31話 小さな願い
今回は、あろうことか一発書きです。
誤字脱字、多いと思います。
見つけましたら、教えて下さい~。
その光景を見た瞬間、彼女はそれが夢であると確信した。
暗闇の中、一人佇んでいる。
真っ暗な、底が知れない闇。
その中に、まるで灯台の灯のように光るものがある。
手を伸ばした。
半ば無意識に、ぼんやりと手を伸ばした。
光を掴むと、言葉では表しようもない安堵感が全身を駆け巡った。
―――私はこの光さえあれば、生きていける
彼女は、何の根拠もなくそう思った。
満たされていた。
麻薬のような、あやしい快楽だったが、それでもいいと思った。
小さく笑いながら、掴んだ目玉を胸に抱いた。
目玉?
彼女は疑問に思う。
次の瞬間、周りの景色が一変した。
何千何万もの膿んだ目玉が、身動きのとれない彼女の五感にへばりつき、腐敗し、神経を苛んだ。
怒りに燃えた目玉、悲しみに暮れた目玉、欲望にで血走った目玉。
一つとして同じ感情を宿さないその「目玉」は、悶絶する肉体の内側に入り込み、脳髄をゴリゴリと掻き回した。
あまりの激痛に、「悲鳴を上げる」という選択肢を失う。
必死で腕を動かして、なにかにしがみつこうとするも、拾い上げたのはまだ髪の毛と肉がこびりついた生々しい頭蓋骨だった。
―――オマエハダレダ?
頭蓋骨が問う。
幼い頃から何度も自分自身に投げかけ、その度に逃げてきた彼女は、今回も殻に閉じこもるように固く目を瞑った。
こみ上げる吐き気と必死に戦いながら、彼女は一人の少年の名を呼ぶ。
零……零……零
痛みと寒さに震えながら、懸命に呼ぶ。
やがて、ふっと体が軽くなり、彼女はは重い泥のような夢から、ゆっくりと意識を引き上げた。
まだ暗い。
時計を見ると、針は四時半を回った所だった。
「はぁ… はぁ…」
体を、異常な寒気と不安が襲う。
服は冷や汗でぐっしょり濡れていた。
「う……」
締め付けられるような胸を抑え、彼女は壁にもたれかかりながら、ドアに向かって歩き出した。
夢で呼んだ少年の姿を求めて―――
◆◇◆◇◆◇
いつもと変わらずに、ぼんやりと外を眺めていた零は、近くの物音に敏感に反応した。
(……アカリ?)
思わず時計を見ると、針は四時三十七分を差している。
本来の彼女ならば、まだ眠っている時間だ。
(気のせいか?)
不思議に思いながらも、零は立ち上がって隣の部屋―――明が寝ている部屋へと向かう。
そして辛そうに歩いている明を見つけたとき、自分の聴覚が間違っていなかったことを悟った。
「あ……」
明も零に気が付いた。
ただでさえ白い肌をさらに青白くさせ、目は充血している。
「どうしたアカリ。なん―――」
零の問いは、突然抱きついてきた明によって、喉の奥に吸い込まれた。
一瞬、何が起こったのか分からなくなる。
しかし、何かに怯えるように小さく震える明の体温が、通常よりも遥かに高いと感じた瞬間、零は瞬時に冷静さを取り戻した。
「……熱があるな。大丈夫か?」
「……」
「取りあえず眠ろう。俺がそばにいるから」
小さく頷いたのを確認すると、明を抱えて寝室へ移動し、ゆっくりと寝かせて布団をかけた。
「今日は学校に行かない方がいい」
掛けられた言葉に安堵し、明は目を閉じる。
握られた手から、暖かさが広がってくる。
嫌な夢は、今度は見なかった。
◆◇◆◇◆◇
電話関連のものを一切持っていない零は、マンションから学校へと≪念話≫を飛ばし、目的の人物を探した。その目的の人物とは、もちろん神無月瑠璃である。
≪念話≫はその魔法の性質上、通信相手にも技術がないと、こちらから伝えることは出来ても、相手から返事を聞くことは出来ない。つまり、一方通行の会話になる。≪念話≫が使えない一般人では、遠く離れた地点の相手に意志を飛ばすなど、体に負担がかかりすぎるのだ。その点、瑠璃は全く問題がない。改めて、瑠璃がいることの心強さを感じた。
(ってなわけで、アカリが風邪引いたから、俺も休む)
簡単に要件をまとめる。
(ん、りょーかい。私はそれを先生に伝えとけばいいの?)
