37話 因縁
やっと投稿できました……
待たせて申し訳ないです……
誤字脱字ありましたら教えて下さい。
素羅からの話を聞いて現場にやって来た白が最初に目にした人物は、特に変わった様子もない普通の学生だった。
髪と瞳の色は塗り潰したような漆黒。
武器などは所持しておらず、素手だ。
(ふーん、アイツが?)
白は顔をしかめた。
想像とあまりにもかけ離れていたため、何か手違いがあったのではないかと疑ったのだ。それも無理はない。目の前には予想を裏切る華奢な少年がひとり。自分の仲間が二人も翻弄されていたとは、まるで想像ができなかった。しかも、その中の一人はあの素羅だ。
しかし、体中から血を流して倒れている自分の仲間を見たとき、期待はあっさり裏切られたことを悟った。
「は、白さん…… 来てくれたんですか」
「……オイオイ、ひでーケガだな。大丈夫か?」
抱き起し、慣れた動作で傷口を調べる。
決して浅くない傷ばかりだったが、そのどれもが見事に急所を外れていた。そのことから、殺すのが目的ではないと判断した。
少年を見据える。
白が創り出した大気の渦は少年の自由を奪い、いまだ地に縛り付けている。
圧倒的優勢。少年からしたら圧倒的な劣勢だ。
しかしその目に焦りは見当たらない。冷静に状況を分析し、打開策を練る策士の目だった。
「気をつけて下さい…… そのガキ、なんか変です」
言われるまでもない。
厄介な相手だと早々に認識した白は、ここで少年の息の根を止める決断を下した。
迷いはない。今までに何人も殺してきた。女も子供も、赤子も。
(どうやってその歳でそこまでの戦闘技能を得たのかは知らねーが……)
当日に計画の妨げになる要素は潰しておくべきだ。
白は動けない少年に向かって、膨大な魔力を練った。
◆◇◆◇◆◇
少なからず、零は驚いていた。
今自分を閉じ込めている大気の渦、これは「術式」ではない。ただ単に空気に魔力を練り込んだだけの「魔法」だ。
魔法だけでここまでの威力を出せる人間を、零は今までに一人しか見たことがない。
【天空神《ウラヌス》】の異名を持つクォン・ジハだ。彼は風魔法の第一人者で、それに関しては零は勿論のこと、瑠璃すら上回る。目の前の灰色の髪をした男は、風魔法の威力にかけてはクォンと同等の威力だと判断した。
これはおかしなことだった。明らかに一般人が扱える魔法の域を超えている。普通ならば魔力の練りすぎで体に異常が起こるか、運が悪ければ血管が破裂し、死に至る場合もある。
男の様子を探る。炎症どころか、息切れすら見られない。
一体どんな仕掛けがあるのか。いきなり現れたこの男は何者なのか。
しかし思考の余地は与えられなかった。
男の手に集まる高密度な魔力に、零は敏感に反応した。魔法陣が組み上がり、そのまま放たれる。
≪理魔法:風:鎌鼬≫
三日月状に固められた空気が無音で、しかし恐るべきスピードで迫る。予想を上回る展開速度に、零の判断は一瞬遅れた。そして戦闘において、「一瞬」は常に明暗を分ける。今回は零が「暗」となった。
音速の鎌が迫る。今さら術式を展開させる時間はない。魔法で氷の壁を創っても、「術式」がそれをあっさり貫通することくらい目に見えている。しかし、零は大気の渦に飲まれて動けない。
普通ならば諦め、その死神の鎌に首を委ねるだろう。白もこのとき、零の死を疑わなかった。そして、これが白の痛恨のミスとなった。
白は忘れていたのだ。自分の部下が二人も口を揃えて、「あの少年は何か変だ」と述べていたことを―――
「―――っ!」
