32話 スープ
31話の最後が切れてました。
申し訳ござません。
やっぱ一発書きなんかするもんじゃないですね。
ということで、訂正前に読んだ方は、31話の最後の600字くらいを先に読んで下さい。
ご迷惑をおかけします~
親指の上で、シャープペンシルが二回転の綺麗な弧を描いた。
藤本千鶴は放課後の生徒会室で、面白くなさそうに肘をつく。
彼女はいったい何が気に入らないのか。
それは、今の生徒会室を見れば一目瞭然である。
「……サボりね」
「ち、違いますよ、きっと。さっきも言ったじゃないですか。アカリさんが体調崩したって」
「崩したのは明さんでしょう? だったら彼はサボリよ」
「……お前は『看病をしている』とは考えないのか?」
零がサボりだと断言する千鶴に、二人が反論する。
各クラスの文化祭出し物が決まった今、生徒会役員の仕事は山積みであると言っても過言ではない。
の割に、現在の生徒会室には、四月当初のガランとした風景が広がっていた。
教室にいるのは、千鶴、進、葵の三人だけ。
「大体、神無月さんはどうしたのよ?」
「お見舞い……らしいが」
「あ~~~んのバカップルめ!」
千鶴が感情をむき出しにし、拳を握りしめる。
普段の彼女には珍しい行動に、葵は遠慮がちに笑った。
「はぁ~ 私も天戸君がいなくて残念です」
「……葵ちゃん、それはどういう意味かしら」
「……いくらお前でも、奴は苦労すると思うが」
「へ? ……あ、ち、違いますよ!」
なんとなく呟いた言葉に、千鶴と進が妙に食いついたことを疑問に思った葵は、少々のタイムラグを経て、その意味を正確に理解した。
長い髪をぶんぶんと左右に揺らし、必死で否定する。
「そ、そういう意味ではなくて、今日、授業が1-Aと合同だったんですけど、天戸君が片山先生の『助手』をしていると聞いて、その……せっかくだから指導をお願いしようかと……」
「ああ、確かにその話は俺も知っている。一年から四年まで、既に希望者がかなり集まっているんだろう? まあ、当然と言えば当然だが」
「ふぅん? それで葵ちゃんも狙ってたわけね?」
「あ、はい…… まあ」
葵は曖昧に頷く。
「でも……変じゃない? 確かに天戸君も凄いけど、神無月さんだって凄いじゃない。っていうか、凄すぎるじゃない? 正直、天戸君と神無月さんの試合なんて、私は全くと言っていいほど理解できなかったわよ。いきなり変なところから魔法陣が出てくるし、瞬きした次の瞬間には地面が炎の海になってるし、と思ったら今度は氷の海になってるし」
「あ、それは私もですよ? 凄いことしてるっていうのは分かるんですけど……」
「それで? 千鶴は何が変だと思うんだ?」
進と葵の視線が集まる中、千鶴は形の良い顎に手を当てて「う~ん」と唸る。
「何で魔術の授業で、神無月さんをその……『助手』とやらにしないのかしら? 彼女、もう三年だけど、今まで一度もそんな話が出たことないわよね?」
「……確かにそうですね。あんなに強いのに……」
「ただ単に、担当教師の性格の違いじゃないか?」
体術の担当教師は片山徹であるのに対し、魔術の担当教師はケビン・フロル―――この学校の教頭である。
「ケビン先生……確かに、片山先生とは全くタイプ違いますね」
「そう言えば、なんでケビン先生は東国にきたのかしら? 魔力量800オーバーだったわよね?」
「えっ! そうなんですか!?」
葵が純粋に驚く。
ケビンの魔力量の多さと、それでいて他国の教員をしているという事実の両方にだ。
「普通、国が手放さないと思いますが……」
「でしょう? 進はどう思う?」
「俺が知るわけないだろう。それよりも……」