(よろしく頼みます)
(オッケー。ところで、明ちゃんの具合はどう?)
(今は眠ってる。熱は…… あー まだちょっと高い)
(そっか。私も後でお見舞いに行くからね)
(わかった。アカリも喜ぶと思う)
瑠璃は現在授業中だというが、はっきり言って彼女には無駄なことなので(そもそも先生よりも魔法に詳しい瑠璃は、よく授業中寝ているらしい)何の躊躇いもなく≪念話≫を続けてくれる。
(あ、そうそう リリは好きなやつっている?)
(―――え?)
(いや、だから好きな……)
(ええええええ!?)
突然話題が180度ずれたことが、凄まじい不意打ちとなって、瑠璃の頭を真っ白にする。思わず大声を出しそうになって、慌てて口をおさえた。
(な、なんでいきなりそんなこと……)
(ああ、いや、どうやらアカリには気になるやつがいるらしくてさ)
(…………………え?)
なんでそんなことが分かるのか、という意味合いを込めて、たっぷりと間を置いた「え?」を送った。
その瑠璃の意図を正確に読み取り、零は説明を付け加える。
(今アカリの部屋にいるんだけど…)
(………)
(本棚に料理の雑誌が並べてあって…)
(………)
(その中の一つに『気になるあの子に手料理のプレゼント!』ってタイトルが印刷されてるわけよ)
(………)
(俺の中で色々と合点がいってさ~ 前にアカリに『見せてくれ』って頼んでも絶対に見せてくれなかったんだけど、こういうことか~って思って)
(………)
(リリは何か聞いてる?)
「はぁ~~~~」
大きな、とても大きな溜息が、リアルに飛び出した。
周囲の人間が訝しげに瑠璃を見る。
(もしもし、リリ?)
(……知ってるよ。ってかわかるって)
(え?)
(たぶんだけどね。一人しかいないと思う)
(へ~ いいやつ?)
ここで、「誰?」と聞かないところが零の優しさだろう。零は他人のプライベートに勝手に入り込むことをひどく嫌う。今回も、明が風邪を引かなければ、決して部屋に入ったりしなかったはずだ。しかし、ここで「自分ではないだろうか」と微塵も考えないことが、彼が鈍感と言われる所以だと思う。
(うん、いいやつ…過ぎるかな)
(そっか。リリは? 好きなやつ、いる?)
(………いるよ)
ポツリと一言。続いて、
(すっっっっっっごく鈍感だけど)
激しく付け足す。
(お、おお そうか。大変だな)
(大変だよ!)
あんたが言うな! と思いながら、感情を≪念話≫に乗せる。
向こう側で、零が笑ったような気がした。
(でも、やっぱ大事な人には幸せになってもらいたい)
(……零?)
不意に届いた真面目な声に、瑠璃は高ぶった感情を一気に沈める。
(いや…さ 俺は恋愛とか分からないし、そんな機能も与えられてないけど、皆は違うんだろ?)
(……どうしたの? なんかあった?)
(いや別に。ただ、アカリの部屋でさっき言った雑誌見つけて、リリとか他の人はどうなのかなーって思って、もしそうなら頑張ってもらいたいなーって思って)
(………)
(万人が幸せに―――とか思ったりして)
おどけたような声は、どこか寂しさを感じさせた。
(まぁ、万人が無理でも、せめて大切な人くらいはって思ったわけよ)
(そう……なんだ)
(うん。だからさ、リリも頑張れよ?)
(い、言われなくても頑張るよ!)
(はは、そっか。でもリリの好きな男ってどんなやつだろうなー)
(案外、私の近くにいつもいるかもよ?)