起こり得ない事実を目の当たりにした白に、言葉はなかった。
白の鎌鼬は防がれていた。それも脆弱な氷の壁一枚に。
零の考えは至極単純なものだ。
受け止めることも、かわすこともできない威力の刃が飛んでくる。ならば受け止められる威力に弱めてしまえばいい。その考えを以て対処した。
迫る刃は空気を固めた高密度の大気。その刃に沿って風魔法を使い、低圧の空間を創り出す。高圧な鎌鼬は低圧の空間で包まれることによって膨張し、結果白の望んだ威力の半分も満たさない欠陥術式に変化する。そんな攻撃を防ぐことなど、氷の壁一枚で事足りた。
ただ、そんな事を白が知るよしもない。
驚愕に目を見開き、純粋な恐怖を覘かせた。
その隙を逃さない。
体を限界まで低くし、獣のような体勢を取る。同時に大気中の水分を固め、長い爪のような武器を精製した。
獣体術と呼ばれる、今では珍しい体術の型だ。
「チッ!」
盛大な舌打ちと共に白は倒れた仲間を抱え、再度空中に浮かびだした。攻防が入れ替わったと判断したのだ。
その判断は早く、慣れていた。みるみる内に高度を上げ、零を見下ろす形になる。
対する零は地上から丁寧に狙いを定め、強化を施した四肢の力を一斉に解放した。
爆発的なスピードで上昇し、標的の頭を狙う。その攻撃は白のこめかみを掠め、天に突き抜けた。そのまま空中で身を翻し、今度は重力に任せて加速。標的の脇腹を抉りにかかる。
肉を裂く音と共に鮮血が舞った。ただ、手ごたえには不満が残った。望んだほどのダメージは得られていない。
零は落下しながら回転し、太い大木の枝に着地した。
なんとか直撃を避けた白だったが、その顔に余裕はなくなっていた。冷や汗が頬を伝い、傷口に染み込む。
(あー なんなのかね? あの餓鬼は)
無理やり笑ってみても、引きつってうまく笑えなかった。強がりに過ぎないことが明白だ。心臓がうるさいほど鳴っている。
無理もない。今の攻防は生死の綱渡りをしたと表現しても過言ではないものだった。
ただ、休む暇がないことは白が一番よく分かっている。
自分が今いる場所は自らの戦場ともいえる「空中」。対する少年は「地」だ。再び攻防が入れ替わる前に仕留める必要がある。
白は魔力を練った。
その時だった。
敏感な白の嗅覚が突然危険信号を鳴らし、レッドゾーンへ跳ね上がった。
鼻腔と口腔を嘗め回す生々しい匂い。それは一瞬接触した際についたであろう零の匂い。
白の顔がみるみる青ざめる。この匂いは皮肉にも、自分が一番よく知っているものだった。
血臭だ。それも、かなり濃厚な。
別にそれだけならば驚きはしない。普段嗅ぎ慣れてる匂いだ。白を青ざめさせたのはその生々しさだった。
何千、あるいは何万もの人間の匂いだ。
ぐちゃぐちゃに混ざり合ったその匂いは白の体中を這いずり回り、神経を引っ掻き回す。
一体どれほどの生き血を浴び続けたらこんな匂いが出せるのか。しかも自分よりもはるかに年下の少年に。
湧き上がる疑問と吐き気は、白の戦意を完膚なきまでに削ぎ落とした。
ぼやける視界の中、白はブラックアウトしかけた意識を保つのが精いっぱいだった。
◆◇◆◇◆◇
獣体術の特徴としては、そのしなやかな動きと速さ、そして隙の少なさが挙げられる。
攻撃を直撃させることに失敗した零だったが、その後の動きは無駄がなく、迅速かつ最良だった。
宙を見上げ、上空からの反撃に対応しようとする。
(…………?)
疑問が湧き起こった。反撃される様子はない。彼ほどに場馴れしていて経験も実力もある者ならば、すぐにでも攻撃してきておかしくはないのだが。
(……罠か?)
