29話 死んだ部屋
またまた、ちょっとしたアンケートを行います~
生活感のない部屋だった。
比喩表現の中に、「部屋が死んでいる」というものがあるが、これほど「死んでいる」という表現がピッタリ当てはまる部屋も珍しい。
何もなかった。
テレビや冷蔵庫などの電化製品は勿論のこと、食器や衣類もない。ある物と言えば、窓に掛かったボロボロのカーテンと、床に敷いてある同じくボロボロの布団、そして、ハンガーに掛かる、まだ新しい国立カルディナ学校の制服だけであった。
そんな部屋の一角に、場違いなように存在する影があった。
零とさほど変わらないくらいの年齢の少女だ。
肩にかかるかかからないかくらいのショートヘアは、黒から少し色素を抜いたような色。体格はスレンダーで、どちらかと言うと、可愛いというよりも美人の類に入る。
ただ、年頃の少女にしては、明らかにおかしい部分が、彼女にはあった。
彼女は、衣類を身につけていなかった。
―――ピンポーン。
チャイムが鳴る。
部屋の住人であるショートヘアの少女は、玄関へと向かい、訪ねてきた人物が誰なのか確認もせずにドアを開けた。いや、確かめる必要などないのだ。この部屋にやって来る人間など、最初から分かりきっている。
「よう、素羅。今いいか?」
「ええ、大丈夫です」
「そんじゃ、邪魔するぜ~」
少女は訪ねて来た男を、躊躇うことなく部屋に招き入れた。まさかこの少女が、一瞬の内に着替えることが出来る、などという特技を持っているはずもない。当然の如く、全裸のままである。しかし、この男は、少女のそんな格好に全く触れず、いつものことだと言わんばかりに部屋に入った。年齢からすると、父と娘の関係に見えなくもないが、二人の間に漂う雰囲気は、そんな暖かいものなど微塵も感じさせない。
「うへー 相変わらずつまんねートコで寝てるなー」
入室一番に、男は呆れた声を出し、ボロボロで頼りないカーテンを開けて、閉じ込められた朝の光を逃がした。
男が、「住んでる」ではなく「寝てる」と表現したのは、少女がこの部屋を、ただ寝るためだけに利用していると知っているからである。
「オイオイ、キッチンも埃だらけじゃねーか。ちゃんと食ってんだろーな?」
「勝手に漁らないで下さい。毎日三食、しっかり食べてますから大丈夫です」
「三食外食か?」
「昼は学食です」
「料理する気は?」
「ありません」
会話の中でも、少女の感情が動く様子はない。あくまで事務的な口調のままだった。互いに目を合わすことすらしていない。
ただ、男が少女をそれなりに心配していることは見て取れた。
「……学校はどうだ?」
ようやく制服に着替え始めた少女は、男の「どうだ?」が、校内の見取り図のことを言っているのか、それとも学校生活のことなのか、一瞬考えた。が、見取り図のデータは随分前に送ったことを思い出し、後者であると判断した。
「変わったことは何もありませんよ。平和ボケした方々と馴れ合うつもりもありませんし」
「まあ、お前からすりゃ学生なんて、ただのお気楽集団にしか見えねーだろうよ。ただなぁ~ あそこは一応エリート校だろ?」
「何が言いたいんですか?」
「つまりだ」
言葉を切って頭をボリボリ掻き、さも面倒臭そうに視線を少女へ向ける。
「ちったぁ骨のありそうなガキはいねーのかってことだ」
「残念ながら」
「かーっ! お前も腕が鈍っちまうんじゃねーか?」
男はイライラしたように吐き捨てた。
少女は答えない。
部屋から、音が消えた。
ただでさえ無味乾燥な部屋から、「会話」という音声を取り除くと、より一層「死んでいる」部屋に近付く。普段住んでいる少女はともかく、男がこの「沈黙」という名のBGMに堪えられるはずもない。だからこそ、少女が何か思い出したような顔をしているのを、男が見逃すはずはなかった。