(本当か。今度探してみる)
先ほどの暗さを紛らわすような明るい会話を最後に、≪念話≫が切れた。
◆◇◆◇◆◇
―――中央研究所本部第一研究館101号
「博士……フェレ博士」
「………」
「起きて下さい。風邪引きますよ」
「……うっ ん~?」
「だー もうっ! 博士ったら!」
不意に体を激しく揺すられ、マリア・フェレは心地よい微睡の世界から、意識を覚醒することを余儀なくされた。
「あ~ ん~? ロー君?」
「あ、起きました? も~勘弁して下さいよ! 研究室の床で寝るのはやめて下さいって前に何度も言ったじゃないですか!」
「ふぁ~あ」
呆れたように怒鳴る部下を無視し、大きな欠伸をひとつ。
未だ五割以上が活動を拒む頭を必死で動かし、マリアは状況の把握に努めた。
「え~っとロー君、今日は何日?」
「はい? 六月五日ですけど」
「んじゃ、今何時?」
「五時十六分です」
「どっちの?」
「P.M.です」
生活のリズムが目茶目茶であることを露骨に表す質問がポンポン飛び出すも、ロー君と呼ばれた部下の男は、全く動じずに即答した。まるで、いつものことだと言わんばかりに。
一方、マリアは「あちゃー」と言いながらボサボサの金髪を抑えた。
「……フェレ博士、まさか僕がセレスに帰ってる間、ずっと研究室に籠ってたんですか?」
「ん~ 昨日帰ろうと思ってたんだけどね。寝てたら今日になっちゃった」
テヘッ♪ っと笑う。
本来の彼女のルックスならば、それだけで男の一人や二人を虜にすることなど容易いだろうが、如何せん今の彼女は髪の毛ボサボサ、白衣はしわくちゃで、しかもスッピンである。色気を感じるよりも先に、マリアの容姿をもったいないと思う気持ちと、その生活態度に対する呆れが、大きな溜息となって口からこぼれ出た。(それでも美人であることがわかるのだから、元の良さは特筆すべきものがあるだろうが)
「は、博士…… ってことはつまり、一週間風呂に入って……」
「まーまー落ち着きなさい」
「落ち着けったって無理ですよ! え、じゃあ食事は?」
「パンなら食べたよ。その辺にゴミない?」
「これって……食パンだけじゃないですか!? いくら何でも体壊しますって!」
あ~はいはい、と手を振って話を遮り、立ち上がって白衣を正すと、ぐるりと首を回した。
ボキッ! バキッ! という破滅的な骨の音と共に鋭い痛みを感じたマリアは、同時に右手の感覚がまるでないことに気が付いた。どうやら、眠っている間、右手は体の下敷きになっていたらしい。
「ん~じゃあさ、着替えるからちょっと出て行ってくれる?」
「はい? ここでですか?」
「そういう気分。早くして。それとも見たいの?」
是非! とは言わない。
男はうやうやしくお辞儀をすると、部屋を出た。
ガチャリとドアが閉まる音。それを確認してから、マリアは部屋のど真ん中で堂々とあぐらをかく女性に目を向けた。
「エイダさん、お待たせ。どのくらい待った?」
「5時間…くらい」
呼びかけられた女――エイダ・バースは、ぶすっとしながら、メイクによる浅黒い顔を歪ませた。
全身のアクセサリーが金属音を奏でる。
「起こしても起きないし、起きないから任務も達成できないし、すんごく困った」
「あははー そーりーそーりー! にしても、相変わらず影が薄いですね~ ロー君なんて、隣にいるのに気付いてなかったし」
「響きが悪いから『影が薄い』は止めろ! 気配を殺すのがうまいとか、見事な潜入だとか、他にもっとまともな表現があるだろ!」
「まーまー そんじゃ、早速エイダさんの任務を達成させてあげようじゃありませんかー」
「……アタシ、あんたより年上よね?」
「それがどうかしましたか?」
「いや、………やっぱいいわ」
なんでそんなに偉そうなのかと問おうとしたエイダは、反省の欠片もなく「にへ~」と笑うマリアを見てやる気をなくした。削がれたと言ってもいい。
「早く~ 風呂に入ってないせいで頭がかゆいんですよ~」
女らしくないことを言う彼女に、諦めたように、任務が書かれた紙を手渡した。
「…………何コレ」
途端、マリアの表情が曇った。
「だから次のあんたの任務」
「なんで?」
「は?」
「なんでこんなメンド臭いことやんなきゃなんないんですか?」
「アタシが知るわけないでしょ」
「やだよ。断る」
散々人を待たせた挙句、「やだ」という台詞を吐く金髪の後輩に、エイダはこめかみを痙攣させた。が、エイダには彼女をに「わかりました」と言わせる決定的なカードを持っていた。
そのカードを……切る。
「あのさ、マリア。実はね………」
皆さんも、体調崩したら休養が大事ですよ。
筆者みたいに、2時とか3時まで起きてちゃダメですよ。
感想お待ちしております~