけ気味……
誤字脱字等あったら教えて下さい~
「牙」とは大陸の東端を本拠地とする、元々はテロ組織だった。
テロ組織とは言っても、無闇やたらと破壊を好む集団ではなかった。彼等の行動の裏には確固とした信念、曰わく「大儀」がある。「牙」の目的は、神の名の下に理不尽な上下関係のない世界を創ること、つまり弱きを助け、強きを挫くことだった。それ故、少なくない人間が彼等を「義勇軍」と称え、中には信仰し、共に十字架を掲げる者すらいたという。
誰かが言った。彼等は英雄だと。
また誰かが言った。彼等は我々の救世主だと。
「牙」の支持は日を追うごとに上がり、所属する人員は徐々に増え、ついには国家レベルの規模にまでその影響力と軍事力、そして政治力を拡大させた。偉大なる正義の国家の誕生かと思われた。
しかし、そんな英雄の国も、呆気なく歴史から消え去った。
今から七年前のことである。一日、いや、たった数時間の間に、千に近い数の人間はまるでミキサーにでもかけられたかのようにバラバラになり、土地は生き物が住むことの叶わない血の池と成り果てた。
後に【血塗れた十字架】と呼ばれる事件である。
地獄絵図。
壁という壁にはペンキで染め上げたかのように血がべっとり貼り付き、床には白目を剥いた生首や、まだ温かい臓器、脳みそが散乱していた。
調査に来たある者は、その生臭い死臭だけで嘔吐した。
またある者はその日以降、夢遊病のようにふらふら歩くようになった。
またある者はその光景を見た瞬間に失禁し、狂ったように自分の皮膚を爪で引っ掻き始めた。
血だまりと死体の池は人間の精神を狂わす毒を吐き続け、その狂った領域はしばらくの間立ち入り禁止になった。
結果的に分かったこと、それは死体のどれもに刀傷らしきものがあったということだけだ。
近隣に住む村の住人は語る。
事件があった日、まだ幼い黒髪の少年がその場を訪れ、そしてすぐに去ったと。
その少年は自分の身長と同じか、それ以上の大太刀を持っていたと。
「牙」に所属する人間は、その誰もが強靭な肉体と精神を持った人間で、しかも一人の有能な指導者の下、一つの意志によって統一されていた。それ故に大国すら迂闊に手を出せず、それがさらに人々の支持を集めていた。
誰が信じられようか。
それを滅ぼしたのが、たったの一人だったなど―――
誰が信じられようか。
それが、まだ十もいかぬ子供だったなど―――
その子供は後に四大国によって捕らえられ、その非人道的な行為から、一部の人間によってこう呼ばれた。
「悪魔の忘れ物」と―――
◆◇◆◇◆◇
「『牙』って……」
瑠璃の目つきが変わった。
あまり良くないことが起きる予感めいたものを感じたのだろうか。感情を消し、目を細めた。
「傭兵団がこんな所へ何をしに来たのでしょうか?」
「分からないね…… 今の『牙』は昔と違って、金のためなら何でもする裏社会の集団だ。……あまりいい予感はしないね」
二人の言う通りだった。
数年前から、少数の男女から成るある集団が裏社会で暗躍するようになった。大陸の東に陣を置き、金で動く庸兵団。彼等は、かつて壊滅した組織の名である「牙」を名乗りだした。
ただし、今度の「牙」は、義勇軍と讃えられたかつてのものとはまるで異なる「傭兵団」だった。全ては金で動くためどこにも属さず、護衛や暗殺などの仕事も選ばない。昔と共通することは、強力な軍事力を持っているがために迂闊に手が出せないいうことだけだ。
零はふと、疑問に思ったことをマリアに尋ねた。
「マリアさんはどうしてその風術師が『牙』の人間だと?」
「ああ、前にね、エイダさんが『牙』の様子がおかしいって言ってたことがあってね。潜入してたみたいなんだよね」
「えぇ!? エイダさん…… 仕事してたんだ……」
「はは……」
驚く瑠璃に、零は敢えてツッコまなかった。驚きたい気持ちも十分、いや寧ろ驚かない方がおかしいとも言えたからだ。
「まぁ、そのエイダさんからね、『牙』の潜入時に、『ずっと空中に浮かんでる男』がいたって聞いたことがあるんだ」
零の体がピクリと震えた。
「その男、髪は灰色で背は長身、独特のイントネーションで話す人間だったらしいよ。残念ながら警備が厳しくてエイダさんですらそれ以上は分からなかったみたいだけどね。どう? ゼロちゃんが戦った人間と同一人物じゃないかな?」
間違いはなかった。一致する項目は「髪の色」と「風術師」という二点だけだったが、零は三つ目の項目から、その曖昧さを確信へと変えた。
それは何か?
単純に「力量」である。
ずっと空中に浮かんでいた――― はっきり言ってこれは異常である。例えば零の場合、風魔法で空中に浮かんだとして、今の状態では五分が限界であろう。瑠璃の場合、十分は持つだろうが、いずれにしても「ずっと」は不可能である。魔力のコントロール、パワー、そして量、どれをとっても常人の成せる業ではない。零や瑠璃ほどの人間であったとしてもだ。
「何にせよ、これから良からぬことが起きる可能性が高いね」
「そうですね。今回は逃がしてしまいましたが……」
……?
逃がした?
その瞬間、零は逃げ去った風術師に、奇妙な既視感を抱いた。
脳裏に浮かんだのは先日の校内模擬大会、古池淳が召喚した魔獣―――狐蛇。
なぜ?
