表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第三章 歯車とパズルのピース
33/90

30話 Sモード

思った以上に忙しくて、二週間以上間があいてしまいました。


すみません~


色々と意見をくださった方、ありがとう御座います!

おかげさまで、ストーリー展開を考えるのが非常に楽でした~


「あ、これ俺の意見だ」という瞬間が訪れるかもしれません~

 ベクトルが異なる喜びと悦びを、同時に胸の内に滞在させる。

 古池淳は、そんな器用なことをやってのけた。


 まず一つ目。

 担任の藤本香織が「『メイド&ホスト喫茶』をやる」と主張した時、淳の体は歓喜に震えた。(そんな彼に怒りを喚起させた生徒もいるが)

 ここだけの話、彼は「メイドさん」が大好きである。

 「いままでに何回メイド喫茶に行ったことがありますか?」という質問を投げかけられれば、間髪を入れずに「わかりません」という返答が返ってくるだろう。それは無論、「多すぎていちいち数えていない」という意味である。

 そんな淳のことだ。

 クラスメイトの女子がメイド服を着ると聞いて、自然と目が発光現象を起こしてしまうのは当然のことであり、寛容な心をもって表現すれば、仕方のないこととも言える。


 淳は、普段厳重にロックが掛けられた脳内ピンク色フォルダにアクセスし、脳内着せ替えツールを起動させた。

 視線をそのまま芽衣へ向ける。

 肩にかかるくらいのセミロングヘア。清楚な顔立ち。強気な瞳。

 そんな芽衣の頭に、白いフリルのついたカチューシャを乗せてみる。


(お、おおおおおおお! い、いいんじゃな~い?)


 自分のキャラが崩壊していることにも気づかず、メイド服の芽衣を脳内でひとしきり堪能する。

 垂れそうになるよだれを拭い、三日月がふやけたような目を、今度は明へ向けた。

 透き通るような肌。透き通るような声。そして透き通るような髪。

 そんな明に、エプロン状の前飾りがついたフリルのミニスカートを着せてみる。


(キャッッッッッッッホウゥゥゥゥ!!!)

 

 自らを容姿端麗な少年と語る淳は、今自分がどこにいるのかも忘れ、醜く顔を歪めて悶えた。

 彼のテンションゲージが限界突破していることは言わずもがな。

 あの熊沢義之(K・Y)が話しかけることを躊躇うくらい、周囲の人間はドン引きだった。

 古池淳はその時、誰もが認める変態であった。


 彼を現実に引き戻し、かつ別の悦びを抱かせたのは、またしても藤本香織の、しかし今回は言葉ではなくて文字だった。

 黒板に書かれたのはメイド役の人間の名前。

 その中には、淳がライバルと認めた(ただし一方通行な感情であるが)天戸零の名前が書いてある。

 さんざん香織と言い争った結果、どうやら多数決でメイドにするかホストにするか決めることになったようだ。


(くっくっく天戸零… 多数決でメイドを勝たせ、あなたに恥をかかせてあげましょう…)


 先ほどのだらしない顔とは打って変わり、腹黒い笑みを浮かべる。

 濁った光を瞼の裏に隠し、濁った悦びを、含み笑いに乗せた。


(メイド服を着て、冥土に送られて下さい。あ、僕、今凄くうまいこと考えましたね)


 にやけながら自画自賛してみる。


(せいぜい公衆の面前でみっともない女装をさらけ出し、全女子生徒から幻滅されて下さいよ…)


◆◇◆◇◆◇


「結果発表~ 残念だけどホストの勝ちね~」

「いえ、当然ですから」


 疲れたように溜息をつきながら、零は自らの手で黒板の名前を消していった。それに伴って、徐々に胸の内の不安も消えていく。零は、心臓に悪影響を与えた黒板の正の字を睨んだ。