進は千鶴の肩を掴み、やや強引に話の主導権を握った。
呆れたような彼の表情に、千鶴は自分の魂胆がバレバレであると悟った。
「えへっ♪」
「えへ、じゃない。さりげなく自分の仕事をこっちに移動させるな」
「え……あ! いつの間に!」
「葵、お前も気付け」
進にギロリと睨まれ、千鶴はしぶしぶと仕事に取り掛かった。
◆◇◆◇◆◇
「そっか~~ 明ちゃん風邪か~~」
夕飯を家族四人で囲みながら、月下結衣は口を尖がらせた。
「せっかく合同授業だったのに……」
「しょがないわよ~ 結衣ちゃんだって風邪引くと、昔はよく零くんに看病して貰ってたじゃない~」
「そうだな。『焼き芋……焼き芋食べたい!』とか言ってたっけな」
ハッハッハ(もしくはウフフフ)と笑いながら、鏡花と重夫がなだめる。
焼き芋の件についてはよく覚えていたので、結衣は「そうだっけ?」と惚けるわけにはいかず、結果「うぅ~」という唸り声となって口から漏れた。
「で、でも!」
いきなりの大声に、大人二人は笑うのを止め、結衣の方へ向き直る。
どうせこの変な姉のことだから、また変なことを言い出すのだろうと密かに予想していた芽衣は……
「風邪引いたときは、あんまりいい思い出ないよ!」
その予想があまりに的中していたため、軽い眩暈を覚えた。
……そもそも風邪に思い出もなにもないだろうに。
しかし、結衣の言葉の意味がよくわからなかったので、(理解する必要があるのかどうかは横に置くとする)念のための説明を求める。
「……姉さん、『いい思い出がない』ってどういうこと?」
「ん? え~とね。私が風邪引いた時の話でね……」
◇◇◇◇◇◇
「ぁ… れいくん……」
「ごめん、起こした?」
結衣が深い眠りから覚めると、台所でなにやら忙しく走り回る零の姿が目に入った。
まだ頭がボーっとする。
起き上がろうとすると、ひどいだるさが全身を襲った。
「ちょっと待って。もうちょっとで…………おし、できた」
「なにが……できたの?」
「病人用スープ」
そう言って、ミトンをはめた零が鍋ごと持ってきたのは、壊滅的な色をしたスープだった。
「ななななにこのスープ!」
いつもの零の素晴らしい手料理とは似ても似つかないモノに、結衣は警戒を露わにする。
寝起きだというのに、目はパッチリ覚めてしまっていた。
「ん? 言っただろ。病人用スープだ」
「……おいしくなさそう」
「うん。おいしくないと思う」
「やだよ! 食べたくないよ!」
零が作った妖しいスープを、必死で拒絶する。
緑色なんだか紫色なんだか判別がつかない色のスープを、素直に口にする気にはなれなかった。
食べたら余計に具合が悪くなりそうである。主に胃腸の具合が。
しかし、結衣の反応を見た零は、かなり大袈裟に悲しそうな顔をした。
「あー 残念だなー スープを最後まで食べれば、この……特製手作りプリンが食べられるのに」
左手のお皿をこれ見よがしに見せつける。
そこには、結衣の大好きなプリン(ジャンボサイズ)が、ぷるぷる震えていた。
上には大量のカラメルソースがかかり、下まで垂れている。胴体は黄金にキラキラ輝き、柔らかそうに全体が振動している。
結衣は、そのあまりの魅力に、思わずゴクリと喉を鳴らした。
「しかもコレ、カボチャをもとに作ったから栄養はあるし、カロリーも抑えてあるんだけどなー」
「うぅ……」
「じゃ、四つ作ったから、まずは鏡花さんに食べて貰おうかなー」
零は、その輝くプリンを小皿に乗せ、別室にいた鏡花を呼ぶ。
「鏡花さん、これ作ったんで、もし良かったら結衣の前で食べてみてください」
「うわぁ~ おいしそうなプリンね~ 是非結衣ちゃんの前でいただくわ~」