「どうした素羅?」
「……いえ、いるにはいるかも知れません」
少女の表情が、わずかに揺らぐ。
「本当か。お前のお眼鏡にかなう奴がいるのか?」
「ええ、高校生離れした実力の持ち主が二人ほどいます」
「ほう……」
男は感心したように息を漏らした。
「『剣聖』の孫とかか?」
「違います。彼女達も強いですが、やはりまだ未熟です。『剣聖』には遠く及びません。私が言っているのは、また別の二人です」
「お前に、触れるぐらいは出来そうか?」
「…どうでしょうね。場合に寄ります」
ただ、事実を淡々と述べるかのような口調。その中に、虚栄心や自尊心は欠片も見あたらない。
見る人が見れば、あの鈍感な少年に似ていると感じるかも知れない。
着替え終わると、今日初であろうか。少女は男と視線を重ねた。
「それで、連絡事項は?」
澄んだ声が、やたらと鮮明に響き渡る。話はここからが本番だとでも言うように。
少女の迫力に押された……わけではないだろうが、男も今までのだらしない態度を改め、はっきりと述べる。
「日時が決まった。当初の予定通り、6月23日の文化祭、正午に決行する」
「分かりました。準備をしておきます」
実にシンプルなやりとり。しかし、シンプルさの中に、言葉で表せない「何か」を感じさせた。
この二人は、今までに一体何度同じ台詞を交わしてきたのだろう。
それが分かるほど、洗練されていた。
そして……
「やめても、いいんだぞ?」
「今更、ですよ」
これも何度目かのやりとりだろう。
男はバツの悪そうな顔を向ける。
「お前なぁ…… 言いたかぁねーが、その無駄にいいルックスと、無駄にいいスタイルを、こんな無駄な仕事で一生棒に振るつもりか?」
「そんな『無駄に』を連呼されても、褒められてるようには聞こえませんよ?」
少女は、クスリと笑った。
滅多にないことなので、男は若干動揺しながら、照れ隠しに指を鳴らす。
「気持ちは嬉しいですけど、私の居場所は、もうここにしかありません。言ったでしょう、『馴れ合うつもりはない』と」
「それは違ーよ。居場所なんか、その気になりゃーどこにでも作れる。作ろうとしねーだけだ。お前は俺と違ってまだ若ーんだ。人生まだまだこれからだぜ?」
「……ありがとう御座います、白さん。では、私は学校ですから」
逃げるように男に背を向け、靴を履き、静かにドアを開けた。
朝の日差しが玄関から差し込み、少女を照らしていく。
振り返りもせず、声も掛けず、ドアを静かに閉めた。
「馴れ合うつもりはない、か」
一人になった部屋の中で、ポツリと呟く。
「じゃあ何でお前は学校に通い続けてんだ? 任務期間はとっくに終わってるだろーが」
カーテンの隙間から、少女が登校する様子を盗み見る。
朝の日差しは足元で途切れ、男を照らすことはなかった。
◆◇◆◇◆
6月、衣替えである。
だからと言って、何か変わったことが起きるわけではない。敢えて言うならば、白が目立つようになった制服を着た明から、感想を聞かれたことぐらいだろうか。
その時は、素直に「可愛い」と述べた。
全くをもって嘘ではない。心からの本心だ。
ただでさえ白い肌と白い髪を持つ彼女が、白い制服を着ると、白さが際立って、ある種の神々しさを感じさせる。
……のだが、
「おーい、生きてるかー」
「……////」
やはり、彼女は相当の照れ屋らしい。(これを言うと、「バカ」と言われるので口には出さないが)
零が感想を述べるや否や、赤くなって飛んでいってしまった。折角の神々しさが台無である。
「恥ずかしいなら聞かなきゃいいだろ……」
「……バカ」
結局、バカと言われてしまった。