答えは出ない。何かが引っかかっている。その違和感の正体は分からないままだ。
「零? どうかした?」
「……いや」
心配そうに覗き込む瑠璃に曖昧な返答を返したまま、零は教室を出た。一限目は、もうとっくに始まっている。
結局、違和感の正体は掴めぬまま、零は二人と別れて自分の教室へと向かった。
◆◇◆◇◆◇
それが自分の教室であると気付くには、しばらくの時間が必要だった。
「明さん、今度はこの紺のセーラー服を是非!」
「じ、じゃあ…… それが終わったら、こっちのチャイナドレスを……」
「いやいや俺が先だろ! さっきからずっと並んでんだぞ!」
「うげっ! 何よこれ、こんな短い服を着せてどうするつもり? この変態!」
「あれ? 月下さんがいないよ?」
「芽衣ちゃーん、こら逃げるな! みんな着てるんだからあんたも着なさい!」
「う……」
「クマ、男子の様子はどう?」
授業中にも関わらず、1-Aの教室ははまるで宴会場だった。座っている人間は一人もおらず、また制服を着ている人間も一人もいない。教員が廊下を通りかかろうものならば大目玉を食らいそうな光景である。しかし、騒ぎの中心にいるのがその教員というのはどういうことなのだろうか。
目の前に広がる大コスプレ大会らしき催しから、やっとの思いで目を逸らした零は、開きかけた教室のドアを半ば無言で閉めた。
「くぉら、そこの不良! さっさとこっちに来なさい! みんな、捕らえて!」
「なに! 天戸だと!?」
「やった! ようやく零くんキタ――――!」
「え…… れ、零?」
……立ち去ることは認められなかった。
突然開いたドアから伸びる無数の手は、零の抵抗も虚しく、混沌の空間に引きずり込んだ。
「ふふ…… ようやく帰ってきたわね」
魔女のような妖しさと妖艶さを醸し出しているのは、かの悪魔だ。その威圧感たるや、零をたじろがせ、半歩下がらせるほど。そして零の嗅覚は、ある臭いを捉えた。
「藤本先生…… もしかしてお酒入ってますか?」
「……黙りなさい」
「図星ですか。何やってるんです? 朝っぱらから」
仮にも今は授業中のはずだった。現に他のクラスは極めて真面目に勉学に励んでいる。Aクラスでこの不真面目さは、さすがに目に余るところがあるのではないだろうか。
「いいのよ。どうせ教室は防音の壁で区切られてるし、それにここは私のクラス。つまり私がルールよ!」
滅茶苦茶だった。
零はアルコールのせいでハイになっている担任に顔を引きつらせ、教室を見渡した。
窓は閉まっている。どうやら、マリアの警告はしっかり行き届いているようだ。どっちにしろ、ここまで騒がしければ戦闘音も聞こえなかっただろうが。
「よう天戸、随分と遅かったが、何かあったのか?」
「クマか。まぁ、そんなことよりも……それはなに?」
再び顔を引きつらせながら、義之が着ている服を指差す。
なんともチャラチャラした服だ。全く似合ってない。
「これか? 俺たちの衣装だ」
「へ~ 大変だね」
だいぶキツそうに見える。
ついでに言うと暑そうである。
「俺のことはいいんだよ。それよりもお前はあっちを見ろ」
「あっち?」
義之が指差す方に目を向ける。
男子生徒の塊しか見えない。
「かわいいよなぁ……」
「ぶっ!」
奇知外じみた一言に、零は思わず正気を疑った。男子の集団を見ながらウットリしている義之は、端から見るとただの狂った変人にしか見えない。しかしそんな零の思考を読み取ったのか、「いやいや違うからな!」と慌てて否定し、説明を付け加えた。
「いいか? あの向こうには女子がいるんだ。もちろん明さんや月下さんもな」
「ああ、それでか」
それなら分からなくもないかも知れない。零自身、どんな様子なのか見てみたい気がする。
……というか、文化祭の日はメイドとホストの喫茶ではなかっただろうか。
ナース服やセーラー服やチャイナ服がかかっている大量のハンガーを見て、零はふと眩暈に似たものを感じた。
「さて天戸、お前もやれ」
「……は?」
変な声が聞こえた。
「みんなやってるのにお前だけ制服は不公平だ」
その声を合図に教室の騒ぎが静まり、何十もの視線が零の方を向いた。Aクラスの男女が鬼気迫ると言っても過言ではない表情で手を前に出し、徐々に迫ってくる。
「……みんな、何か目が血走ってるんだけど」
恐怖を感じた。にじり寄って来る人間というものが、これほどまでに恐怖を煽るとは思ってもみなかった。後ずさりしながら教室のドアへと向かう。
誰かにぶつかった。
芽衣だった。
「レイ! 逃げるのは許さないわよ!」
「なぜお前はこういう時だけ邪魔をする!?」
投票の時もそうだった。
なにか執念でもあるのか。
「さて、観念しろ」
「あぁ、ようやく目の保養ができる……」
「じゃあ……何のコスプレさせようか?」
何にせよ、出口を塞がれた零に逃げ道はない。
「零…… ご愁傷様」
ポツリと……
耳に残った明の台詞を最後に……
滅多に聞くことができない零の悲鳴が、教室中に響き渡った。
何を着せよっかな~ 現在思案中~
感想お待ちしております~