それにしてもおかしい。今は罠を使うタイミングでは決してない。
何にせよ、反撃されないのならば攻撃しない手はないだろう。
零は冷静に座標とパワー関係、そして重力加速度を計算すると、再び空中に身を躍らせた。
零と白の距離が縮まる。
ここでようやく、敵が迫っていることに気づいたようだった。
(今度は逃がさない)
零は下から、氷の爪を飛ばした。
上昇する肉体から放たれた爪は自身の初速度も加え、およそ視認不可のスピードとなって空中を駆け抜けた。
もはや白に対処の余地はない。零の判断は確かに最善だった。
ただ、聴覚が聞きなれた金切音を捉えたとき、零は自身の判断ミスを悟った。
銀色の弾丸が三発、零の氷の爪と激突すると、弾けて空中で爆発した。
白はすぐに理解した。こんな芸当ができるのは一人しかいない。
素羅だ。
零の光魔法は未だに効果が残っている。しかし、それはあくまで零自身にだ。零の体から離れた物体にはその効果は付与されない。完璧に零の誤算だった。
それにしても恐ろしい腕だ。
零が放った攻撃は近くからでも視認が難しいスピードで放たれていたのだ。それを遠くから正確に狙撃するには、タイムラグも考えて予測撃ちをしなければならない。それをやってのけたことになる。訓練云々で得られるレベルの腕ではない、紛れもない天才のスナイパーだ。
白はこの狙撃の援護によって我に返った。自身に纏う大気の密度を上げ、宙を駆ける。路線を変更し、この場を去ることにしたようだった。
―――逃がさない。
零は魔力を練った。
方向感覚を狂わせる音波の魔法。これで動きを止めることが出来るはずだった。
打ち消された。
白は零の創り出した波長と全く逆の波長を創り出し、相殺したのだ。
いまだに空中に浮かぶ零は、後は落下するだけ。その間に白は風魔法で加速し、カルディナ学校の敷居を越えた。
零の敗北だった。
◆◇◆◇◆◇◆
「へぇ、珍しいこともあったもんだね」
「すみません」
その後、零が標的を逃したと知ったマリアと瑠璃は驚きを露わにした。確かに零はいま、制御装置の制御下にある。しかし魔力の少なさとその威力の脆弱さ、そして筋力の差を、零は今までずっと、己が技術と工夫だけで覆してきたのだ。それを誰より知っている二人だからこそ、驚きは隠せなかった。
「相手は何人だったの?」
「三人かな。リリだったら一瞬で捕縛できたと思うよ」
「いや…… さすがにそれはないよ」
苦笑しながら手を振る瑠璃だったが、あながち冗談ではなかった。
今回の相手はほぼ全員が、遠距離からの攻撃に長けた者だった。そんな相手に体術で挑むのは、本来ならばセオリー外だ。零がそんな暴挙に出たのは、魔法で真っ向からぶつかったら、完全に力負けすると判断したからだ。
瑠璃ならばそうはならない。寧ろ圧倒的な魔力で正面から粉砕できるだろう。魔法に関しては、零よりも瑠璃の方が上なのだ。
「それにしてもたったの三人でゼロちゃんから逃げ切ったか。どんな相手だったのかな?」
「そのことなんですけど、マリアさん、この辺で凄腕の風術師とスナイパーと聞いて心当たりはありますか?」
突然の零からの問に、マリアは一瞬表情を険しくした。
「その二人と戦ったの?」
「はい。スナイパーの方は分かりませんが、風術師の方は灰色の髪をした男です」
「零、どういうこと? 何かおかしいことでもあったの?」
瑠璃が尋ねる。
零は普段、対峙した相手のことには極めて無関心だ。その零が情報を欲しがることは滅多にない。
自覚があるのか、説明は予め考えられていたかのようにすぐに始まった。
「俺が戦ったその風術師、風魔法の威力に関しては、クォンさんと同等だ。術式の方はそうでもなかったけど、すくなくとも展開速度は一般人の水準を遥かに越えてる。あれはあり得ない」
零の話を、瑠璃は静かに聞く。彼女なりに想像しているのだろう。クォン・ジハの風魔法と言えば、《組織》に組する人間ならば知らない者はいない。
「……あるよ。心当たり」
零の話を聞いていたマリアは、記憶を引っ張り出すような表情を浮かべながら呟いた。
視線がマリアに集中する。
「そいつ、『牙』の一員だ」
やたらと喧しく響いたマリアの一言は、零の頭の中で何度も跳ね返り、思考をぐらつかせた。
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