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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第三章 歯車とパズルのピース
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34話 大陸一の頭脳

え~ 大変お待たせしました……

え、待ってないって?

そんなこと仰らずに待って下さい(涙)

 茜色に染まる空の彼方から、太陽が徐々に顔を見せ始めると、眩い光を一面にまき散らし、人々に意識の覚醒を促した。

 澄み渡る青空には、雲が一つもない。

 何はともあれ、一週間が快晴で幕をあけるというのは悪くない。

 促されるまでもなくすでに意識を覚醒させている零は、こんな良い日に憂鬱な気分でいるのも場違いかと考え、出かけた溜息を苦笑に変えた。


 今は六月の半ば。

 文化祭の日まで、もうあまり時間は残されていない。そんな状況で、看病のためとはいえ、零は二日間(土日も含めると四日間)も学校を休んだ。

 つまりどういうことか。

 こき使われるのが目に見えている。特に藤本親子に。

 どんな理由をくっつけてみたところで、聞き入れてくれる連中ではないだろう。さらに問題は、教室にも生徒会室にも「藤本」がいることだった。

 いっそのこと、「デーモン」から「サタン」へと昇華させようか?


「零、おはよう」


 そんなことを考えていると、すでに制服姿の明が発する澄んだアルト声が、暗い方向へ傾きかけた思考をクリアにする。数日前は熱で赤みが差していた頬にも、生来の白さが戻っていた。風邪を引いている時の方が血色が良いというのも、それはそれで奇妙な話だが、彼女にはそれが普通なのである。


「おはよ、アカリ。一応熱測るぞ?」

「うん……」


 左手を明の額へ乗せる。

 零の鋭過ぎる感覚神経は、たった数秒触れるだけで、正確な数値を弾き出した。


「……三十六度一分、うん平熱だ……な?」


 熱がないことは、すでに分かり切っていたことだった。測ったのも念のために過ぎない。

 しかし、明の神懸かった白さに徐々に赤みが差し、それに伴って徐々に熱が上がってくるのを感じた零の語尾は、予想外の疑問形となった。


「……なんで照れる?」

「……照れてない」


 即座に否定。

 そして沈黙。


「いやだって顔が赤……」

「照れてない」


 またしても即座に、しかし今回は若干大き目の声で否定する。

 どうやら認めないつもりらしいと理解した零は、強情な明の態度を何とか崩すため、何か気の利いた台詞でも返してやろうと思考を巡らせた。しかし、そんなことに思考を巡らす余裕がある自分に奇妙な違和感を感じ、その違和感の正体が分かった時には、零の表情は自然と綻んでいた。


「どうか……した?」

「いや、なんでもない」


 月下家を離れてから四年間、ずっと一人で暮らしていた時間は、ひどく乾いたものだった。

 それが今、着実に変わりつつある。

 確かに、明は零に潤いを与える存在となった。


 取りあえず今は、明が治ったことを喜ぼう。

 面倒な文化祭の仕事の件は、甘んじて受け入れよう。


 明の頭を軽く撫でる。

 その行動が、図らずも明の強情な態度を見事に打ち崩したことに、零はついぞ気が付かなかった。


◆◇◆◇◆◇


「……おかしいでしょ、コレ」

「……うん。そだね……」


 零と瑠璃は、明らかにおかしな名前が全面に押し出され、堂々としていることにツッコまずにいられなかった。



 朝、明と一緒に登校した零は、教室にて芽衣をはじめ、義之や淳(彼は明に対してだけだが)らクラスメイトの拍手喝采を浴びた後、ある場所へ行くよう指示された。

 三階の奥の教室。そこは生徒会室の隣で、普段教員が会議などで使用する場所だ。基本的に生徒は入る機会がないので、何をするのか疑問に思ったが、それ以上に、香織がそれを指示したことに驚いた。


「なんのためですか?」

「ん~ 私も教頭に言われただけなのよ。とにかく、最優先事項らしいわよ」


 この親馬鹿なサタン(結局デーモンから進化させることにした)のことだ。真っ先に「娘のところに行って手伝え」と言われるものだと思っていた。しかし、指示された場所はその隣の教室だった。


「ん? 天戸、どうかしたのか?」

「……熊か。いや、なんかいきなり『三階の教室に行け』って言われた」

「心当たりはねぇのか?」

「ないな」


 零とサタン・香織の会話を見ていた義之が、興味津々といったように問いかけてくる。


「チッ! たっぷり仕事押しつけてやろうと思ってたんだがな」

「……それが狙いか」

「おうよ! あと、月下さんとも会話してやれよ? お前がいない間、元気なかったんだからな」

「芽衣が?」


 少し驚いた。

 芽衣はどんな心情の変化があっても、他人にそれを見せることを嫌うタイプなのだが……

 あるいはそれを見抜く義之の観察眼が鋭いのか。


(そういえば熊の主要武器(メインウェポン)(ボウ)だったな……)