とは言っても、最近よく言われることので、別段気にすることもない。それはそれで良くない慣れだとは思ったが、原因がよく分からない現状では、どうすることもできない事実である。最終的に、黙って馬鹿にされているのがベストであると判断した。ドMに聞こえなくもないが、これは不可抗力である。
零は、機嫌がいいのか悪いのか、よく分からない表情をした明と共に、教室のドアをくぐった。
◆◇◆◇◆
「文化祭での、クラスの出し物を決めるわよー!」
デーモン・香織が、何かに決意したように声を張り上げた。
いい歳して何をはしゃいでいるのかと、極めて失礼なことを考えていたら、まるで心を読んだかのようなタイミングで、香織の視線が突き刺さった。
「天戸くん? 分かったかしら?」
「……なぜ俺にだけ、再度確認を取るんですか?」
「天戸くんが馬鹿だからよ」
デーモン・香織の言葉に、遠くで芽衣が「うんうん」と頷いた。
ひどく心外である。
なんだか今日はこればっかだな、と思いながら、だるい心境を溜息に乗せた。
「さて、決めるとは言ったけれど、私が受け持つクラスの出し物は毎年決まっているのよ」
嫌な予感がした。
先日、娘と対峙した時に感じたものと同じような予感だ。きっと、ロクでもないことを考えているに違いない。
零は、香織の言葉に耳を傾けた。
「このクラスは、『メイド&ホスト喫茶』をやるわよ!」
予感的中。
やはり、ロクでもないことだった。
きっと、彼女のことだから、メイドかホストに話し掛けられてニヤニヤしている客を観察するという、悪趣味極まりないことをするのが目的だろう。そういう人間なのだ、彼女は。
それでも、クラスの生徒達の反応は悪いものではない。
女子からすればホスト姿の男子が、男子からすればメイド姿の女子が見られるのだから、当然と言えば当然か。
どちらかと言うと、男子のやる気の方が高いように見えるのは、明と芽衣がいるからだろう。
しかし、その男子生徒の中に、目を輝かせている古池淳の姿を認めた時は、所構わず殴り倒したくなった。
「一応書くわねー」
そう言いながら、「メイド役」「ホスト役」の二つに分け、五十音順に名前を書いていく。
冥土役
・天戸明
・天戸零
・安藤……
・
・
・
おかしなものが見えた気がした。
「疲れ気味か?」
などと独り言を言い、目を擦ってから再度黒板を見る。
冥土役
・天戸明
・天戸零
・
・
・
やはり、その『おかしなもの』は消える気配を見せない。
零は目を点にしながら、毎秒100回程のスピードで瞬きをした。その様子を見た明が、後ろで小さく噴き出すが、今はそんなことはどうでもいい。メイドがなぜその漢字なのかと、そんなこともどうでもいい。
決定的に、何かが終わっている気がした。
「あら、天戸くん。どうしたのかしら?」
この瞬間、彼女が意図的に行っているのだと悟った。
「………やりませんよ?」
「ん~?」
「俺は絶対にお断りですよ?」
「ん~?」
「眼光」という名の刃を、香織は「図々しさ」という名の鎧で粉砕する。
わざと聞こえるように舌打ちをするも、全く効果はなさそうだった。
「だったら、ここは多数決の原理で決めましょう」
さて、投票するのは読者の皆様です。
メイドにして、他のキャラをビックリさせるか、ホストにして鈍感パワーを爆発させるかは皆様にお任せします。
注1、私としては、どちらも面白そうなので、どちらでも構いません。
注2、忙しい方は、無理をなさらないで下さい~ 時間がある方だけで結構です。
注3、特に意見がなかった場合、筆者の独断で決めます~
注4、面白い意見については、小説内で使わせて頂くことも御座います~
尚、活動ページに今後の予定について記しました。
もしよろしければ、見ておいて貰えると嬉しいです~
長くなりました。では~