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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第三章 歯車とパズルのピース
38/90

35話 揺るがない意志

またまた間が空いてしまいました……


誤字脱字がありましたら教えて下さい~

 正面に並ぶ円柱と、玄関を抜けた先に続く赤い絨毯。天窓から差し込む陽光は色取り取りのガラスによって鮮やかに染められ、厳かな空気が流れる空間を虹色に照らす。

 大陸連合本部宮殿。

 その名に相応しい重みと風格、そして神々しさが、そこにはあった。

 正面階段を上りきり、さらに長く続く廊下を進んだ一番奥。そこに、この風格の源泉ともいうべきものが祭られている。

 厳重に閉ざされた扉には、先代の王の姿を描いた肖像が飾ってあった。どの人物も、強く、たくましく、そしてこの大陸を愛した者たちだ。自分の先輩であり、師匠であり、恩人でもある彼らの肖像を前に、カルディナ王はいつものように深々と頭を下げると、長い黙禱(もくとう)を捧げた。

 王は時々、この場に訪れる。それは決まって、自分のしていることが正しいのかどうか分からなくなったときだ。

 心を静め、考える。

 自分が何のために在るのかを。

 自分が何のために生きてきたのかを。


(我が思いは先代と共に)


 胸に手を当て、もう一度礼をすると、後ろを振り向く。

 そこで初めて、自分を見つめる視線に気が付いた。


「ごきげんよう、カルディナの王。こんな場所にいるとは珍しい。主も気が高ぶったか?」

「シウルリウスの王よ、来ておったのか」


 厳かな空気の中でも、全く違和感を感じさせない壮年の男性が、そこに立っていた。

 足取りはゆっくりだが力強く、迷いの欠片も感じさせない。


「遠路はるばるご苦労であった。セレスの王はもう来ておる」

「あとは西の王だけか。まぁ、いつものことだが。それと、【知の権化《ミネルウァ》】は間違いなく貴国へ赴いたか?」

「昨日到着したとの報告が入っている」

「そうか。……しかし公言しているようなものだな。良かったのか?」

「問題ない。それも計画の内だ」


 重く威厳のある声が、宮殿の空気を震わせた。


◆◇◆◇◆◇


 マリアはサファイアの瞳を細くすると、顎の下で両手を組んだ。

 その表情に、一切の変化は見受けられない。

 探るような視線と試すような視線。それらを足して二で割ったような妖しさを前に、しかし零の思考は驚くほど冷静だった。


「ひとつ確認したいんだけど」


 零を見つめながら、マリアがゆっくりと口を開く。


「その考えに至ったのは今が初めてじゃないよね? もっと前から感付いてたはずだ」


 鋭い眼差しが零を射抜く。

 およそ感情と呼ばれるものを全て取り去ったかのような能面へと表情を変えたマリアは、その美しさも相まって、壮絶な威圧感を放っていた。

 ―――誤魔化しは通用しない

 それを悟らせるためであると暗に理解した零は、その圧力(プレッシャー)を真正面から受け止めた。


「気付いてましたよ。あまりにも周りが『穏やか』過ぎましたから」

「穏やか過ぎた?」

「はい。マリアさんは、アカリが治癒能力者であることはご存知ですよね」

「勿論だけど…………?」


 不意に話題が切り替わったことに、一瞬戸惑う。しかし、それは文字通り「一瞬」だった。すぐに頭を整理して思考を働かせ始める。そして、あっという間に零が言わんとしている『不自然』の存在を認知した。

 日常が穏やかであること。

 天戸明が大陸で二人目の治癒能力者であること。

 この全く関係がないように思える二つの事柄を結ぶ『違和感』。

 マリアは「なるほどね……」と呟くと、聞きようによっては楽しそうにも聞こえる口調で、ゆっくりと確認するように話し出した。 


「東国が噂の拡散を意図的に防いでたってことか~ 確かにそう考えれば、いろいろと説明がつくね」


 ひとり頷くマリアに、「話が早くて助かります」と告げ、零は大きく息を吐いた。

 今までひとりしか存在しなかった『治癒』の能力者。しかもその人物は《組織》の人間だ。二人目が現れたという話が広まれば、もっと騒ぎになっていい。実際、明の転入初日は生徒たちの間で騒ぎになった。他国から会いに来る人間がいても、何らおかしなことはなく、寧ろ普通だと考えられるだろう。しかし、今のところの零たちの生活は、驚くほどにゆっくりしたものだった。


「【神々の黄昏《ラグナレク》】が効いてるね。身内を亡くした子供たちは多いし、生き残ってる人物も国に携わっている場合がほとんど。上から圧力をかければ、噂の拡散ぐらい簡単に食い止められるだろうからね」

「マリアさん自身、二人目の『治癒』能力者がいるなんて話、聞いたことがなかったんじゃないんですか?」

「さっすがゼロちゃん。そこまでお見通しか」


 南の大国であるシウルリウス王国。その王から言い渡されたマリアの任務の概要は、「東国の学校に行って、ある少女の病を癒すこと」だった。

 ―――馬鹿らしい

 そう思ったのは言うまでもない。

 たかが一少女のために、何故わざわざモネットまで使って他国に行かなければならないのか。マリアは当初、その任務を受けるつもりはなかった。

 しかし、その学校には零や瑠璃がいること。何より、その少女が『治癒』の能力者であることを、【夜霧《ユリシーズ》】ことエイダ・バースから聞かされ、東国に赴くことを承知した。