「ちょっ なんで私の前なの~ れいく~ん! お母さ~ん!」
零の意図を一瞬で理解した鏡花は、わざわざ椅子を結衣の布団の前まで移動させ、腰をおろすと、さっそくプリンをスプーンでつついた。
プリンに細かい振動が走る。
「わ~ 凄く美味しそうね~」
「どうぞ、食べてみてください」
「………………………」
「やだ~~~ 美味しすぎるわ~!!」
「ありがとう御座います」
「………………………」
「お? どうした結衣。食べたければこの病人用スープを……」
「そ、それはイヤ~!」
「んじゃプリンはお預けってことで……」
「それもイヤ~!」
「んもぅ 結衣ちゃん、ワガママよ~」
「だって~」
「ホレホレ、食え食え」
「はい結衣ちゃん、あ~~~ん」
「イヤ~~~~~~~!!!」
◇◇◇◇◇◇
「ってことがあってね……」
「……たしかに『いい思い出』じゃないわね」
「あ~ あったわね~ そんなこと~」
鏡花が、懐かしそうに頬を緩める。
結衣の過去話に、芽衣は少しだけ同情した。
いつも食い意地が張っている結衣だからこその行動だったのだろうが、零が作るお菓子のおいしさを知っているために、そのつらさはよく分かる気がする。
「でも、最終的にプリンはしっかり食ってたよな?」
黙って聞いていた重夫が口を開く。
「そ、そうだけど~」
「しかも、あの日を境に、風邪は治ったんじゃなかったか?」
「そ、そうだけど~」
「だったら、むしろ感謝するところだと思うが?」
「で、でも、あの零君だよ!?」
『あの零君』とはどの零君なのか。
芽衣が疑問を口にする前に、結衣が自ら話し出した。
「栄養があっておいしいものくらい、絶っっっ対つくれるもん!」
「……」
「あの不味さは絶っっっ対わざとだもん!」
「……そうかも知れないわね」
昨日、零から言葉攻め(?)を食らった芽衣には、結衣の言葉が奇妙な説得力を持って聞こえていた。
◆◇◆◇◆◇
「零……なに、それ」
「病人用スープ」
「………」
「過去、結衣とリリを一発で治した実績がある」
零の顔に浮かんだ楽しそうな顔を見た瞬間、明の中で何かの警告ブザーが鳴った。
「嫌」
「アカリ、諦めろ」
「……嫌」
「あんまり強情だと、口移しで無理やり食わせるぞ」
「っ!/////」
「ホレ、イヤだったら諦めて食え」
おそらく風邪のせいだけではないであろう赤い顔を、零の方へ向ける。
差し出されたスープは、緑だか紫だか分からない色をしていた。
危険を感じる嗅覚が、一気にレッドゾーンへ跳ね上がる。
「零~~ 焼けたよ」
台所では、瑠璃が炎魔法でパン生地を焼いていた。
本来オーブンでやることだが、瑠璃ほどに力の調節がうまければ、魔法で焼いたほうが圧倒的に早く、そしておいしくなる。
「じゃー 次は右のやつ焼いてくれー」
「おっけー」
瑠璃に指示を出し、再度明に向き直る。
「ホレ、あ~ん」
「ぅ… じ、自分で食べられる」
「嘘つけ。起き上がることすら出来ないくせに」
「あ……ぅ」
「ホレ、あ~ん」
「……」
とうとう観念し、小さく口をあける。
零はその口に、スプーンを滑り込ませた。
「……」
「不味いか?」
「…………うん」
少し胸を抑えながら頷く。
その反応に、零はスープが効いていると確信した。
(【知の権化《ミネルウァ》】から貰ったもの、意外と役に立つな……)
このスープは不味くなくてはいけない。
だから、普通「美味いか?」と聞くところを、あえて「不味いか?」と聞いた。
「正直でよろしい。ホレ、もう一口。あ~ん」
おずおずと開いた明の小さな口に、素早くスプーンを運ぶ。
その光景を、瑠璃は複雑そうな表情で見つめていた。
感想お待ちしております~