 多数決は、予想外に大接戦となった。

 野郎の女装を見たがるような奴がいるわけないと高をくくっていた零は、次々と出てくるメイド志望の意見に、終始冷や冷やしっぱなしだった。


「そういえば……」


 零は、無言の圧力を、メイドに投票した芽衣にかけた。

 零の視線に気づいたようで、芽衣はバツが悪そうに視線を空中に漂わせ、誤魔化すような半笑いを浮かべた。


「お~~~い、芽衣ぃ」


 近づいて、ゆっくりとその肩に手を置く。

 すると、芽衣はビクッと体を震わせた。


「いやー 驚いたなぁ~ まさか芽衣がそんな嗜好の持ち主だったとは」

「い、いや、ち、違うのよ」

「違う? ほほう、何が違うのかな? 何が違って、俺にメイド服を着せようとしたのかな?」

「え、えーっと、それは……その」


 攻める零と、対照的に口を閉ざす芽衣。

 普段、芽衣が文句を言って、それに苦笑する零の姿を見慣れているクラスメイト達は、そのいつもと違う風景を、興味深そうな目で見た。


「さぁーて、たっぷりと言い訳を聞こうかなぁ~」

「あ……え」


 零が無理やり肩を組み、密着するように座ると、芽衣は再びビクッと震えて、少し赤くなりながら、もじもじし出した。

 その様子を見た女子生徒の一人が、ポツリと呟く。 


「月下さん…… もしかして喜んでる?」

「なっ――――」


 不意に後ろからかかった声に硬直する。

 徐々に自分がなにを言われたのか理解し、そして―――


「そ、そそそんな訳ないじゃない!!!」


 大慌てで否定した。

 耳まで真っ赤になりながら。


「なな何で私が喜ばなくちゃならないのよ!」

「ああ…… うん、なんか…色々ごめんね?」

「そ、そもそも私は―――」

「おっと、話を逸らすなよ?」


 このまま話が流れることを危惧し、後ろを向いて抗議する芽衣の顔を、腕で強制的に自分の方へ向けた。

 結果、必然的に見つめ合う形になる。


「まあまあ、そんな緊張するなって。俺はただ、大切な人である芽衣が、危険な嗜好を持ってしまった理由を聞きたいだけだからさ」

「た、大切な……人?」

「そうそう。ってわけで、教えてくれないかなぁ~?」

「あ……う」


 見ていてかわいそうになるくらい、芽衣が赤くなっていく。


(うわ~ びっくり…… あの強気な月下さんが真っ赤っか)

(これなに? 天戸君のSモード?)

(お、恐るべし天戸零…… でも、ちょっとされてみたいかも……)

(ある意味拷問だよね)

(わ、私は…… う、羨ましいかも…)

(まあ、気持ちはよくわかるよ)

(と、止めなくていいのかな?)

(あー でも藤本先生、すっごくニヤニヤしてるし……)


 ひそひそと会話が繰り広げられる。

 ただ一人、明だけが、不機嫌の絶頂のような顔をしていた。



 実は、芽衣が何を考えているのかは、零にはなんとなく想像できていた。

 昔、月下鏡花にメイド服を着せられたことがある。(零自身は黒歴史だと認識している)

 まだ世の常識が理解できていない頃のことで、手を叩いて喜ぶ芽衣と、「れーくん、かわいー!」を連呼する結衣の姿、そして娘たちの笑顔を見て、泣きそうに笑う鏡花の瞳が、やたらと鮮明に記憶に残っている。芽衣も、その時のことを思い出しているのだろう。