 だとしたら、目はいいのかも知れない。KYであることは否定できないが。


「分かった。覚えておくよ」

「おう! あと、クラスも手伝えよ?」

「はいはい、終わったら手伝うよ」


 苦笑しながら1-Aを出る。

 そして現在、その三階に位置する目的地に着いたのだが……


「なんだ『Help me.委員会』って?」


 零の隣で、瑠璃が微妙な顔をする。

 彼女も朝登校してきたら、零と同様に、担任にここへ来るように言われたらしい。


「う~ん、この学校にこんな委員会あったかなぁ……」

「なかったな」


 もう一度、教室の入り口に取り付けられたプレートを見上げる。

 つい先日まで「会議室」だったそれ(・・)は、「Help me.委員会」に変わっていた。


「しかもよく見ろリリ。これ……大文字で始まってる。しかも、ちゃんとピリオドが打ってある。つまり『文』だ」

「さらによく見ると、動詞で始まってるね。命令形だね。ってことは直訳すると……」


 お互いに顔を見合わせ、同時に呟く。


「「『私を助け()』委員会」」


 ピュ~と風が吹き抜けた(気がした)。

 言ってしまってから、言うべきではなかったかも知れないと若干後悔する。

 取りあえず、入ってみないことには何も始まらないと判断した零は、微妙な空気を振り払うように教室のドアを開けた。

 そして目を丸くした。


「んぉ? おぉ~~! ゼロちゃん! ルリリン!」


 この学校にいるはずのない人物が床に(・・)寝転がっていた。

 腰まで届く長い髪は、流れるような金髪。

 切れ長の目は澄んだサファイア。

 どこからどう見ても美人としか形容しようがない人物、しかし全く女らしくない彼女は、零と瑠璃には色々と馴染みがある人間だった。


「えっ…… マ、マリアさん!?」

「なるほどね……」


 瑠璃が驚く横で、零は二重の意味で(・・・・・・)納得する。

 これなら、自分と瑠璃だけが呼び出されたことに説明がつくだろう。そして、『私を助け()委員会』も、別に間違っていないことになる。あれから彼女が変わっていなければの話だが。


「ね~ゼロちゃんでもルリリンでもいいから、ボクになんか恵んで。主に食べられるもの」


 ……何も変わっていなかった。

 流暢な東国語によって、予想外に早く出た結論に苦笑する。

 東国語は、彼女を拾って(・・・)育ててくれた恩人が教えてくれたらしい。ボクという一人称も、その時身についたとか。

 ボクッ()フェチ(?)だったのだろうか。

 もう確かめる(・・・・)術はない(・・・・)が。


 マリア・フェレ

 彼女は、一人では絶対に生活できないと零が確信する人物だ。

 おそろしく頭が良い代わりに、他が壊滅的という典型的な天才タイプ。

 零や瑠璃と同じく《組織》に属する人間で、冠する称号は【知の権化《ミネルウァ》】。

 零に「頭脳体術」を教えた張本人であり、かつて大陸に一人しかいなかった「治癒」の能力者でもある。「かつて」というのは明が二人目になったからだ。


「そ、それよりマリアさん、なんでここにいるんですか?」


 マリアの頼みは完全にスル―し(彼女にはいつものことなので、そのような対応がベストであるとすでに学んでいる)、瑠璃が至極当然の疑問を投げかけた。

 普段、彼女は中央(セントラル)で、助手のロール・アルドと共に研究に打ち込んでいる。

 中央(セントラル)とはその名の通り大陸の中心に位置する場所であり、“オネット”を使わなければ行くことができない。九年前の大戦争後に建設され、いわゆる完全中立国として成り立っている。

 《組織》の本部や四大国の連合、さらには最大の市場など、さまざまな中枢機関が置かれている場所で働く彼女が、東のカルディナ王国にいる。これは明らかにイレギュラーな事態だった。


「まあ……ね。ん~ ゼロちゃんは予想がついてるかな?」


 マリアの口から漏れる驚くべき言葉に、瑠璃が零の方へ顔を向ける。

 事実、零は九割方予想ができていた。いや、薄々感づいていたことが、マリアの存在によって確信に変わったといった方が正しいか。

 しかしそれは、外れてほしいと願っていた予想だった。


「……念のための保険(・・)ですか?」

「半分正解かな。いや、実はもう半分についても予想できてるんじゃない?」


 零とマリアの視線が交錯する。

 さすがに彼女相手に駆引きは分が悪いかと考え、零は内心で舌打ちをした。


「待って」


 突然の瑠璃の静止の声。

 それは均衡を意外な形で崩す。


「私は外出てるね?」


 瑠璃の目が、真っ直ぐ零を捉える。逸らすことが出来ないその瞳に吸い寄せられる。

 問うているのだ、零がどうして欲しいのかを。

 そして瑠璃の予想通り、それ(・・)は零の望んでいたことだった。


「……ありがとう」

「うん、いいよ。ただ、後でちゃんと聞かせてね♪」


 笑いながら教室を後にする瑠璃の背中に、言葉にできない感謝を抱いた。

 無理に明るく振る舞っているように見えた。

 当たり前だ。その場にいたかったに違いない。

 それでも彼女は、零のために席を外してくれた。


「あー せっかく呼んだのに~ 相変わらずルリリンはゼロちゃんにデレッデレだねぇ~ ボク、もう見てていじらしくなっちゃうよ」

「はい?」

「ハァ~ 何でもないよ。そんじゃ、本題に入ろうか」


 零の鈍感っぷりは身をもって(・・・・・)知っているので、マリアが特に触れることはしない。

 何故そうなってしまったかについても、長年《組織》の医療班として働いてきた彼女は、よく知っていた。

 マリアは座る場所を床から椅子へと変え、零にも座るよう促す。


「それで、ゼロちゃん。君の思考はどこまで届いてる?」


 鋭く踏み込むマリアに、同じく鋭く切り返す。


「アカリの背後に『国』がいるという所までです」

 

誤字脱字などありましたら教えて下さい。


感想お待ちしております~

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