「すぐに分かったよ。ボクが念のための保険(・・)として遣わされたってね。だってゼロちゃんがいるし~」

「アカリの情報はケビン・フロル教頭が?」

「そーだよ。ケビンは東国と南国の友好の証…… 言ってみればパイプ役だからね。アカリちゃんが倒れたって話も、ケビンを通して国に伝わったんだと思う」


 零がEクラスからAクラスに上がったのが早かったのも、おそらくはこのためだろうと思った。

 ケビンは知っていたのだ、零の正体を。



「四大国がアカリを監視していることは、やはり間違いないようですね」

「さて、ここからが本題だ」


 それを合図に、突然教室の空気が変わった。

 第三者がいたら、気温の急激な低下に身震いをしたことだろう。それを確信させるほどに、零とマリアの両者の目に宿る光は強かった。


「これは忠告だ。()、君はこれ以上アカリちゃんと四大国との関係について詮索するべきじゃない」

「何故ですか?」

「薄々気付いてるはずだ。これは君にとってパンドラの箱。開けたら最後、どんなに願っても後戻りはできない」


 視線が交錯し、ぶつかり合い、視界をどす黒く塗りつぶす。

 一瞬でも目を逸らしたら最後、気力を根こそぎ刈り取られるという緊張感の中、二人は一歩も引かずに睨み合った。


「今日ボクたちは、アカリちゃんと四大国の繋がりを確信した。でもボクは、それすら四大国(かれら)の計画の範疇に過ぎないと思ってる」

「……でしょうね。あまりにも動きが露骨(・・)です。マリアさんを動かした時点で、隠そうなんて考えてもないでしょう」

「逆に言えば、ボクと零がいても気付けないであろう絶対的な『何か』があるってことだ。正直、これに関してはボクもまるで想像ができない。……嫌な予感がする。とんでもない化け物が潜んでるような気がしてならない」

「……」

「もう一度言う。これ以上の詮索は止めた方がいい。これは君のため(・・・・)でもある」


 君のためでもある(・・・・・・・・)

 マリアの言い回しが、ひどく滑稽に思えて、零は薄い笑みを返した。


「マリアさんは一つ誤解をしてますよ」

「……誤解?」

「ええ、俺は別に詮索しているつもりはありません。国が何を考えているのかも、それに俺がどう関係しているのかにも興味はありません。ただ、それがアカリに害を成す結果になるというなら、俺は全力でその企みを叩き潰します」

「大陸中を敵に回しても?」

「関係ありません。俺は自分の大切なものを護るだけです。生きて後悔するのは……もう疲れました」


 たかだか15歳の少年。しかし、その「疲れた」という言葉は、表しようもない現実味を帯びてマリアにのしかかった。

 骨の奥まで染みついた「後悔」という疲れ。

 それを目の当たりにして、マリアはついに零から視線を逸らした。


「ボクはただ、ゼロちゃんにこれ以上傷ついて欲しくないだけなんだけどなぁ……」


 苦笑交混じりの声。ただその声は、普段のマリアに似合わずどこか落ち込んでいるように聞こえた。


「……すみません」

「いいよ。無理だって分かってたし、忠告はボクが勝手にやったことだからね。あ、でも、申し訳なく思ってるなら、最後にボクのお願いを聞いてもらおうかな~」


 そう言うと、マリアは立ち上がって零の後ろに立った。

 そのまま手を伸ばし、後ろからやわらかく抱きしめる。

 温かい感触を背中に感じながら、零は流れてくる音に耳を澄ました。


「いい? ゼロちゃんはもっと自分を大事にすること。ちょっと自分を痛めつけ過ぎ」

「……」

「それと、大事な人に笑っていて欲しいなら、まずはゼロちゃんが笑顔でいること。犠牲と引き換えの幸せなんか、この世には存在しないからね。だから、そんな暗い顔してちゃダメ」


 頬をつつかれた零は、まるで不意打ちを受けたような気分になり、思わず「そんなにひどい顔でしたか?」と聞き返した。それには答えず、マリアはただ笑みだけを返す。


「はぁ~ でもお姉さん、ちょと傷ついちゃうな~」

「……お姉さん?」


 聞きなれない単語が耳に飛び込んできたため、反射的に聞き返してしまう。そして、どうやらマリアはそれが気に入らなかったようだった。


「……なんで疑問形なのさ。言っとくけど、ボクはゼロちゃんより六つも年上だよ?」

「いえ、知ってますけど」


 知ってはいるが、料理を含めた家事全般(そもそも彼女は家にほとんど帰らないが)ができず、女性としての振る舞いに欠けていると言わざるを得ないマリアを、「お姉さん」と認識するのは無理があった。

 およそ年上らしいところが見受けられない。

 ついでに言うと、女性らしいところも見受けられない。……容姿を除いて。


「ゼロちゃん、すっごく失礼なこと考えなかった?」

「……気のせいです」

「ボクには君の頭の中が透けてみえるんだけど」


 マリアの長い金髪が、首筋をくすぐる。

 二人の顔は、驚くほど近い位置にあった。

 零はマリアの腕の力が徐々に強くなってきていることを感じ、引きつったマリアの笑みに、できる限りの笑みを返した。……作り笑いだったが。


「……そろそろ放してくれませんか」

「むぅ、ゼロちゃんはボクじゃ不満なのかな?」

「からかうのはやめて下さい」

「あ~あ、ボクもゼロちゃんと一緒に甘~い学校生活を……」


 そこでマリアの言葉は途切れた。

 それはあまりにも不自然な途切れ方だった。

 マリアの視線は、窓の外へ注がれる。それとほぼ同時に、零の視線も固定された。

 視認できる範囲に、何の変化もない。

 ただし二人が持つ二つの人外の感覚器官は、常人が全く把握できない微かな変化を敏感にとらえた。

 零は気配から。

 マリアは音から。

 何者かの侵入を感じ取った。



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