 そういえば、あの服は―――


「納っっっっ得いきません!」


 零の思考は、勢いよく立ち上がる音と椅子が机にぶつかる音、そして耳障りな声で断ち切られた。


「僕は反対です!」

「どうした古池(カエル)?」

「ですから―― ってなんでカエルなんですか!? 芭蕉ですか!?」

「古池や 蛙飛び込む――」

「うるさいですよ!」


 淳は偉大な俳人の句を一蹴し、強引に話のハンドルを切る。

 非常に失礼なことだが、そんなことは今の彼の頭にはないようだ。


「藤本先生、多数決の原理は少数意見を尊重―――」


 き~んこ~んか~んこ~ん


「ぬっはぁぁぁ!」

「おぉ~」


 零からすれば最高、淳からすれば最悪のタイミングで鐘が鳴る。


「ちょっ 僕の話はまだ……」

「邪魔だ」

「どいてくれる?」

「なに暑苦しく語っちゃってんのー?」


 クラスメイトに潰され、


「くそ…… クッソ―――!!」


 同時に、彼の悦びのひとつも潰されていった。


 ただし、芽衣だけは淳に助けられたと言っていいだろう。

 騒ぎに紛れて、明が零の腕を引き剥がしたお蔭で、ようやく零に解放された。

 後、彼女はしばらく机に倒れこんでいた。


◆◇◆◇◆◇


 幼い頃は、ただただ生きることに必死だった。

 朝はカラスに交じってゴミ袋を漁り、トレーや紙パックの端に残った僅かな食料で飢えを凌いだ。

 昼間は光化学スモッグを肺いっぱいに吸い込みながらゴミ山を漁り、ペットボトルや缶、瓶などの、少しでもお金になるものを探した。

 夜は店のゴミ箱を漁り、腐った材料や残飯を持ち帰った。

 しかし、必死に生きようとする彼女を、人々は気持ちが悪そうに見つめた。


 泣くことが多かった。

 母親に手を繋がれて歩き、お菓子をリクエストする自分と同じくらいの少女を見る度に、ナイフで貫かれたかのような痛みが全身を襲った。

 冬、ゴミを漁っている最中に、家の中からハッピーバースデーの歌が聞こえてくると、その温もりに、凍えた手を伸ばしてしまいそうになった。


 その度に涙を流して、期待することにすら疲れて、

 どんなに欲しても、決して叶わないと思い知らされて……


 悲しみがこれ以上溢れてこないよう、小さな胸を抱き、丸くなって眠りについた。


 一人だったわけではない。

 仲間も確かにいた。

 しかし、決まって皆、最後は目の前から去って行った。

 ある者は犯罪に手を染め、囚人に。

 ある者は薬物に手を出し、廃人に。

 ある者は刃物に手をだし、死人に。


 一人、また一人と消えていく。

 昨日まで一緒だった人が、次の瞬間には二度と会えない人になっている。

 少女は、幼いながらに理解させられた。


 ―――強くなきゃ、生きていけない


 強く強く、生きていこうと思った。


 それから、少女は泣くことことをやめた。

 今まで、辛いことがあるとすぐに泣いていた少女は、その日を境にピタリと泣かなくなった。

 心を凍てつかせて、周囲に関心を持つことをやめて―――

 それは、一人で生きることを決めた少女が、自分を守るための防衛反応だった。


 人生を変える出来事は、その二年後。

 彼女はスラムの一角で、ある現場を目撃した。

 

「はっはー お前、随分とキツイ顔してんなー 折角の綺麗な顔が台無しだぜー?」


 第一印象は「掴みどころがない男」だった。

 灰色の、珍しい髪の男。

 ヤクザみたいな風貌のくせに、真っ直ぐな目をした男。

 その男は、散歩のためにスラムに訪れたという。


「どーだ? 俺と一緒に来ねーか?」

「…なぜ私なんですか?」

「あー しいて言うなら、道端に宝石が落っこってたから、かなー?」


 ぐっと顔を近づけ、少女の瞳を見据える。

 男の台詞は、単に容姿のことを言っているだけではないような気がした。


「お前には夢があるか?」

「………」

「やっぱねーか。いや、諦めてるだけか?」


 相も変らぬ真っ直ぐな表情。

 しかし、口調はどこか自嘲めいていた。


「俺はな、夢を探してる最中なんだ。生きるための糧となる夢をな」

 

 そう言って差し出された手は、今まで見たどんな手より大きくて……


 それが、素羅(ソラ)(ハク)の出会いだった。



 


メイド服もどこかで入れる予定です~


そのどこかは既に決まっていますが、それまでお待ち下さい~


感想お待ちしております~

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